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池波正太郎 署名・落款入書籍、葉書、書簡一括
室内 No.260 1976年8月 <特集 : 世界のエントランス>
室内 No.350 1984年2月 <特集 : ①床で暮らそう ; ②パッシブソーラーハウス>
室内 No.78 1961年6月号 <特集 : RIAの小住宅と家具 ; デンマークの家具>
室内 No.237 1974年9月 <特集 : 家具金物(その2)>
室内 No.153 1967年9月 <特集 : 書斎の復活 ; '67北欧の家具見本市>
室内 No.307 1980年7月 <特集 : 増改築のすすめ>
室内 No.328 1982年4月 <特集 : 店舗の建具 ドアと窓>
室内 No.311 1980年11月 <特集 : 団らの場はどう変わるか>
室内 No.84 1961年12月 <特集 秋の新作家具 ; だいどころ>
室内 No.278 1978年2月 <特集 : 続・インテリア・デコレーション>
室内 No.287 1978年11月 特集 : リビングダイニングを工夫する
室内 No.403 1988年7月 <特集 : 光る素材を使う ; 「プール」商売になりだす>
室内 No.397 1988年1月 <特集①ヒット商品12 : 特集②「雑貨」花形となる>
室内 No.318 1981年6月 <特集 : 木のインテリア>
室内 No.305 1980年5月 <特集 : 浴室の施工 設備と内装>
1960年代 三菱電機製品カタログ類一括
室内 No.435 1991年3月 <特集 : ガラスを楽しむ>
室内 No.423 1990年3月 <特集 : 伝統技術をいまに生かす>
室内 No.319 1981年7月 <特集 : 音を楽しむインテリア>
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
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