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季刊銀花 第112号 1997年冬 <特集①花と遊ぶ、虫と遊ぶ。; 特集②柿の恵み-日本人の衣食住を彩る万能樹>
特許管理<工業所有権実務双書>
鉄道ジャーナル 2000年4月号 特集:四季を駆ける日本の鉄道 34(4)(402)
日本商人史 2版
複数の日本語 : 方言からはじめる言語学 <講談社選書メチエ> <講談社選書メチエ 427>
韃靼人宣言
ニコニコ全集
小岩井農場の経営構造
古代日本の国家形成と東部ユーラシア〈交通〉
浄土教の展開 <現代人の仏教・仏典>
仏教読本 第3
ドイツ語の歴史
読書放浪―魯庵随筆
経済原論 総説
現代の建築と都市 最新増補版現代建築の成果を追う総合事典
沖縄あれから二十年 上下2冊揃い <時事新書>
特集 社会思想としての批評 : 社会思想史学会年報 社会思想史研究 No.39(2015)
わかり易き模型製作の虎の巻
陸軍軍医・宇木碩太郎旧蔵アルバム三冊
憲政秘録 : 明治・大正・昭和
マルクス・エンゲルスにおける史的唯物論と法律 改訂版
十三仏のまつり方
小山内薫演劇論全集 第2巻 築地小劇場篇(上)
梁塵秘抄考
江戸庶民の読書と学び 増補改訂版
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
鉄砲伝来とその影響 : 種子島銃増補版
季刊銀花 77 特集・尾張の狂言装束・かくれ菓子・心菓子 (77)
観音百態 : 鑑賞と描法
ZD計画 : 導入と展開の手引
藝術新潮 1973年1月号 第24巻 第1号
池田大仙堂 古美術集芳 1帙(全3冊)
判例百話
富士百鐔
織物の西陣 <京都叢書 ; 8>
薩鴈門絶句詳解 漢詩講座臨時増刊 再版
住宅建築 2000年5月 第302号 <特集 : これからの<構造と住宅>>
U.S.ウエポン・ハンドブック
能の幽玄と花
亀田郷治水史
社会の新歩道 : 石井満講話集
牧野富太郎自叙伝 初版
外国の観点より解説したる英法 <司法資料 ; 第285号>
沖縄の決断
かむながらの神道の研究
季刊 銀花 第77号 特集/尾張の狂言装束/かくれ菓子心菓子/最上川雛紀行
水戸市史 上巻
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