JavaScript を有効にしてご利用下さい.
文字サイズ
古書を探す
アダルト商品の検索を行う場合、18歳未満の方のご利用は固くお断りします。 あなたは18歳以上ですか?
十五年の歩み
天才帝国日本の飛騰
日本銀行外事局極秘資料8点(日本銀行外事局・渡辺長雄旧蔵、昭和18年、外事局)
防空戦と兵器の作り方 手技教室十二ケ月 <手技錬成 ; 第1輯>
黒崎彰 カタログレゾネ未掲載作 木版画『げんげ摘みの唄』(日本新薬カレンダー原画) ●直筆サイン入
日本産業経済全書 第14
言語都市・ロンドン : 1861-1945
満洲経済の再建 : 満洲経済を現地に視る
航空日本と世界
日本教育論
満洲文学大系 第1回配本 全8巻セット
闘魂 : 東京裁判と橋本欣五郎
富籖の話
日満統制経済 日本統制経済全集 8 <日本統制経済全集 ; 第8巻>
日満産業構造論 既刊2冊揃
経済農芸叢書 土壌と其利用の実際 第15
皇国の軍備と国勢
大東亜戦争と経済建設 国防文化撰書 ; 3
最近都市計画の実際
日本関東憲兵隊報告集 第4輯(影印本)(全23冊)
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
日本放送協会史
「つくる会」の歴史教科書を斬る : 在日中国人学者の視点から
米穀販売の理論と実際 : 附・昭和米穀史抄
大東亜産業立地計画論
近代日中関係史研究入門
オールド・テロリスト (文春文庫 む 11-7)
最後の将校生徒 :復員四十周年記念誌 (陸軍予科士官学校第六十一期・陸軍経理学校第十期・満州国陸軍軍官学校第七期)
七十年ところどころ
通化事件 : 無条件降伏下、武装蜂起した日本人
大東亜写真年報 2603年版
満洲鉄道建設誌
遙かなる黒龍江
日本曹達工業史 改訂増補
日米はどうなるか
支那時文研究
景気読本
大東亜戦下の支那事変
アジヤ周辺民族史 <東洋民族史叢書 ; 5>
金融恐慌論
日本切手カタログ 1991
河村俊平追想録
満洲の日本人
戦争と財閥
日本精神の宣揚国史の見真教育
近代の戦争 第4
<<前へ 81 82 83 84 85 86 次へ>>
在庫検索から見つからなかった場合は、書誌(カタログ)からも検索できます。 お探しの古書が登録されていれば、在庫が無い本や条件に合わない本についても、こちらからリクエストを行うことができます。