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アトリエ 244号「美術閑談 武者小路実篤・北川桃雄」
明治音楽物語 青蛙選書
明治音楽物語 <青蛙選書>
明治音楽物語 <青蛙選書> 帯付き
牛山充宛葉書・書簡一括
明治は生きている : 楽壇の先駆者は語る
東京堂月報 昭和16年6~10月(第28巻第6~10号)、読書人(東京堂月報改題) 昭和16年12月~19年3月(第1巻第1号~4巻3号) 計33冊分(合本3冊+バラ15冊)―読書の時間(下村海南)、歌舞伎台本の張込(河竹繁俊)、近頃読んだもの(秦一郎)、地方図書館と巡回文庫(江馬修)、読書への絶望(清水幾太郎)、各所図会今昔(壽岳文章)、非常時読書型(須田国太郎)、わが読書法(中野秀人)、出版の国防体制(鈴木庫三)、わが読書(森田たま)、学生と読書(海後宗臣)、科学誌雑感(碓井益雄)、支那での化学の話(牧野富太郎)、大衆雑誌への提言(林髞)、回想録など(岩田豊雄)、童話作家の志向(與田準一)、書物愛の低下(秦一郎)、資料動員と図書館(中島睦玄)、祖国礼拝(俳句)(阿部青鞋)、現代の通叢書(田辺尚雄)、大衆雑誌を評す(三橋一夫)、見たり読んだり(岩佐東一郎)、文章道を語る(島田春雄×田中忠雄×中谷孝雄×蓮田善明×房内幸成)、編輯者の道(房内幸成×萱原宏一×神山裕一×下島連×糸原周二)、真珠船(川端康成)ほか
レコード名曲の解説 10版
日本諸学 第四号 大東亜建設ト諸学ノ在リ方 3 (4)
明日への音楽
音楽世界 昭和16年9月号 (第13巻第9号) (音楽文化に於ける倫理的問題/ソ連の音楽文化/音楽新団体への要望(評論部に与ふ/今日の音楽創造を求めて/批評活動への反省/国民部への希望)/南方音楽に就いて 座談会/舞踊論・1)
1_ 名曲詳解 声楽 器楽篇 田邊尚雄 秀雄 昭和24年 初版 270058
『邦楽の友』 36号~452号内381冊
歌劇名曲詳解
アルス 音楽大講座 全12巻 ※(3)難有
日本舞踊大系 [第3] (沖縄舞踊)
婦人世界 5巻12号、14号、6巻6号、7号、7巻1号、7号、8号、12号、8巻4号100号記念名流百婦人録、9号、11号、12号、9巻1号、2号、7号、10号、14号、10巻2号、13号、14号、11巻4号、6号、12巻3号~7,10号~14号、13巻1号~4号、6号、8号、11号~14号、14巻3号、8号、11号、14号、15巻1号、5号、16巻7号 49冊 鏑木清方、竹久夢二、川端龍子、渡辺文子.伊東深水他彩色口絵入
日本風俗史講座 8巻
日本風俗史講座 第7巻
日本風俗史講座 第11巻
日本風俗史講座 第12巻
田中正平と純正調
明治大正の文化
私の幸福
明治文化研究 1~5 5冊
『水聲』 3号~71号内53冊
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
唐代の楽器 <東洋音楽選書 ; 2> 第2刷
都山流史
民俗芸能全集 第2 (民族と旋法)
天平の文化 上・下 再版 再版
琉球の音楽芸能史 民俗芸能全集1
吉田晴風の一生
京都音楽史
京都音楽史 紀元二千六百年記念刊行
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