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河野裕子読本 角川『短歌』ベストセレクション
うたの生成・歌のゆくえ : 日本文学の基層を探る <学際レクチャーシリーズ 18>
出口日出麿先生小伝
「南島文学発生論」
日本詩人全集 与謝野寛 与謝野晶子 吉井勇 第4
岡井隆全歌集2
春を待ちつつ
恋のかたち : 日本文学の恋愛像 <和泉選書 106> 初版第1刷
古代日本人の精神構造
万葉集の作品と基層
短歌文学論
人麿の謎を解く
日本文学の自然観照
太陽 8巻7号=No.85(1970年7月) <特集 : 王朝文学と京都>
国文学 : 解釈と鑑賞 第38巻第12号通巻第486号
万葉集全註釈 第9 (本文篇 第7)
史料纂集古記録編 第144回配本 妙法院日次記21〔オンデマンド版〕
万葉集に於ける表現の研究 : 特に用語・用字・歌調・歌体を中心として
古事記 <日本歴史新書>
戯場戯語
上代日本文学と中国文学 : 出典論を中心とする比較文学的考察 中 再版
文学批評 敍説 10
中河与一全集 第9巻 (随想,詩歌論,短歌)
大地に祈る
古代歌謡と儀礼の研究
記紀万葉の新研究
百日草
桜桃の記著者 伊馬春部 出版社 筑摩書房 刊行年 昭和42年初版カバー ページ数 259頁 伊馬 春部(1908年(明治41年)5月30日 - 1984年(昭和59年)3月17日)日本の作家、劇作家。本名は高崎英雄。旧筆名は伊馬鵜平。戦前から戦後にかけてユーモア小説やラジオドラマなどの分野で活躍。釈迢空(折口信夫)門下の歌人としても知られる。 福岡県鞍手郡木屋瀬村(現:北九州市八幡西区木屋瀬)に生まれる。旧制鞍手中学校(現:福岡県立鞍手高等学校)から國學院大學に進み、ここで釈迢空に師事。1932年(昭和7年)創立のムーランルージュに参加、伊馬鵜平の筆名で新喜劇の脚本を執筆。この頃(昭和6、7年)に井伏鱒二宅で、デビュー前の太宰治と知り合い親友となる。のちP.C.L.の脚本部に入る。1934年、太宰治、森敦、中原中也、檀一雄、今官一、山岸外史、中村地平、小山祐士、木山捷平、北村謙次郎らと文藝同人誌『青い花』を創刊。1939年(昭和14年)、友人の太宰治から短篇『畜犬談』を捧げられた。1940年(昭和15年)、NHKのテレビ実験放送における、国内初のテレビドラマである『夕餉前』の脚本を担当した。戦後は伊馬春部に筆名を改め(釈迢空、折口信夫が名付けた。「今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎」「今更に 雪降りめやも 陽炎の 燃ゆる春へと 成りにし物を」萬葉集 卷第十 四時雜歌、四時相聞 1835【承前,廿四十七。】)、1947年(昭和22年)には、他の執筆陣とともに交代で書き上げたNHKの連続ラジオドラマ『向う三軒両隣』が人気を博し、1948年(同23年)には東宝から映画化された。1956年(昭和31年)、第7回NHK放送文化賞受賞。1961年(昭和36年)、『国の東』で芸術祭奨励賞受賞。1965年(昭和40年)、『鉄砲祭前夜』にて毎日芸術賞を受賞。1976年(昭和51年)、歌会始召人となる。詠進歌 ふりかへりふりかへり見る坂のうへ吾子はしきりに手をふりてをり1984年(昭和59年)、3月17日、かねてより病気療養で入院中だった都立広尾病院にて死去。墓所は築地本願寺和田堀廟所。
記紀万葉の新研究 <古事記 日本書紀 万葉集>
ゆく春 : 歌集
万葉集東歌 <塙選書>
百日草 再版
国文学研究 万葉集篇 第2刷
和漢比較文学論考
太陽 7巻7号=No.73 (1969年7月) <特集 : 万葉のふるさと ; 第六回太陽賞発表>
作文教材の開発に関する研究
万葉集注釈 巻第5
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