JavaScript を有効にしてご利用下さい.
文字サイズ
古書を探す
アダルト商品の検索を行う場合、18歳未満の方のご利用は固くお断りします。 あなたは18歳以上ですか?
目で見る豊岡の文化史
ぼくらの頭脳の鍛え方 --必読の教養書400冊-- <文春新書>
民家の庭
豊太閤とそのあとどころ <京阪叢書 ; 13>
イタリア・トスカーナの優雅な食卓
宴会放談 : 随筆
読史の趣味 <縮刷名著叢書 ; 第25編>
漢西獄華山廟碑 順徳本
京都名勝帖
鉄道 傷害防止漫画読本
京都の古建築 <京都叢書 1>
日本宗教史の中の中世的世界
鉄道傷害防止漫画読本
谷口吉郎 <現代日本建築家全集 6>
都市住宅 1972年6月 臨時増刊 <住宅第2集 現代住宅ABC>
盧照鄰集箋注[増訂本](全2冊)(中国古典文学叢書・平装)
正信偈講義
塵界我観 不景気時代之巻
千葉県の歴史 <県史シリーズ 12>
碧巌集講話
藝術新潮 1978年4月号 第29巻 第4号 <特集 :梅原猛・編集のページ 塔・像・人間>
ヨガの臍体呼吸法 : 美徳の実行と自己防衛力の増強
支那儒道佛交渉史 大東名著選
近江造像銘
現代織物解説集 第1巻
法然上人全集
般若と念仏 : 普賢行願品論攷
高等手芸染色法
海国史談
清代詩文彙編 第一輯
京都の文学地図
国文学 : 解釈と鑑賞 70年代の政治と性 大江健三郎 36巻8号 通巻452号
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
太陽 34巻11号=No.427(1996年10月) <特集 : 小さくて贅沢な宿>
親鸞遺跡巡礼紀行
郵政省の建築 昭和59年-昭和63年
日本古建築史 第3冊 鎌倉之卷(武家様式史第一)
日本史から見た日本人 古代編 (「日本らしさ」の源流) 初版第1刷
三宝絵略注 復刻限定版
河南仏教史稿:漢魏晋南北朝時期
日本百将伝一夕話
日本立志編 : 一名・修身規範 巻之1 7版
観世流太鼓手附 : 諸流異同弁
従容録 附人名故事要覧 第四版
太陽 3巻6号=No.24 (1965年6月) <特集 : 日光と東照宮 ; 住みよい住宅>
柳田謙十郎著作集 7 (宗教論)
宗教ハンドブック
連歌の世界 <日本歴史叢書15>
飛騨と江馬氏 : 高原史蹟
<<前へ 75 76 77 78 79 80 81 次へ>>
在庫検索から見つからなかった場合は、書誌(カタログ)からも検索できます。 お探しの古書が登録されていれば、在庫が無い本や条件に合わない本についても、こちらからリクエストを行うことができます。