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小橋幹子門下第3回温習会曲目順序 昭和10年11月23日 箏曲温習会/曲目・歌詞 昭和11年11月22日
六白嬉遊曲 (箏組歌)
琉球箏曲工工四 上中下
宮城社史宮城会史
切支丹信仰と佐賀藩武士道 筝曲「六段」の歴史的展開
三味線と箏の組歌 <箏曲地歌研究 1>
三味線と箏の組歌
日本舞踊曲集覧
芸能の科学 29
日本古典音楽大系 全8巻揃 (LPレコード揃/解説不揃)
箏曲大意抄 復刻
地歌とともに
幻の琴師
歌舞音曲趣味の人 <江東 ; 第1輯>
ビクターレコード 1953年2月 新譜 邦楽・洋楽
日本音楽との出会い : 日本音楽の歴史と理論
日本雅曲集 全 <東洋文芸全書 ; 第19編>
箏曲楽譜 筑紫歌都子作曲集 9冊セット
邦楽手帖 <パール新書>
こかん様に続く会ー開催の手びきー
日本歌謡研究 第2号 昭和39年11月
日本音楽通 <通叢書 ; 第20巻>
箏曲大成抄 再版
書誌学的思考 <日本近代文学研叢>
頬白先生と百鬼園先生
評釈・箏の組歌
伝統の韻 NHKカセットテープ 全20巻 尺八(三代目)川瀬順輔
沖縄の文化表象にみるジュリ(遊女)の諸相 Part3 文芸に表象されたジュリ/芸能者としてのジュリ
新訂増補沖縄芸能史話 <琉球弧叢書1>
沖縄県立芸術大学紀要5
私の先生 <養徳叢書 ; 16>
図解日本音楽史
日本音楽との出会い : 日本音楽の歴史と理論 (初版)
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
江戸時代之音楽 江戸時代文化史叢書
日本の音楽
榛の畦みち <四季新書>
日本の音 : 世界のなかの日本音楽(平凡社ライブラリー)
音に生きる 宮城道雄伝
都山流楽報 都山流尺八音譜 解説
大判絵葉書 京都・奈良・びわ湖
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