JavaScript を有効にしてご利用下さい.
文字サイズ
古書を探す
アダルト商品の検索を行う場合、18歳未満の方のご利用は固くお断りします。 あなたは18歳以上ですか?
建築と社会 第53輯 第6号 (1972年6月) <特集 : 量産住宅の設備>
都市と文明 : 古代から未来まで
季刊銀花 第109号 1997年春 <特集①やきもの隠れ里 ; 特集②南洋の華布 ジャワ更紗千四百枚を集め続けた英子・アドナン・クスマの長い旅路>
建築と社会 第49輯 第8号 (1968年8月) <特集 : 都市供給処理施設>
古浄瑠璃正本集 第6
日本農業年鑑 昭和8年版
古浄瑠璃正本集 :第6冊
日本の陶磁器 <現代教養文庫. 国宝シリーズ ; 第3>
「御家騒動」
巨海に出んと欲す
古浄瑠璃正本集 第6冊
鉄道ジャーナルジャーナル 1999年5月号 特集:京阪神都市圏電車の魅力と実力 33(5)(391)
明徳記 (岩波文庫 黄 138-1)
美術手帖 1995年4月号 No.705 <特集 : 芸術家になりたい!>
東京人 10巻3号=90号 1995年3月 <特集 : 東京サウンドスケープ 音は世につれ、街につれ。>
建築と社会 第53輯 第9号 (1972年9月) <特集 : 都市住環境へのアプローチ>
日本の美術 第21
Monthly Town Magazine Play Map (月刊誌 プレイマップ) 6月号 (第4巻36号)
絶海国師と牛隠庵
ディテール 136号 (1998年4月 春季号) <特集 : スチールと建築表現 意匠と構造の融合>
ラジオライフ 1992年10月号 特集/大研究:ゲーム機ハッキング術
本居宣長翁全伝
武山遺跡発掘調査報告
東洋への道
諫暁神明記 佛性院日奧真筆 宗祖日蓮の純粹を守った反骨の導師、日奧が配流先の対馬で慶長九年に記した『諫暁神明記』
版画藝術 第12巻 46号 1984年7月 <特集 : デューラーとドイツ・ルネッサンスの版画 (斎藤修オリジナル小口木版画 綴込みあり)>
藝術新潮 昭和28年1月号 第4巻 第1号 <特集 : 日本画壇 梅原龍三郎>
新建築 2012年5月 第87巻 第6号 <浅草文化観光センター (隈研吾建築都市設計事務所)>
芸術生活 1967年6月号 特集 象徴/虎・江戸画人のイメージ
人間豊臣秀吉
子爵栗野慎一郎伝
ニッポン・プロダクト デザイナーの証言、50年!
切支丹の社会活動及南蛮医学
江戸城大奥秘史 : 趣味史談
日本カトリツク教史
太陽 2000年6月号 特集 男子厨房に遊ぶ。 38(6)(476)
自然と短歌
授業の展開
デザインに人生を賭ける <著者署名入短冊> 第1刷
日本交通史料集成 復刻版 第三輯のみ
商店建築 25巻2号 (昭和55年2月) <業種別特集 : 光と石·鉄·鏡が拓くパブ·バー·ディスコ空間>
人道の戦士 : 山室軍平
禅と音楽 正派邦楽会初代家元中島雅楽之都 著 昭36年初版 函 新思社 初代家元 中島雅楽之都(なかしまうたしと)正派の創始者、初代家元中島雅楽之都は1896(明治29)年3月21日京都に生まれ、6才のときから箏の道に入る。1913(大正2)年長野市において「正派生田流」の名のもとに、本格的に教授活動を始める。看板を掲げるにあたり、善光寺大本願・大宮智栄上人ほか地元の名士たちの後援をうけ、正統な生田流を修行した者であるという意味でつけられたのが 「正派」の名のおこりである。わずか17才の若さで一派をたてた雅楽之都は、7年後には東京に本拠地をうつし、日本各地はもとより旧満州国、蒙古にまで精力的に足を運んで、箏曲の普及に努めた。こうして蒔かれた正派の種は大きく育まれ、やがて全国に多くの幹部を養成する源となり、現在の組織の基盤となっている。一方、雅楽之都は自らも常に研鑚を惜しまずに芸と人格をみがくことに努め、《和歌の浦》《松籟譜》《四方の海》など優れた数々の作品を発表。三弦は熊本まで出向いて長谷幸輝師に師事。ここで同世代の宮城道雄と知り合い、二人の若き箏曲家は熱く芸を語り、生涯の楽友として新しい邦楽界を担っていった。ほか坪内逍遥、山田耕筰、町田佳聲、中尾都山、田辺尚雄などの各氏にも知遇を得、様々な面での教えをうけている。正派は、当時の箏曲界では画期的であった施策を次々と打ち出した。伝統的な口伝教授の限界を感じての公刊楽譜の発行、洋・邦楽理論をふくんだ筆記と実技を平行させた試験による准師範試験の施行、全国組織としての評議員制などであり、これらはその後、年々充実の度を増しながら現在に至り、正派の特色として高い評価をうけている。組織としては、いわゆる「家元制度」の長所を生かしながら、近代社会に対応できるようなあり方が求められるようになり、1956(昭和31)年9月、邦楽団体では初めて文部省より「財団法人正派邦楽会」の認可を受ける。総裁・理事長には初代家元が就任。また初代家元は、世界的視野に立って日本文化の積極的な担い手となる音楽家を育てるための、専門の学校が必要であると長年考えていた。この意図が周囲に理解されて、1959(昭和34)年に正派音楽院が開校され、現在までに多数の優秀な人材を世に送りだしている。
アサヒカメラ 50巻 12号 通巻391号 (1965年11月)
新建築 1999年3月 第74巻 第3号
諸君! 1995年7月号 創刊26周年記念特集号 (27巻7号)
新建築 1997年7月 第72巻 第7号
<<前へ 83 84 85 86 87 88 89 次へ>>
在庫検索から見つからなかった場合は、書誌(カタログ)からも検索できます。 お探しの古書が登録されていれば、在庫が無い本や条件に合わない本についても、こちらからリクエストを行うことができます。