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「檻 ・監獄の実態」婦人民主クラブ救援委員会 1971年再版52頁監獄法の今日的問題点   小泉征一郎座談会「監獄法撤廃のために」 監獄の実態  在監者の手紙  公判請求書あってペンなし  殺さぬように一日44円の副食費  不当極まりなき自由の制限  疑問をもつと精神病扱い  差入れ文書の検閲抹消の実態  何でも制限、本もセーター着用も  ゴキブリと同居  あんしんして食べろ、すっぱいみそ汁  弾圧のために忠実に働く看守  権力の「番犬」一言、懲罰十五日  知りたいことは全て検閲で抹消  刑務所側の発言はウソばかり  ほか  (東拘、中野、府中在監者)懲罰待遇改善要求の斗争医療の斗いと実態ほか

暢気堂書房

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病気と治療の文化人類学 波平恵美子著 1985年初版カバー帯付 海鳴社 どれほど科学技術が発達しようと治らない病気はある。だからこそ人間は病気に強い関心を抱き、さまざまな意味づけを行ってきた。民俗医療や治療儀礼、宗教・民間信仰・シャーマニズムは、どのように病気とかかわってきたのか。本書では「病マケ」と呼ばれる家筋への差別構造、奄美のユタによる治療実態、明治期のコレラが引き起こした社会的混乱など、豊富で多様な民族誌的事例も踏まえつつ、文化と社会における病気に焦点をあて、総合的な文化人類学理論を構築しようとする。「医療人類学」を切り拓いてきた著者による先駆的名著。『病気と治療の文化人類学』目次第1章 病気の意味づけ―病気のシンボリズム(病因論(病原論と病因論)治療法 ほか)第2章 病気と信仰(病気・治療・信仰妖術と邪術 ほか)第3章 病気と社会(「病マケ」―病気の社会的意味づけの一事例コレラ流行とその社会的混乱 ほか)第4章 伝統的社会における医療体系(江戸時代の痘瘡治療に見られる医療体系奄美のユタ ほか)第5章 病気と治療の文化人類学(医療人類学「文化的疾病」と「病理学的疾病」について ほか) ¥1,000

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