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オセアニアを知る事典 新訂増補版. 第2刷
台湾一覧 : 台湾日日新報創刊十五年紀念
講座 畿内の古代学 第Ⅴ巻 イデオロギーと文化
現代史における国家 増補版
【古地図】鰍澤(鰍沢) 五万分之一地形図 甲府11号(共16面) 明治43年測図・昭和4年修正 日本陸軍参謀本部発行 少々書込み有 1929 <五万分一地形圖 甲府 11號>
仙台市全図 最新刊・地番入
衍芬草堂故交遺翰 中国近現代書信叢刊
台湾事情 昭和10年版
輸出農産物としての除虫菊
《晋陽古城三号建築基址》
社会学思想の系譜 <りぶらりあ選書>
中国鍼灸史図鑑(全2巻)
米穀法施行四十周年記念誌
虎に食われた男
国語と国文学 第295号 昭和23年11月号
木と民具 <日本民具学会論集 4>
薩軍城山帰還路調査-城山帰還最後の四日間
原始仏教 第7巻(中部経典4) <原始仏典 第7巻> 第1刷
良い子の友 第25巻第3号 6月号
建築雑誌 1972年3月 Vol.87 No.1048Journal of architecture and building sciencearchitectural institute of japan特集:昭和46年度 日本建築学会近畿大会
経済学原理 上下巻揃い <岩波文庫>
達磨の研究
新聞要覧 日本の部 昭和二十一年版(外務省情報部編纂・昭和21年)
維新前後に於ける栃木縣地方の教育機関 地方教育研究紀要 第二輯(栃木縣女子師範学校・昭和13年)詳細は目次画像参照
判例を中心としたる債権法各論
殷周青銅器綜覧 2 殷周時代青銅器紋飾之研究 全2冊
自動車のデザインと空力技術 <自動車技術シリーズ / 自動車技術会 編 10>
香港遺美:香港老店記錄(修訂版)
生活の発見 <角川文庫>
天忠組の道
キネマ旬報 1344号通巻2158号 2001年11月下旬号
過程と実在 : コスモロジーへの試論 1・2
ドイツ民族 <民族叢書 ; 第11巻>
私達のからだ <新日本少年少女文庫 ; 第8篇>
鼻の美学
愛と幸福の哲学 : 若い日の生き方を設計する <三一新書>
英国準契約法
ソ連協同組合史
水稲地帯別生産力図説
新建築 1993年5月 第68巻 第5号 <オーガニックビルディング大阪>
季刊銀花 第65号 1986年春 <特集①漆の可能性 ; 特集②出雲の鯛>
新建築 1993年10月号 68巻10号
日本文法講座 正編6冊 続編4冊の (全10巻)です
日本地方財行政史序説 : 自由民権と地方自治制
自然地理学Ⅰ 朝倉地理学講座4
新建築 1982年4月 第57巻 第4号 <特集 : 住宅12題>
林子平傳 日本国防の先覚者 著者 松原晃 出版社 奥川書房 刊行年 昭17年初版 林子平(はやし しへい)元文3年6月21日(1738年8月6日) - 寛政5年6月21日(1793年7月28日))は、江戸時代後期の経世論家。諱は友直。のちに六無斎主人と号した。高山彦九郎・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人(「奇」は「優れた」という意味)。元文3年(1738年)、幕臣岡村良通の次男として江戸に生まれる。父の岡村良通は御書物奉行(620石)として仕えていたが、子平が3歳の頃、故あって浪人の身となり、家族を弟の林従吾(林道明)に預け諸国放浪の旅に出た。子平らは、大名家に往診にも行く開業医であった叔父の従吾のもとで養われる。まもなく、長姉と次姉は仙台藩の江戸屋敷に奉公するようになり、仙台藩5代藩主伊達吉村の侍女として仕えた。次姉のなお(きよ)はその容姿と心ばえが吉村に愛され、やがて6代藩主となる宗村の側室に抜擢され、お清の方と呼ばれるようになった。お清の方は1男1女をもうけた。男子はのちに三河国刈谷藩主土井利信の養嗣子となる土井利置、女子は出雲松江藩主松平治郷の正妻となる方子(青楽院)である。お清の方の縁で、養父の従吾は仙台藩の禄を受けるようになった。従吾の没後、子平の兄の林友諒が封を継ぎ、宝暦6年(1756年)に正式に仙台藩士として150石が下された。同年5月に宗村が死去すると、友諒は家族を引き連れ、仙台川内に移住した。子平は部屋住みの身で妻子は持たなかったが、仙台藩士として生活するようになった。子平はみずからの教育政策や経済政策を藩上層部に進言するが聞き入れられず、禄を返上して藩医であった兄友諒の部屋住みとなり、北は松前から南は長崎まで全国を行脚する。長崎や江戸で学び、大槻玄沢、宇田川玄随、桂川甫周、工藤平助らと交友する。ロシアの脅威を説き、『三国通覧図説』『海国兵談』などの著作を著し、「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して、当時の人びとを驚かせた。『海国兵談』の序を書いたのは、仙台藩医工藤平助であった。また『富国策』では藩の家老佐藤伊賀にあて藩政について説いたが、採用はされなかった。
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