古本屋四十年(Ⅱ)古書りぶる・りべろ 川口秀彦 |
古書組合に入ろうと決めたもう一つの大きな理由は情報が欲しいということだった。古本屋を含む古物商は、仕入値も売値も自分で自由に判断できるという特殊な商売だが、それなりの相場、顧客が納得する売買の目安というものは考えなければならない。私の場合、店の営業は割に順調に伸びていたから、組合に入っていなくとも自店の売買価格が間違ったものではないだろうとは思っていた。私たちのグループとほぼ同時期に、北海道や東海、中国地方でも、新刊に近い本を新刊価格の一〜二割で買い、五割で売るという、後のブックオフの先行形態のような非組合員の古本屋グループの営業が始まっていたが、みんな同じような売値、買値の設定だったようだ。好きなジャンル、得意なジャンルなどに多少のメリハリをつけた値付をするところがブックオフ的な完全マニュアル型とは違うところで、本という商品に対する愛好度やある程度の知識を前提として商売をしているという自負が、その頃のアウトサイダー型の古本屋には共通していたのかも知れない。私は、開業一年後に出た志田三郎『街の古本屋入門』という、古本屋開業の初めてと言える実践的な手引書を見て、基本的には合致していることを確認できて少し安心していた。
私が組合で得ようとした情報はそのような情報ではなく警察の取締り情報だったのだが、アテが外れてしまった。神奈川古書組合のベテランたちには共産党色の濃い人も結構いて、警察との交流は重視していなかったし、何より神奈川では古物講習会など、警察側の情報を得る機会がほとんどなかったのだ。東京の警視庁では防犯上の情報などを、管轄署ごとに年に一度古物商を集めて行う古物講習会で流している。神奈川では、私の経験だと、新規の古物鑑札取得者を何年分かまとめて講習会をやり、一度受講すればそれ以後の案内は来なかったのだ。 なぜ私が警察の取締り情報が欲しかったのかといえば、学生時代も社会人になっても警察から逃げきっていた私が、刑法175条違反、いわゆるワイセツ罪で逮捕されたからだ。80年代に全盛だったビニ本、オールカラーの女性ヌード写真集を一冊ずつビニール袋にパックして立読みをさせずに内容を妄想させて購買意欲をそそるという、袋とじを商品化したような本は、新刊取次が扱わず新刊書店、古書店に専門の業者が持ち込んでいた。古本屋は当然その中古品も扱っていた。その中でも煽情的なポーズが多かったり性毛が見えたりしたものはすべてワイセツ物として取締りの対象になっていた。私はワイセツ物販売の現行犯として自店内で突如逮捕されたのだ。84年になったばかりの時だった。組合に入った後に知ったところでは、同時期に十名を軽く越す神奈川組合員も手入れを受けていたという。組合にいても情報は得られなかったのだ。彼らは説諭か一泊二日で済んでいるのに、私は寒い中で三泊四日だった。ビニ本販売を犯罪とは認めなかったためらしい。 そもそもサド裁判で有罪になって間もない頃の澁澤龍彦の担当編集者だったので、ワイセツ罪について多少は知っていた。編集者時代に知った三崎書房の林宗宏は『エロチカ』という雑誌で何回も取締りを受けていた。その林が「ワイセツか芸術かではなく、ワイセツなぜ悪いで闘え」と言っていた記憶もあった。林は三崎書房の前に林書店という人文系の出版社をやっていた京大法学部出身の左翼闘士で、出版界の中では法律に明るい人という噂も聞いていた。そういう知識が私の態度に影響していた。それに何より、私はワイセツ裁判被告だった大学入学以来の友人がいた。「四畳半襖の下張り模索舎裁判」の当事者の五味正彦君である。野坂昭如編集の『面白半分』に掲載された「四畳半襖の下張り」がワイセツであるとして野坂と『面白半分』が取締られた時に、そのコピーが五味たちが創設した新宿のミニコミ書店模索舎に持込まれ、それを販売したとして五味たちも逮捕され、72年から79年まで裁判をして高裁まで闘って有罪となっていた。私は釈放されてすぐに五味に連絡をとったのだが「弁護士は紹介してもいいが、無駄だから罰金を払って決着をつけて早く商売に専念しろ」という忠告だった。私も自主出版物の流通確保などという模索舎のような大義もなく、ただ面子だけで澁澤さんや林さんのような裁判闘争をしても無意味に近い、時間とお金の無駄使いだと判ったので、五味の忠告に従った。 横浜地裁だか家裁だかでの略式裁判の担当が、ほぼ私と同年齢の同窓の判事補で、66年と69年と二度の早大闘争を私と同じように経験したという男だった。罰金額を言い渡した最後に「せっかく早稲田まで出ているんだから、もっと真面目な本で商売しなさい」と説教した時には、平和と民主主義を掲げていたグループにいた人だろうと思った。管轄署の警部補が「君の幼い女の子が高校生ぐらいになった時、お父さんがこんな本で学資を稼いでいると知ったらどう思うだろうな」と言ったことの方が精神的に応えてしまった。事件後はアダルト系の品揃えをおとなし目にしたのは、その警部補の言葉を考えたからだろう。その後、半年毎か一年毎に、その警部補は数回は店を見に来ていた。その後は転勤でもしたのか、見えなくなった。その警官が洩らしたのか、私だけが長く泊ったということを管轄署が同じ組合員の古本屋が知っていて、私が組合に加入申請した時には一部の組合員には、闘う奴、うるさい奴が組合に入ってくるようだと何人かには評判だったらしい。 友人の五味の名前を出したので、ここで私の吉祥寺移転が五味あってのことだったことも書いておこう。90年代半ば過ぎに私の自宅が市街地再開発の対象区域に入り、その少し前に故郷の生家が再開発による立退きが決まっていて、両親が多摩市にある兄の自宅のそばに移住してきていた。親の面倒を見ている兄夫婦の、多少ともの手助けになればという思いもあり、数年後には引越を迫られる私も少し早目だが多摩地区で店と住居を捜し始めた。その頃五味は模索舎を後進に託し、吉祥寺でほんコミニケート社という、ミニコミ、自主出版物の取次業をしていた。私は希望丘の店を「ほんコミ・ミニ書店」としてほんコミ社の取扱い品を置くようにしていて五味とは年に数回会っていた。私の多摩地区での自宅と店捜しを聞いて、店は吉祥寺にしないかと言ってきた。当時、独特のブックフェアを活発にしていた吉祥寺弘栄堂や、吉祥寺にあるいくつかの出版社、古本屋の元気な若手よみた屋などと、吉祥寺を「本の街」にする構想があるから一緒にやってくれと言うのだ。移転先まで見つけて来た。借用期間に制限があったが吉祥寺としては割安だと思い、そのJR高架下の物件に決めた。「本の街」構想は実現しないで消えたが、よみた屋の澄田さんとはその時五味の紹介で会ったのが最初だったような気がする。トムズ・ボックスを認識したのも五味のプランからだったと覚えている。私の自宅地区の再開発は、駅前商店街の力不足、大地主である鉄道会社、同じく大きな地権を持っている大和市の思惑などがからんで二転、三転してなかなか進まず、私の店が吉祥寺にあった間は再開発組合が自宅を買上げてくれなかったから、そのまま住み続けていた。今はその再開発地区には大和の市立図書館が入る立派な建物が立っている。田舎の実家跡の再開発ビルは低層階商業、高層階住宅としたが、江戸時代以来の古い商業地で駐車スペースを大きくは確保できずに苦戦しているようだ。 五味は、私が古本屋になる半年ほど前に会って話した時には、警察の鑑札のいる商売なぞするんじゃないと反対していたのだが、20年後の本の街構想の頃は古本屋への評価を変えていたようだ。ネットがなかった時代の、取次が扱わなくて人々の目にとまりにくい出版物を流通させようという考えで始まった模索舎、ほんコミ社、模索舎の流れを汲む人たちが始めた地方小出版物流通センターなど、既成の新刊流通から洩れた出版物の流れは、ネットの出現で完全に様変わりした。新刊でなく、古本の流通も大事だと五味も思い出したのかも知れない。だが、その古本も実店舗よりこの「日本の古本屋」のようなネットが主流になりつつあるのだ。 吉祥寺時代に、参加した即売展などで配った店内企画フェアのチラシと、 |
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古本屋ツアー・イン・ジャパンの2021年総決算報告
古本屋ツアー・イン・ジャパンの2021年総決算報告古本屋ツーリスト 小山力也 |
2021年という、子供の頃には想像もできなかった遠い未来に、何とかしぶとく生きている。しかも、新型コロナウィルスがパンデミックを巻き起こしている、さらに想像も出来なかった未来に。まったく収束の気配を見せぬ新型コロナウィルスのために、マスク着用・手指消毒・不要不急の外出制限・人間同士の過剰なまでの距離の意識・ワクチン接種などが日常化してしまい、生活様式は強制的に変質してしまった。当然不特定のお客さんが来店する古本屋さんも、消毒のためのアルコールを店頭に常備し、貼紙でマスク着用を促し、帳場にはビニールシートを張り巡らせ、お店によっては入店制限もし、また度々発出される緊急事態宣言のために時短営業や臨時休業を余儀なくされるなど、営業形態の変質を選ばなければならぬ日々であった。ということは、当然古本を買いに来るお客さんもそれに巻込まれ、一時期は古本修羅が生きて行くのに決して欠かせぬ馴染みのお店が臨時休業してしまう、憂き目にも遭うこととなった。 だが、感染予防が長期化するとともに、刻々進化するウィルスに対抗するように、人間の側も日常生活として日々を送れるように、知恵を絞りつつ、“慣れる”ということを受け入れつつあったのである。2021年は、そんな希望ある締念が、世間に充満しつつある年であったように思う。“希望ある締念”を受けれ入れつつあったからこそ、どうにか古本屋さんをたくさん訪れ、古本を買える一年となったのである。そんな激動続きの一年を、古本屋さんと古本を軸に、個人的に振り返ってみよう。 相変わらず東京近辺の古本屋さん事情になるが、新しく開店したお店について記述して行くと、神保町の「大島書店」跡地に「光和書房」が誕生。高級な書跡関係を商うお店だが、店頭にはいい感じの古書が居並ぶ素敵なお店である。吉祥寺には新刊と古本の絵本を並べる「あぷりこっとつりー」が開店。さらに同地には、「古本のんき」が駅東側にお店を構え、スロースタートであったが、街の古本文化をしっかりと支える頼もしいお店に成長している。荻窪にはネット売りのお店ではあるが、店頭で少々古本を並べる美術系に強い「中央線書店」がお目見え。ゆくゆくはちゃんとした実店舗も開く予定とのことなので、首を長くしてその朗報を待っている最中である。高円寺では元クリーニング屋にたくさんの本を並べた「ホワイトハウスのクリーニングまるや店」という珍妙なお店が出現。店主の読了本である、英語関連・歴史関連・世界関連を安値で並べ、お客さんの来店をラジコを聴きながら待ちかねている。代田橋では、元キネマ旬報編集者が開いた小さな小さなお店「バックパックブックス」を目撃。昨今古本屋さんが減りつつある京王線沿いを地道に盛り上げていただきたいものである。中野富士見町では、神保町から移転して来た「菅村書店」が一部トランスフォームし「本とおかし リコリコ」なる地元密着型店をスタート。江古田では、「ポラン書房」の元店員さんが開いた「snowdrops」が強固で知的な棚造りで、催事で活躍する「一角文庫」とともに、「ポラン書房」の血を受け継ぐ決意を堂々表明していた。さらに同地では、雑貨屋さんの奥のスペースに間借りした「百年の二度寝」なる隠れ家のような若者向けのお店が活動を開始。国立の「谷川書店」跡地に出来た「三日月書店」は一般書も扱うが、アラブ・イスラム圏の洋書に強いお店。また松陰神社前にあった「nostos books」は祖師ケ谷大蔵に移転。駅から遠く離れた場所なのに、移転初日からたくさんのお客さんで賑わう人気ぶりを見せていた。浅草橋の森閑とした裏通りには「古書みつけ」が出現。地元の方々からの古本の寄付で成り立つ、いつか何かが出てきそうなお店である。鶴見市場の駅近くに開店していた「古本屋さいとう」は小さいながらも、古本に見る目を持った優良店であった。さらに番外編として、神保町に一瞬オープンした、尾道の深夜営業の古本屋さん「弐拾dB東京出張所」を挙げておきたい。店主の著書刊行記念としてのイベントであった。 さて、開店するお店あれば、閉店するお店あり。哀しく寂しい思いをグッと飲み込んで、一気に羅列して行こう(実店舗は閉店しても催事&通販で活動を継続しているお店も含まれる)。武蔵境「浩仁堂」(だがいずれ店売り復活の情報あり)大泉学園「ポラン書房」国立「銀杏書房」本郷三丁目「大学堂書店」高円寺「アニマル洋子」大井町「海老原書店」梶原「梶原書店」等が挙げられようか。今までたくさんの古本を扱い、捌いていただきありがとうございました! そして今年は、こんな風に古本屋さんが好き過ぎて、古本屋さんのお手伝いとして存分に活躍した年でもあった。懇意の古本屋さん「盛林堂書房」の買取時の助っ人として(ホームズの“ベイカー・ストリート・イレギュラーズ”に倣い“盛林堂・イレギュラーズ”と自称)、十八回の出動を数えた(余録として静岡の買取で狐ケ崎の「はてなや」に一瞬訪問出来たのは嬉しかった)。その出動の半分は何と、稀代のアンソロジストでミステリ評論家の日下三蔵氏の書庫の片付けであった。氏の書庫は、日本でトップクラスのミステリ蔵書を誇る貴重で重要な場所なのだが、いかんせん蔵書が多過ぎて、長らく人の踏み込めぬ人智を超越した魔窟魔境となっていたのだが、氏と我々の地道な努力により、資料としての蔵書が並ぶ本来の書庫としての姿を取り戻しつつある。だが、まだとてもとても完全とは言い難いので、この片付け作業はまだまだ続くことになりそうだ。 そんな古本屋さんに関する仕事と言えば、編集やデザインで関われた幸福な年でもあった。まず筆頭に挙げるなら、「東京古書組合百年史」の『古本屋分布図』を作成したこと。東京の七支部に属する古本屋さんのの過去の姿と現在の姿を、見え易く分かり易く図にする、過酷過ぎるお仕事!その成果は、どうか本を繙きご覧いただければ幸いである。その仕事に付随して、東京古書組合の新ポスターをデザインさせてもらったのも、身に余る光栄であった。さらには2015年に古本ライター・岡崎武志氏と共編した「野呂邦暢 古本屋写真集」をちくま文庫から再刊出来たのは、まさに奇跡であった。先に岡崎氏が編集した同じちくま文庫「愛についてのデッサン/野呂邦暢」が地道に増刷を重ねた結果、その勢いと「愛についでのデッサン」の副読本としての効果を見込み、動いた企画である。作家が秘かに撮影していた、七十年代の古本屋の貴重な姿を、たくさんの人の眼に届くように残せたことは、冗談抜きで私が今まで生きて来た意味があった!と思うほど、意義のあるお仕事だったのである。 このように、通年と変わらず古本屋さんに捧げた日々を過ごして来た。今年もまた、様々な困難が襲いかかるであろうが、跳ね飛ばしたりすかしたりして、古本屋さんに楽しく耽溺して行こう。ちょっと遅めではありますが、古本屋さんたちよ、今年も何とぞよろしくお願いいたします。 小山力也 |
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「商うことと歌うこと 頁をめくる音で息をする」
「商うことと歌うこと 頁をめくる音で息をする」古本屋弐拾dB 藤井基二 |
昨年の十一月に自分の古本屋の日々を書き連ねた『頁をめくる音で息をする』(本の雑誌社)が刊行となった。裏表紙にはこう書かれている。「開店時間は23時。尾道の路地に佇む古本屋は、疾走する店主が築いた小さな城。深夜の隠れ家から詩と熱情があふれだす。」担当の編集者さんが考えた宣伝文だ。まともな勤め人になることから逃げた身からすれば「失踪する店主」の間違いではないかと思った。 平日の開店時間は夜の二三時から二七時。「深夜の古本屋」と雑誌の本屋特集で取り上げられたりする。理由は単純で、開業前に続けていたアルバイトの隙間で営業しようと考えた結果、深夜営業となった。酒や珈琲など、「水」は売っていない。(本も売らずに、売れずに?)お客さんに油ばかり売ってはいるが。「儲かるのか?」と聞かれれば、赤ちょうちんの下で笑えるくらいには、と答えている。ボロ儲けということはないが、地味にもそれなり温かく暮らせている。「深夜にどんなお客さんが来るのか?」と気になった方は、ぜひとも拙著を読んでいただければと思う。呑み屋と間違えてやってくる酔客、井上靖好きの勝気な女性に、誕生日の瞬間を古本屋で祝う常連客。ほんとうにさまざまなお客さんが、一つ二つと言葉を残して夜を去ってゆく。 「どうして古本屋をはじめたんですか?」と、よくお客さんに聞かれる。二三才ではじめた店だったので何かしら大きな野望や理由があるだろうと思う人がいるのも分からなくはない。実際はただ就職することができなかった、苦し紛れの選択だった。本を読みつつ酒を飲みながらぼんやり暮らしたい。そんな単純な願いに至るまでには紆余曲折あった。今から思い起こせば、たわいないきっかけだったが当時は切実だった。 心が病むと本は読めなくなる。そんな経験を学生時代に味わった。就活に進路、恋愛やらなんやらと重なり、大好きだった本を開く元気さえなくなった。読んでくださった方の何人かは同じ経験をしたことがあると、感想を伝えてくれた。「苦しかったのは自分だけじゃなかった」と話す声は、そのまま僕の声でもある。原稿を書き進めながら、何度も昔の自分を振り返る。当時のことを文章にするのは初めてのことで苦労したが、一つの区切りをつけるきっかけにもなった。 本では有名無名の詩人の詩を紹介している。高校時代に出会った中原中也をきっかけに詩にめざめ、店をはじめてからもたびたび詩集を開いている。裏路地の日陰を生きるような生涯を送ったアル中の詩人、伊藤茂次。彼の言葉には、後ろ向きであるのに突き抜けた光がある。コロナ禍での営業で心が折れそうなときに、何度か励まされた。石垣りんや石原吉郎の詩は甘っちょろい自分を何度も引っ叩いた。言葉に叩かれるたびに背筋を伸ばす。 生まれ故郷福山を生きた木下夕爾は、特にお気に入りの詩人だ。詩、俳句(夕爾は俳人でもあった)が好きな方には知る人も多いと思うが、それほど知名度があるとも言えない。彼の第一詩集『田舎の食卓』は復刻版もあるが古書価はそれなりに高く、酒の勢いを借りて地元の古本屋で買い求めた。東京での文学者の夢を諦め、家業の薬局を継がねばならなかったひとりの詩人。モダニズムな感性で書かれた詩作品にはどこか寂しさが漂う。現代の若い読者にこそ響くものがあると思う。今回、拙著を読んだ方から「詩を読んでみたくなった」と言われれば、これほど嬉しいことはない。 「古本屋」は商人のひとつの形であることは間違いない。夢やロマンだけでは腹を満たすことは難しい。埃にまみれながら粛々と本をさばき、淡々と日銭を稼ぐ時間が大半だ。とはいえ、「古本屋」にロマンがまったくないのかと言われれば、僕は違うと思う。お宝な商品で一攫千金といったようなロマンの話ではない。本を介してさまざまなお客さんと交わる時、一篇の詩のような時間が流れることがある。引っ越しにともなって売りに来られた本のこと、亡くなったご家族の自宅へ買取に行った時のこと、常連さんの何気ない会話。本の間に挟まれた一枚の写真や紙片のように静かで微かなもの。ふと、本から取り出してはつい見入ってしまう声がある。一冊ずつにいくつもの声が重なっている。その声たちがまたこうして、一冊の本として立ち現れたと思っている。読んでくださった声がまた重なり、自分の本が古本屋の棚に並ぶ日が来ることを僕は夢見てしまう。 『頁をめくる音で息をする』 藤井基二 著 |
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2022年1月11日号 第338号
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古書市&古本まつり 第108号
。.☆.:* 通巻338・1月11日号 *:.☆. 。
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━━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━
古本屋四十年(Ⅰ)
古書りぶる・りべろ 川口秀彦
古本屋になって四十年が経つ。それ自体はめずらしくはない。私
の場合、編集者六年、新刊書店員六年の後の転進で、編集者から古
本屋、新刊店員から古本屋という例はかなりあっても、両方とも経
験というのは多くないだろう。しかも営業場所を、開業した横浜で
19年、東京吉祥寺で8年半、神田神保町で11年、無店舗になり神奈川
の自宅で2年と移している。店舗を移転する人はいても、所属組合が
神奈川古書組合から東京古書組合、そして神奈川に出戻るという例
も他には聞かない。さらに私は、最初の三年間はあえて組合非加入
のアウトサイダーとしてやっていたから、成功した古本屋ではなく
とも、様々な環境での古本屋を経験してきている。話のネタには困
らない。まず開業の頃の話から始めよう。
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7674
━━━━━━━━━【シリーズ 古本の読み方3】━━━━━━
「総ルビ」や「著者略歴」の効用――古本を分析書誌してみる(古本の読み方3)
書物蔵
初回、前回と、価値観のズレを読んだり、観点をズラして「読み
替え」たりした。今回は真正面から戦前古本のテキストを読んでみ
る。即物的な読み方、あるいは「分析書誌」と言ってもよいかもし
れない。
■戦前本は造りのルールが違う――例えば、パラルビvs.総ルビ
戦前本には、今の我々が知らない共通ルールがいくつかある。例
えば、新聞紙夕刊は記載発行日の発行でなく、前日の(夕方)発行
だったり、大正期まで辞書はイロハ引きだったり、ページ付けなど
も1冊の途中で何度も1から始められていたり。
ここでは、ふりがなのルールについて見てみる。
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7936
書物蔵
本格的古本歴は15年ほど。興味は日本図書館史から近代出版史へ
移行し、今は読書史。
共書に『本のリストの本』(創元社、2020)がある。
ツイッター
https://twitter.com/shomotsubugyo (2009年~)
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「コショなひと」始めました
東京古書組合広報部では「コショなひと」というタイトルで動画
配信をスタート。
古書はもちろん面白いものがいっぱいですが、それを探し出して
売っている古書店主の面々も面白い!
こんなご時世だからお店で直接話が出来ない。だから動画で古書
店主たちの声を届けられればとの思いで始めました。
お店を閉めてやりきったという店主、売り上げに一喜一憂しない
店主、古本屋が使っている道具等々、普段店主同士でも話さない
ことも・・・
古書店の最強のコンテンツは古書店主だった!
是非、肩の力を入れ、覚悟の上ご覧ください(笑)
くだん書房
靖文堂書店
司書房
西村文生堂
YouTube 東京古書組合
https://www.youtube.com/channel/UCDxjayto922YYOe5VdOKu9w
━━━━━━━━━【東京古書組合からお知らせ】━━━━━━
◆『アイデアブックス・新刊書籍内覧会』開催◆
場所 東京古書会館 2階情報コーナー
日時 2022年1月17日(月)・1月18日(火)
時間 10時~18時
入場無料
主催 アイデアブックス
ホームページ
https://www.ideabooks.nl/
◆「東京古書組合百年史展」 開催◆
場所 市立小樽文学館 無料展示スペース
日時 2021年12月18日(土)~2022年2月13日(日)
時間 9時30分~17時(最終入館は16時30分まで)
休館日 毎週月曜日(1月10日を除く)
12月29日~1月3日、1月11日・12日、2月1日~4日
入場無料
ホームページ
http://otarubungakusha.com/exhibition/2021114096
━━━━━【1月10日~2月15日までの全国即売展情報】━━━━━
⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init
※現在、新型コロナウイルスの影響により、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。
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アクロスモール新鎌ヶ谷古本市(千葉県)
期間:2022/01/05~2022/01/13
場所:アクロスモール新鎌ヶ谷 1F 中央エレベーター前
千葉県鎌ケ谷市新鎌ヶ谷2-12-1
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♭立川フロム古書市ご案内♭
期間:2022/01/05~2022/01/16
場所:立川駅北口徒歩5分フロム中武(ビッグカメラ隣)
3階バッシュルーム(北階段際)
http://mineruba.webcrow.jp/saiji.htm
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新春東武古本まつり(栃木県)
期間:2022/01/06~2022/01/11
場所:東武栃木市役所店 1階 (栃木市万町9-25)
栃木駅(JR・東武)・新栃木駅(東武)より徒歩15分
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第44回古本浪漫洲 Part1
期間:2022/01/06~2022/01/08
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/
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東京愛書会
期間:2022/01/07~2022/01/08
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
http://aisyokai.blog.fc2.com/
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杉並書友会
期間:2022/01/08~2022/01/09
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
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第44回古本浪漫洲 Part2
期間:2022/01/09~2022/01/11
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/
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第44回古本浪漫洲 Part3
期間:2022/01/12~2022/01/14
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/
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オールデイズクラブ古書即売会(愛知県)
期間:2022/01/14~2022/01/16
場所:名古屋古書会館 名古屋市中区千代田5-1-12
http://www.hon-ya.net/
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趣味の古書展
期間:2022/01/14~2022/01/15
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
https://www.kosho.tokyo
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第44回古本浪漫洲 Part4
期間:2022/01/15~2022/01/17
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/
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第44回古本浪漫洲 Part5(300円均一)
期間:2022/01/18~2022/01/20
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/
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さんちか古書大即売会(兵庫県)
期間:2022/01/20~2022/01/25
場所:さんちか三番街 さんちかホール
https://hyogo-kosho.com
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和洋会古書展
期間:2022/01/21~2022/01/22
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
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五反田遊古会
期間:2022/01/21~2022/01/22
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4
JR山手線、東急池上線、都営浅草線五反田駅より徒歩5分
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中央線古書展
期間:2022/01/22~2022/01/23
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
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浦和宿古本いち(埼玉県)
期間:2022/01/27~2022/01/30
場所:さくら草通り(JR浦和駅西口 徒歩5分 マツモトキヨシ前)
https://twitter.com/urawajuku
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我楽多市(がらくたいち)即売展
期間:2022/01/28~2022/01/29
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
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大均一祭
期間:2022/01/29~2022/01/31
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
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BOOK & A(ブック&エー)
期間:2022/02/03~2022/02/06
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
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書窓展(マド展)
期間:2022/02/04~2022/02/05
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
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ぐろりや会
期間:2022/02/11~2022/02/12
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
http://www.gloriakai.jp/
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杉並書友会
期間:2022/02/12~2022/02/13
場所:西部古書会館 杉並区高円寺北2-19-9
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フィールズ南柏 古本市 (千葉県)
期間:2022/02/12~2022/02/27
場所:フィールズ南柏 モール2 2階催事場 柏市南柏中央6-7
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日本の古本屋メールマガジンその338 2022.1.11
【発行】
東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
URL http://www.kosho.or.jp/
【発行者】
広報部:志賀浩二
編集長:藤原栄志郎
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2021年12月24日号 第337号
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1.たたかう講談師、松林伯円 目時 美穂
2.『詩とは何か』 吉増 剛造
3.「本のある場所」への感謝 南陀楼綾繁
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━━━━━━━━━━━━【自著を語る(283)】━━━━━━━━
たたかう講談師、松林伯円
目時美穂
講談師の得物はただ一本の張り扇。
これをたずさえて高座にあがり、刃物にも、調子をとる道具にも
して、あとは己の舌先だけで幕末、明治の世の大衆を熱狂的に踊ら
せた講談の名人がいた。
二代目松林伯円という。
時流を読むことに長けていたとともに、それを作品に組み込む創
作の才にも恵まれていた伯円は、幕末期動乱の不穏な空気のもとで
は、どろぼう物を講演して大成功を博し、どろぼう伯円とあだなさ
れ、明治の世になると文明開化を、西南戦争を、自由民権運動を、
自作に取り入れて、生涯に70作以上の新作講談をうみだした。
続きはこちら
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『たたかう講談師 二代目松林伯円の幕末・明治』目時美穂 著
文学通信刊 定価:2,500円(税別)好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-66-1.html
━━━━━━━━━━━━【自著を語る(284)】━━━━━━━━
『詩とは何か』
吉増剛造
ありがとうございました。お声をかけていたゞきましたタイミン
グが、…と思いまして念のために辞書をひいてみますと、“timing
=時宜を得ること”と、こうして、前著の『Voix』(思潮社、二〇二
一年十月刊)について、書きましたときと同じような心躍りを覚え
つつ、“うん、生き物のように、そのときそのときでこれも違うの
だな、この心躍りは、…”と独(ひと)り言をいゝながら、書きは
じめております。
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7869
『詩とは何か』 吉増 剛造著
講談社現代新書 定価:1210円(税込)好評発売中!
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━━━━━━━━━━━━【自著を語る(285)】━━━━━━━━
「本のある場所」への感謝
南陀楼綾繁
先月末に『古本マニア採集帖』(皓星社)を刊行した。自分なりの
やり方で古本と付き合っている36人のインタビュー集だ。つい最近
まで「日本の古本屋メールマガジン」で連載したものに、書下ろし
を加えた。連載は当初2年ぐらいのつもりだったが、続けていくうち
にこんな人も、あんな人もと欲が出て、3年近くの長期になった。好
きなように書かせてくださった東京都古書籍商業協同組合広報部に
は、改めてお礼を申し上げる。
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7875
『古本マニア採集帖』 南陀楼綾繁 著
皓星社 定価:2,000円+税 好評発売中!
https://www.libro-koseisha.co.jp/history_culture/9784774407500/
※『古本マニア採集帖』イベント開催します!
詳細はこちら
https://is.gd/Dxgs3M
━━━━━━━━━━【プレゼント企画】━━━━━━━━━━━
『古本マニア採集帖』【直筆サイン入り】を、抽選で5名の方に
プレゼント致します。ご応募お待ちしております。
応募申込は下記ページにてお願い致します。
締切日 12月27日(月)午前10時
https://www.kosho.ne.jp/oubo2021/1224.html
━━━━━━━━━【東京古書組合からお知らせ】━━━━━━
「東京古書組合百年史展」 開催
場所 市立小樽文学館 無料展示スペース
日時 2021年12月18日(土)~2022年2月13日(日)
時間 9時30分~17時(最終入館は16時30分まで)
休館日 毎週月曜日(1月10日を除く)
12月29日~1月3日、1月11日・12日、2月1日~4日
入場無料
ホームページ
http://otarubungakusha.com/exhibition/2021114096
━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━
「2021年の古ツアをふり返る」(仮題)
古本屋ツアーインジャパン 小山力也
http://furuhonya-tour.seesaa.net/
『頁をめくる音で息をする』 古本屋弐拾dB 藤井基二 著
本の雑誌社 定価:1,540円(税込)好評発売中!
https://honnozasshi.stores.jp/items/618345133303784078dbaa26
━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━
12月~1月の即売展情報
※新型コロナウイルスの影響により、今後、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。
⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init
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日本の古本屋メールマガジン その337・12月24日
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「総ルビ」や「著者略歴」の効用――古本を分析書誌してみる(古本の読み方3)
「総ルビ」や「著者略歴」の効用――古本を分析書誌してみる(古本の読み方3)書物蔵 |
初回、前回と、価値観のズレを読んだり、観点をズラして「読み替え」たりした。今回は真正面から戦前古本のテキストを読んでみる。即物的な読み方、あるいは「分析書誌」と言ってもよいかもしれない。
■戦前本は造りのルールが違う――例えば、パラルビvs.総ルビ パラルビと総ルビ 書籍ならその書籍を出すとき、対象とする読者の智能程度によつて、ふりがなをつける。このふりがなを、ある幾つかの、むづかしい字だけにつけるのはパラルビと云ひ、漢字の殆んど全部につけるのを総ルビと云ふ。(編集者同志会 編『編集から出版まで』創文社, 1949)
想定読者の「智能程度」でふりがなを付け分けるとある。今でいう「リテラシー」だろう。高ければパラルビ、低ければ総ルビにする。戦後は義務教育が中学までと高くなったので、出版物はみなパラルビがデフォルトとなった(だから、現在は「パラルビ」という言葉自体、ほとんど聞かない)。しかし戦前は9割方が小学校卒だったので、学術書でない一般書、通俗書、雑誌なども総ルビであるのが普通である。 例えば大正期の代表的「赤本」(通俗的児童書)だった「立川文庫」(1911-ca.1923)は、当たり前だが総ルビである。「〔立川文庫の〕主な読者は大阪の丁稚だった。彼らは集金に行ってもすぐにお金をもらえないから、待たされる間に貸本屋で借りた立川文庫を読んだ。〔略〕そうしてふりがなでどんどん難しい漢字を覚え、丁稚の中から高度の読み書きと語りを身につけた人が出てくる」(鶴見俊輔『読んだ本はどこへいったか』潮出版社、2002)。ちなみに手塚治虫のデビュー作『新宝島』(1947、育英出版)は大阪の赤本だった。 このように、一般には小学校卒業後の社会教育に功があったとされる総ルビだが、これをうまく使うと、いろいろわかることがある。 ■総ルビの本で固有名の読みがわかる 昭和28年に逝去した赤本業界の名物男で「奇人」の松要を偲んで、業界人30名以上が追悼文を寄せているのだが、これがまた、私にとっては大助かりだったのは、各回想の断片情報(意味内容)もさりながら、即物的に役立ったのが総ルビである。 たとえば戦前、「数物」**で最大手スジだった問屋に「酒井淡海堂」があるが、この「淡海堂」の読みが(私には)わからなかった。国会図書館の名称典拠では「タンカイドウ」と読んではいるが、この読みは根拠が不明とある***。淡海堂は「オウミドウ」と読めなくもない。同時代の業界人になら疑問にすら思われないことが、現在わからない。 このまんじゅう本を読んでいくと、これまた有名な業界人・小川菊松の回想文中で、松要が大阪方面の特価本販売を一手に引き受けることになったという話の中に「河野氏を始め酒井淡海堂やその他の東京の特価本」(p.18)という形で本文中に出てくる。この本は総ルビ本なので、ちゃんと「さかいたんかいどう」とルビがあった。 図1 『松要さんの思ひ出』p.18 ■近代本の分析書誌はまだこれから 昭和初期に日本書誌学が出来た時、研究対象を前近代の本に限定してしまったために、近代本の分析書誌的な解説ないし研究は、まだ十分になされていない。近年、ふりがなについては、ネットで青空文庫を情報源にした「ふりがな文庫」という検索サイトがあって、便利である。いま「淡海」を引くと、次のような結果を返してくれる。 ■「奥付」の著者名欄ふりがなは? この奥付の記載事項は、やはり歴史的に変遷があるのだが、やはり一番の読みどころは「著者略歴」欄だろう。どんな経歴の人が自分がゲットした――あるいは買おうとしている――本を書いたのか、ということは、実は本文よりも重要かもしれない。しかし、これもまた、歴史的にある時点――昭和18年――から奥付に付加されるようになった情報なのである。出版業界の慣例かと言えば、実は戦時統制の余沢なのである。日本出版文化協会が、「読者が編著者又は訳者の略歴を知ることが出来れば、其の書籍の内容と特質とを概念的につかんで其の選択に便宜」なのと、当時の「国民読書」運動の指導にも役立つので各出版社に掲載を要請したのだった(「書籍に編著者又は訳者の略歴掲載について」『出版文化』43号p.7 1942.12.21)。 それ以前の書籍には、背文字に「文学博士坪内逍遥」といった麗々しい肩書をつけたり、あるいは序文・跋文で著者の肩書、人となりに触れられることはあったが、明確な形での著者略歴欄はなかった。 著者名欄にふりがなをつけるようにせよ、と言ったのも協会だったらしい。戦後、協会が解体され、著者略歴欄は慣例として残ったが、著者名ふりがなは一旦、途絶えることになった。それが半世紀以上の時をへだてて復活したのは、1990年代末くらいかららしいのだが、誰も調べた人がいないようである。 * 松浦貞一なのに、なぜ「松貞」でなく「松要」なのかと言えば、反故問屋だった先代が松浦要助で、その屋号を受け継いだからである。 書物蔵 ツイッター |
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「本のある場所」への感謝
「本のある場所」への感謝南陀楼綾繁 |
先月末に『古本マニア採集帖』(皓星社)を刊行した。自分なりのやり方で古本と付き合っている36人のインタビュー集だ。つい最近まで「日本の古本屋メールマガジン」で連載したものに、書下ろしを加えた。連載は当初2年ぐらいのつもりだったが、続けていくうちにこんな人も、あんな人もと欲が出て、3年近くの長期になった。好きなように書かせてくださった東京都古書籍商業協同組合広報部には、改めてお礼を申し上げる。
本書には映画、地下本、カラーブックス、幻想文学、噴水、龍膽寺雄など、さまざまなテーマの本を集め、読み、調べる人たちが登場する。現在、本メルマガで連載中の書物蔵さんも「『図書館絵葉書』を発見したひと」として登場する。彼らのマニアぶりについては、ぜひ本文で確かめていただきたい。 インタビューする際は、その人がどんな古本マニアなのか、と同じぐらい、どんな過程をたどって古本マニアになったのかを伺うことに重きを置いた。人生においていきなり古本と接する人はまれで、たいていの人は段階を踏んで古本と出会っているはずだからだ。人それぞれの読書のグラデーションのようなものに興味があった。 たとえば、「貸本小説」を発見した末永昭二さんは、田舎町で学校の図書館の本を読み尽くし、京都の大学に入ってはじめて古本屋に足を踏み入れる。それが伝説の〈アスタルテ書房〉だったというのがすごい。 島根県出雲市に生まれた私の場合、本と出会ったのは幼稚園のときに買ってもらった学年誌だった。その後、小学校の図書室、市立の図書館、商店街の新刊書店と行動範囲を広げ、それとともに読む本が広がっていく。親に連れられて松江市の新刊書店に行ったときにはその広さに驚いたが、小学6年ではじめて東京に行き、〈八重洲ブックセンター〉に行ったときの衝撃はすさまじく、その後しばらくこの本屋が自宅の裏に建っている夢をよく見た。 はじめて古本屋に入ったのは高校生のときで、松江市にあった〈ダルマ堂書店〉だった。小説が安く買えたのが嬉しかったが、のちにこの店には郷土本が揃っていることを知る。それと前後して、吹奏楽部の全国大会に出場した際、自由時間に神保町に行った。雑誌『BOOKMAN』の神保町特集に古本屋の地図が載っていて、それを眺めながら歩いた。両手で紙袋が持てないくらいたくさんの古本を買い、集合時間に遅れて泣きそうになりながら大手町駅から東京駅まで走ったのを覚えている。 大学に入って東京で暮らしはじめた頃も、社会人になってからも、私は古本屋、新刊書店、図書館をめぐって、本と出会ってきた。 今年は『ダ・ヴィンチ』6月号に「10年後の被災地をめぐる『本のある場所』のいま」という記事を書いた。東日本大震災で被害を受けた地域の新刊書店、古本屋、図書館、ア―カイブ、出版社を取材したものだ。また、『地域人』75号の特集「本屋は続くよ」では、新潟県、広島県、香川県、福岡県の新刊書店と古本屋を取材した。これらの記事を通じて、私なりに「本のある場所」を応援しているつもりだ。 本書の巻末には、本文に登場する新刊書店と古本屋の索引を掲載した。いまも営業中の店もあれば、日暮里の〈鶉屋書店〉など古書業界の歴史に残る店の名もある。安くて掘り出し物が見つかる店として3人が挙げた荻窪の〈ささま書店〉は、昨年惜しまれながら閉店した。アナキズムに関心があった2人が、神保町にあった〈高橋書店〉を挙げているのも興味深い。本当はここに図書館も入れたかったのだが、煩雑になるので省略した。 なお、来年春からはこのメルマガで新しい連載をさせてもらうことになっている。これもまた、「本のある場所」をめぐる旅になりそうで、いまからワクワクしている。 『古本マニア採集帖』 南陀楼綾繁 著 ※『古本マニア採集帖』イベント開催します! |
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『詩とは何か』
『詩とは何か』吉増剛造 |
ありがとうございました。お声をかけていたゞきましたタイミングが、…と思いまして念のために辞書をひいてみますと、“timing=時宜を得ること”と、こうして、前著の『Voix』(思潮社、二〇二一年十月刊)について、書きましたときと同じような心躍りを覚えつつ、“うん、生き物のように、そのときそのときでこれも違うのだな、この心躍りは、…”と独(ひと)り言をいゝながら、書きはじめております。
そのタイミングといいますのは、仲介をして下さいました、旧友で書肆吉成の店主の、吉成秀夫さんから、“書いて下さい”の信号が参りました日が、そう、何往復をしましたのか、原稿送り、icレコーダー送り、校正送りが、とうとう、千秋楽のような最後の日をむかえていました、最終校正をして、編集ご担当の講談社の山崎比呂志さんに、最後のお礼のメモを記している日、そのときだったのです。(二〇二一年十月十七日、日曜日、午後三時頃でした。) いまから、綴りましたばかりの“お礼のメモ”を、比喩がすぐにはおもいつかないのですが、たとえば“掘った穴に隠したホネを、もう、すぐに掘りだしてみる小犬のように、…”なのでしょうか、この喩を考えているときが、仄(ほの)明るく面白(おもしろ)い。おそらく、初めてしている“仕草(しぐさ)”という“ときめき”なのですね。少し、怖いような気がするけれども。 山崎お師匠さまへ。 こうした“即時性”、タイミング=timingというのよりも、もっと幽かな、白い雲か白い煙を、そのときどきの思考のなかに、みつけだしつづけることが、この『詩とは何か』という書物の芯(しん)、…というのよりも、舐(な)めているうちに気がつくと溶けていた、飴玉(あめだま)にも似ている。とても時間がかかりました。時間ばかりではなくって、首の傾(かし)げかたを変える、…そんなふうに、“思考の仕草(しぐさ)”を、決定的に変えなくてはならなかったのです。 “…場面、場面における、むしろ小さな、細かな「しぐさの刹那」にこそ「詩」があるらしいということが、こうしてお話しすることによって、わたくしの心の経験として、少し明らかというか、明るみを帯びてきたというのでしょうか、表現ができてきたというのでしょうか。そういうところに差しかかってきましたように思います。それが「板一枚」であるのかも、「緑の導火線」であるのかも、「一刹那の遅れのようなもの」あるいは、奇妙な言い方をすることになるのですが、「一瞬の啞性(おしせい)のようなもの」(編集部注=カッコ内の文字列に“~”波線のアンダーライン)であるのかも知れないのです。 まさか、『自著を語る』で、こうした引用をしようとは、思ってもみなかったことだし、さらにここにいまから綴ってみるであろうことを、原稿にも加筆しそうになる、そんな幽かな危うさのようなものをさえもを覚えつつなのだけれども、引用の波線を付けました個処、…ここが、加筆、校正のときの、…そう二十回以上にも及んだであろうか、そのときのさらなる、幽かな次元の一歩のすすめ方でした。この書物の巻頭の第一の詩篇としてあげたのが、ウェールズ生れの酔っ払いの稀代の詩人Dylan Thomasの詩篇「緑の導火線を通って花を咲かせる力」とその濁声(だみごえ)であった。この声の深さ、濁(にご)りの奥には彼方にはと、思いをめぐらせていて、十数回目の手入れの際に、吃(ども)りとも口籠(くちごも)るともいわずに、ほんの僅かに文法(「読み」の)を外して、普通だと「啞性(あせい)」というだろうこれの読み方を、「一瞬の啞性(おしせい)のようなもの」としてみたときに、概念が一新されるというのよりも、刹那に世界の律動が変化したとも感じられたのです。 “「書くということに私は戦慄しているのだ。しかし一体どのような書くことなのか」と。これに答えてカフカが、「君にはわかんないのだ」と恋人のフェリーツェに言ってるんですね。「ある種の頭の中にある、ある種の文字とはどういったものなのか。それは地面の上を歩くかわりに木々の天辺にいる猿のように、絶えずせわしなく追い立ててくるんだ。途方に暮れてもほかにどうしようもない、一体どうすればいいのだろう」と。まるで考えもできないような、表現もできないような何かがそこで騒いでいる、それがブランショの言う「外」なんですよ。 ほとんど無意識にか、夢中に綴っていたらしい、…あるいはicレコーダーに発語していたときにだったのでしょうか、“異世界の騒ぎを瞬間に”のところで、“響きの波立ちが明らかに変幻したらしい”と、感知していたのでしょう。…とすると“外”といわずに、あるいは“瞬間”とも言わずに、さらに“異世界”ともいわずに、わたくしめのいい方ですが“微物の心のきしみのようなもののあらわれ立ってくるとき”といってみたい気がいまはしております。 さて、これでようやっと、“枕(まくら)”を書き了えまして、本書、…怖るべき標題です、『詩とは何か』の成立の事情のご説明に移りたいと思います。たとえば荒川洋治さん、たとえば高橋睦郎さん、秀れた第一級の詩人さんたちがこの書の執筆者でありましたならば、おそらく、想像もつかない、別宇宙が展開されたことでしょう。「詩」ということの初心についても、根源につきましても。 本書『詩とは何か』は、その後篇なのです。“後篇”といいながらも、なんという、途方もない、胸騒ぎのする標題でしょうか。しかも、出版されます冊数も、わたくしの「詩集」や「詩論集」とは比較にならない数なのです。この重圧は、これをいまお読みのみなさまにも十分に伝わりますことでしょう、難事でした。そしてもしも、この書の執筆者が、たとえば大岡信氏、たとえば谷川俊太郎氏であったならば、…と自らの至らなさ、視野の狭さ、あるいは伝統詩形への敬意と愛着の不足等々が、途切れることなく脳裡に去来していましたことを、はっきりと申し上げておかなければなりません。しかしながら、あるいはそれにもかかわらず、やみがたく、衝迫して来るといったらよいのでしょうか、稲妻か雷鳴のごとくに、幼いときから、命の“朧(おぼ)ろな芯(しん)”のようなところに震えつつ存在しているらしい「詩」への執着、…ほとんど恋心にも似たものを、ここで窮(きわ)めつくすようにという声をも聞きつづけていました。前回の「自著を語る」の『Voix(ヴォア)』(思潮社刊、二〇二一年十月二十五日)と、雁行して書きすすめられて、三年、五年と特に石巻、鮎川浜通いが必ず一月に一度の足取りと、みえない心の覚悟のようなものが、この二著の命の“朧(おぼ)ろな芯(しん)”を形成をしていまして、その星雲状の白い雲の棚引きが、それを、心に湧いて来たときに、時々刻々、写し取るようにしていたこともまた、この二冊の書物の水脈でした。 それにしましても、山崎比呂志、林浩平両氏のお力なくしては、この『詩とは何か』の成立は、ほとんど不可能に近いことでした。本書の肝(きも)とも勘所(かんどころ)ともいえます「Q&A」(質問集)の項から読んで下さることが、本書への参入の戸口となるかも知れません。稀代のピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフとの出合いを可能にしていたゞき、シューベルト、ショパン、モーツアルト、ベートーベンへのわたくしなりの理解の糸口をつくっていたゞきましたのが山崎比呂志氏でした。さらに、ジミ・ヘンへの接近への本書のなかでの大切な道をひらいて下さいましたのも、林、山崎の両氏でした。しかしながら、これらの支えと巨きな力を与えていたゞきながらも、これを「共著」とはいえないところに、本書『詩とは何か』の、幾度(いくたび)かこのいい方をいたしましたが、本書の“朧(おぼ)ろな芯(しん)”があるのだろうと思います。本書は、語(かた)りでもあり、獨(ひと)り言(ごと)でもあり、ときとしてセッション=sessionでもあり、…ときには、細々とした小声を把えようとするエクリチュール(書記)でもあるのですが、とうとう、この“時宜を得た”=“timing”で書かせていたゞきました本稿も紙幅が尽きようとしていて、お仕舞いの土間の隅(スミ)のようなところで、もういちど耳を澄ましてみます。『詩とは何か』これはおそらく“問(とい)”でも、“答(こたえ)”でもなく、周波数のまったく違った宇宙からの白雲のたなびきの声か、あるいは踏切りの棒が上って行きますときの空の、…「空」はフランス語でCielなのですが、その艶(えん)なる声のことでも、あったのかも知れません。ありがとうございました。 19 OCT 2021(火) 『詩とは何か』吉増 剛造著 |
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古本屋四十年(Ⅰ)

たたかう講談師、松林伯円
たたかう講談師、松林伯円目時美穂 |
講談師の得物はただ一本の張り扇。
これをたずさえて高座にあがり、刃物にも、調子をとる道具にもして、あとは己の舌先だけで幕末、明治の世の大衆を熱狂的に踊らせた講談の名人がいた。 二代目松林伯円という。 時流を読むことに長けていたとともに、それを作品に組み込む創作の才にも恵まれていた伯円は、幕末期動乱の不穏な空気のもとでは、どろぼう物を講演して大成功を博し、どろぼう伯円とあだなされ、明治の世になると文明開化を、西南戦争を、自由民権運動を、自作に取り入れて、生涯に70作以上の新作講談をうみだした。 新聞や雑誌の情報を参照した伯円の作品のなかには、情報が時につれて摩耗して講演されなくなり、講談速記がはじまる明治18年まで残らなかったものも多い。当時の新聞を読むと、タイトルのみ伝わって、内容が分からない作品はいくらでも見つかる。 『講談五百年』(佐野孝、鶴書房、昭和18年)にはこう書かれている。「伯円は、江戸最後の講釈師であり、明治最初の講談師であつた。彼は旧幕時代から明治にかけて、その時代と共に生き、その時代を代表した希有の名人であつた」。人々は伯円を追いかけたとともに、伯円が代弁した時代のなにかを熱烈に求めたのだ。伯円を追えば、幕末、明治という時代の、文字に残されなかった大衆の空気が分かるのではないか、そんな関心がまず湧いた。 考えて、まず伯円というひとりの人間の人生に寄り添ってみることにした。 また、てらいもなく成功を誇り、己の伎倆を自慢し、新聞記者にも、席亭主にも強い態度で接した。そんな人柄だった。 拙著の表題は『たたかう講談師』であるが、お読みになって、ちっともたたかっていないじゃないか、と思われる方もおられるかもしれない。もちろん「たたかう」は、暴力よる闘争の意ではない。また、議論、論争といった言葉による戦いでもない。流行と時流の激流に身を浸しながら、逆らわず、さりとて流されず、大衆の期待にこたえ、また講談にかける夢を実現しようともがきつづけた伯円の生きかたこそが、たたかい。生涯たたかいつづけた伯円は、まさにたたかう講談師だ。 『たたかう講談師 二代目松林伯円の幕末・明治』 目時美穂 著 |
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