〈『東北の古本屋』のその後〉4
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◆浪江町のコウド舎の進化岡田書店さんで話を伺った後、JR常磐線木戸駅の隣、竜田駅(かつて代行バスの終点だった)近くで岡田共一夫妻とランチをいただき、常磐線で北上するはずが、タッチの差で乗り遅れてしまった。結局、岡田さんの車で浪江町のコウド舎さんまで送っていただくことに。三年前に夜ノ森の桜や富岡の資料館を案内していただいて以来の富岡町。今年は沢田研二の「櫻舗道」で夜ノ森を想うことにしよう(ちなみにこの曲が、直球の被災地応援ソングであることを元仙台市広瀬図書館長・菊池雅人氏から教わった)。 国道6号線を北上する。かつてここから先は通行止めとUターンさせられた地点のパチンコ屋は今年も朽ちたまま残る。6号線の線量は0.217μ㏜/ℎとの表示あり。その先、大熊町や双葉町に来るのは震災後初めてだという岡田夫妻。大熊町から双葉町に入ろうとする辺りの右手に、第一原発とその手前に大きく広がる中間貯蔵施設が見え、その光景にお二人は深いため息をついていた。双葉町に入るとパトカーが目立つ。岡田さんによれば、少ない帰還者の見守りのためだろうとのこと。事故当時、入院患者を避難させるのに大わらわだった双葉厚生病院の建物はそのまま。だが国道の両側は殆ど解体され更地となり、景色が変わってしまって、岡田さんにも以前どこに何があったか状況がわからないという。道の左側では、今、除染中らしく、重機と黒いフレコンバッグが見えた。 常磐線浪江駅から徒歩5分ほどのコウド舎さんが入る建物の前には「熊鈴とコーヒーあります」ののぼり。これはちょっと珍しい。熊はここには出ないだろうが、帰還困難区域の山の方にはいても不思議はなさそうだ(後日、夏の古書市場でお会いして確認したら、やはり目撃情報はあるそうで、毎日注意喚起の放送が流れるという)。建物は三つのスペースに分かれ、昨春は真ん中がコウド舎さんだったが、現在は入って左手の一部が建築事務所で、ほかは全部コウド舎スペースとなっている。右手はじっくり読書したりコワーキングできるスペース、真ん中が古本、左手が新刊とカフェスペースで、棚には熊鈴やカラフルな熊の置物も並んでいる。昨年4月末からカフェスペースもオープンしたのだそうだ。 様々なイベントに出店していると、そのイベントに合わせて避難者が一時帰還してきます。昨秋、浪江の商店街・新町通りでの十日町まつりが復活し、そこに出店して、避難者から買取の話を受けました。それは解除されたエリアの本でしたが、避難先にあった本が浪江に戻ってくる場合もあります。帰還困難区域の本は、基本的に持ち出せないし、我々が判断してどうこうできるものではありません。古本屋としては扱いたいという思いはあるし、本が埋もれたままになってしまっているのは残念です。地域誌を編みなおそうとしている研究職の方が、仕事上資料を救える場合もあるようですが…。 2017年に解除されたエリアは、車があれば隣町にも行けるし、普通の田舎の生活ができていると思います。浪江は昼間人口が多く、作業着の方も目立ち、飲み屋も多い。避難解除区域は昨年と同じで(町の面積の8割は帰還困難区域)、行政は、ゆっくり人が帰ってくるのを待てず、移住者を増やしたいようで駅前再開発に力を入れています。 新しく組合に入ったほなみブックスさんは、うちのお客さんでもあったんです。冬の古書市場で、ほなみさんと分け合った全集を、お客さんが両店で揃えることができたと喜んでいました。そんなつながりも嬉しいですね。」 ◆移動販売古本屋、ほなみブックス開店コウド舎さんを出て、浪江駅へ。待合室の一角にポケモンのフィギュアがずらりと並んでいる。ポケモンの作者田尻智氏の父が浪江出身で、智氏が幼少期、浪江町の大自然で昆虫や生き物たちと遊んだ経験がポケモン誕生のきっかけとパネルにあった。常磐線で富岡駅へ南下する。途中の双葉駅や大野駅は駅周辺だけがきれいに整備されているが、車窓からの景色は全く荒涼としたもの。朽ちた家と崩れた石垣…主を失ったまま15年の時が流れたのだろう。たまに庭の梅の花だけが咲いているのも以前と同じ風景で、胸が痛む。 富岡駅から徒歩15分、〈さくらモールとみおか〉に出店中のほなみブックスさんを訪ねる。 もともと「道路」が好きでドライブが好きだったんですが、大学二年の時、コロナで家から出られない日が続きました。その時期に出会った四コマ漫画の主人公は生きるのが下手なんだけれど、そのままでいいんだということを教えてくれるマンガで、なにか励まされた感じがしたんです。ほなみブックスという店名は、「本の波」にも通じるし、友人は「穂=みのりある中通りと、波=浜通りをつなげるイメージ」と言ってくれました。もちろんそれも嬉しかったんですが、実は自分がきつかった時期に出会ったマンガの主人公の名前でもあるんです。 生まれは伊達市霊山町です。震災の時は小学4年生。卒業式の予行演習が終わり体育館から教室に戻る途中でした。自宅が壊れたりという大きな被害はなかったけれど、1週間ぐらい水が出なかった記憶があります。伊達市は放射線量が高く、マスクはもちろん、胸から下げる線量計を持たされ定期的に回収されてました。運動場は使えないし外遊びもダメという制限された生活で、側溝近くを歩くなとも言われてました。新年度、5年生になって、窓際が一番放射線量が高いからと、1週間おきに列ごとに席替えがあったのを覚えています。 実は大学卒業後、一度は就職したんですが、昨春体調を崩して休職、夏ごろ復帰しなければという状況で悩んでいる時、コウド舎で秋に本のイベントがあると聞き、会社を辞めて古本屋になろうと決めました。同時期に行われた会津ブックフェアにも素人のシェア本棚で参加しました。そこで組合の先輩方がいろいろ優しく教えて下さり、古書組合にも加入し市場で仕入れることもできるようになりました。 今年1月から毎月第1日曜に大熊町の息つぎさんの店に出店しています。大野駅近くの団地のそばで、出店する度に近くの家々が解体したり新しくできたりしています。2月からは富岡のさくらモールで月5回×1日で定期的に開催しています。経済的には厳しいけれど、妥協点を探って折り合いをつけていくというか…。でも自分が思っていたよりは本が売れるんです。このさくらモールで初めて挨拶感覚でやってみたとき、お客の反応がすごくよかったんです。「本屋がないから、来てくれて嬉しい」という声があって、こんなに本が必要とされているんだと実感して、ちゃんとやらなくてはと思いました。 3月からは震災遺構・請戸小学校に週3日勤務するようになった。被害の状況、実際に暮らしていた方の様子など間近に接して、震災被害の解像度が上がったように感じるという。請戸小学校は当時の先生方、地域の方、児童の判断や行動によって犠牲者を一人も出さなかった「奇跡の避難」の地であること。請戸地区一帯が津波による災害危険区域に指定され、元の土地で暮らせなくなったこと。そして、原発事故による退避、避難によって初期段階の捜索活動ができず、もしかしたら助かった命があったかもしれないのにそれができなかったこと…こうした経験談や実例などを基に、被災した地域の姿、そこに住んでいた方々の思い、感情もより意識するようになったそうだ。 商売の方では、ネットでもほなみブックスオンラインショップをつくり、4月から「日本の古本屋」にも参加した。ただ「場」を大事にしたい思いは強く、まずは移動販売の場を他にも増やしたい、そしていずれは地元に店を持つのが目標だそうだ。JR富岡駅から15分、行きも帰りも歩いている人は私だけだった。そんな町の一角で古本を売る若者がいる。「本屋は誰かを救える場、本は人の命を救うもの」その言葉が25歳の若い店主から聞けたことがなんとも嬉しく心強い。 書名:『増補新版 東北の古本屋』 好評発売中! *=*=*=*=*=*=*=*= よろしかったらこちらもどうぞ 『古本屋でつなぐ東北(みちのく)シリーズ』 「古本屋でつなぐ東北」は『日本古書通信』で2022年8月~2023年2月号に連載していた、 |
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