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165件

史料纂集古記録編 第196回配本 新訂増補 兼宣公記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
20,900
榎原雅治・小瀬玄士校訂、八木書店、平30、1冊
室町中期の公卿広橋兼宣(1366-1429)の日記。室町中期の根本史料のひとつ

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

 本書は、かつて続群書類従完成会より、村田正志氏の校訂で昭和48年に刊行され、長らく品切れとなり入手困難であった。近年、自筆原本の整理が進むとともに旧版には収録されていない部分や、旧版では写本を底本としていた部分の原本の存在することが明らかとなる事例が発見された。
 こうした状況をふまえて、学会・研究機関の要望に応え、最新の研究成果を盛り込んで新たに校訂・組版を行い、新訂増補版として刊行することとする。
 利用者の便宜を計るため、追加部分を旧版の末尾に補遺を載せることをせず、編年に収録するためにすべてを新たに組版し直した。結果、旧版の本文328頁が426頁と大幅に増えている。今回、国立歴史民俗博物館所蔵の自筆日次記・別記、広橋家、下郷共済会、佐佐木信綱氏所蔵の自筆記を底本とし、自筆記を欠く部分については、国立歴史民俗博物館、宮内庁書陵部、東京大学史料編纂所所蔵の写本などを用いた。

【目次】
〔所収〕至徳4年(1378)正月~応永29年(1422)12月

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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20,900
榎原雅治・小瀬玄士校訂 、八木書店 、平30 、1冊
室町中期の公卿広橋兼宣(1366-1429)の日記。室町中期の根本史料のひとつ 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。  本書は、かつて続群書類従完成会より、村田正志氏の校訂で昭和48年に刊行され、長らく品切れとなり入手困難であった。近年、自筆原本の整理が進むとともに旧版には収録されていない部分や、旧版では写本を底本としていた部分の原本の存在することが明らかとなる事例が発見された。  こうした状況をふまえて、学会・研究機関の要望に応え、最新の研究成果を盛り込んで新たに校訂・組版を行い、新訂増補版として刊行することとする。  利用者の便宜を計るため、追加部分を旧版の末尾に補遺を載せることをせず、編年に収録するためにすべてを新たに組版し直した。結果、旧版の本文328頁が426頁と大幅に増えている。今回、国立歴史民俗博物館所蔵の自筆日次記・別記、広橋家、下郷共済会、佐佐木信綱氏所蔵の自筆記を底本とし、自筆記を欠く部分については、国立歴史民俗博物館、宮内庁書陵部、東京大学史料編纂所所蔵の写本などを用いた。 【目次】 〔所収〕至徳4年(1378)正月~応永29年(1422)12月 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第71回配本 義演准后日記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
弥永貞三・副島種経校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

二条晴良の子、足利義昭の猶子、醍醐寺義演(一五五八-一六二六)の日記。秀吉の帰依をうけ、北政所・秀頼の外護により醍醐寺を造営した。本記は、慶長元年から寛永三年におよぶもので、当時の寺院の修法や行事等に詳しいのは勿論、近世初期の政治情勢を窺うべき記事が豊富である。また庭園や建築の歴史を究める上で不可欠の史料とされ、慶長三年の醍醐の花見の記事は夙に有名。

〔収録範囲〕
1602〔慶長7〕~1604〔慶長9〕
○醍醐寺新要録座主職の部を書す
○家康佐竹義宣の知行地を没収す
○家康伏見城にて理性院公秀と僧侶内紛の事を糺明す
○朝鮮国人に理趣釈要抄を書写せしむ
○方広寺大仏殿炎上
○家康に征夷将軍宣下
○家康将軍宣下御礼のため参内
○二条晴良二十五回忌
○秀頼祈祷のため大坂へ下向
○京中博奕禁止の風聞あり
○秀頼と家康孫女千姫との婚儀
○秀頼婚儀の賀に大坂城へ出仕
○秀吉の威光未だ相残る
○山伏衣体并に諸道具の事
○役行者の事
○山伏袈裟の件につき家康の直裁を仰ぐため伏見に赴く
○醍醐寺縁起を書写す
○釈迦院経蔵に赴き終日聖経を披見す
○義演醍醐寺寺誌の編纂に着手し醍醐寺新要録と号す
○醍醐雑事記醍醐寺要書を資料とす
○大坂城に大般若経を真読すべき由大蔵卿局より申来る
○大坂城に出仕
○醍醐寺座主次第の異本を書写し満済義賢以下を書加う
○秀頼比叡山横川中堂を造営
○秀吉七周忌
○豊国社臨時祭見物に向う
○見物に貴賤群集す

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第71回配本 義演准后日記3〔オンデマンド版〕

9,900
弥永貞三・副島種経校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 二条晴良の子、足利義昭の猶子、醍醐寺義演(一五五八-一六二六)の日記。秀吉の帰依をうけ、北政所・秀頼の外護により醍醐寺を造営した。本記は、慶長元年から寛永三年におよぶもので、当時の寺院の修法や行事等に詳しいのは勿論、近世初期の政治情勢を窺うべき記事が豊富である。また庭園や建築の歴史を究める上で不可欠の史料とされ、慶長三年の醍醐の花見の記事は夙に有名。 〔収録範囲〕 1602〔慶長7〕~1604〔慶長9〕 ○醍醐寺新要録座主職の部を書す ○家康佐竹義宣の知行地を没収す ○家康伏見城にて理性院公秀と僧侶内紛の事を糺明す ○朝鮮国人に理趣釈要抄を書写せしむ ○方広寺大仏殿炎上 ○家康に征夷将軍宣下 ○家康将軍宣下御礼のため参内 ○二条晴良二十五回忌 ○秀頼祈祷のため大坂へ下向 ○京中博奕禁止の風聞あり ○秀頼と家康孫女千姫との婚儀 ○秀頼婚儀の賀に大坂城へ出仕 ○秀吉の威光未だ相残る ○山伏衣体并に諸道具の事 ○役行者の事 ○山伏袈裟の件につき家康の直裁を仰ぐため伏見に赴く ○醍醐寺縁起を書写す ○釈迦院経蔵に赴き終日聖経を披見す ○義演醍醐寺寺誌の編纂に着手し醍醐寺新要録と号す ○醍醐雑事記醍醐寺要書を資料とす ○大坂城に大般若経を真読すべき由大蔵卿局より申来る ○大坂城に出仕 ○醍醐寺座主次第の異本を書写し満済義賢以下を書加う ○秀頼比叡山横川中堂を造営 ○秀吉七周忌 ○豊国社臨時祭見物に向う ○見物に貴賤群集す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第45回配本 三藐院記〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
近衛通隆・名和修・橋本政宣校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

近衛家第十七代、関白信尹(一五六五-一六一四)の日記。信尹が左大臣となったのが天正十三年、秀吉の権勢が確立した時期であった。直情径行にして、秀吉の征韓に従わんとして勅勘を蒙り薩摩に配せられた。本記には、この下向記をはじめ、天正十八年より慶長十五年までの自筆日記を収める。当時の政情のみならず、書道・和歌・連歌等文化史の資料としても興味深いものがある。

〔収録範囲〕
1592〔文禄元〕~1606〔慶長11〕
○勅勘を蒙り薩摩坊津に流さる
○島津忠恒と幽斎見送る
○薩摩山川着
○唐船を見物す
○長旅なりしも皆々恙く到着するは歎きの中の歓び
○何かにつけ不如意千万の所
○鹿児島を出船し帰路の途に着く
○曼殊院と松梅院の確執を調停す
○菅原道真七百年忌
○松梅院禅昌碁盤を進む
○里村昌叱より源氏物語の講釈を受く
○秀吉関白たらんとす
○秀吉竜山の猶子とならんとす
○関白はやがて信輔に与奪の条件
○関白の濫觴は一天下を預り申すを言う
○秀吉関白勅許においては万事近衛家の意見を守るべきを約す
○二条昭実関白を辞し秀吉に関白宣下あり
○昭実信輔関白相論三問三答状
○光厳院は当朝の御正流
○秀吉小田原征伐
○秀吉自ら外征の意を決す
○秀吉秀次を養子とす
○秀次左大臣を望み信輔これを遺恨に思う
○前田玄以は公家の作法に不案内
○秀次は若輩無智
○秀吉入唐せんとし京を発す
○東常縁は僧正遍昭の子孫とする説
○後陽成譲位は幕府の援助不要

【収録】1590〔天正18〕~1610〔慶長15〕

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第45回配本 三藐院記〔オンデマンド版〕

8,800
近衛通隆・名和修・橋本政宣校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 近衛家第十七代、関白信尹(一五六五-一六一四)の日記。信尹が左大臣となったのが天正十三年、秀吉の権勢が確立した時期であった。直情径行にして、秀吉の征韓に従わんとして勅勘を蒙り薩摩に配せられた。本記には、この下向記をはじめ、天正十八年より慶長十五年までの自筆日記を収める。当時の政情のみならず、書道・和歌・連歌等文化史の資料としても興味深いものがある。 〔収録範囲〕 1592〔文禄元〕~1606〔慶長11〕 ○勅勘を蒙り薩摩坊津に流さる ○島津忠恒と幽斎見送る ○薩摩山川着 ○唐船を見物す ○長旅なりしも皆々恙く到着するは歎きの中の歓び ○何かにつけ不如意千万の所 ○鹿児島を出船し帰路の途に着く ○曼殊院と松梅院の確執を調停す ○菅原道真七百年忌 ○松梅院禅昌碁盤を進む ○里村昌叱より源氏物語の講釈を受く ○秀吉関白たらんとす ○秀吉竜山の猶子とならんとす ○関白はやがて信輔に与奪の条件 ○関白の濫觴は一天下を預り申すを言う ○秀吉関白勅許においては万事近衛家の意見を守るべきを約す ○二条昭実関白を辞し秀吉に関白宣下あり ○昭実信輔関白相論三問三答状 ○光厳院は当朝の御正流 ○秀吉小田原征伐 ○秀吉自ら外征の意を決す ○秀吉秀次を養子とす ○秀次左大臣を望み信輔これを遺恨に思う ○前田玄以は公家の作法に不案内 ○秀次は若輩無智 ○秀吉入唐せんとし京を発す ○東常縁は僧正遍昭の子孫とする説 ○後陽成譲位は幕府の援助不要 【収録】1590〔天正18〕~1610〔慶長15〕 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第14回配本 山科家礼記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
豊田武・飯倉晴武校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

教言(一三二八-一四〇九)・顕言(一四二八-一四六二)・言国(一四五二-一五〇三)三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。

〔収録範囲〕
1477〔文明9〕~1481〔文明13〕
○山科七郷よりの足軽乱暴注進を追々へ申伝え返事を遣す
○足利義尚長坂西両口に関所を置く
○久守足軽乱暴の事を細川政元に申入れその旨を山科七郷に伝う
○延暦寺西塔及び松本坊へ武士乱入し物を奪う
○日野政賢西軍の畠山義就下国に備え法界寺警護を山科七郷に依頼
○義就河内に入る
○東軍足軽勝竜寺城を攻めこれを落す
○幕府諸大名に足軽出兵を禁ず
○河内合戦の西軍首を畠山政長に送る
○足軽下京に放火す
○西軍土岐畠山ら陣を焼き没落す
○足軽粉河四郎左衛門大塚郷に関を立つ
○粟津商人山科郷中関々銭免除を申入る
○坂本今道新関を立て往還を止む
○幕府山科安祥寺に関を設く枝関もあり
○幕府内蔵寮領諸関に制礼を出さる
○義政邸庭の樹木を山科七郷に求む
○河原者を下し検知せしむ
○廻国の聖
○足利義尚髻を切り切腹せんとし父義政これを誡める
○京都徳政土一揆のため山科家警護を増す
○土一揆質物を取る
○大将はキンヤの又

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9,900
豊田武・飯倉晴武校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 教言(一三二八-一四〇九)・顕言(一四二八-一四六二)・言国(一四五二-一五〇三)三代の山科家雑掌大沢氏の記録。言国の時代を中心に、禁裏供御・装束関係の他、家領の実際の管理者の立場から、室町期内蔵寮・山科家領の実態が知られる。応仁・文明の乱は山科を中心に克明に記され、特に村落・座・土一揆・徳政関係では他にみられない記事が多く、社会経済史の好史料である。 〔収録範囲〕 1477〔文明9〕~1481〔文明13〕 ○山科七郷よりの足軽乱暴注進を追々へ申伝え返事を遣す ○足利義尚長坂西両口に関所を置く ○久守足軽乱暴の事を細川政元に申入れその旨を山科七郷に伝う ○延暦寺西塔及び松本坊へ武士乱入し物を奪う ○日野政賢西軍の畠山義就下国に備え法界寺警護を山科七郷に依頼 ○義就河内に入る ○東軍足軽勝竜寺城を攻めこれを落す ○幕府諸大名に足軽出兵を禁ず ○河内合戦の西軍首を畠山政長に送る ○足軽下京に放火す ○西軍土岐畠山ら陣を焼き没落す ○足軽粉河四郎左衛門大塚郷に関を立つ ○粟津商人山科郷中関々銭免除を申入る ○坂本今道新関を立て往還を止む ○幕府山科安祥寺に関を設く枝関もあり ○幕府内蔵寮領諸関に制礼を出さる ○義政邸庭の樹木を山科七郷に求む ○河原者を下し検知せしむ ○廻国の聖 ○足利義尚髻を切り切腹せんとし父義政これを誡める ○京都徳政土一揆のため山科家警護を増す ○土一揆質物を取る ○大将はキンヤの又 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第80回配本 花園天皇宸記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
11,000
村田正志校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。

〔収録範囲〕
1323〔元亨3〕~1332〔元弘2〕
○三代実録を閲読してこれを後伏見上皇に返進しまた本朝世紀を給う
○紅葉遊覧のため東山に御幸
○花園上皇内覧三人の朝儀を批判せらる
○野府記を見了し宇治左府記を閲覧せらる
○西園寺実衡屋形舟を献ず
○夜々和漢書を見て或は暁鐘に到る
○文選講読
○和泉三河は花園上皇の分国
○小右記の藤原実資は賢識無双たり
○室町院領の事につき使節を関東に遣すべし
○安楽光院に赴き信西文書を披見
○論語談義
○行幸の奢侈を批判し専ら読書研鑚せらる
○京中に謀叛勃発す
○日野資朝俊基六波羅に拘禁せらる
○資朝俊基陳謝のため鎌倉に下向
○後醍醐天皇頗る困惑
○金沢貞将勢五千騎上洛
○資朝は佐渡に配流俊基は近日帰洛
○立坊につき日野俊光資名父子鎌倉に下向す
○立坊は猶御和談たるべしという
○大流星あり
○俊光面目なくして上洛
○京都騒動合戦に及ばんとす
○楠木正成の赤坂城落居を待つ
○後醍醐天皇及び皇子らを検知
○討幕参与の者の罪科処分

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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史料纂集古記録編 第80回配本 花園天皇宸記3〔オンデマンド版〕

11,000
村田正志校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。 〔収録範囲〕 1323〔元亨3〕~1332〔元弘2〕 ○三代実録を閲読してこれを後伏見上皇に返進しまた本朝世紀を給う ○紅葉遊覧のため東山に御幸 ○花園上皇内覧三人の朝儀を批判せらる ○野府記を見了し宇治左府記を閲覧せらる ○西園寺実衡屋形舟を献ず ○夜々和漢書を見て或は暁鐘に到る ○文選講読 ○和泉三河は花園上皇の分国 ○小右記の藤原実資は賢識無双たり ○室町院領の事につき使節を関東に遣すべし ○安楽光院に赴き信西文書を披見 ○論語談義 ○行幸の奢侈を批判し専ら読書研鑚せらる ○京中に謀叛勃発す ○日野資朝俊基六波羅に拘禁せらる ○資朝俊基陳謝のため鎌倉に下向 ○後醍醐天皇頗る困惑 ○金沢貞将勢五千騎上洛 ○資朝は佐渡に配流俊基は近日帰洛 ○立坊につき日野俊光資名父子鎌倉に下向す ○立坊は猶御和談たるべしという ○大流星あり ○俊光面目なくして上洛 ○京都騒動合戦に及ばんとす ○楠木正成の赤坂城落居を待つ ○後醍醐天皇及び皇子らを検知 ○討幕参与の者の罪科処分 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第66回配本 花園天皇宸記2〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
村田正志校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。

〔収録範囲〕
1319〔文保3〕~1323〔元亨3〕
○兵庫関を大覚寺に寄進のため八幡神輿入洛
○勅撰集の予定により後伏見花園両上皇の詠歌を求む
○園城寺金堂戒壇を供養せんとするにより山門衆徒蜂起す
○延暦寺衆徒園城寺の金堂戒壇等一宇を残さず焼き払う
○実兼玄上の出現及び御幸を慶賀す
○二条道平以下酩酊乱舞に及ぶ
○念仏宗を批判
○日野資朝菅原公時と文談論議せらる
○学道の至らず末世澆季の相を歎息せらる
○続千載集奏覧せらる
○赤斑瘡流布し病悩の者多し
○古事記及び古語拾遺等を披見
○新渡唐の犬を献ずるあり
○盲目の琵琶法師平治平家を語るを聴聞せらる
○猿の芸能を見て感想あらせらる
○西園寺実衡をして三河国を知行せしめらる
○白拍子
○文保の御和談の時二代相続立坊は幕府の所存にあらずという
○尊治親王践祚の後邦良親王立坊し其後に量仁親王立坊あるべし
○伏見天皇崩御の後西園寺実兼の意により継承の順位固定するは実兼の僻案なり
○実兼薨去
○大仏宣時法師死去

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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

史料纂集古記録編 第66回配本 花園天皇宸記2〔オンデマンド版〕

9,900
村田正志校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 花園天皇(一二九七-一三四八)の日記。天皇は、鎌倉末期から建武の中興の動乱期を過し、持明院統に属しながら、皇位継承争いに対し、常に公正な態度を持した。本記は、延慶三年から正中二年におよび、その記事は、南北両統迭立問題から元弘の乱にいたる過程に詳しく、さらに禁中の年中行事、その他諸儀については歴代宸記の中でもすぐれ、当時の政治・文化を知る上で重要な史料。 〔収録範囲〕 1319〔文保3〕~1323〔元亨3〕 ○兵庫関を大覚寺に寄進のため八幡神輿入洛 ○勅撰集の予定により後伏見花園両上皇の詠歌を求む ○園城寺金堂戒壇を供養せんとするにより山門衆徒蜂起す ○延暦寺衆徒園城寺の金堂戒壇等一宇を残さず焼き払う ○実兼玄上の出現及び御幸を慶賀す ○二条道平以下酩酊乱舞に及ぶ ○念仏宗を批判 ○日野資朝菅原公時と文談論議せらる ○学道の至らず末世澆季の相を歎息せらる ○続千載集奏覧せらる ○赤斑瘡流布し病悩の者多し ○古事記及び古語拾遺等を披見 ○新渡唐の犬を献ずるあり ○盲目の琵琶法師平治平家を語るを聴聞せらる ○猿の芸能を見て感想あらせらる ○西園寺実衡をして三河国を知行せしめらる ○白拍子 ○文保の御和談の時二代相続立坊は幕府の所存にあらずという ○尊治親王践祚の後邦良親王立坊し其後に量仁親王立坊あるべし ○伏見天皇崩御の後西園寺実兼の意により継承の順位固定するは実兼の僻案なり ○実兼薨去 ○大仏宣時法師死去 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第98回配本 舜旧記6〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂、八木書店、平30、1冊
【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(一五五三-一六三二)の三十歳より没年までの日記。京都吉田山下の神竜院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和二年(一六一六)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

〔収録範囲〕
1622〔元和8〕~1626〔寛永3〕
○萩原兼従へ神道之名目抄日本書籍抄を進ず
○四条河原勧進能見物
○四条河原女能見物
○日光東照宮に於て家康七回忌
○福島正則へ音信
○中将棋盤の代四文目五分
○少将棋盤の代二文目五分
○実相院へ諸国一宮記を遣わす
○在所の瓜見
○茶屋清次江戸にて死去
○碁興行
○徳川義直へ進上の藤氏大系図七冊出来
○徳川頼宣平癒祈祷、京衆見物
○日本書紀講釈
○将棋興行
○碁打本因坊法印算砂死去
○萩原兼従と日本書紀雑談
○近年京都火事に依り盛方院家の医書大半焼失
○伏見城にて徳川家光と対面
○南蛮の生姜蜜漬
○黒田長政京にて死去
○徳川和子平産のため吉田兼英梵舜祈念す
○皇女興子御生誕
○後水尾天皇女御と共に中和門院へ行幸
○近代見物貴賤群集
○高台院不例により吉田家へ祈祷仰せらる
○高台院薨ず
○内裏御能あり
○高麗人上洛し大徳寺に旅宿
○三宝院義演死去
○後水尾天皇二条城に行幸


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史料纂集古記録編 第98回配本 舜旧記6〔オンデマンド版〕

9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂 、八木書店 、平30 、1冊
【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(一五五三-一六三二)の三十歳より没年までの日記。京都吉田山下の神竜院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和二年(一六一六)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 〔収録範囲〕 1622〔元和8〕~1626〔寛永3〕 ○萩原兼従へ神道之名目抄日本書籍抄を進ず ○四条河原勧進能見物 ○四条河原女能見物 ○日光東照宮に於て家康七回忌 ○福島正則へ音信 ○中将棋盤の代四文目五分 ○少将棋盤の代二文目五分 ○実相院へ諸国一宮記を遣わす ○在所の瓜見 ○茶屋清次江戸にて死去 ○碁興行 ○徳川義直へ進上の藤氏大系図七冊出来 ○徳川頼宣平癒祈祷、京衆見物 ○日本書紀講釈 ○将棋興行 ○碁打本因坊法印算砂死去 ○萩原兼従と日本書紀雑談 ○近年京都火事に依り盛方院家の医書大半焼失 ○伏見城にて徳川家光と対面 ○南蛮の生姜蜜漬 ○黒田長政京にて死去 ○徳川和子平産のため吉田兼英梵舜祈念す ○皇女興子御生誕 ○後水尾天皇女御と共に中和門院へ行幸 ○近代見物貴賤群集 ○高台院不例により吉田家へ祈祷仰せらる ○高台院薨ず ○内裏御能あり ○高麗人上洛し大徳寺に旅宿 ○三宝院義演死去 ○後水尾天皇二条城に行幸 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第10回配本 教言卿記1〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
臼井信義・嗣永芳照校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

中納言正二位山科教言(一三二八-一四一〇)の日記。応永十二年山科家は火災にあい累代の記録を亡失したが、その後をうけて書き続けた日記で、他にあまり記録を残さないこの時代の重要な史料である。教言は義満の寵遇をうけ、また山科家が代々内蔵頭となるのもこの時からで、従って義満の行動や寮領支配を知る好個の史料であり、また禅僧の往来や、音楽・医薬関係の記事も豊富。

〔収録範囲〕
1405〔応永12〕~1406〔応永13〕
○教言邸類焼日記焼失
○教言花山院忠定より年皇代記を借写す
○畠山義清発狂により紀伊に追放さる
○明使の接待は天竜相国両寺
○義満北小路の邸を欠所として教言に与う
○義満室日野業子薨ず
○義満の北山南邸放火さる
○義満明船を見んとし兵庫に赴く
○山科家鎮守社新造吉田兼敦神体を奉納す
○播磨細川の百姓山科家司を訴う
○義満広橋兼宣を責勘す
○足利満兼教言の子大中中建を武蔵永興寺住侍と為す
○山科家司大沢重長逐電
○義持父義満の責勘を蒙り日野重光邸に赴き仲介を請う
○唐船六七艘兵庫着岸
○樋口の道場に茶ばかり飲みて生る女あり
○義満重光をして大鏡を索めしむ
○段銭使山科東荘に入る
○義満山科東荘の段銭を免除す
○室町第修理料足不足のため段銭は権門勢家領と雖も之を課す
○教言駕輿丁等の魚鳥等新儀の商売停止を義満に請う
○山科東荘段銭京済守護請取
○日野重光邸の対屋放火さる
○教言入質して中間等の給分を下行す

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史料纂集古記録編 第10回配本 教言卿記1〔オンデマンド版〕

9,900
臼井信義・嗣永芳照校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 中納言正二位山科教言(一三二八-一四一〇)の日記。応永十二年山科家は火災にあい累代の記録を亡失したが、その後をうけて書き続けた日記で、他にあまり記録を残さないこの時代の重要な史料である。教言は義満の寵遇をうけ、また山科家が代々内蔵頭となるのもこの時からで、従って義満の行動や寮領支配を知る好個の史料であり、また禅僧の往来や、音楽・医薬関係の記事も豊富。 〔収録範囲〕 1405〔応永12〕~1406〔応永13〕 ○教言邸類焼日記焼失 ○教言花山院忠定より年皇代記を借写す ○畠山義清発狂により紀伊に追放さる ○明使の接待は天竜相国両寺 ○義満北小路の邸を欠所として教言に与う ○義満室日野業子薨ず ○義満の北山南邸放火さる ○義満明船を見んとし兵庫に赴く ○山科家鎮守社新造吉田兼敦神体を奉納す ○播磨細川の百姓山科家司を訴う ○義満広橋兼宣を責勘す ○足利満兼教言の子大中中建を武蔵永興寺住侍と為す ○山科家司大沢重長逐電 ○義持父義満の責勘を蒙り日野重光邸に赴き仲介を請う ○唐船六七艘兵庫着岸 ○樋口の道場に茶ばかり飲みて生る女あり ○義満重光をして大鏡を索めしむ ○段銭使山科東荘に入る ○義満山科東荘の段銭を免除す ○室町第修理料足不足のため段銭は権門勢家領と雖も之を課す ○教言駕輿丁等の魚鳥等新儀の商売停止を義満に請う ○山科東荘段銭京済守護請取 ○日野重光邸の対屋放火さる ○教言入質して中間等の給分を下行す #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第105回配本 舜旧記7〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂、八木書店、平30、1冊
品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(一五五三-一六三二)の三十歳より没年までの日記。京都吉田山下の神竜院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和二年(一六一六)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。

〔収録範囲〕
1627〔寛永4〕~1630〔寛永7〕
○吉田家伝書物を関白近衛信尋へ上申す
○九条忠栄に祗候し八雲御抄一巻を進上す
○大町流目薬龍丹膏始めて調合す
○仁和寺皆明院紀伊山伏護摩の事を尋ねらる
○吉田家系図の末々を浄雲院へ進む
○姫百合の種植
○豊国社再興の瑞夢を見る
○東河原に操り高館見物
○浄勝院へ近衛前久自筆の源氏物語を進上す
○南都社家より元々集来る
○四条河原能見物
○西洞院時慶所にて日本書紀神代巻講読
○以心崇伝へ藤氏・源氏系図を貸出す
○中宮徳川和子着帯
○和子の御産平安祈祷
○梵舜の刀等盗む小者を召取
○兼見卿記
○徳川家光疱瘡平癒の祈祷
○日本書紀三十冊人皇紀摺本を家本にて校合
○尾州徳川義直摂津有馬を経て伏見に来る
○日本書紀人皇紀箱出来
○九条忠栄より諏訪系図について尋問あり
○梵舜養猫盗まる
○大角山城へ椿の接ぎ無心す
○豊臣秀吉三十三回忌
○豊国社の社領社家等を元の如く安堵せらる様祈念せしむ
○以心崇伝煩気により灸点記し進上

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9,900
鎌田純一・藤本元啓校訂 、八木書店 、平30 、1冊
品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 吉田兼右の子、兼見の弟、神道家梵舜(一五五三-一六三二)の三十歳より没年までの日記。京都吉田山下の神竜院の住職で、兄兼見とともに豊国社の創立に功労があり、のちに家康に神道伝授を約束した事もあった。元和二年(一六一六)家康を久能山に葬った際、天海と争った事は有名である。朝廷にも関係があり、当時の中央における諸般の情勢をみる上で最も貴重な資料の一つである。 〔収録範囲〕 1627〔寛永4〕~1630〔寛永7〕 ○吉田家伝書物を関白近衛信尋へ上申す ○九条忠栄に祗候し八雲御抄一巻を進上す ○大町流目薬龍丹膏始めて調合す ○仁和寺皆明院紀伊山伏護摩の事を尋ねらる ○吉田家系図の末々を浄雲院へ進む ○姫百合の種植 ○豊国社再興の瑞夢を見る ○東河原に操り高館見物 ○浄勝院へ近衛前久自筆の源氏物語を進上す ○南都社家より元々集来る ○四条河原能見物 ○西洞院時慶所にて日本書紀神代巻講読 ○以心崇伝へ藤氏・源氏系図を貸出す ○中宮徳川和子着帯 ○和子の御産平安祈祷 ○梵舜の刀等盗む小者を召取 ○兼見卿記 ○徳川家光疱瘡平癒の祈祷 ○日本書紀三十冊人皇紀摺本を家本にて校合 ○尾州徳川義直摂津有馬を経て伏見に来る ○日本書紀人皇紀箱出来 ○九条忠栄より諏訪系図について尋問あり ○梵舜養猫盗まる ○大角山城へ椿の接ぎ無心す ○豊臣秀吉三十三回忌 ○豊国社の社領社家等を元の如く安堵せらる様祈念せしむ ○以心崇伝煩気により灸点記し進上 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第77回配本 師郷記3〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
藤井貞文・小林花子校訂、八木書店、令2、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

大外記中原師郷自筆。応永二十七年(一四二〇)一月から長禄二年(一四五八)十二月まで、永享八年を欠きほぼ続く。『師守記』と同じく外記局務の書留で、政務・朝儀に関する記録を主とし、世上の事件についての師郷の見聞も並記されている。師茂・師守の家が六角と称され、師郷の家は押小路家といわれた。六角家の断絶後、外記局務の記録は押小路に伝えられたものと推定される。

〔収録範囲〕
1439〔永享11〕~1444〔嘉吉4〕
○上杉持朝千葉胤直持氏を攻む
○持氏自害
○大和越智兄弟討たる
○坂本五月会喧嘩死者負傷者多し
○新続古今和歌集進
○四条河原にて公人駕輿丁確執
○囃子物内裏に参る
○関東物騒により軍勢の発向を命ぜらる
○神宮大風洪水の被害注進
○結城落城により人々義教邸参賀
○常陸結城没落
○結城氏朝持朝討死し持氏の両子捕わる
○義教赤松教康宿所にて弑せらる
○教康播磨国に没落す
○赤松満祐教康父子追討の綸旨
○仁和寺において細川持之家侍等喧嘩数名殺さる
○土一揆あり
○山名持豊ら赤松城を攻略満祐自害す
○足利義勝徳政を許容す
○近江山門領に六角満綱押妨
○土一揆土倉に入る
○山門衆徒下落
○祇園社犬神人田楽等と共に騒動
○師郷局務を仰付けらるにより中山定親邸等に伺候
○加賀国守護職事の争いのため洛中物騒
○内裏焼亡
○賊清涼殿乱入
○剣璽賊徒に奪取らる
○北野社西京神人閉篭衆のために焼亡す
○諸国牢人等嵯峨辺に集合の風聞あり

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史料纂集古記録編 第77回配本 師郷記3〔オンデマンド版〕

8,800
藤井貞文・小林花子校訂 、八木書店 、令2 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 大外記中原師郷自筆。応永二十七年(一四二〇)一月から長禄二年(一四五八)十二月まで、永享八年を欠きほぼ続く。『師守記』と同じく外記局務の書留で、政務・朝儀に関する記録を主とし、世上の事件についての師郷の見聞も並記されている。師茂・師守の家が六角と称され、師郷の家は押小路家といわれた。六角家の断絶後、外記局務の記録は押小路に伝えられたものと推定される。 〔収録範囲〕 1439〔永享11〕~1444〔嘉吉4〕 ○上杉持朝千葉胤直持氏を攻む ○持氏自害 ○大和越智兄弟討たる ○坂本五月会喧嘩死者負傷者多し ○新続古今和歌集進 ○四条河原にて公人駕輿丁確執 ○囃子物内裏に参る ○関東物騒により軍勢の発向を命ぜらる ○神宮大風洪水の被害注進 ○結城落城により人々義教邸参賀 ○常陸結城没落 ○結城氏朝持朝討死し持氏の両子捕わる ○義教赤松教康宿所にて弑せらる ○教康播磨国に没落す ○赤松満祐教康父子追討の綸旨 ○仁和寺において細川持之家侍等喧嘩数名殺さる ○土一揆あり ○山名持豊ら赤松城を攻略満祐自害す ○足利義勝徳政を許容す ○近江山門領に六角満綱押妨 ○土一揆土倉に入る ○山門衆徒下落 ○祇園社犬神人田楽等と共に騒動 ○師郷局務を仰付けらるにより中山定親邸等に伺候 ○加賀国守護職事の争いのため洛中物騒 ○内裏焼亡 ○賊清涼殿乱入 ○剣璽賊徒に奪取らる ○北野社西京神人閉篭衆のために焼亡す ○諸国牢人等嵯峨辺に集合の風聞あり #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第52回配本 台記1

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
5,940
橋本義彦・今江廣道校訂、続群書類従完成会、昭51、1冊
【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

左大臣藤原頼長(一一二〇-一一五六)の日記。頼長は古代と中世を分けた保元の乱の謀主として有名である。その日記は、詳細かつ内容に富み、保元の乱に至るまでの政治動向を知る無二の史料である。また、平安末期の公家社会の学問・思想・風俗を知る上でも貴重である。本記は明治年間に『史料大観』に収めて刊行されたが、新出写本も少なくなく、全面改訂を必要とする。

〔収録範囲〕
1136〔保延2〕~1143〔康治2〕
○藤原伊通着座の故実を談ず
○源雅定と下名作法につき言談
○関白忠通の功により長男頼長を内大臣に任ず
○大饗指図
○源雅定に笙を習う
○忠実忠通に叙位除目の事を習う
○興福寺大衆上洛し玄覚の僧正補任を訴う
○延暦寺兵仗停止の宣旨
○関白邸において作文会あり
○豊原時秋につき平調入調を習う
○待賢門院判官代源盛行ら国母呪詛の事により配流
○忠通藤原基俊源師俊卒して文道亡ぶと嘆ず
○源友員殺害され世人罪を源為義に帰す
○西行法師一品経書写を勧進
○三井延暦両寺衆徒合戦
○藤原行成家屋の崩れる夢を見て程なく薨ず
○南都悪僧を捕え源為義に付して奥州に流す
○大風雨鳥羽朱雀大路大河の如し
○藤原経宗は無双の英雄なり
○源成雅と藤原頼輔乱闘(我朝未曽有の珍事)
○成雅を解官に処す
○鳥羽崇徳両院態野御幸
○藤原実頼日記に冷泉帝を狂帝と書記す
○聖徳太子の霊を拝し十七条憲法に任せて執政せんことを誓う
○紀宗広妾うわなり打ち

#八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料
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クレジットカード使用可 銀行振込可 代引き可 公費可 海外発送可 適格請求

史料纂集古記録編 第52回配本 台記1

5,940
橋本義彦・今江廣道校訂 、続群書類従完成会 、昭51 、1冊
【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 左大臣藤原頼長(一一二〇-一一五六)の日記。頼長は古代と中世を分けた保元の乱の謀主として有名である。その日記は、詳細かつ内容に富み、保元の乱に至るまでの政治動向を知る無二の史料である。また、平安末期の公家社会の学問・思想・風俗を知る上でも貴重である。本記は明治年間に『史料大観』に収めて刊行されたが、新出写本も少なくなく、全面改訂を必要とする。 〔収録範囲〕 1136〔保延2〕~1143〔康治2〕 ○藤原伊通着座の故実を談ず ○源雅定と下名作法につき言談 ○関白忠通の功により長男頼長を内大臣に任ず ○大饗指図 ○源雅定に笙を習う ○忠実忠通に叙位除目の事を習う ○興福寺大衆上洛し玄覚の僧正補任を訴う ○延暦寺兵仗停止の宣旨 ○関白邸において作文会あり ○豊原時秋につき平調入調を習う ○待賢門院判官代源盛行ら国母呪詛の事により配流 ○忠通藤原基俊源師俊卒して文道亡ぶと嘆ず ○源友員殺害され世人罪を源為義に帰す ○西行法師一品経書写を勧進 ○三井延暦両寺衆徒合戦 ○藤原行成家屋の崩れる夢を見て程なく薨ず ○南都悪僧を捕え源為義に付して奥州に流す ○大風雨鳥羽朱雀大路大河の如し ○藤原経宗は無双の英雄なり ○源成雅と藤原頼輔乱闘(我朝未曽有の珍事) ○成雅を解官に処す ○鳥羽崇徳両院態野御幸 ○藤原実頼日記に冷泉帝を狂帝と書記す ○聖徳太子の霊を拝し十七条憲法に任せて執政せんことを誓う ○紀宗広妾うわなり打ち #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第145回配本 義演准后日記4〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
9,900
酒井信彦校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!
豊臣秀吉の帰依を受け、醍醐寺を造営した三宝院義演の日記

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

二条晴良の子、足利義昭の猶子、醍醐寺義演(一五五八-一六二六)の日記。秀吉の帰依をうけ、北政所・秀頼の外護により醍醐寺を造営した。本記は、慶長元年から寛永三年におよぶもので、当時の寺院の修法や行事等に詳しいのは勿論、近世初期の政治情勢を窺うべき記事が豊富である。また庭園や建築の歴史を究める上で不可欠の史料とされ、慶長三年の醍醐の花見の記事は夙に有名。

〔収録範囲〕
1605〔慶長10〕~1607〔慶長12〕
○旧冬関東大地震の由
○桜樹百本余を増植、往古は桜会とて大法会あり
○朝鮮使節家康に謁す
○秀忠将軍宣下
○応仁の大乱以後初て寺家南門竣工す
○大仏千僧供会
○摂津池田逗留鼓の滝見物
○南都下向用意、西大門額作成のため大寺先例一見
○猿楽名人渋谷与兵衛子兄弟来る
○上醍醐如意輪堂五大堂御影堂火災焼失
○文殊院勢誉より進上物、勢誉は家康意に叶う威勢の者
○京都宿坊院御所建設の為取壊始む
○山上伽藍再興を大坂へ訴う
○南庭花盛り京中より見物群集
○方広寺大仏千僧会八宗出仕
○五大尊画幅箱新調を仰付く
○石清水八幡宮見物秀頼造営社殿壮麗広大
○山伏公事并に大隅村百姓相論家康へ訴訟
○太平記読始む
○家康に松虫を贈る
○秀頼北野経堂を再興
○近衛信尹に関白職を鷹司信房に譲渡すべきとの沙汰
○山上学侶伽藍完成御礼に大坂に赴く
○寺領人夫の淀普請への徴用を断る
○醍醐番匠駿河府中作事に徴さる
○結城秀康死去
○駿河城焼失

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史料纂集古記録編 第145回配本 義演准后日記4〔オンデマンド版〕

9,900
酒井信彦校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 豊臣秀吉の帰依を受け、醍醐寺を造営した三宝院義演の日記 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 二条晴良の子、足利義昭の猶子、醍醐寺義演(一五五八-一六二六)の日記。秀吉の帰依をうけ、北政所・秀頼の外護により醍醐寺を造営した。本記は、慶長元年から寛永三年におよぶもので、当時の寺院の修法や行事等に詳しいのは勿論、近世初期の政治情勢を窺うべき記事が豊富である。また庭園や建築の歴史を究める上で不可欠の史料とされ、慶長三年の醍醐の花見の記事は夙に有名。 〔収録範囲〕 1605〔慶長10〕~1607〔慶長12〕 ○旧冬関東大地震の由 ○桜樹百本余を増植、往古は桜会とて大法会あり ○朝鮮使節家康に謁す ○秀忠将軍宣下 ○応仁の大乱以後初て寺家南門竣工す ○大仏千僧供会 ○摂津池田逗留鼓の滝見物 ○南都下向用意、西大門額作成のため大寺先例一見 ○猿楽名人渋谷与兵衛子兄弟来る ○上醍醐如意輪堂五大堂御影堂火災焼失 ○文殊院勢誉より進上物、勢誉は家康意に叶う威勢の者 ○京都宿坊院御所建設の為取壊始む ○山上伽藍再興を大坂へ訴う ○南庭花盛り京中より見物群集 ○方広寺大仏千僧会八宗出仕 ○五大尊画幅箱新調を仰付く ○石清水八幡宮見物秀頼造営社殿壮麗広大 ○山伏公事并に大隅村百姓相論家康へ訴訟 ○太平記読始む ○家康に松虫を贈る ○秀頼北野経堂を再興 ○近衛信尹に関白職を鷹司信房に譲渡すべきとの沙汰 ○山上学侶伽藍完成御礼に大坂に赴く ○寺領人夫の淀普請への徴用を断る ○醍醐番匠駿河府中作事に徴さる ○結城秀康死去 ○駿河城焼失 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第129回配本 妙法院日次記18〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
12,100
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂、八木書店、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄七年(一六九四)より明治九年(一八七六)まで約二百年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。

〔収録範囲〕
1775〔安永4〕~1778〔安永7〕
○弁官より院家以下の名簿提出の通知
○三条大橋小橋大破につき牛馬通差留の雑色触
○広橋家より禁裏へ能書方御伝授の御達
○議奏より諸秤は悉く守随方役人改めを請くべし、との触書
○当番流行風邪にて無人
○年貢米売払う約諾にて前金を受取りながら米を江戸廻しにして売払うとの風聞につき議奏触
○妙法院門跡知行所の届書
○禁裏御用の鮎不漁につき賀茂川上流禁漁との方内触
○近来耕作を怠け奉公稼出の者多く尓今村方残人数を相糺し田畑を荒さぬよう伝奏触
○寛文以降の諸国御領私領宗門改帳を取集めよとの武辺の指示につき当年(安永六年)よりは一宗ごとに一冊となすも御知行所宗門改帳は各村方町方より提出せし故不可能との伝奏への書付
○朱墨は朱座の外よりは売出すことは許さず
○秤改の節は秤をすべて見せ改請するようとの伝奏触
○新田畑開発は公儀より仰付られず私領開発は公儀より仰付との伝奏触
○所司代火消屋敷内にて出火


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史料纂集古記録編 第129回配本 妙法院日次記18〔オンデマンド版〕

12,100
妙法院史研究会(村山修一・今中寛司・杣田善雄・三崎義泉)校訂 、八木書店 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 京都東山七条にある天台の名刹妙法院の坊官が、元禄七年(一六九四)より明治九年(一八七六)まで約二百年にわたって書継いできた同寺の記録。本書は、寺の歴史だけに止まらず、朝廷・公家・京都所司代・町奉行などの動勢や、幕府の公家政策、京都の庶民生活、学問・芸術にわたる文化人の活動、天変天災の実情等、広汎な内容を含み、学界未知の史料が少なくない。 〔収録範囲〕 1775〔安永4〕~1778〔安永7〕 ○弁官より院家以下の名簿提出の通知 ○三条大橋小橋大破につき牛馬通差留の雑色触 ○広橋家より禁裏へ能書方御伝授の御達 ○議奏より諸秤は悉く守随方役人改めを請くべし、との触書 ○当番流行風邪にて無人 ○年貢米売払う約諾にて前金を受取りながら米を江戸廻しにして売払うとの風聞につき議奏触 ○妙法院門跡知行所の届書 ○禁裏御用の鮎不漁につき賀茂川上流禁漁との方内触 ○近来耕作を怠け奉公稼出の者多く尓今村方残人数を相糺し田畑を荒さぬよう伝奏触 ○寛文以降の諸国御領私領宗門改帳を取集めよとの武辺の指示につき当年(安永六年)よりは一宗ごとに一冊となすも御知行所宗門改帳は各村方町方より提出せし故不可能との伝奏への書付 ○朱墨は朱座の外よりは売出すことは許さず ○秤改の節は秤をすべて見せ改請するようとの伝奏触 ○新田畑開発は公儀より仰付られず私領開発は公儀より仰付との伝奏触 ○所司代火消屋敷内にて出火 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第65回配本 義演准后日記2〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
12,100
酒井信彦校訂、八木書店、令2、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!
豊臣秀吉の帰依を受け、醍醐寺を造営した三宝院義演の日記

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

二条晴良の子、足利義昭の猶子、醍醐寺義演(一五五八-一六二六)の日記。秀吉の帰依をうけ、北政所・秀頼の外護により醍醐寺を造営した。本記は、慶長元年から寛永三年におよぶもので、当時の寺院の修法や行事等に詳しいのは勿論、近世初期の政治情勢を窺うべき記事が豊富である。また庭園や建築の歴史を究める上で不可欠の史料とされ、慶長三年の醍醐の花見の記事は夙に有名。

〔収録範囲〕
1599〔慶長4〕~1601〔慶長6〕
○秀頼伏見より大坂へ移徙
○五奉行衆元結を払う
○家康勢多数上洛
○落雷により東寺塔心柱焼く
○島津忠恒伊集院忠棟を殺す
○三成佐和山城に退く
○秀吉を阿弥陀峯に葬る
○豊国明神遷宮人々群集す
○秀吉一周忌
○大名残らず豊国社に参る
○家康の大坂下向は秀頼への礼か
○高野山衆徒と紛争あり
○応其理徳院を殺す
○家康大坂城二の丸に入る
○義演大坂城の華麗さに驚く
○秀頼三十三間堂千体仏を修理し応其奉行す
○堺に唐船を見物し大船に驚く
○寺誌編集のため醍醐要書を見る
○家康会津の上杉氏征討
○大坂の情勢不穏
○毛利輝元大坂城西丸へ入る
○三奉行家康の罪を列挙す
○西軍伏見城攻撃
○田辺城孤立す
○家康八万騎にて上洛という
○三成行長恵瓊梟首さる
○輝元降伏す
○家康根来寺再興を許す
○公家に新知を給すという
○家康禁裏に新知を上す
○伏見城遺構を御影堂に望む
○応其関ケ原戦後近江に退く
○秀頼神号を書す
○諸家諸門跡に新知加増

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史料纂集古記録編 第65回配本 義演准后日記2〔オンデマンド版〕

12,100
酒井信彦校訂 、八木書店 、令2 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 豊臣秀吉の帰依を受け、醍醐寺を造営した三宝院義演の日記 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 二条晴良の子、足利義昭の猶子、醍醐寺義演(一五五八-一六二六)の日記。秀吉の帰依をうけ、北政所・秀頼の外護により醍醐寺を造営した。本記は、慶長元年から寛永三年におよぶもので、当時の寺院の修法や行事等に詳しいのは勿論、近世初期の政治情勢を窺うべき記事が豊富である。また庭園や建築の歴史を究める上で不可欠の史料とされ、慶長三年の醍醐の花見の記事は夙に有名。 〔収録範囲〕 1599〔慶長4〕~1601〔慶長6〕 ○秀頼伏見より大坂へ移徙 ○五奉行衆元結を払う ○家康勢多数上洛 ○落雷により東寺塔心柱焼く ○島津忠恒伊集院忠棟を殺す ○三成佐和山城に退く ○秀吉を阿弥陀峯に葬る ○豊国明神遷宮人々群集す ○秀吉一周忌 ○大名残らず豊国社に参る ○家康の大坂下向は秀頼への礼か ○高野山衆徒と紛争あり ○応其理徳院を殺す ○家康大坂城二の丸に入る ○義演大坂城の華麗さに驚く ○秀頼三十三間堂千体仏を修理し応其奉行す ○堺に唐船を見物し大船に驚く ○寺誌編集のため醍醐要書を見る ○家康会津の上杉氏征討 ○大坂の情勢不穏 ○毛利輝元大坂城西丸へ入る ○三奉行家康の罪を列挙す ○西軍伏見城攻撃 ○田辺城孤立す ○家康八万騎にて上洛という ○三成行長恵瓊梟首さる ○輝元降伏す ○家康根来寺再興を許す ○公家に新知を給すという ○家康禁裏に新知を上す ○伏見城遺構を御影堂に望む ○応其関ケ原戦後近江に退く ○秀頼神号を書す ○諸家諸門跡に新知加増 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

史料纂集古記録編 第38回配本 教言卿記3・教興卿記〔オンデマンド版〕

八木書店古書部
 東京都千代田区神田神保町
8,800
臼井信義・嗣永芳照校訂、八木書店、令5、1冊
長らく品切れの書籍を復刊!

【内容説明】
『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。

中納言正二位山科教言(一三二八-一四一〇)の日記。応永十二年山科家は火災にあい累代の記録を亡失したが、その後をうけて書き続けた日記で、他にあまり記録を残さないこの時代の重要な史料である。教言は義満の寵遇をうけ、また山科家が代々内蔵頭となるのもこの時からで、従って義満の行動や寮領支配を知る好個の史料であり、また禅僧の往来や、音楽・医薬関係の記事も豊富。

〔収録範囲〕
1408〔応永15〕~1410〔応永17〕・教興卿記
○義持公家方申沙汰は日野重光武家方申沙汰は伊勢貞行と定む
○義持徳大寺公俊及び広橋兼宣の邸に臨む
○日野重光三宝院満済を招請す
○大中中建甲斐より上洛
○遠江西郷土貢合戦のため来らず
○飛騨山科家領は斯波義将より国司姉小路尹綱に預けし地
○大中中建義持及び義嗣に謁す
○教興女千代傀儡張行
○義嗣大炊御門道場踊念仏聴聞
○今出川在家に放火あり
○勘解由小路室町酒屋放火さる
○教言鹿苑院に参詣し義満の木像を拝す
○義持義嗣及び北山院兵庫に遊ぶ
○太白真玄教言に蒸羹を贈る
○義持内蔵寮領率分所の存立を奉行に沙汰せしむ
○教興内蔵寮領率分所の事につき奉行飯尾貞之を訪う
○美濃革手郷長講堂門兵士役
○豊原定秋足利家の名笙達智門にて所作す
○日野家地蔵講
○白川家連歌
○北山院内裏御服料足を内蔵寮御服所に下す

「教興卿記」は教言卿記の第三と合冊、臼井信義・嗣永芳照校訂
従二位権中納言山科教興(一三四〇-一四一八)の日記。教興は父教言の後を嗣ぎ、内蔵頭となり、参議に任じた。その日記も『教言卿記』の後をうけて応永十七年(一四一〇)から同二十四年(一四一七)まで断続して残されている。内容的にも同記に準ずるものである。本叢書では、上掲の『教言卿記』第三冊にあわせて収める。

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史料纂集古記録編 第38回配本 教言卿記3・教興卿記〔オンデマンド版〕

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臼井信義・嗣永芳照校訂 、八木書店 、令5 、1冊
長らく品切れの書籍を復刊! 【内容説明】 『史料纂集』は、史学・文学をはじめ、日本文化研究上必須のものでありながら、今日まで未刊に終っていた史料を中核とし、さらに既刊のものでも、現段階において全面的に改訂を要することの明らかなそれを加えて、学界最高の水準で公刊するもの、『大日本古記録』と相並び相補う形で、各時代未刊重要史料の集成の実現をはかるものであります。 中納言正二位山科教言(一三二八-一四一〇)の日記。応永十二年山科家は火災にあい累代の記録を亡失したが、その後をうけて書き続けた日記で、他にあまり記録を残さないこの時代の重要な史料である。教言は義満の寵遇をうけ、また山科家が代々内蔵頭となるのもこの時からで、従って義満の行動や寮領支配を知る好個の史料であり、また禅僧の往来や、音楽・医薬関係の記事も豊富。 〔収録範囲〕 1408〔応永15〕~1410〔応永17〕・教興卿記 ○義持公家方申沙汰は日野重光武家方申沙汰は伊勢貞行と定む ○義持徳大寺公俊及び広橋兼宣の邸に臨む ○日野重光三宝院満済を招請す ○大中中建甲斐より上洛 ○遠江西郷土貢合戦のため来らず ○飛騨山科家領は斯波義将より国司姉小路尹綱に預けし地 ○大中中建義持及び義嗣に謁す ○教興女千代傀儡張行 ○義嗣大炊御門道場踊念仏聴聞 ○今出川在家に放火あり ○勘解由小路室町酒屋放火さる ○教言鹿苑院に参詣し義満の木像を拝す ○義持義嗣及び北山院兵庫に遊ぶ ○太白真玄教言に蒸羹を贈る ○義持内蔵寮領率分所の存立を奉行に沙汰せしむ ○教興内蔵寮領率分所の事につき奉行飯尾貞之を訪う ○美濃革手郷長講堂門兵士役 ○豊原定秋足利家の名笙達智門にて所作す ○日野家地蔵講 ○白川家連歌 ○北山院内裏御服料足を内蔵寮御服所に下す 「教興卿記」は教言卿記の第三と合冊、臼井信義・嗣永芳照校訂 従二位権中納言山科教興(一三四〇-一四一八)の日記。教興は父教言の後を嗣ぎ、内蔵頭となり、参議に任じた。その日記も『教言卿記』の後をうけて応永十七年(一四一〇)から同二十四年(一四一七)まで断続して残されている。内容的にも同記に準ずるものである。本叢書では、上掲の『教言卿記』第三冊にあわせて収める。 #八木書店出版物/史料纂集 古記録編/翻刻資料

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