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「文芸的な、あまりに文芸的な」の検索結果
5件

文芸的な、あまりに文芸的な

古本配達本舗
 山梨県都留市田野倉
3,000 (送料:¥360~)
芥川龍之介、旺文社文庫
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芥川龍之介 、旺文社文庫
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改造 昭和2年5月(第9巻第5号)―腐れかけた家(野上弥生子)、彼と彼の内臓(江口渙)、酒盃(林房雄)、善魔(里見弴)、創作「夢殿」について(中里介山)、地妖(三上於莵吉)、文芸的な、あまりに文芸的な(芥川龍之介)、独歩回顧(放庵未醒)ほか

副羊羹書店
 埼玉県鴻巣市本町
1,800
野上弥生子、江口渙、林房雄、里見弴、中里介山、三上於莵吉、芥川龍之介、放庵未醒、谷崎潤一郎 ほか、改・・・
ヤケ。斑ジミ。シミ。汚れ。傷み。線引き等なし。
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改造 昭和2年5月(第9巻第5号)―腐れかけた家(野上弥生子)、彼と彼の内臓(江口渙)、酒盃(林房雄)、善魔(里見弴)、創作「夢殿」について(中里介山)、地妖(三上於莵吉)、文芸的な、あまりに文芸的な(芥川龍之介)、独歩回顧(放庵未醒)ほか

1,800
野上弥生子、江口渙、林房雄、里見弴、中里介山、三上於莵吉、芥川龍之介、放庵未醒、谷崎潤一郎 ほか 、改造社 、1927
ヤケ。斑ジミ。シミ。汚れ。傷み。線引き等なし。

改造 昭和2年5月(第9巻第5号)―腐れかけた家(野上弥生子)、彼と彼の内臓(江口渙)、酒盃(林房雄)、善魔(里見弴)、創作「夢殿」について(中里介山)、地妖(三上於莵吉)、文芸的な、あまりに文芸的な(芥川龍之介)、独歩回顧(放庵未醒)ほか

副羊羹書店
 埼玉県鴻巣市本町
1,800
野上弥生子、江口渙、林房雄、里見弴、中里介山、三上於莵吉、芥川龍之介、放庵未醒、谷崎潤一郎 ほか、改・・・
表紙に記事名等書き込み。裏表紙に記名。ヤケ。斑ジミ。シミ。
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改造 昭和2年5月(第9巻第5号)―腐れかけた家(野上弥生子)、彼と彼の内臓(江口渙)、酒盃(林房雄)、善魔(里見弴)、創作「夢殿」について(中里介山)、地妖(三上於莵吉)、文芸的な、あまりに文芸的な(芥川龍之介)、独歩回顧(放庵未醒)ほか

1,800
野上弥生子、江口渙、林房雄、里見弴、中里介山、三上於莵吉、芥川龍之介、放庵未醒、谷崎潤一郎 ほか 、改造社 、1927
表紙に記事名等書き込み。裏表紙に記名。ヤケ。斑ジミ。シミ。

芥川作品の方法 <近代文学研究叢刊 42>

フォルモサ書院
 大阪府大阪市北区天神橋3-2-31 小西ビル2階
6,680
奥野久美子 著、和泉書院、2009年、253p、22cm、1冊
●本体:経年並(書込み等なし)
●目次画像有
●OPPカバー付

【送料】❶クリックポスト(下記参照)簡易包装
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奥野久美子 著 、和泉書院 、2009年 、253p 、22cm 、1冊
●本体:経年並(書込み等なし) ●目次画像有 ●OPPカバー付 【送料】❶クリックポスト(下記参照)簡易包装

劇作家 三島由紀夫 「お芝居」のなかの告白

中国書店
 福岡県福岡市博多区中呉服町
2,640
柴田勝二、花書院、2024
小説の面白さと戯曲の面白さの違いは何だろうか。かつて芥川龍之介と谷崎潤一郎が小説の筋をめぐる論争をおこなった際、谷崎が小説の条件として「構造的美観」を重視した(『饒舌録』)のに対して、芥川が志賀直哉の『焚火』などを念頭に置いて、「「話」らしい話のない小説」を「詩に近い小説」として称揚し、「構造的美観」をもちうるのは小説よりもむしろ戯曲であると主張した(『文芸的な、あまりに文芸的な』)ことはよく知られる。
この論争がおこなわれる少し前に誕生した三島由紀夫は、谷崎の称揚する「構造的美観」を備えた小説を容易に書きうる技量を持った作家であり、それゆえ優れた戯曲の書き手でもあったというのは分かりやすい議論である。序論の冒頭に述べたように、三島文学については小説よりも戯曲の方に軍配を上げる見方が古くからあり、私自身もその小説作品を愛好する一方で、三島戯曲こそが戦後演劇の最高の達成であるという思いを持っていた。そして三島が優れた劇作家であるのは、台詞の華麗さに加えて「構造的美観」をもたらす条件であるプロット構築の巧緻さが際立っているからであり、反面その巧緻さが、小説ではしばしば作り物的な印象を醸す要因にもなっていると考えていた。
もちろんこれは奥野健男など諸家の語る、三島文学についての常識的な評価にすぎない。三島文学に対する膨大な言説が積み上げられているにもかかわらず、その戯曲世界への探求がまだ十分におこなわれていないという不満を覚えていたこともあって、この常識を辿り直すに終わるかもしれないと思いつつ、三島の代表的な戯曲作品をあらためて読み直し、論じることを始めてみた。すると見えてきたのは、三島戯曲の魅力は芥川が戯曲の美点として評価した「構造的美観」もさることながら、登場者たちがその場のいることの必然性に促されておこなう発話のやり取りのなかに、それぞれの人物が抱えた内面がしばしば思いがけない形で浮上する展開に、より大きな面白さがあるということが見えてきた。その内面は発話の主体自身も意識していないものであ
ることがあり、それが主体に新しい自己認識をもたらすと同時に、それを崩壊に導くこともあるのだった。
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柴田勝二 、花書院 、2024
小説の面白さと戯曲の面白さの違いは何だろうか。かつて芥川龍之介と谷崎潤一郎が小説の筋をめぐる論争をおこなった際、谷崎が小説の条件として「構造的美観」を重視した(『饒舌録』)のに対して、芥川が志賀直哉の『焚火』などを念頭に置いて、「「話」らしい話のない小説」を「詩に近い小説」として称揚し、「構造的美観」をもちうるのは小説よりもむしろ戯曲であると主張した(『文芸的な、あまりに文芸的な』)ことはよく知られる。 この論争がおこなわれる少し前に誕生した三島由紀夫は、谷崎の称揚する「構造的美観」を備えた小説を容易に書きうる技量を持った作家であり、それゆえ優れた戯曲の書き手でもあったというのは分かりやすい議論である。序論の冒頭に述べたように、三島文学については小説よりも戯曲の方に軍配を上げる見方が古くからあり、私自身もその小説作品を愛好する一方で、三島戯曲こそが戦後演劇の最高の達成であるという思いを持っていた。そして三島が優れた劇作家であるのは、台詞の華麗さに加えて「構造的美観」をもたらす条件であるプロット構築の巧緻さが際立っているからであり、反面その巧緻さが、小説ではしばしば作り物的な印象を醸す要因にもなっていると考えていた。 もちろんこれは奥野健男など諸家の語る、三島文学についての常識的な評価にすぎない。三島文学に対する膨大な言説が積み上げられているにもかかわらず、その戯曲世界への探求がまだ十分におこなわれていないという不満を覚えていたこともあって、この常識を辿り直すに終わるかもしれないと思いつつ、三島の代表的な戯曲作品をあらためて読み直し、論じることを始めてみた。すると見えてきたのは、三島戯曲の魅力は芥川が戯曲の美点として評価した「構造的美観」もさることながら、登場者たちがその場のいることの必然性に促されておこなう発話のやり取りのなかに、それぞれの人物が抱えた内面がしばしば思いがけない形で浮上する展開に、より大きな面白さがあるということが見えてきた。その内面は発話の主体自身も意識していないものであ ることがあり、それが主体に新しい自己認識をもたらすと同時に、それを崩壊に導くこともあるのだった。

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