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式内社の研究 第4巻 (山陰道)
『道草』論集 : 健三のいた風景 <近代文学研究叢刊 道草 51>
史料纂集古記録編 第7回配本 公衡公記2
謎のカスパール・ハウザー 〔新装版〕
年譜斎藤茂吉伝(図書新聞双書6) <図書新聞双書 ; 6>
ライカな眼 〈書き込み有〉
太陽 35巻15号=No.444(1997年12月) < <特集 : ワインを愉しむ>
伝説の都 鴨東鴨涯の巻
考古学研究 44(3)(175) Quarterly of archaeological studies
百人一首版画シリーズ Hyaku-nin Isshu Hanga Series
嗚呼軍神九柱
風土記 <岩波文庫>
創業者小菅丹治
建築画報 通巻325号 (2007年10月) <特集 : 日本設計 40th Professionalism on 40 teams>
大田錦城伝考 上下
科学捜査ノート <ミリオン・ブックス>
玉島要覧
大日本三十至孝画伝 改訂版
蘭葉集
大日本三十至孝画伝
聖書を中心とする教理研究
月刊 ヒューマンライツ = Human rights. (122)
あなたがそこで生きる理由(わけ)―人生の使命の見つけ方
信仰の本道 : 准教祖教話集
科学捜査ノート <ミリオン・ブックス> <ミリオン・ブックス>
堅如磐石
山本芳翠西洋画風肖像画幅
毛沢東大躍進秘録
砲軍操法 第一套熕手操法
谷口長雄伝
ワアグナア 普及版
忘れかけの街・仙台 昭和40年頃、そして今
生きて候
文芸春秋 28(12)
まんぞくまんぞく
恋愛と結婚の書
現代小国民美談 : 御大礼記念
竹本摂津大掾 全 : 二代目越路太夫 初版
竹本摂津大掾 : 二代目越路太夫
渋沢栄一と択善会
澁澤栄一と択善会
夏目漱石の精神分析
林子平傳 日本国防の先覚者 著者 松原晃 出版社 奥川書房 刊行年 昭17年初版 林子平(はやし しへい)元文3年6月21日(1738年8月6日) - 寛政5年6月21日(1793年7月28日))は、江戸時代後期の経世論家。諱は友直。のちに六無斎主人と号した。高山彦九郎・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人(「奇」は「優れた」という意味)。元文3年(1738年)、幕臣岡村良通の次男として江戸に生まれる。父の岡村良通は御書物奉行(620石)として仕えていたが、子平が3歳の頃、故あって浪人の身となり、家族を弟の林従吾(林道明)に預け諸国放浪の旅に出た。子平らは、大名家に往診にも行く開業医であった叔父の従吾のもとで養われる。まもなく、長姉と次姉は仙台藩の江戸屋敷に奉公するようになり、仙台藩5代藩主伊達吉村の侍女として仕えた。次姉のなお(きよ)はその容姿と心ばえが吉村に愛され、やがて6代藩主となる宗村の側室に抜擢され、お清の方と呼ばれるようになった。お清の方は1男1女をもうけた。男子はのちに三河国刈谷藩主土井利信の養嗣子となる土井利置、女子は出雲松江藩主松平治郷の正妻となる方子(青楽院)である。お清の方の縁で、養父の従吾は仙台藩の禄を受けるようになった。従吾の没後、子平の兄の林友諒が封を継ぎ、宝暦6年(1756年)に正式に仙台藩士として150石が下された。同年5月に宗村が死去すると、友諒は家族を引き連れ、仙台川内に移住した。子平は部屋住みの身で妻子は持たなかったが、仙台藩士として生活するようになった。子平はみずからの教育政策や経済政策を藩上層部に進言するが聞き入れられず、禄を返上して藩医であった兄友諒の部屋住みとなり、北は松前から南は長崎まで全国を行脚する。長崎や江戸で学び、大槻玄沢、宇田川玄随、桂川甫周、工藤平助らと交友する。ロシアの脅威を説き、『三国通覧図説』『海国兵談』などの著作を著し、「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して、当時の人びとを驚かせた。『海国兵談』の序を書いたのは、仙台藩医工藤平助であった。また『富国策』では藩の家老佐藤伊賀にあて藩政について説いたが、採用はされなかった。
勤王秘史 佐佐木老侯昔日談
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