東近江市ガリ版伝承館 印刷技術と「家」の歴史を受け継ぐ 【書庫拝見22】

東近江市ガリ版伝承館 印刷技術と「家」の歴史を受け継ぐ 【書庫拝見22】

南陀楼綾繁

 12月18日の朝、近江八幡駅からのバスに乗った。

 早朝に東京を出て、名古屋、米原と乗り換えて、ここに着いた。米原の手前はかなり雪が積もっていたが、トンネルを抜けると急にいい天気になった。

 バスは民家の連なるくねくねと細い道を進む。旧街道らしい通りだ。その揺れに身を任せながら、自分とガリ版との縁を思い出していた。

ガリ版に魅せられて

 ガリ版(謄写版)は、表面にロウを塗った原紙に、鉄筆で削るようにして文字や絵を書き、その上にインクを乗せて刷るものだ。版にあけた孔からインクを通して刷る「孔版印刷」の一種である。ヤスリに乗せた原紙に鉄筆で書くときにする音から「ガリ版」の名で親しまれた。

 1967年生まれの私の小学生時代には、テスト用紙や連絡物などはガリ版で印刷されていた。ただ、私自身はそれを使った記憶はない。中学生の時、図書委員会の通信をつくったときは、鉄筆などは使わず、ボールペン原紙に文字を書いていた。

 1977年に登場した「プリントゴッコ」は、ガリ版と同じ孔版印刷で、謄写版資器材メーカーの理想科学工業が開発したものだが、そんなことは知らず、年賀状などでよく使っていた。

 20代になって、古本にハマり、戦前のコレクターが発行した「趣味誌」を集めた。それらの多くはガリ版で印刷されていた。

 1997年に創刊した『季刊・本とコンピュータ』のスタッフとなってからは、デジタル文化の対極にある「メディア」のかたちに関心が向いた。第2号では「本なんか一人でも出せるぜ」という座談会を担当。ファックス通信、オンラインマガジン、電子出版の発行者とともに、ガリ版について志村章子さんに話してもらった。

 志村さんは月刊『文具と事務機』編集部などを経て、ジャーナリストとして活動した人で、社会学者の田村紀雄との共編著『ガリ版文化史 手づくりメディアの物語』や『ガリ版文化を歩く 謄写版の百年』(ともに新宿書房)を出していた。

 座談会では、ガリ版の器材や情報を必要とするためのつなぎ目として、「ガリ版ネットワーク」を設立し、『ガリ版ネットワーク通信』を発行していることを話していただいた。とっくに消滅していたと思っていたガリ版に、これだけ情熱を注いでいる人がいることに驚いた。

 その後、ガリ版の「筆耕」(ガリ切り)として働いたことがある俳優の佐藤慶さんと、「刷り師」の経験のあるジャーナリストの鎌田慧さんの対談(第6号)を経て、第9号から「ガリ版【本コ】」というコーナーを開始した。

 雑誌内雑誌的なページで、ガリ版の再評価の動きや資料館などを紹介するもので、ガリ版で制作した版下を使用した。製版の担当は、『謄写技法』というミニコミを出していた坂本秀童子さん。徳島の出羽島という離島で謄写版の工房を営んでいる坂本さんは、当時メールなどを使わなかったので、原稿や版下は宅配便でやり取りした。文字直しが発生したり、悪天候で宅配便が遅れたりすると、冷や汗をかいたが、DTPでつくる雑誌の中に、すべて手づくりで進行するページがあることが、なんだかとても面白かった。

 私自身、このページの取材を通じて、ガリ版の歴史について耳学問をすることができた。「ガリ版【本コ】」は、『季刊・本とコンピュータ』第1期の終了にともない、8回で終わった。

『季刊・本とコンピュータ』1期第9号(1999年7月)

二人の堀井新治郎

 30分近くバスに乗って、「ガリ版伝承館」というバス停で降りると、目の前に洋館が建っていた。その後ろに和風建築の母屋がある。これが、東近江市ガリ版伝承館なのだ。入り口は母屋の方にある。

東近江市ガリ版伝承館の外観

ガリ版伝承館の入り口

「ここはガリ版を発明した堀井新治郎父子の本家でした。母屋は1908年(明治41)、洋館は1909年(明治42)に建てられています」と、田中浩さんは説明する。

 田中さんは東近江市の隣町の生まれで、この館のある旧蒲生町の役場に勤めていた。現在は一般社団法人「がもう夢工房」の理事として、ガリ版伝承館の運営に関わっている。この日は、東近江市役所博物館構想推進課の竹村祥子さんも立ち会ってくれた。

 東近江には、「近江商人」と称される商人の文化があった。作家の外村繁が生まれた五個荘も、近江商人が多く出たところだ。彼らは京都や大阪、江戸に進出し、その中から現在の大企業も生まれた。堀井家もその流れに連なると云えるだろう。

 それにしても、「堀井新治郎父子」とはどういうこと? 堀井家はこの地方の旧家で、代官を務め、醸造業を営んだ。じつは、謄写版を発明した父子は、どちらも「新治郎」という名前なのだ。1856年(安政3)に生まれた父は、謄写版の開発後、「元紀」(最初という意味)と改名。1875年(明治8)に生まれ、のちに母が初代新治郎と結婚した堀井耕造が「第二代新治郎」を襲名した。耕造は「仁紀」(二番目という意味)を名乗った。

 ここでは、初代、二代として話を進めよう。

堀井新治郎(初代)の像

 初代は内務省に勤務し、二代は三井物産で働いていたが、1893年(明治26)にともに退職し、簡便な印刷機の開発に取り組んだ。

 この年、初代はアメリカのシカゴ万博を視察し、エジソンが開発したミメオグラフにヒントを得た。そして、1894年(明治27)に第一号機を完成。神田鍛冶町に「謄写堂」を設立した(『ガリ版文化史』)。

 謄写版は日清戦争で軍隊の通信の道具として採用されたことを機に、広い範囲で普及していった。

 堀井父子は謄写堂の開発のために、滋賀の土地を売却して資金に充てた。
「研究費や研究材料を買うため資金はすぐに底をつき、一家は赤貧洗うがごときくらしとなった」(『ガリ版文化史』)

 現在の本家は、謄写版で成功した堀井父子が、近江に土地を買って建てたものだ。苦労しただけに、故郷に錦を飾りたいという思いが強かったのではないか。

紙モノ好きの血が騒ぐ

 この家がガリ版伝承館となった経緯は、あとで述べることにして、館内を見ていこう。

 母屋の1階には、ガリ版の歴史に関する展示室がある。そこに展示されている印刷物は、ガリ版がいかに広い範囲で使われていたかを示すものだ。
『ほりゐ』は、堀井謄写堂のPR誌。表紙が美しい。
『昭和堂月報』は、謄写印刷器材店「昭和謄写堂」のPR誌で、謄写版の美術印刷を進化させたと云われる草間京平らが編集していた。ちなみに、私は『季刊・本とコンピュータ』の時代に、この月報を復刻した『昭和堂月報の時代 戦前戦後「ガリ版」年代記』(トランスアート)の編集も担当している。
『南極新聞』は、昭和30年代の南極観測船「宗谷」で、隊員に向けて発行されていた新聞で、ガリ版で印刷されていた。

 ほかにも、芝居やテレビの台本、パンフレット、チラシなどが展示されていた。

『ほりゐ』

『昭和堂月報』

『南極新聞』

 母屋はそのまま洋館に続いている。そちらには器材や孔版画家の作品が展示されている。

作品の展示室

 公開部分の見学を終え、いよいよ資料が収蔵されている蔵に案内していただく。

 堀井家の蔵は、本家と分家合わせて8棟あった。そのうち3棟に資料が収められているそうだ。

 まず、「北の蔵」と呼ばれる2階建ての蔵に入る。

北の蔵

 1階で目につくのは、数々の雑誌だ。東京の堀井家にあったものがここに移されたという。図書館と同じように合本されている。『東京パック』『婦人画報』『グラヒック』『写真画報』など、ビジュアルな雑誌が多いのは、仕事の参考のためでもあったはずだ。

『東京パック』

『グラヒック』

 また、別の一角には「売上帳」と題された帳簿がずらりと並ぶ。堀井家の経理を記録したものだ。しかし、これは氷山の一角で、このあと、堀井家の記録への執念に度肝を抜かれることになる。

 2階に上がると、謄写版の器材が並んでいる。鉄筆やヤスリなどもさまざまな種類が揃っている。

さまざまな鉄筆

 ある棚には「業務付録 解説書」と題されたアルバムが並んでいる。一冊手に取ろうとして、その大きさに驚く。製本も堅牢だ。

 その下にあるのが、「堀井謄写堂印刷見本集」。同社が担当した仕事の見本が貼り込んである。めくっていると、改めて広い範囲でガリ版が使われていたのだと判る。陸軍の精神鼓吹を呼び掛けるものもあった。

業務解説書と印刷見本集

印刷見本

陸軍

 また、デザインの参考にしたと思われる海外のラベルを貼り込んだものもあり、紙モノ好きの血が騒ぐ。

 こういった紙モノはいくらでも見ていられるし、いろいろ発見があって楽しい。たとえば、あるチラシには明らかにミッキーマウスが描かれているし、別のスクラップブックに貼られている「Niagara」の文字は、大瀧詠一の「ナイアガラ・レーベル」のロゴにちょっと似ている。

ミッキーマウスの絵

「Niagara」のラベル

すべてを記録する執念

 次にコンクリート蔵と呼ばれる。2階建ての蔵へ。

 1階には、大量の写真が貼り込まれたアルバムが並ぶ。たとえば、「家族」と題されたアルバムには、年代順に家族の写真が貼られている。その量が尋常ではないのだ。
「この地下には、ガラス乾板も保存されているんです」と、竹村さんが教えてくれる。

コンクリート蔵

アルバム「家族 1」

家族の写真

 2階には、本家と分家に関する記録が年代順にまとめられた台帳が並ぶ。さらに、「記録索引」「類別索引」と称する台帳もあるのだ。

 これらの台帳は、すべて同じかたち、同じ造本で、計画的にまとめられている。いかに旧家とはいえ、これだけ膨大な資料を誰が、どうやってまとめたのか? 
「堀井家では、記録係として3人雇っていたと聞いています」と、田中さんは云う。それだけの時間と費用をかけて、家の記録をまとめた執念は、ちょっと怖いくらいだ。

索引の台帳

 また、別の箱には『謄写版の発明家 堀井新治郎苦闘伝』という冊子が、100冊以上収められている。内容はいわゆる立志伝。日統社は企業経営者の伝記を多く出している出版社のようで、買い取りを条件とする、いまでいう企業出版だったのかもしれない。

『堀井新治郎苦闘伝』

同書を収めた箱

 もうひとつの箱には、『大正十二癸亥年大震火災記』という本が何冊も入っている。

 1923年(大正12)9月1日の関東大震災で、神田鍛冶町の堀井謄写堂本店は火災に遭った。本書は本店や工場、別宅などの被害の状況を克明に綴った記録で、色刷り謄写版の図版が15点収められている。ことに本店が焼け落ちる様子を描いた図版は迫力がある。

 同書の内容については、北原糸子「私家版・関東震災復興誌 神奈川県農工銀行と堀井謄写堂」(『非文字資料研究センター News Letter』第49号、2023年3月)で詳細に分析されている。

『大正十二癸亥年大震火災記』

ガリ版文化の継承

 かつては国内外に普及し、多くの人に使われたガリ版も、他の印刷技術が発展するなかで、次第に衰退していく。

 初代・元紀は1932年(昭和7)に75歳で、2代・耕造は1962年に86歳で亡くなっている。

 1985年、堀井謄写堂はホリイ株式会社と改称、その2年後には謄写版の生産を終了する。

 本家についても、昭和50年代には無人になっていたという。

 1989年に遺族から旧蒲生町に本家が寄贈されたのを機に、建物の改修を行なった。そして、1998年に「ガリ版伝承館」が開館したのだ。蒲生町は2006年に東近江市に編入され、現在は東近江市が同館を運営している。

 2005年からは年1回、企画展を開催。孔版画家の作品展などを開催している。また、堀井家の資料の整理も進めている。

 蔵の見学を終えると、田中さんは道を挟んだ先にある家に案内してくれた。そこには「がりばん楽校」という看板があった。

がりばん楽校

「堀井家に関係している方の民家を提供していただいたんです。ここでは、ガリ版を体験してもらえます」と、田中さんが話す通り、器材が一式揃っている。

 同行の編集者Hさんがいちどもガリ版に触ったことがないというので、体験してもらう。田中さんの指導のもと、原紙に鉄筆で文字を書き、スクリーンにインクを乗せて、印刷する。楽しそうに手を動かす。10分ほどで、この連載のタイトル文字が刷り上がった。

ガリ版体験

印刷した文字

 ガリ版伝承館を訪れる客は、実際に使った経験のある世代が中心だが、ジブリ映画の『コクリコ坂から』でガリ版のシーンが描かれた影響もあり、若い世代も増えているという。「今日も静岡から若い人がいらっしゃいます」と、田中さん。

 また、アートの技法として、ガリ版に注目する美術家も多い。ガリ版にはまだ多くの可能性があるのだ。

 2008年、前年に活動を終了したガリ版ネットワークを受け継ぐかたちで「新ガリ版ネットワーク」が発足し、ガリ版伝承館に拠点を置いた。田中さんはその事務局長も務める。ガリ版伝承館が、文字通りの「伝承」の中心になったわけだ。
「ガリ版の器材や資料の寄贈は増えています。それらを整理して、適切な研究機関に引き継ぐのも、私たちの役目だと思います」と、田中さんは語る。

 最後に見せてもらったのは、志村章子さんの資料だ。ガリ版文化の発掘を続けながら、ガリ版ネットワークを運営してきた志村さんは、2022年、82歳で亡くなる。志村さんの資料は、ご本人より、没後は遺族より新ガリ版ネットワークに寄贈された。その数は1万点近くになるという。整理を終えた後、ガリ版伝承館を含む関係機関に寄贈を呼びかける予定だという。 

 同館が所蔵するガリ版に関する資料は、印刷や美術の歴史を知るための重要資料だ。また、堀井家の詳細かつ膨大な資料は、江戸時代から明治・大正・昭和にいたる「家」の記録として、さまざまなかたちで活用できるのではという予感がする。

 いちどは終わったはずの印刷技術と「家」を、資料によって未来に受け継ぐ。小さな資料館だが、ガリ版伝承館は大きな使命を担っているのだ。

 
 
 
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu

 
 
 
 
 
東近江市ガリ版伝承館
https://www.city.higashiomi.shiga.jp/0000000117.html

Copyright (c) 2024 東京都古書籍商業協同組合

古本屋ツアー・イン・ジャパン2023年総決算報告

古本屋ツアー・イン・ジャパン2023年総決算報告

古本屋ツーリスト 小山力也

 2024年元日、能登半島地震が発生してしまった。北陸の皆様にお見舞い申し上げるとともに、石川・富山・新潟の古本屋さんが無事であることを、ただ祈るばかりである。そして人間社会はすっかり新型コロナウィルスを御した形となり、方々でいわゆる日常を取り戻し、人が集まるイベントなども頻繁に行われるようになった。それはやはり賑やかで活気があり、素晴らしいことなのであるが、引き続き最低限の感染対策は続けるべきであろう。混み合う場所でのマスクや手洗いは、これからも必須にして行くつもりである。面倒ではあるが、おかげで相変わらず風邪もひかないのが大きなメリットである。と言うわけで古本屋さんも通常通りに営業するようになり、催事類も大きなもの含めて開かれるようになった。2023年は、感染症がマイナス面で世界をひとつにした時代から、抜け出した始めた特殊な時代になっていた気がする。トンネルを抜け出し、明るい世界に飛び出し始めたが、実はその長く暗いトンネルが、ジワリジワリと人々の気持ちに影響を与えていたのかもしれない。私はトンネル時代もそこから抜け出しても、古本屋通いと古本買いの毎日は決して変わらなかった。そんな愚かな男の行動と情報収集から(ほぼ東京近辺であるが)、何かの姿が浮かび上がって来るかもしれない…。まずは上半期の動きをおさらいし、下半期に突入して行こう。

 まず開店について言えば、神保町にパチンコ屋跡地を利用した巨大店「@ワンダーJG」、西荻窪に武道と関連深い外国人武道家が営む「文武堂」、祖師ケ谷大蔵にシェア型書店「BOOK SHOP TRAVELLER」が挙げられる。対して閉店情報は残念ながら賑やかで、荻窪「藍書店」、神保町「友愛書店」、浦和「金木書店」、川崎「朋翔堂」、沼袋「天野書店」などが惜しまれながらお店を閉めた。催事では由緒ある『城南古書展』が“ザ・ファイナル”と称し、東京古書会館地下での活動に終止符を打った。だが新たに西部古書会館では『高円寺優書会』と言う催事がスタートしている。この新しい催事の波は、実はこの後も続いて行く。これは古本業界の必死さであり、新たな道を切り開く決意表明でもあるのだ。と言うわけで下半期へ。

 七月には立石の下町老舗店「岡島書店」が閉店。実は駅近くのリサイクル系古書店「BOOKS-U」もすでに閉店してしまっていたので、立石から古本屋さんはなくなってしまったことになる。だが「岡島書店」の血は息子さんの「立石書店」&「古書英二」に脈々と受け継がれているので、これからも古本業界の一翼を支え続けてくれるはずである。また催事では『中央線はしからはしまで古本フェスタ』と言う、その名の通り主に中央線沿線の古本屋さんが多数参加した古書市が開催され、いつもは神保町に足を踏み入れぬ若者たちが大挙押し寄せる、伝説的な成果を上げ、古本業界の耳目を集めた。八月は京都に出張取材に赴いた折りに、好みの古本屋さんを訪ねつつ、一乗寺に出来ていた「TAKE書房」を訪問。ラーメン街道にある、古書の多い激安店であった。九月には三鷹で「藤子文庫」の閉店を確認。十月にはひばりケ丘で、何度訪れてもシャッターが下りっ放しの「近藤書店」の閉店を確信。十一月は、神保町路地裏のミステリ専門店「富士鷹屋」が閉店。十二月には高円寺で、「えほんやるすばんばんするかいしゃ」の隣りに出来た、ほとんど屋根裏部屋のような古書も扱う書店「ヤンヤン」に遭遇し、青年が営む新たなお店の息吹を気持ち良く身体に受け、本と言う文化はこれからもまだまだ続いて行くと、暖かな希望を感じてしまう。

 全体を見ると、ちょっと閉店が多い状況であろうか。しかも長らく営業していたお店の閉店が目立った気がする。店主の高齢化や跡継ぎ問題が原因のひとつであろうが、やはりコロナの影響も感じてしまう。さらに実際に目にした閉店ではなく、ブログのコメント欄にタレ込まれた情報も列挙しておこう。鹿島田「南天堂」、滝野川「龍文堂書店」、名古屋「つたや書店」、岡山「万歩書店中之町店」、盛岡「浅沼古書店」、早稲田「ブックス・ルネッサンス」、横須賀「沙羅書店」、西新井「古本のりぼん」、白楽「鐵塔書院」、大森「松村書店」などの閉店が確認されている。さらに東京では、リサイクル系のお店である「ブックセンターいとう」と「DORAMA」系列店の閉店が相次いでいる。常に閉店は悲しい寂しいことであるが、致し方ないことでもある。今現在、何かの条件が様々に重なり、このような事態を生み出しているのであろう。だが、人が動き、工夫を続ける限り、古本のある限り、きっと新たな局面は展開されるはずである。その展開を少しでも応援する為に、微力ながらこれからも大好きな古本を買い続けるつもりである。

 またこの年は、古本屋さんの手伝いを頻繁にした年でもあった。もう十年以上、西荻窪「盛林堂書房」で大きな買取の時に“盛林堂・イレギュラーズ”と称し、本を運ぶ苦役を担っているのだが、何と一年で二十三回も出動していたのである(恐らく冗談ではなく十万冊は運んだ気が…)。そのおよそ半分は、稀代のアンソロジスト・日下三蔵氏の書庫片付け手伝いであるが、実はその書庫も段々と完成に近付いており、今年中にはクライマックスを迎える予感がヒシヒシとしている。さらに盛林堂では、“盛林堂・イレギュラーズ・エクストラ”と称し、三月の『神保町さくらみちフェスティバル 春の古本まつり』四月の『SFカーニバル』十月の『神田古本まつり 青空掘り出し市』でブースの売り子を務め、攻め寄せるお客と暗算地獄に、頭から煙を吹き出しそうになる。こんな風に古本屋さんと関われるとは、古本屋好き冥利に尽きるお仕事であった。こちらも依頼のある限り、今年も続けて行く予定である(すでに正月明けに一万冊を二階から独りで下ろす仕事が……)。

 古本屋さんとの関わりと言えば、一昨年横須賀中央の「港文堂書店」が店主の急逝により閉店してしまったのだが、以前から親交のあった娘さんが、お店は継がなかったが、時折片付けの終わった店舗部分で、常連客さんが集まり『BOOK赤提灯』と称する飲み会を行っていると言うので、年が押し迫った三十日に参加させてもらった。あの元気でおしゃべりで笑顔の輝く店主はもういなかったが、本の無くなった骸骨のような棚、主のいない番台、そこに集まり昔話に花を咲かせる人々を見て、ここに古本屋さんがあったのは、かように意味があったのだなと思い、しんみりじんわりかつてのお店を懐かしんで来た。その時にいただいた、片付けの際に出て来た、横須賀の風景を描いた版画が印刷された、古いオリジナル書皮は、大事な宝物となっている。

 こんな風に、一年間古本屋さんの中を駆け抜けて来たが、今年も変わらず駆け抜けて行く所存である。さて、最後に古本者の業としての、下半期の古本成果を挙げておこう。国土社「空をはしるヨット/香山美子 伊坂芳太郎」二百円、現代社「はだかの王様 山下清日記/式場隆三郎編」(山下・式場連名書名入り)二千円、講談社「怪奇雨男/都筑道夫編」五千五百円、奢覇都館「美童 山崎俊夫作品集 上巻」八百八十円、などであろうか。今年も引き続きこのような値段で良書をハントして行きたいものである。

 
 
 
 
小山力也
2008年5月からスタートした、日本全国の古本屋&古本が売っている場所の、全調査踏破を目指す無謀なブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』管理人。西荻窪「盛林堂書房」の『フォニャルフ』棚と大阪「梅田蔦屋書店」で古本を販売中。「本の雑誌」にて『毎日でも通いたい古本屋さん』、「日本古書通信」にて『ミステリ懐旧三面鏡』連載中。
http://furuhonya-tour.seesaa.net/

Copyright (c) 2024 東京都古書籍商業協同組合

furuhonotome_hahaninaru

『古本乙女、母になる。』 ベストセラーにはならない半端者文学、ここにあり。

『古本乙女、母になる。』 ベストセラーにはならない半端者文学、ここにあり。

カラサキ・アユミ

 昨年12月に皓星社から刊行した2冊目の拙著となる『古本乙女、母になる。』は、古本に目がない筋金入りの古本者である自分が、結婚出産育児という人生のターニングポイントを迎えてからの日々の出来事を書き綴ったエッセイ本だ。

 珍スポットトラベラーで二児の母でもある金原みわさん、古本界のスーパースターである古本屋ツアー・イン・ジャパン小山力也さんという敬愛してやまないお二人による素晴らしい寄稿も収録されている。

 どんな本かと問われれば、「育児と趣味に奔走する一人の母親の日常風景が綴られている。」と答えるだろう。だが、育児をしていない人にもこの本はきっと楽しめてもらえると思う。

 切らしていた洗濯用洗剤をスーパーで買う行為と、古本屋で本を買う行為とでは一見違っているようで実は本質は一緒だ。

 古本者にとって本は生活必需品と同様の位置付けなのだ。それはたとえ母親という立場になっても変わらぬ価値観であることを私は身をもって体験した。

 ドラッグストアで50枚入り1200円の紙オムツの袋をレジに持って行きながら「これで古本屋で数冊本が買えるよなぁ」と考えたり、夫に子守を任せて遠くの街の古本屋で漁書をしながらも「今晩のおかずは何にしよう、あの子が好きな焼き魚にしてあげようか…早めに切り上げて帰りにスーパー寄らなくちゃ」と思案している自分がいる。

 子供が生まれたことによって、趣味に対して時間もお金も思考も全力投資できなくなってしまった私は自分のことを半端者と呼ぶことにした。これは決して揶揄なんかではない。むしろ誇りを持ってこの称号を自分に与えた。

 それにしても、毎回書店に行くとこんなにも面白そうな書籍達が日々大量に刊行されているのかとワクワクして感動すると同時に「すべての本を把握することも読むことも叶わない生涯の短さと人生の時間の足りなさ」を改めて痛感してしまう。

 どこの新刊書店も最近映画化された本や、テレビで芸能人が紹介した本、SNSで話題になった本、これらの書籍が大々的に目立つように平積み陳列されているわけだが、そんな中、自分の本がひっそりと片隅にでも置いていただけていることに興奮しつつ感謝が尽きない。

 ほぼ無名の著者による限りなくマイナーと言われる〝古本趣味〟についてのエッセイ本である。

 フラッと書店に立ち寄り棚を眺め、この膨大な書籍の大海原の中から拙著の背表紙に目を留め「おや、この本は?」とおもむろに棚から抜き出しパラパラとページをめくってもらえる確率は果たしてどれくらいあるのだろうか…そんなことも考えてしまう。

 各業界に人脈も交友関係もほぼ皆無な市井の作家である自分が唯一情報発信できるささやかな場がSNS(主に旧TwitterことX)のみなので、とにかく〝本の存在を一人でも多くの人に知ってもらう〟べく地道に宣伝活動に勤しむ現在だ。せっかく世に出たからにはやはり一人でも多くの読者に繋がってほしい。一方で売れた数なんて関係ない、マイナーなジャンルの本だからこそ刺さる人にだけ刺さればいい、なんて格好つけながら、しかし本当に心の底からそう思う自分もいる。このジレンマはある種の、商業出版における呪いのようなものかもしれない。

 だが実際、本の存在を知られなければ書店さんから注文してもらうきっかけも生まれないわけで、拙著を目指して探しに来てくれる人がいなければ、きっと現在店頭で並べられている本達も発売から時間が経って旬が過ぎたら返品されゆく運命だろう。そして発行部数もそう多くはない初版が売り切れたとしても重版もされずに潔く絶版になるかもしれない。なので、もし、この「自著を語る」をお読みいただき少しでもご興味を持たれた奇特な方々がおられたら是非書店に出向いて『古本乙女、母になる。』が店頭に並んでいるうちに探してお手に取っていただけたら幸いである。

 昨年の本の発売日当日の夕方、ささやかなお祝いにと地元のお気に入りの渋い焼き鳥屋に行った。一人で来たことは何度かあったが、この日は初めて2歳になる息子と一緒に暖簾をくぐった。年季が入ったコの字カウンターで、息子を膝に乗せて流し込んだあの冷えたビールの一口目の味は、きっと一生忘れないだろう。

 イヤイヤ期真っ只中の幼子を育てながら、仕事をしながら、減ることのない家事を日々こなしながら、子供が眠った後に睡眠時間を削りながらの書籍作業はやはり楽ではなかった。大変だったけれど、私のような半端者が古本の話をする本があっても良いのではないか、と不確かな自信もあって楽しく執筆活動に臨むことができた。

 こうして母がしみじみと感慨に耽っているその間、息子は焼き上がったばかりのつくねを私の膝の上に絶妙なバランス感覚で姿勢よく座りながらハフハフと頬張っていた。酒場の女将さんが優しく微笑みながら次々と焼き上がった串を息子の皿に乗せていく。この楽しい時間を息子と共有するなんとも言えぬ多幸感。幸せを熱々の砂ずりに重ねて、串から口に含み噛み締めて味わった。

 いつか古本漁りの面白さもこんな風に息子と共有できる日が来るのかもしれない。

 これからも母親として子育てに奔走しながら古本半端者道を極めていきたいと思う。

 
 
 
 

 
 


『古本乙女、母になる。』
皓星社刊
カラサキ・アユミ著
税込価格:2,200円
ISBNコード:978-4774408019
好評発売中!
https://www.libro-koseisha.co.jp/literature_criticism/9784774408019/ (試し読みあり)

 
X(旧Twitter)
https://twitter.com/fuguhugu

Copyright (c) 2024 東京都古書籍商業協同組合

2024年1月25日号 第387号

■■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■
 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
     。.☆.:* その387・1月25日号 *:.☆. 。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

このメールは「日本の古本屋会員」の方で、メールマガジンの配信
を希望された方にお送りしています。
ご不要な方の解除方法はメール下部をご覧下さい。
【日本の古本屋】は全国991古書店参加、データ約676万点掲載
の古書籍データベースです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

☆INDEX☆
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
1.『古本屋ツアー・イン・ジャパン2023年総決算報告』
                   古本屋ツーリスト 小山力也

2.『古本乙女、母になる。』
 ベストセラーにはならない半端者文学、ここにあり。
                        カラサキ・アユミ

3.『ものと人間の文化史190 寒天』
                中村弘行(元小田原短期大学教授)

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『古本屋ツアー・イン・ジャパン2023年総決算報告』
                   古本屋ツーリスト 小山力也

 2024年元日、能登半島地震が発生してしまった。北陸の皆様にお見舞
い申し上げるとともに、石川・富山・新潟の古本屋さんが無事であるこ
とを、ただ祈るばかりである。そして人間社会はすっかり新型コロナウィ
ルスを御した形となり、方々でいわゆる日常を取り戻し、人が集まるイ
ベントなども頻繁に行われるようになった。それはやはり賑やかで活気
があり、素晴らしいことなのであるが、引き続き最低限の感染対策は続
けるべきであろう。混み合う場所でのマスクや手洗いは、これからも必
須にして行くつもりである。面倒ではあるが、おかげで相変わらず風邪
もひかないのが大きなメリットである。と言うわけで古本屋さんも通常
通りに営業するようになり、催事類も大きなもの含めて開かれるように
なった。2023年は、感染症がマイナス面で世界をひとつにした時代から、
抜け出した始めた特殊な時代になっていた気がする。トンネルを抜け出
し、明るい世界に飛び出し始めたが、実はその長く暗いトンネルが、ジ
ワリジワリと人々の気持ちに影響を与えていたのかもしれない。私はト
ンネル時代もそこから抜け出しても、古本屋通いと古本買いの毎日は決
して変わらなかった。そんな愚かな男の行動と情報収集から(ほぼ東京
近辺であるが)、何かの姿が浮かび上がって来るかもしれない…。まず
は上半期の動きをおさらいし、下半期に突入して行こう。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=12979

小山力也
2008年5月からスタートした、日本全国の古本屋&古本が売っている場所
の、全調査踏破を目指す無謀なブログ『古本屋ツアー・イン・ジャパン』
管理人。西荻窪「盛林堂書房」の『フォニャルフ』棚と大阪「梅田蔦屋書
店」で古本を販売中。「本の雑誌」にて『毎日でも通いたい古本屋さん』、
「日本古書通信」にて『ミステリ懐旧三面鏡』連載中。
http://furuhonya-tour.seesaa.net/

━━━━━━━━━━━【自著を語る(320)】━━━━━━━━━━━

『古本乙女、母になる。』
 ベストセラーにはならない半端者文学、ここにあり。
                        カラサキ・アユミ

 昨年12月に皓星社から刊行した2冊目の拙著となる『古本乙女、母に
なる。』は、古本に目がない筋金入りの古本者である自分が、結婚出産
育児という人生のターニングポイントを迎えてからの日々の出来事を書
き綴ったエッセイ本だ。

 珍スポットトラベラーで二児の母でもある金原みわさん、古本界のスー
パースターである古本屋ツアー・イン・ジャパン小山力也さんという敬
愛してやまないお二人による素晴らしい寄稿も収録されている。

 どんな本かと問われれば、「育児と趣味に奔走する一人の母親の日常
風景が綴られている。」と答えるだろう。だが、育児をしていない人に
もこの本はきっと楽しめてもらえると思う。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13001

『古本乙女、母になる。』
皓星社刊
カラサキ・アユミ著
税込価格:2,200円
ISBNコード:978-4774408019
好評発売中!
https://www.libro-koseisha.co.jp/literature_criticism/9784774408019/ (試し読みあり)

━━━━━━━━━【大学出版へのいざない14】━━━━━━━━━

『ものと人間の文化史190 寒天』
                中村弘行(元小田原短期大学教授)

 テングサの煮汁をこした溶液は常温で固まる。それがトコロテンであ
る。トコロテンは飛鳥時代から作られた。そのトコロテンを凍結・融解・
乾燥、つまり寒ざらし(フリーズドライ)にしたものが寒天である。江
戸時代初期に京都で発明され、摂津、薩摩、信州、天城、岐阜、樺太へ
と伝わった。本書は、各地へ伝播した寒天産業の盛衰を時系列に沿って
体系化した本邦初の本格通史である。ここでは、私自身が「あっ!」と
驚いた新事実を3つ紹介しよう。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=12988

書名:『ものと人間の文化史190 寒天』
著者名:中村弘行
出版社名:法政大学出版局
判型/製本形式/ページ数:四六判/上製/本文316頁・口絵8頁
税込価格:3,300円
ISBNコード:978-4-588-21901-6
Cコード:C0320
好評発売中!
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-21901-6.html

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━━━

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「大学出版へのいざない」シリーズ 第15回

書名:『合成開口レーダによる高精度な地球観測の原理と実際』
著者名:島田政信
出版社名:東京電機大学出版局
判型/製本形式/ページ数:A5/並製/520ページ
税込価格:8,800円
ISBNコード:9784501335502
Cコード:3055
好評発売中!
https://www.tdupress.jp/book/b634382.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
『昨日も今日も古本さんぽ 2015-2022』
書肆盛林堂刊
岡崎武志著
税込価格:3,000円
ISBN:978-4-911229-02-6
2024年1月28日(日)発売
https://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca0/1112/p-r-s/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
『近代出版史探索Ⅶ』
論創社刊
小田光雄著
税込価格:6,600円
ISBN:978-4-8460-2349-2
好評発売中!
https://ronso.co.jp/book/2349/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

━━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━━

1月~2月の即売展情報

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

見逃したメールマガジンはここからチェック!
 【バックナンバーコーナー】
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_category.php?catid=43

┌─────────────────────────┐
 次回は2024年2月中旬頃発行です。お楽しみに!
└─────────────────────────┘

*☆ 本を売るときは、全古書連加盟の全国の古書店に ☆*
全古書連は全国古書籍商組合連合会(約2,000店加盟)の略称です

https://www.kosho.or.jp/buyer/list.php?mode=from_banner

================================

日本の古本屋メールマガジン その387・1月25日

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋」事業部
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  https://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部・編集長:藤原栄志郎

================================

・メールマガジンの購読停止、アドレスの変更はマイページから
 お願い致します。
  https://www.kosho.or.jp/mypage/

・このメールアドレスは配信専用です。
 返信いただいても対応致しかねます。ご了承下さい。

・メールマガジンの全てまたは一部を無断転載することを禁じます。

・メールマガジンの内容に対するご意見、ご感想は
  melma@kosho.ne.jp までお願い致します。

・メールマガジン内容以外のご質問は info@kosho.or.jp へお願い
 いたします。なお、ご質問の内容によりましては、返信が大幅に
 遅れる場合もございます。ご了承下さい。

============================================================
☆*.:*゜*・゜☆*.:*゜*・゜☆*.:*゜*・゜☆*.:*゜*・゜☆*.:*・
============================================================

kanten

『ものと人間の文化史190 寒天』 【大学出版へのいざない14】

『ものと人間の文化史190 寒天』 【大学出版へのいざない14】

中村弘行(元小田原短期大学教授)

 テングサの煮汁をこした溶液は常温で固まる。それがトコロテンである。トコロテンは飛鳥時代から作られた。そのトコロテンを凍結・融解・乾燥、つまり寒ざらし(フリーズドライ)にしたものが寒天である。江戸時代初期に京都で発明され、摂津、薩摩、信州、天城、岐阜、樺太へと伝わった。本書は、各地へ伝播した寒天産業の盛衰を時系列に沿って体系化した本邦初の本格通史である。ここでは、私自身が「あっ!」と驚いた新事実を3つ紹介しよう。

1.「寒天の発明」以前にあった寒天
 寒天は従来、京都伏見の旅館館主・美濃屋太郎左衛門が1657年ごろに発明し、「心太の干物」として販売、これを食べた隠元禅師が「寒天」と名づけたとされてきた。しかし私の調査では、もっと以前に寒天は作られていた。茶人・金森宗和の『宗和献立』の「こごりところてん」(1655年)、金閣寺住職・鳳林承章の『隔蓂記』の「氷心太」(1641年)がそれである。『隔蓂記』には、「氷豆腐」(高野豆腐)、「氷餅」、「氷こんにゃく」も登場する。これらは鎌倉時代から作られていた寒ざらし食品である。トコロテンの寒ざらしは、それにヒントを得た名もなき人々によって発明されたと思われる。

2.岐阜寒天の創始者は菖蒲治太郎
 岐阜寒天は大正時代に農家の副業として始まった。従来、県農務課副業担当の大口鉄九郎が岐阜寒天の創始者とされてきた。しかし、大口は寒天製造の専門家ではない。水産伝習所出身の菖蒲治太郎こそ真の創始者である。
佐賀県に生まれた彼は1893年(明治26)、水産伝習所製造科に入学し寒天製造を学んだ。水産伝習所は1888年(明治21)に誕生した私立の教育機関である。1897年(明治30)に国立の水産講習所となり、戦後、東京水産大学、東京海洋大学へと発展した。

 朝鮮総督府で寒天製造の実績を積んだ彼は1921年(大正10)、岐阜県に派遣され、農家の青年たちに寒天製造を教えた。1928年(昭和3)、3人の青年が最初の工場を立ち上げたが大赤字。昭和初期の大不況下、彼は大口鉄九郎とともにどん底からはいあがろうとする3人を激励し支援した。彼らが赤字を克服すると寒天製造を志す者は増え、3年後には25工場にまでなり、今日の岐阜寒天の基礎を築いた。

 私は東京海洋大学附属図書館で菖蒲が筆記した「水産動物学」の講義録を見せてもらった。その端正な文字と精緻な絵に圧倒された(本書に収録)。

3.樺太寒天史を解き明かす一人の医師の手記
 樺太寒天の原料はテングサではなく遠淵湖産の無名の海藻である。トコロテンにすると黒褐色のため脱色法の研究を要した。1915年(大正4)、東京深川の材木商・杉浦六弥が、水産講習所の技手・伊谷以知二郎の支援を得て脱色法の開発に成功し、製造特許を得た(彼は無名の海藻を「伊谷草」と名づけた)。1920年(大正9)樺太寒天合資会社設立。杉浦は特許権を理由に伊谷草採取と寒天製造を独占した。従来、この樺太寒天合資会社の寒天がイコール樺太寒天とされてきた。

 私が東京都港区にあった一般社団法人全国樺太連盟(2021年解散)を訪ねたのは、2017年(平成29)10月下旬のことである。『異国となった遠淵村』という本を借りて読んだ。それには、伊谷草の採取権を求めて寒天会社と闘った遠淵漁業協同組合の話が書かれていた。私が注目したのはその闘いを香曽我部穎良という一人の医師が支援したことだった。その珍しい名字を頼りにインターネットで子孫を探し、同年12月15日、穎良自身が書き残した手記を借り受けた。これで真の樺太寒天史が書ける! と思った瞬間だった。

 樺太寒天合資会社のやり方は非道だった。杉浦は伊谷草の採取を、遠淵湖を漁場とする漁協にではなく低賃金で雇った北海道の採取労働者にあたらせた。調停役になるべき樺太庁は、あろうことか、漁協に対して「作れないのだから採るな」と言い放った。漁民は途方に暮れた。

 杉浦の独占に風穴をあけたのは、漁業組合長になった医師・穎良だった。材木業で失敗した杉浦の特許料不納を見抜いたのだ。一転、樺太庁は漁協の伊谷草採取権を承認。漁協側はさらに裁判闘争・帝国議会請願を行い、1935年(昭和10)には寒天製造権をも獲得した。敗戦にいたるまで、漁協は30余りの個人工場で寒天を製造・販売した。

 2019年(令和元)8月(新型コロナ流行直前)、私はサハリンに渡り、コルサコフの杉浦の樺太寒天合資会社跡、ブッセ湖(遠淵湖)畔の漁民の寒天工場跡を見学した。詳しくは本書「第10章 サハリンに日本人寒天遺跡を訪ねて」をお読みいただきたい。

 
 
 
 
 


書名:『ものと人間の文化史190 寒天』
著者名:中村弘行
出版社名:法政大学出版局
判型/製本形式/ページ数:四六判/上製/本文316頁・口絵8頁
税込価格:3,300円
ISBNコード:978-4-588-21901-6
Cコード:C0320
好評発売中!
https://www.h-up.com/books/isbn978-4-588-21901-6.html

Copyright (c) 2024 東京都古書籍商業協同組合

2024年1月10日号 第386号

■■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■
 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
 古書市&古本まつり 第132号
      。.☆.:* 通巻386・1月10日号 *:.☆. 。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━【懐かしき古書店主たちの談話】━━━━━━━━

懐かしき古書店主たちの談話 第4回
                     日本古書通信社 樽見博

 神保町の古書街の魅力は何かと言えば、毎週末の会館展と内容豊富な
各店の均一台と答える古書ファンは少なくないだろう。かく言う私もそ
の一人だ。均一小僧を名乗っていた岡崎武志さんとは、田村書店の店先
や、四冊100円の棚があった文省堂書店(前々回書いた明文堂さんの隣に
あった時代)、神保町古書モールかんたんむ書店の100円均一棚の前で良
く出会った。会うたびに「樽見さん神保町パトロールですか」と笑って
いわれた。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=12844

※当連載は隔月連載です

━━━━━━━━━【シリーズ書庫拝見21】━━━━━━━━━

江北図書館 建物と蔵書を未来へ受け継ぐ
                           南陀楼綾繁

 12月19日の朝、私と編集のHさんは江北図書館の前にいた。JR北陸線・
木ノ本駅東口の真正面にある建物だ。1937年(昭和12)に建てられた2階
建ての洋風建築で、風格がある。

 木之本町は滋賀県の北部、湖北地方の長浜市に属する町だ。北陸に向か
う北国街道沿いの宿場町として栄えた。地蔵院の前の通りには、薬局や酒
造、醬油店などの古い建物が並ぶ。

 三角屋根と丸窓が印象的な建物を眺めていると、車で館長の久保寺容子
さんがやってきて、入り口を開けてくれた。

 玄関を入ると、外とは異なる空気を感じる。この図書館が経てきた長い
時間から生じるものだろうか。

 正面の上には、「江北図書館」の扁額が飾られている。その下にある引
き戸を開けると、そこに豊かな本の世界が広がっていた。

続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=12935

南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」
の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、
編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu

江北図書館
http://kohokutoshokan.com/

江北図書館文庫
http://kohokutoshokan.com/library/
(滋賀大での閲覧には事前に許可申請が必要です)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「コショなひと」始めました

YouTubeチャンネル「東京古書組合」
https://www.youtube.com/@Nihon-no-Furuhon-ya

※今月の新コンテンツはありません。

━━━━━【1月10日~2月15日までの全国即売展情報】━━━━━

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

------------------------------
♭立川フロム古書市ご案内♭

期間:2024/01/05〜2024/01/16
場所:立川駅北口徒歩5分フロム中武(ビッグカメラ隣)
   3階バッシュルーム(北階段際)
http://mineruba.webcrow.jp/saiji.htm

------------------------------
三省堂書店池袋本店 古本まつり

期間:2024/01/08〜2024/01/15
場所:西武池袋本店 別館2階=特設会場(西武ギャラリー)
   東京都豊島区南池袋1-28-1
http://ikebukuro.books-sanseido.co.jp/events/7033

------------------------------
第50回 古本浪漫洲 Part.1

期間:2024/01/10〜2024/01/12
場所:新宿サブナードジャングルスカイ広場(催事場)
   新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

------------------------------
東京愛書会

期間:2024/01/12〜2024/01/13
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
http://aisyokai.blog.fc2.com/

------------------------------
オールデイズクラブ古書即売会 (愛知県)

期間:2024/01/12〜2024/01/14
場所:名古屋古書会館 2階 名古屋市中区千代田5-1-12
https://hon-ya.net/

------------------------------
大均一祭

期間:2024/01/13〜2024/01/15
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
https://www.kosho.ne.jp/?p=622

------------------------------
第50回 古本浪漫洲 Part.2

期間:2024/01/13〜2024/01/15
場所:新宿サブナードジャングルスカイ広場(催事場)
   新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

------------------------------
第50回 古本浪漫洲 Part.3

期間:2024/01/16〜2024/01/18
場所:新宿サブナードジャングルスカイ広場(催事場)
   新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

------------------------------
ハンズYOKOHAMA古本市(神奈川県)

期間:2024/01/16〜2024/02/07
場所:横浜モアーズ7階ハンズ横浜店イベントスペース
最寄駅:横浜駅西口駅前
http://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

------------------------------
さんちか古書大即売会(兵庫県)

期間:2024/01/18〜2024/01/23
場所:神戸・三宮 さんちか3番街 さんちかホール
https://hyogo-kosho.com/

------------------------------
アクロスモール新鎌ヶ谷古本市(千葉県)

期間:2024/01/18〜2024/01/31
場所:アクロスモール新鎌ヶ谷 1F 中央エレベーター前
   千葉県鎌ケ谷市新鎌ヶ谷2-12-1

------------------------------
フジサワ古書フェア(神奈川県)

期間:2024/01/18〜2024/02/14
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場  JR藤沢駅南口フジサワ名店ビル4階  
http://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

------------------------------
五反田遊古会

期間:2024/01/19〜2024/01/20
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4
   JR山手線、東急池上線、都営浅草線五反田駅より徒歩5分
https://www.kosho.ne.jp/?p=567

------------------------------
和洋会古書展

期間:2024/01/19〜2024/01/20
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
https://www.kosho.ne.jp/?p=562

------------------------------
第50回 古本浪漫洲 Part.4

期間:2024/01/19〜2024/01/21
場所:新宿サブナードジャングルスカイ広場(催事場)
   新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

------------------------------
イービーンズ 古本まつり(宮城県)

期間:2024/01/19〜2024/03/20
場所:イービーンズ 9F杜のイベントホール
https://www.e-beans.jp/event/event-11214/

------------------------------
第50回 古本浪漫洲 Part.5(300円均一)

期間:2024/01/22〜2024/01/24
場所:新宿サブナードジャングルスカイ広場(催事場)
   新宿区歌舞伎町1-2-2
https://kosho.co.jp/furuhon_romansu/

------------------------------
浦和宿古本いち(埼玉県)

期間:2024/01/25〜2024/01/28
場所:さくら草通り(JR浦和駅西口 徒歩5分 マツモトキヨシ前)
https://twitter.com/urawajuku

------------------------------
趣味の古書展

期間:2024/01/26〜2024/01/27
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
https://www.kosho.tokyo

------------------------------
中央線古書展

期間:2024/01/27〜2024/01/28
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
https://www.kosho.ne.jp/?p=574

------------------------------
港北古書フェア(神奈川県)

期間:2024/02/01〜2024/02/13
場所:有隣堂センター南駅店店頭ワゴン販売
最寄駅:横浜市営地下鉄「センター南駅」下車 駅構内改札口直進1分
http://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

------------------------------
書窓展(マド展)

期間:2024/02/02〜2024/02/03
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22
https://www.kosho.ne.jp/?p=571

------------------------------
西部古書展書心会

期間:2024/02/02〜2024/02/04
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
https://www.kosho.ne.jp/?p=563

------------------------------
フィールズ南柏 古本市(千葉県)

期間:2024/02/09〜2024/02/29
場所:フィールズ南柏 モール2 2階催事場
   柏市南柏中央6-7(JR南柏駅東口すぐ)

------------------------------
杉並書友会

期間:2024/02/10〜2024/02/11
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9
https://www.kosho.ne.jp/?p=619

------------------------------
反町古書会館展 (神奈川県)

期間:2024/02/10〜2024/02/11
場所:神奈川古書会館1階 横浜市神奈川区反町2-16-10
http://kosho.saloon.jp/spot_sale/index.htm

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

このメールは「日本の古本屋会員」の方で、メールマガジンの配信
を希望された方にお送りしています。
ご不要な方の解除方法はメール下部をご覧下さい。
【日本の古本屋】は全国995書店参加、データ約668万点掲載
の古書籍データベースです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

見逃したメールマガジンはここからチェック!
 【バックナンバーコーナー】
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_category.php?catid=43

┌─────────────────────────┐
 次回は2024年1月下旬頃発行です。お楽しみに!
└─────────────────────────┘

*゜*.:*☆ 本を売るときは、全古書連加盟の古書店で ☆*.:*゜*
全古書連は全国古書籍商組合連合会(約2,000店加盟)の略称です

https://www.kosho.or.jp/buyer/list.php?mode=from_banner

==============================

日本の古本屋メールマガジンその386 2024.1.10

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋」事業部
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  https://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部・編集長:藤原栄志郎

==============================

・メールマガジンの購読停止、アドレスの変更はこちら
 https://www.kosho.or.jp/mypage/

・このメールアドレスは配信専用です。
 返信いただいても対応致しかねます。ご了承下さい。

・メールマガジンの全てまたは一部を無断転載することを禁じます。

・メールマガジンの内容に対するご意見、ご感想は
  melma@kosho.ne.jp までお願い致します。

・メールマガジン内容以外のご質問は info@kosho.or.jp へお願い
 いたします。なお、ご質問の内容によりましては、返信が大幅に
 遅れる場合もございます。ご了承下さい。

============================================================
☆*.:*゜*・゜☆*.:*゜*・゜☆*.:*゜*・゜☆*.:*゜*・゜☆*.:*・
============================================================

懐かしき古書店主たちの談話 第4回

懐かしき古書店主たちの談話 第4回

日本古書通信社 樽見博

 神保町の古書街の魅力は何かと言えば、毎週末の会館展と内容豊富な各店の均一台と答える古書ファンは少なくないだろう。かく言う私もその一人だ。均一小僧を名乗っていた岡崎武志さんとは、田村書店の店先や、四冊100円の棚があった文省堂書店(前々回書いた明文堂さんの隣にあった時代)、神保町古書モールかんたんむ書店の100円均一棚の前で良く出会った。会うたびに「樽見さん神保町パトロールですか」と笑っていわれた。

 最近ファンからの要望で再開した小宮山書店ガレージセールで良く出会ったのが中野書店の智之さんだった。私と同年だが、文学書は勿論、古典から漫画まで古書全般に通じた数少ないオールラウンダーだった。「日本古書通信」の古書目録欄は毎号欠かさず掲載してくださり、売れないなどの苦情を言われたことも一度もない、本当にありがたいお客様でもあった。

 智之さんは中野書店の二代目。父上実さんは、九大工学部卒のインテリだが、戦地から帰還した兄上が久留米で開いていた古書店を引き継ぐ形で古本屋になった。昭和35年に一大決心して上京、三鷹に出店した。昭和53年には神田古書センターに移転、当時の神保町では珍しい漫画や児童物を専門に扱った。その後文学書や古典を扱う有力書店になったことは周知のことであろう。実さんのお話は、平成15年3月号「古本屋の話3」で取り上げている。体の大きな方で、それは智之さんに遺伝している。実さんは平成13年に奥様に先立たれ、追悼の冊子を作られた。そこには智之さんの少年時代の写真が沢山収められていた。所謂坊ちゃん刈で、大きな襟のついたジャンパー姿、私は茨城の田舎の少年で、智之さんはいかにも東京の少年だが、同じ時代を生きてきたのだなと感慨深いものがあった。実さんと智之さんは仲の良い親子で、智之さんが優しく父を敬っていたという印象が強い。「日本古書通信」への初めての寄稿も「親父の目録」(1993年12月号)であった。

 実さんは苦労した創業者として商売一途の面があったが、智之さんは組合や交換会の運営にも積極的に尽力されていた。実力も人望もあるから当然であったろう。神田古書店連盟や東京古典会の会長や役員も何期か勤められている。東京古典会会長当時、智之さんと小林書房の小林芳夫さん、一心堂書店の高林和範さん、浅草御蔵前書房の八鍬光晴さんに「東京古典会古典籍大入札会への思い」と題して東京古典会の運営について座談会を「日本古書通信」に掲載したことがある。(2013年11月号)

 智之さんは「明治古典会は新しさを追求しようという姿勢が強いですね。いろいろアイディアを活かしていこうとします。東京古典会はその点変わらないというか、姿勢を変えない。珍しくて貴重な書物や資料を掘り起こし、業者が競争して、その価値を高めていこうという、その点はずっと昔から変わっていない」「お客さんの変化に合わせるというのではなく、和本というのはこういうところが面白くて、価値があるのだという、これまで積み上げてきた専門業者の目を信じてお客さんの方が、こちらに近づいてきて欲しい。それを願ってやっている」などと語っている。

 神田古書店連盟の最も大事な行事が神田青空古本まつりの開催である。毎回連合目録を出していたが、各店の古書目録だけでなく、巻頭に諸家の古本にまつわるエッセイを掲載していた時期があり、司馬遼太郎氏など著名な作家の寄稿もあったと記憶する。この企画も智之さんなどのアイディアではなかったかと思う。智之さんご自身も確か「牛肉の味噌漬け」という一文を書いていた筈である。作家の書簡などに人気が出始めたころで、著名人のものは軒並み高額になる、所謂自筆物バブルが起きた。そんな中で智之さんも漱石の葉書を買った。それが牛肉の味噌漬けを貰った礼状で文学的資料にならない。著名な作家の書簡でも内容を見て扱わねばと自らを戒めたといった内容だった。それが面白可笑しくユーモアにあふれた文章であった。以来、何度か「日本古書通信」への寄稿を依頼したが、企画もの以外の原稿は貰えなかった。智之さんもメンバーだった反町茂雄氏主宰の文車の会の機関誌「ふぐるまブリティン」にもあまり寄稿されていないので、文章力はあってもその点はストイックだったのかもしれない。

 現在、「日本の古本屋」の陰に隠れて目立たないが、神保町のオフィシャルサイト「BOOKTOWNじんぼう」の開設にも智之さんは関係していた。技術的なサポートをしてくれたのが東大情報研の高野明彦先生である。高野先生の開発された連想検索Webcat Plusは、書籍検索上画期的なもので、あふれる文字情報の海から、キーワードにそって関連する本や記事を拾い出してくれる。書名や著者名だけでなく、目次や内容紹介のデータもその網の目にかかってくる。高野先生とも親しい智之さんは、この機能を利用して新しい古書目録を作り始めた。タイトルは「おしゃべりカタログ」。取り上げる古書を読み、その面白さを紹介、その本の背景や関連事項まで解説に書き込んだ。その解説に含まれる言葉が、連想検索によってヒットしていくのだ。智之さんの解説は、古書価の高低にかかわらずその本の面白さを伝えていく。しかも対象は古典籍から遊女の手紙、大名の借金証文、ナチス文献、浅草オペラの楽譜などなど極めて広い。これらに取って付けたような説明文でなく、読ませるエッセイに仕立てている。これはかなり広範囲な読書と知識がなければできないことだ。最初に書いたように小宮山ガレージセールで智之さんが古本を漁っていたのはその為だろう。

 私が中野好夫への興味からアラビアのロレンスとの繋がりで、サイードの『オリエンタリズム』を読もうとしたが歯が立たない。或る時智之さんに「サイードは難しくて」と話したら、「サイードは分かるでしょう」と一蹴され、これは並みの読書家ではないなと思ったことがある。

 2011年の夏ころだろうか、智之さんが病気らしいという噂を耳にした。編集者とは因業な職業で、智之さんに連載をお願いするなら今だなと思ったのである。大江健三郎が師渡辺一夫を評した言葉の中に、人間は回復期にもっとも良い仕事を残すものだというのがあった。私はきっと引き受けてくれるに違いないと、思いついてすぐ古書センターのお店に伺い、「おしゃべりカタログ」に書いたものを本誌用に書き換えて連載して下さいとお願いするとその場で承諾してくれた。「一つだけ、樽見さんが面白くないと思ったら、遠慮なく伝えて。即やめるから、それが条件」と言われたことを覚えている。

 連載は、2012年1月号から14年10月号まで32回続いた。一回目は「傾城の恋文」であった。横浜岩亀楼の遊女が旦那に送った懸想文である。原稿を頂いた時のメールがのこしてある。「一応五回分、お送りしておきます。懸想文は一回目用ですが、以下の順番は適宜で結構です。追ってもうすこしお送りします」とある。連載の一回目に遊女の手紙はふつう選ばない。今回読み直して、これは意図があったのだと気が付いた。遊女の手紙は流麗な崩し字である。なかなか読めないし、花街独特の作法、用語もある。

 総合した知識がないと解説できない。しかも智之さんは今風に翻訳までしている。智之さん実は杉並のご自宅を一部劇場にし、ユニット演劇集団「ガザビ」を主宰、脚本を担当している。つかこうへい原作「熱海殺人事件―哀愁のトワエモア」、シェイクスピア原作「ベニスの商人」をアレンジした「さくらどき、鏡のよのなか」などの脚本を書いているようだ。このような経験と技術がなければ遊女の懸想文を今風には書き直せない。商品にはなりにくい物に価値を与えていくにはそれだけの下地が必要である。そのことを、それとなく示したかったのではないかと今にして思う。三回目の「榎本武揚の別れの手紙」は古書店主に求められる瞬時の判断力の話ということになる。いつもの東京古典会の市場の壁にポツンと掛けられていたもの。智之さんはその日付と、その書簡の三名の宛先に注目。勿論内容も読み切り、価値ありと判断した。唯の直観ではない。これも下地がなければ出来ない。

 十五回目は「極道和尚、板にたつ」。演劇人でもあった智之さんならではの一篇。金星堂先駆芸術叢書『六人の登場人物』(ピランデルロ・大正13)の紹介だが、眼目はたまたま挟まっていたこの芝居の「非公開パンフレット」にある。演劇史では公演禁止とされたこの芝居が、実は三日間だけ「非公開」で上演されたことが分かった。面白いのは配役にある后東光が、極楽和尚今東光の誤植であると書いていることだ。この時のメールも残してある。私が「后東光よく気が付きましたね。『浅草十二階』といったか、今東光の青春自伝がありますが、それにも出てきますかね」と書いたら「今、手元にないのですが、たしか女の話題ばっかりで、あ、文学も少し。たしか芝居の話はなかったように記憶します」と返信があった。

 連載は途中から病床からとなった。亡くなられて古書会館地下でお別れの会があった時、石神井書林さんがこの連載にふれて、「回を追うごとに文書が良くなっていくのに感動を覚えた」と語っていた。このお別れの会に頒布すべく、奥様千枝さんの支援を得て連載をまとめた『古本はこんなに面白い 「おしゃべりカタログ」番外編』を刊行した。千枝さんが巻末のあいさつに「本が好きで好きで、休みの日も自転車で本屋めぐりをしていた」と書かれている。思っていた通りである。

 同世代の古本屋さんたちと話していると、「智ちゃんが生きていてくれたらな」と必ずのように出てくる。「日本古書通信」今年の2月号に前全古書連会長の河野高孝さんにお話を伺った。その中で「20年以上前「東京の古本屋」で中野書店の中野智之さんが、本部交換会の開催日組替えを提言されています。本心は交換会そのものの再編にあったことを、のちに当人から聞かされました。現会館が出来たときは、交換会再編の好機でもあったのですが」と語られている。本当に惜しい方を失くしてしまったと思う。(2014年12月没・60歳)

 
 

 
 
(「全古書連ニュース」2023年11月10日 第497号より転載)

※当連載は隔月連載です

 
 
日本古書通信社
https://www.kosho.co.jp/kotsu/

Copyright (c) 2024 東京都古書籍商業協同組合

江北図書館 建物と蔵書を未来へ受け継ぐ 【書庫拝見21】

江北図書館 建物と蔵書を未来へ受け継ぐ 【書庫拝見21】

南陀楼綾繁

 12月19日の朝、私と編集のHさんは江北図書館の前にいた。JR北陸線・木ノ本駅東口の真正面にある建物だ。1937年(昭和12)に建てられた2階建ての洋風建築で、風格がある。

江北図書館 外観

 木之本町は滋賀県の北部、湖北地方の長浜市に属する町だ。北陸に向かう北国街道沿いの宿場町として栄えた。地蔵院の前の通りには、薬局や酒造、醬油店などの古い建物が並ぶ。

 三角屋根と丸窓が印象的な建物を眺めていると、車で館長の久保寺容子さんがやってきて、入り口を開けてくれた。

 玄関を入ると、外とは異なる空気を感じる。この図書館が経てきた長い時間から生じるものだろうか。

 正面の上には、「江北図書館」の扁額が飾られている。その下にある引き戸を開けると、そこに豊かな本の世界が広がっていた。

扁額

ちいさな雑誌に導かれて

 今回、江北図書館を取材することになったのには、偶然の積み重ねがある。

 なにかのきっかけで、『サバイブユートピア』という雑誌を知り、その版元である能美舎のサイトから購入した。

 同誌は長浜市に移住してきた写真家やイラストレーター、ライターなど、8人の女性がつくっている。長浜市が昔「伊香郡」だったことと、珍味を指す「琵琶湖八珍」から「イカハッチンプロダクション」を名乗る。田舎での日常と、仏像や日本酒など好きなものに入れ込む様子が面白い。

 このとき一緒に買ったのが、2021年刊行の岩根卓弘編『江北図書館』だった。同書も能美舎から刊行されている。サブタイトルは「120年続くちいさなふるい私設図書館」。

 同書は、江北図書館の歴史から、いまそれを支えている人たちの話までが詳しく、判りやすく書かれている。また、『サバイブユートピア』にも江北図書館の記事が載っている。それによると、江北図書館は日本で3番目に古い私立図書館だという。

 こんな図書館があったのか! 恥ずかしながら、まったく知りませんでした。

 すぐにでも訪れたいと思ったのだが、なにしろ、滋賀県には縁がない。

 ところが、10月に江北図書館で「きのもと秋のほんまつり」というイベントが開催され、そこにHさんの皓星社が出店したのだ。

 当日はあいにくの雨で、会場は別の場所に変更されたが、江北図書館は素晴らしかったとHさんは報告してくれた。打ち上げでは、館長の久保寺さんたちとしこたま飲んだという。

 そんな縁ができたのならと、早速取材を申し込んだ。

 木之本に着いた夜は、『サバイブユートピア』の忘年会に混ぜてもらい、鴨鍋や滋賀の発酵食などを味わい、メンバーとその子どもたちのパワーに圧倒された。

 そのひとり、能美舎の堀江昌史さんは、以前は朝日新聞の記者だった。大津支局に勤務していたとき、江北図書館を取材する。

 堀江さんは2016年に木之本に移住し、喫茶店と出版社を営む。「江北図書館があることが決め手のひとつでした」と話す。

 あとで触れるように、堀江さんは3年前に江北図書館の理事になっている。

移転つづきの歴史

 同館の歴史は、『江北図書館』に詳しく書かれているので、ここではアウトラインをまとめておく。 

 江北図書館の前身は、1902年(明治35)、伊香郡余呉村中之郷(現・長浜市余呉町中之郷)に設立された「杉野文庫」である。

 開設者の杉野文彌は、東京で弁護士をめざしていた頃に日本教育会書籍(しょじゃく)館の図書館に通う。自分が成功したら図書館を建てることを決心し、30歳ごろから、倹約を続け書籍を買い集めた。そして故郷に図書館を開いたのだ。

 杉野は「余が図書館設立の由来」(『読書の友』第4号、1912)で、「普通図書館といふものゝ主旨は農工商、すべての実務に従事する人が図書館によつて智能を啓発し国家に尽す様にしたいといふにある」と述べている。

 そして、図書館を利用する習慣をつけるためには、「愉快な書、滑稽な本、小説でも稗史でも何でもよいから最初は読まして置く、そして読書趣味を作つて暫時実用的研究的の書籍を読ましめる様に導きたい」と述べる。また、「図書館を利用せしむる最大要素は読書趣味の鼓吹である」とも書く。

 杉野は1904年(明治37)に、伊香郡の郡庁が置かれていた木之本村に杉野文庫を移転し、伊香郡議事堂の一部を図書館とした。そして、1906年(明治39)12月に財団法人「江北図書館」を設立し、翌年1月に開館した。2年後に議事堂と同じ敷地にある旧木之本税務署の建物に移った。杉野は1932年(昭和7)に没する。

 1937年(昭和12)、江北銀行の建物に移転。そして、1975年に現在の建物である、旧郡農会の建物に移った。

 このように移転を繰り返した背景には、自治体の制度の変化、財団組織の弱体化などがあり、つねに運営資金の問題で苦しんできた。それにもかかわらず、休館したり、公共図書館に吸収されたりすることなく、現在までつづいてきたことに驚く。

あらゆる部屋に本が

 江北図書館の1階、入って左側には絵本や児童書が並ぶ。テーブルがあり、ここで絵本を読む子どもや、自習をする生徒が多いという。能美舎の堀江さんも5歳の男の子と一緒にここで時間を過ごすのが好きだと話す。

児童書の棚

 右側の部屋には一般書が並ぶ。
「この図書館ではこれまで除籍(不要な本を廃棄する)したことがないんです」と、久保寺さんが話す通り、棚には50年以上前に出された本と比較的最近の本が一緒に並べられている。

一般書の棚

 工学系の棚には『マイコン基礎講座』『はじめて見るトランジスタの本』などがある。すぐに情報が古くなる分野なので、公共図書館では真っ先に除籍されるだろう。利用者からすると、使えない本を置いてあると感じるかもしれない。

工学系の棚

 ただ、この新旧混合の棚こそが、江北図書館の魅力なのだ。

 そのことを強く感じさせるのが、かなりの部分を占める郷土資料の棚だ。ここには戦前の自治体史から最近出たエッセイまで並んでいる。自費出版されたものやパンフレットや報告書もある。

 時代を超えた本の力を感じる。

郷土資料の棚

 ここまで誰でも手に取ってみられる開架だ。1階にはまだ奥にたくさんの本があるのだ。

 カウンターの裏から奥に入ると、郷土資料でも特に古いものが並べられている。その隣の「奥書庫」と呼ばれる小部屋には、江北図書館に関する資料が箱詰めされている。

古い郷土資料

 さらにその裏側には、以前は宿直室だったという一角がある。五右衛門風呂もあって、寝泊まりしていた様子が判る。その奥の和室には、小説や児童書などがずらりと並んでいる。
「スペースがないので、表に出せないんです。寄贈された本も含まれています」と、久保寺さん。とにかく、あらゆる部屋に本が置かれている。

和室に置かれた本

館の歴史を伝えるモノたち

 表に戻り、玄関右手の廊下から階段を上がる。

 2階は大きな広間になっている。半分は古い本棚が並び、半分は展示ケースなどが置かれている。

展示室のような2階

「ここは以前は物置として利用されていて、当時のスタッフも上にあがったことがなかったそうです。3年前、私たちが理事になってから、半年かけて掃除をして本を整理しました」と、久保寺さんは云う。

 同館が所蔵する古い本の魅力を知ってもらおうと、表紙を見せて並べるコーナーをつくった。

 目についたものを挙げるだけでも、蝶の扮装をした女の子のイラストが可愛い『学校劇 脚本と演じ方』、怪しさ満載の大陸書房の『喰人族の世界』、建築家・西山卯三の『これからの住まい』、『アンゴラ兎の飼育と経営』など、たくさんある。

『学校劇 脚本と演じ方』

『喰人族の世界』

『これからの住まい』

『アンゴラ兎の飼育と経営』

「嫁・姑の関係や冠婚葬祭の作法などの本が多く、地域の人たちの知りたいことが選書に反映されています」と堀江さんが云うように、生活の悩みに応えるような本が見つかる。

『お嫁にゆくまえの50章』

 もうひとつ、堀江さんに教えてもらったのは、手話の用語を手書きで記したノートだ。他にも、手話の説明書をコピーして綴じたものもある。「つくった人の切実な思いが伝わってきます」と堀江さんは話す。

 普通ならこれらは「本」とみなされないが、同館では蔵書として受け入れている。

手話のノート類

 2階にある本棚には創立当時のものもあるという。また、図書カードを収めたケースや、設立の頃につくられたブックエンドもある。

図書カードのケース

ブックエンド

「巡回文庫」と書かれた箱もある。これは江北図書館が開館した1907年(明治40)に、各村の小学校に設置された図書縦覧所に本を届ける際に使った箱だという。いわば、移動図書館の原型だ。

巡回文庫の箱

 また、「郷土史編纂会」という箱もある。これは『近江伊香郡志』のための資料が収められたものだという。

 1922年(大正11)、郡長の提唱により江北図書館で『近江伊香郡志』の編纂がはじまった。全3巻が完成したのは、30年後の1952年だった。

 図書館が出版を行なった例は多いが、これだけ長いスパンで地域史を刊行することは珍しいのではないか。

『近江伊香郡志』

 2階の奥にも部屋があり、そこにも古い事典類などが置かれていた。

 同館の蔵書は、登録されているもので4万8000冊あるという。しかも、後で見るように、ここにあるものだけがこの図書館の蔵書ではないのである。

この場所を維持していくために

 1階に戻り、久保寺さんに話を聞いた。

 久保寺さんは、木之本の隣の高月生まれ。祖父が本好きで、よく本を買ってくれたという。「旅行のお土産が本でした。趣味に合わない本でも読みました」と笑う。

 高月には本屋がなく、自転車で木之本の本屋に通っていた。その頃は、江北図書館の存在に気づいていなかったという。
「後になって、この建物が郡農会のものだった時に祖父が務めていたことを知って、驚きました」

 結婚後は長浜市に住んだが、同市で発行されている地域雑誌『み~な』の編集スタッフとして、江北図書館を取材したのがきっかけとなり、同館の資料整理に携わる。この作業を経て、歴史資料が滋賀大学経済経営研究所に寄託された。
「1年だけの仕事でしたが、木之本が気に入って、ここで何かしたいと思うようになりました」

 地蔵院の通りの空き家を借りて、2015年に古本屋〈あいたくて書房〉をオープン。私も立ち寄ったが、小説やエッセイ、滋賀に関する本などが並び、思わず何冊も買ってしまった。

あいたくて書房

 江北図書館は、建物の前にある駐車場を財源としていたが、主な利用者だったパチンコ屋の閉店によって、大幅に収入が減少し、運営の危機を迎えた。一方で、公共図書館が充実してきたこともあり、利用者は多く減った。

 2021年、理事長が冨田光彦さんから岩根卓弘さんに替わり、久保寺さんが館長となる。堀江さんもこの時に理事になった。

 館長となった久保寺さんには課題が山積みだった。
「建物の老朽化が進み、改修には多額の費用が必要でした。そこで昨年、クラウドファンデングを行なったところ、2000万円が集まりました」

 この費用を基に現在、建物に隣接したトイレと閲覧室を建設中で、来年春には完成予定だという。
「『サラダパン』で有名な地元の〈つるやパン〉の販売所もできます。それにあわせて、長浜在住の絵本作家・山田美津子さんの『パンやのポポさん』という絵本を準備中です。親子が集まる場所にしたいです」と、堀江さんは語る。

 昨年11月には、江北図書館の建物が国の登録有形文化財に登録されることが決まった。これにより、国の援助を受けられるようになるが、自力でも資金を集めていかねばならない。

 また、この図書館を知ってもらうために、さまざまな試みを行なっている。

 蔵書をもとに、戦争や伊香郡の資料などのテーマで展示会を行なう。春と秋には、2階で音楽コンサートを開催する。

 久保寺さんは2017年から「いろはにほん箱」という一箱古本市を開催してきたが、今年春には図書館前の駐車場で開催した。
「イベントをきっかけに、はじめてこの図書館に入ったという方もいます」

 増えすぎた蔵書をどう整理するかにも、頭を悩ます。時代が古いからと機械的に除籍するのではなく、「江北図書館らしい蔵書」を中心とするにはどうしたらいいかを考えたいと、久保寺さんは話す。

 これらの努力が実り、落ち込んでいた利用者も少し上向いているという。

 利用者は現在約260名。登録は誰でもできるということなので、私も登録してみた。

本の文化が根付く町

 江北図書館の蔵書は、原簿に記録されている。最も古いのは、1903年(明治36)のもので、革装が施されている。

『図書原簿』

 受け入れた蔵書を部門ごとに整理したのが、図書目録で1904年(明治37)が最も古い。最初は手書きで、1910年(明治43)のものは印刷されている。後者には、蔵書点検のためか、チェックした本に青いスタンプ(Cのように見える)が押されているのが面白い。

『図書目録』

 また、『財団法人 江北図書館報告』(1907)は活動の報告書で、その後も継続的に出されている。

 『館報第参号に代へて』(1926)という一枚モノには、文芸茶話会の1回目として詩の会を開いたことが報告されている。

 また、『図書館月報綴』は、職員による日誌。開館日数や利用人数、貸出冊数などが記入されている。1945年(昭和20)8月15日の項には「正午 ラヂオ放送。午後ヨリ閉館」とある。

『財団法人 江北図書館報告』

『図書館月報綴』

 何気なく手に取って、思わず声が出たのが、『私立図書館懇話会会報』だ。私立図書館懇話会は1937年(昭和12)に創立された組織だ。この連載の前回で触れたように、三康図書館の前身である大橋図書館が中心になっていることは、この会報の冒頭に大橋図書館の坪谷善四郎が文章を書いていることからも判る。

 ページをめくると、会員の中に江北図書館も載っている。ただ、天理図書館、成田図書館などが館の写真入りで掲載されているのに、江北図書館は最低限のデータのみでちょっと寂しい。

 それにしても、偶然、続けて取材することになった大橋図書館と江北図書館に、私立図書館という接点があったのだ。

『私立図書館懇話会会報』

 取材を終えた後、町を歩く。

 地蔵院の通りには、久保寺さんの古本屋〈あいたくて書房〉のほか、〈ますや書店〉と〈いわね書房〉という2軒の新刊書店が盛業中だ。

 ますや書店は1947年創業で、現在は滋賀に関する本を扱う。

 いわね書房は1936年(昭和11)創業で、高度成長期には百科事典や文学全集を売りまくったという。奥さんの岩根ふみ子さんには『本屋です、まいど』(平凡社)という著書もある。

 他にも、地元の奥さんたちで営むブックカフェ〈すくらむ〉がある。木之本駅の待合室には「まちあい文庫」があり、久保寺さんが提供した本を無料で貸し出している。

 町を歩けば、本に出会う。本の文化が根付いた町だと感じた。

滋賀大学の江北図書館文庫

 次に久保寺さんの車で向かったのは、彦根市。木之本からは1時間半ほどの距離だ。

 彦根城のすぐ近くに、滋賀大学経済学部がある。その経済経営研究所の「士魂商才館」と名付けられた建物の中に、「江北図書館文庫」が収蔵されている。江北図書館の前理事長・冨田光彦さんが同学部の教授だったという縁があったという。

 ここに移管された資料は、「伊香郡役所文書」「伊香相救社文書」「『近江伊香郡志』関係資料」「伊香郡内絵図」など。いずれも貴重な資料だ。

 伊香相救社は1881年(明治14)に設立された慈善・共済結社。その設立に関わった冨田忠利の息子・冨田八郎、孫・冨田八右衛門、そして玄孫となる冨田光彦さんは、いずれも江北図書館の理事長を務めた。3代にわたって、同館を支えたわけだ。

 これらの文書類は保存庫に収められ、許可がないと閲覧できない。

 今回見せてもらったのが、明治・大正時代の洋装本で、可動式の棚に並べられている。その数は5067冊。

江北図書館文庫の洋装本

 棚を見渡して、珍しそうな本を抜き出してみる。

 処女会中央部編『これからの処女のために』(日比書院)は、山脇房子、吉岡弥生などが寄稿する女性の生き方を説く本。

 元禄姉さん『現代生活裏面視察 呪はれた女』(博文館)は、タイトルは奇矯だが、中身は嫁姑問題や、美人と醜女の比較、女学生についてなど、わりと穏当だ。

 他にも、佐藤鋼次郎『呪はれたる日本』(隆文館)、金田一京助編・山辺安之助『あいぬ物語』(博文館)、大場和一『情死乃研究』(同文館)などなど……。見ていくと、もっと面白い本が見つかるだろう。

『これからの処女のために』

『呪はれたる日本』ほか

 ここにある本は、江北図書館にある原簿に記載されているはずで、『図書館月報綴』などと照らし合わせると、それらが当時、どれくらい利用されたかが判るかもしれない。

 除籍をしなかったことは、結果として、江北図書館の歴史を知るための資料を多く残したことになる。

 江北図書館の宝は、建物と蔵書であり、この館を守ってきた人々の力だと思う。

 新しい体制のもとに運営される江北図書館は、これまでの歴史を受け継ぎながら、どのように変わっていくのだろうか?

 それを見届けるために、また木之本を訪れたい。

 
 
 
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu

 
 
 
 
 
江北図書館
http://kohokutoshokan.com/

江北図書館文庫
http://kohokutoshokan.com/library/
 (滋賀大での閲覧には事前に許可申請が必要です)

Copyright (c) 2024 東京都古書籍商業協同組合

wahonzufu

『和本図譜』〜とにかく一度、手にとって

『和本図譜』〜とにかく一度、手にとって

国文学研究資料館教授 木越俊介

 和本図譜—図説でもなく図鑑でもなく、「図譜」を書名に選んだのは、この語が彩り豊かなイメージを喚起するからである。本書は江戸時代の和本の魅力を余すところなく伝えようと、日本近世文学会創立70周年を記念して編まれたもので、全176ページのうち、実にカラー図版が112ページを占める。

「ビブリオグラフ和本」と題する第一部は、和本を被写体としてその様々な表情に徹底的に迫ってみよう、というコンセプトのもとに構成した。ビブリオグラフとは、〈書籍のグラフ誌(biblio + graph)〉を意味する造語で、その名のとおりグラフィカルなレイアウトによるグラフ誌の趣きとなっている。具体的には、見開き2ページごとに48のテーマを設け、和本の写真と解説文を配し、それらを「外ノ巻」「内ノ巻」の別に分類、それぞれが和本の外側、内側に迫る。

 写真の力で書物の魅力を十二分に引き出したものとして私の頭にあったのは、鹿島茂さんの連載「稀書探訪」(ANAの機内誌『翼の王国』に連載後、書籍化された)を彩った、鹿島直さんによる素敵な写真の数々である。光の当て方や撮り方など、プロの手にかかると「稀書」の魅力、いや魔力というべきものが一層輝きを増すことは、空の上で多くの方が目の当たりにしたのではないだろうか。

 本書では、近年急激に数を増やしているデジタル公開画像に加え、今回新たに実際の和本を接写した撮り下ろしの写真も数多く掲載し、和本を主役としたビジュアルを前面に出すことに努めた。和本の紙面そのものはもちろん、質感の再現をも目指した本書を手にとった方が、これをきっかけにホンモノの和本を見たり触ったりしてほしい。

 一方、一つの学会が編集する以上、専門知をコンパクトに伝えるのがわれわれにできることという思いから、各項目はかなりマニアックな切り口によるテーマを設けた。

 目次から少し拾うと、

摺る●版木から和本ができるまで

直す●削って、埋める

書き入れる●生々しい思考の痕跡

複製する●微妙だけど確かに違うこの復元をみよ

見極める●違いに気づいた学者たち

などなど。

 たとえば出版制度の影響による版面の変化や、所蔵者の書き入れから見えてくる本の読まれ方、使われ方などが解説文を読むと理解でき、単に見映えのよいだけの誌面ではなく、奥行きも広がるよう工夫を凝らした。中堅・若手の研究者の力を結集して、和本の有するポテンシャルに多角的に迫ることができたと自負している。

 第二部は「研究のバックヤード」と題して、研究の舞台裏を垣間見せる企画とした。以下は「間口は広く、奥行きは果てしなく」をサブタイトルとした本書「はじめに」に記したことと重なるが、研究や研究者の営みは分野に限らず、何に関心を抱き、いかなる問題意識を有し、それをどのような方法で論じるのかなど、知的に探究するという姿勢そのものが本来すこぶる興味深いものであるはずだ。

 とはいえ、一研究者としての私個人のことを正直にいえば、研究論文を書くことはもちろん、読むことも決してたやすいものではない。その論文の前提となっていることがらを把握し、専門用語を理解し、そして文学の場合、対象としている作品や資料とともに、著者がそこに記した論理をたどっていく必要がある。また、文章も基本的には論文の文体にのっとって書かれる。まして分野を異にすれば一読だけでは到底分からないことが多い。

 このように研究論文はいきなり読んで分かるものではないものの、その背景の説明を含め何らかの補助線があれば、必ずしもその内容を十全に理解できなくとも、その論文の魂(ソウル)というかエッセンスは伝わるものだとも思う。

 本書では、研究者が先達の研究者にインタビューを行うことを試みたのだが、その際、インタビュアーには2本の論文をターゲットに選んでもらった。研究分野についても、漢詩、和歌、俳諧、演劇(歌舞伎・浄瑠璃)、小説、話芸(口承文芸)と、近世文学ならではのバラエティに富んだ、七つのインタビュアーによる報告記事が収められている。

 対象の論文がいかなるプロセスで生まれたのか、根掘り葉掘り質問ぜめにすることにより、それを媒介として自ずと執筆した研究者その人が見えてくる、そんな狙いで考え出した企画であったが、予想以上にそれぞれの研究者の志がはっきりと映し出され、読むと視野が広がる。さらにいえば、ここから見えてくるのは、研究の多様性でもある。学問である以上、基本的な部分は変わらないものの、それをどういう形で広げ、どのような方法で前に進むのかはまさに十人十色であり、研究を志す多くの人の背中を押してくれることと思う。

 本書を編んで痛感したのは、専門知を分かりやすくかみくだき専門家ではない人に伝える工夫をする必要性とともに、研究という世界の面白さ、スリリングな楽しさを、そこにある苦闘も含めてありのままさらけ出すことにも十分な意義があるということだ。

 と、ついつい肩に力が入ってしまったが、きっかけはなんだか分からないけど面白そう、という直感であることは誰しも変わらない。あまり難しく考えずに、なによりまずは本書を手にとってカラー図版を眺めていただきたい。そこに一つでもおっと思うようなことを見つけていただければ、「和本」ひいては日本の近世という時代に一歩足を踏み入れることができるはず。

 観て面白く読めばもっと世界が広がる一書、それがこの『和本図譜』である。

 
 
 
 


『和本図譜 江戸を究める』
文学通信刊
日本近世文学会編
税込価格:2,090円
ISBNコード:978-4867660256
好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-86766-025-6.html

Copyright (c) 2023 東京都古書籍商業協同組合

futarisho

『本の虫 二人抄』

『本の虫 二人抄』

劉 永昇

 本書は朝日新聞名古屋本社版に連載中のリレーコラム「本の虫」を単行本にまとめたものです。書名に「二人抄」と付いているのは、コラム執筆者3人のうち2人の文章を収録しているからです。執筆は「書店」「古書店」「出版社」の人間が担当し、本についての「四方山話」を書いてくれという依頼でした。本書に収録されているのは、そのうちの書店と出版社の担当分、すなわち「ちくさ正文館」店長の古田一晴さんと小出版社「風媒社」の編集長であるわたしということになります。コラムは「図書館司書」の書き手を加え4人で連載継続中です。

 収録されているのは2014年10月から2023年9月まで約10年間のコラムです。十年ひと昔と言います。そんな古い文章など今さら読むに値するのかどうか。「本にまつわる話なら何でも」という大らかなコラムながら、朝日新聞という日刊メディアに書く以上、やはりそのときどきの社会情勢に反応して題材を選ぶ場合があります。賞味期限が過ぎてしまっていても不思議はありません。編集者を職業とするわたしは、本にまとまるにあたってその点を心配していました。しかしゲラであらためて読みなおすと、そうした陳腐化は感じられず、むしろこの10年間の様々な出来事が次々に登場して一種の社会年表としても読めることに気がつきました。どうやら、そこに本書の一つの特徴があるのだと思います。

 ふつう新聞で本の紹介をするとなると、やはり当時話題になっている本や売れている本、あるいは希少性の高い出版物を選びがちです。ニュースとしての価値が問われるからです。ところが本書に出てくる本は、そうした意図とはまったく無縁で、執筆者が自分の感覚から価値を見出した本や雑誌を、新刊既刊の区別なく取り上げています。感覚といっても個人の趣味嗜好の領域にはたらくものではなく、あくまで本をとりまく業界に棲息する人間としての感覚であることは言うまでもありません。その結果、本書にはベストセラー書の類がほとんど一冊も取り上げられていないのです。

 わたしの担当コラムから例をあげると、2014年10月は北條民雄『いのちの初夜』。作家の生誕100年に遺骨がハンセン病療養所から故郷に帰郷したことを書いたコラムです(「北條民雄、77年目の帰郷」)。バラク・オバマ氏がアメリカ大統領として初めて広島を訪問した2016年8月には、いまだにその存在が十分知られていない韓国・朝鮮人被爆者の手記集『白いチョゴリの被爆者』(「忘れられた被爆者」)、ドイツ文学者・池内紀さんが亡くなった2019年には、カフカ研究の第一人者として知られた氏のもう一つの業績である『カール・クラウス著作集』の翻訳(「池内紀とカール・クラウス」)を取り上げています。ひねくれた変化球みたいな選書と思われるかもしれませんが、書き手にとってはこれが直球なのです。

 もう一人の著者である古田一晴さんについて紹介しながら、本書が出版されたいきさつにふれておきます。古田さんが店長を務めるちくさ正文館は、名古屋きっての人文書の品ぞろえを誇る新刊書店でした。文学からアート、サブカルチャー、硬派なノンフィクションから学術書にわたるその選書の見事さは、書店・出版業界にとどまらず幅広いジャンルの文化人のあいだで注目され、「古田棚」という愛称で呼ばれていました。中規模書店ながら、名古屋における活字文化のシンボルだったと言えるでしょう。

 そのちくさ正文館が閉店になると聞いたのが今年5月の終わり、その時の驚きは本書にも書いています(「ああ麗しいディスタンス」)。そして、にわかに動き出したのが「本の虫」を書籍にしようという企画でした。お店は7月いっぱいで閉店が決まっていました。とてもそれまでには間に合わない。では、10月3日に開催されるさよならイベントの会場でお披露目しようということになりました。閉店後から本格的に作業を進め、刊行までたった2カ月という超スピード出版だったのです。

 気がかりだったのは、地元の名古屋以外での反応でした。コラムの話題にはそれなりに地域性も反映されており、はたして全国の読者に受け入れられるだろうか。(編集者はこういった心配ばかりするのです。)以下にSNSで見つけた書店さんや読者の方の投稿を匿名で引用します。 

 「店の棚から抜いてきたような、どこからか発見されてきた本、その背景を書いた無駄のない文章」「最初は10年分?って思ったけど、語り手が変わるので苦にならないどころか、あっという間に読み終えてた。感情がぎゅって詰め込まれていたり、ハッとさせられることが書いたあったりして、引き込まれました」「名古屋ときいて頭に浮かぶのがあの市長の顔というのが名古屋の不幸ですね。読んでいたら、ここには伝統的な名古屋文化がありました」「地元の話題や本の話、時事や政治など話題は様々。そこへうまくスッと本の紹介を挟んでくるので、その都度気になり調べながら読んでいた。読み終わった頃には欲しい本が増える罪な本だった」

 「本」は距離も時間も超えて読者に誰かに届くもの。わたしの気がかりは、ひとまず杞憂だったかなと思っています。

 
 
 
 


『本の虫 二人抄』
ゆいぽおと刊
古田一晴・劉 永昇著
税込価格:1,760円
ISBNコード:978-4877585624
好評発売中!
https://www.yuiport.co.jp/book/view/131/

Copyright (c) 2023 東京都古書籍商業協同組合

Just another WordPress site