第33回 退屈男さん ちょっとずつ「本の世界」に関わるひと

第33回 退屈男さん ちょっとずつ「本の世界」に関わるひと

南陀楼綾繁

 この連載は、古本や古本屋と自分なりに付き合ってきた人に話を聞くことを目的としている。インタビューの場では、その人の話を引き出すために、私自身の体験を話すこともあるが、文章にまとめる際には極力カットしている。
 しかし、以前からの知り合いだとそれがやりにくい。つい、自分の思い出を通して、その人を描いてしまう。相手と私を切り離して書きにくいのだ。だから、数人の例外を除き、旧知の人はなるべく外している。
 最終回に退屈男さんに出てもらったのは、最後にプライベートな友人の話を聞いてみたかったからだ。その話の中には当然、私も出てくる。友人と云っても、一回り以上年下で、ふだんは「退屈くん」と呼んでいるので、ここでもそう書かせてもらう。

 2004年6月にはじまったブログ「退屈男と本と街」は、新刊書店や古本屋をめぐって買った本の話を書くという点では、ほかの本好きによるブログと変わらない。しかし、取り上げる本の雑多さと、それにまつわる情報の豊富さでは突出していた。
 一冊の本から、出版社のサイトに飛んで裏話を見つけ、書店でやっているフェアに触れ、その本に言及している個人のブログを紹介する。ひとつの記事は短いが、貼ってあるリンクをたどると、読むテキストは2倍にも3倍にもなる。
 圧巻だったのは、2005年4月にはじめて開催された「不忍ブックストリートの一箱古本市」の2日後にアップされた「一箱古本市まとめリンク集」だった。主催者、店主さん、お客さんのブログの記事が70本近く取り上げられている。これによって、一箱古本市に対するネットの反応が目の前にドンと投げ出されたような気がした。

 この第1回一箱古本市で、退屈くんは自転車で走る私を目撃しているが、会話は交わさなかったように思う。はじめて話をしたのは、この年9月、私が谷中で開催した「一部屋古本市に、退屈くんが参加したことだった。「こんなに若いのか!」とびっくりしたことを覚えている。日は違ったが、このイベントには当時は「書物奉行」と名乗っていた書物蔵さんも参加している。
 その後、退屈くんは毎回、「一箱古本市まとめリンク集」をアップしてくれた。また、「わめぞ」(早稲田・目白・雑司ヶ谷で本のイベントを開催するグループ)にも加わり、さまざまなイベントを手伝う。本周りの楽しいことには、いつも顔を出している青年というイメージがある。
 前置きが長くなったが、彼が「退屈男」になる過程をたどってみよう。

 1982年、新潟県小千谷市に生まれる。当時は祖父母、父母、2つ下の妹の6人家族。父は市役所に勤めていたので、家の本棚には行政の実務書ばかり。文学全集は屋根裏に眠っていた。
「絵本で覚えているのは、いわむらかずおの『14ひきの』シリーズや、『あしにょきにょき』(深見春夫)など。もう少し大きくなると、車や建物、昆虫などの図鑑を読みました。図解されているものが好きだったんです」
 両親は本をよく買ってくれた。小学生になると、学習マンガのシリーズを買ってもらった。市内に書店がいくつかあった。自宅の斜め向かいに〈ブックス平沢〉という県内のチェーン店が本、ビデオ、CDの複合店を出店すると、しょっちゅう通う。
「父が仕事に関する雑誌、母は『暮しの手帖』や『主婦と生活』、僕は少年マンガ誌や小学館の学年雑誌を購読していました。父がプロ野球好きだったのに影響されて、『週刊ベースボール』と『ファミコン通信』も購読しました。投稿が初めて掲載されたのも『ファミ通』です」
 ナイター中継からラジオ好きになり、小学校低学年から深夜ラジオを聴くようになる。ラジオとの付き合いは、その後ずっと続く。

 小学生では宗田理の「ぼくら」シリーズやスニーカー文庫などのライトノベル、中学生になると夏目漱石や太宰治、藤沢周平や山田風太郎などの時代小説も読んだ。しかし、小説よりはノンフィクションの方が好きで、中公新書や講談社現代新書の歴史ものを読んだり、山際淳司や近藤唯之のスポーツもの、現代教養文庫で佐高信が監修して復刊したノンフィクションの名作を読む。
「一方で、新潮文庫で泉麻人のエッセイを読み、そこから小林信彦、橋本治、大瀧詠一などのサブカル系に入っていきました。中野翠、山本夏彦、えのきどいちろうなど、コラムニストと呼ばれる人が好きだった。ブックス平沢にはちくま文庫の棚があり、そこで荒俣宏や赤瀬川原平、虫明亜呂無などを買って読みました」
 文庫について、退屈くんは「当時は単行本から文庫化するまで、いまよりも時間がかかっていましたよね。だから、ちょっと古い本という感覚がありました」という。たしかに、この数年間のタイムラグが不思議だったり面白かったりしたのだ。先走って云えば、古本についても退屈くんは「ちょっと古い本」を好んで買っている。
「ブックス平沢には毎日通い、『広告批評』『ダカーポ』『ナンバー』『別冊宝島』などを立ち読みしました。買っていたのは、『レコードコレクターズ』やゲーム雑誌、『モノマガジン』など。新発売の商品のスケジュールをマーカーでチェックしたりしていました(笑)。データを見ること自体が好きだったんです」

 2000年、法政大学二部(夜間)に入学する。父が公務員であることや、高校のとき岩波文庫で『石橋湛山評論集』を読んだことから、政治学科を選ぶ。昼間はゴルフ練習場やコンビニでアルバイトして、夕方から授業に出た。
 実家にいた頃、リサイクル系の古本屋で文庫を買ったことがあるが、神保町の古本屋に行ったのは、受験で上京したときが最初だった。大学に入ってからはときどき神保町に行ったが、店頭の均一台を覗くだけで、中に入ることはなかった。
 小竹向原に住んでいたので、西武池袋線沿線の古本屋によく行った。江古田では〈落穂舎〉〈根元書房〉、ブックオフなど。東武東上線の大山には〈ぶっくめいと〉があり、狭かったがちょっと珍しい文庫が買えた。
「ラジオを聴きながら散歩して、古本屋に寄り、公園で本を読むという生活でした。片岡義男や坪内祐三など読むものの範囲が広がりました」
 やりたい仕事もなく、就職活動もしないまま留年し、5年で卒業したのは2005年3月だった。

 在学中、先に書いたようにブログ「退屈男と本と街」を開始した。
「この頃、なにかの記事でブログというものがあることを知って、自分でもやってみることにしました。もともと日記を読むのが好きで、植草甚一のエッセイにどの本屋で何の本を買ったか書いてあるのが楽しかった。大瀧詠一の『ロックンロール退屈男』から『退屈男』をいただき、書評よりも本をめぐる動きの方が面白いと思って『本と街』と付けました」
 そうして生まれた「退屈男と本と街」は、最初は自分の買った本や読んだ本についての日記だが、次第に、本好きのブログやサイトを紹介することに主力が置かれるようになる。
「あまり知られていないけど、面白いと思うブログを紹介したかったんです。それで自分の行動の記録とリンクを一緒に載せました。あるブログと別のブログを紹介することで、こういう動きが起きていると伝えるようにしました」
 ブログを通じて、古本好きとやりとりをするようになり、イベントで顔を合わせたりした。早稲田〈古書現世〉の向井透史さんら古本屋と知り合いになり、古書会館での即売会にも行くようになった。
「第1回の一箱古本市には、先日亡くなった作家の小沢信男さんが出店されていて、ご本人から『あほうどりの唄』を買ったのが思い出深いです。小沢さんや小関智弘さんが描く東京が好きなんです」

 卒業後の退屈くんは、神保町の〈三省堂書店〉でアルバイトをする。知らない本が見られるのが面白く、古本屋に近いのもよかった。その頃、若き日の母親が、神保町のすぐ隣の神田三崎町にあった製本工場で10年間働いていたことを知った。「(近くにあった喫茶店の)〈エリカ〉はまだあるの?」などと聞かれ、驚いた。近代映画社の『スクリーン』などを製本する会社だったという。
その後、複数の出版社や図書館、古本屋で働いてきた。しばらく会わないと、もう別のところにいるという印象だ。これだけ本に詳しいのだから、どこかに落ち着いたらいい仕事をするはずなのにと、私は勝手に心配していたが、本人は「本のいろんな面に関わることができて面白い。僕にはこういうのが合っているみたいです。わめぞのイベントでもそうですが、雑用とか補佐が好きなんです」と話す。
 現在はある出版社で営業の仕事をしながら、二つの古本屋でアルバイトをしている。ほとんど休みもないようだが、いろいろなところにちょっとずつ関わるというスタイルが彼には向いているのかもしれない。
 ブログは2008年頃から更新が減り、その後はツイッターに移行する。「もともと僕には文章を書きたい気持ちはあんまりないんです」。ブログをはじめたことで、好きだった書き手に会うことができた。
「亡くなったノンフィクション作家の黒岩比佐子さんとも、ブログを通じて知り合いになれました。自然に知り合いが増えていくのがよかったです」

 本好きではあるけれど、モノとしての本にはそれほど興味がなく、電子書籍で読むことも多い。以前は部屋が本だらけだったが、引っ越しをするたびに処分して、いまは本棚に収まるだけしかない。
「古本屋の仕事で宅買い(出張買取り)していると、人のコレクションに触れるのが面白くなって、自分の本へのこだわりが薄くなっていきました」
 最近買った古本を見せてもらうと、『僕等の生活絵物語』という冊子を見せてくれた。スケッチブックに手書きされたもので、戦前の寮生活を描いている。バイトしている古本屋で買ったものだという。
 もうひとつは、文藝春秋のPR誌『本の話』。90年代のものを30冊ぐらいまとめて買った。「この時代の特集がいいんですよね。PR誌は前から好きで、本屋でもらって風呂で読んでいました」
 自分の読書は「雑食性」だと云うとおり、そのときの興味がおもむくままに、古本屋で見つけた本を買ってきた。何かにとらわれることがなく、とても自由だ。
「今後は、地方の本屋に行ってみたいですね。あと、ずっとラジオが好きなので、ラジオと本に関することに、なにか関われたらと思います」

 この文章を書くために、久しぶりに「退屈男と本と街」を開いてみたら、まだ本人と会う前の2005月1月に「二〇〇四年の五冊」という記事が見つかった。私の最初の単行本『ナンダロウアヤシゲな日々 本の海で溺れて』(無明舎出版)について書いている部分を、気恥ずかしいが引用する。
「『本の海で溺れて』とあるが、ただひとり溺れるだけでない。南陀楼さんはその海の泳ぎ方がじつによいのだ。そして、おなじように本の海を泳いでいるひとたちを見つけ、接し、また外にそれを伝えていく。そのことによって、読者は、本の海のまだ知らぬ領域まで泳ぎすすむことができる。
 ぼくのすきな『ふらふら』感を、けっこう感じられるところもいい」
 この一文を読んで、退屈くんの雑食性とちょっとずつ関わるスタイルは、自分にも共通していると気づいた。だから、たまにしか会わなくても、彼のことがなんだか気にかかるのだ。
 退屈男くんは、古本を通じて出会った大切な友人である。これからも。

 

 

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、共著『本のリストの本』(創元社)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

susumeru
『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

※ご好評いただきました『シリーズ古本マニア採集帖』は、今回を持ちまして終了します。連載のご愛読ありがとうございました。
なお、11月に皓星社から刊行予定です。ご期待ください。

Copyright (c) 2021 東京都古書籍商業協同組合

2021年9月10日号 第330号

■■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■
 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
 古書市&古本まつり 第104号
      。.☆.:* 通巻330・9月10日号 *:.☆. 。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━【『東京古書組合百年史』刊行】━━━━━━

『東京古書組合百年史』 好評発売中!

東京都古書籍商業協同組合は、1920年1月に東京古書籍商組合とし
て創立され、2020年に創立100周年を迎えました。
100周年の記念事業の一環として 2021年8月に『東京古書組合百年史』
を刊行いたします。
本史は、昭和・平成・令和の各時代における古書市場の歴史は
もちろんのこと、当組合が経験してまいりました様々な歴史を
記録として残すことを心がけました。
ぜひ多くの皆様にご覧いただければ幸いです。

・書籍判型:A5上製本
・総 頁 数:696ページ(内、巻頭カラーページ:16ページ)
・定  価:8,000円(税込)

東京古書組合百年史
http://www.kosho.ne.jp/100/index.html

━━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━

高嶺格「歓迎されざる者」とホテルのライブラリー

                   書肆吉成 吉成秀夫

書肆吉成のメルマガ連載は最終回です。今回は現代アートの作品で
詩歌を選び、三菱地所が新築するホテルのライブラリールームで北
海道の本を選んだ、「選書」の仕事についてご報告します。
ーーーーーーー 
 
キーンと冷える真冬の3月だった。
元ダムタイプのメンバーで現代芸術のアーティスト・高嶺格(たか
みね・ただす)による展覧会「歓迎されざる者」の北海道バージョ
ンを夏に開催する予定がある、作品はパフォーマーによる詩の朗読
が大きなポイントになるのだが、そこで何を読むかゼロから考えた
い、相談にのってもらえないだろうか。札幌市文化芸術交流センタ
ーSCARTSの方からお話しがあったとき、直感的に面白そうだとおも
った。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7264

書肆吉成
https://camenosima.com/

━━━━━━━━━【シリーズ 古本マニア採集帖】━━━━━━

第32回 村上潔さん 都市を回遊し本と音楽に出会うひと

                      南陀楼綾繁

 7、8年前だったと思う。京都で古本屋めぐりをしているときに
立ち寄ったカフェで、一人の男性に声を掛けられた。私がTwitterで
つぶやいたのを見て気づいたようだ。村上潔さんと名乗るその人は、
小冊子を渡して去って行った。その頃から開催されていた「京都レ
コードまつり」を楽しむための副読本のような内容で、食事の間に
楽しく読んだ。
「あれは自分で最初につくったZINEでした。研究者としての仕事か
ら離れたところで、ひとりでつくる楽しさがありました。レコード
屋や古本屋で会った人に名刺代わりに渡していました」

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7268

南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ
・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人を
つなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市
の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)、共著『本のリストの本』(創元社)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社刊 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

━━━━━━━━━【東京古書組合からお知らせ】━━━━━━

「コショなひと」始めました

東京古書組合広報部では「コショなひと」というタイトルで動画
配信をスタート。
古書はもちろん面白いものがいっぱいですが、それを探し出して
売っている古書店主の面々も面白い!
こんなご時世だからお店で直接話が出来ない。だから動画で古書
店主たちの声を届けられればとの思いで始めました。
お店を閉めてやりきったという店主、売り上げに一喜一憂しない
店主、古本屋が使っている道具等々、普段店主同士でも話さない
ことも・・・
古書店の最強のコンテンツは古書店主だった!
是非、肩の力を入れ、覚悟の上ご覧ください(笑)

自動車趣味の店 ロンバルディ 古戸 学
snowdrop 南 由紀
千章堂 林 高志
百年史ダイジェスト編

YouTube 東京古書組合
https://www.youtube.com/channel/UCDxjayto922YYOe5VdOKu9w

━━━━━【9月10日~10月15日までの全国即売展情報】━━━━━

⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

※現在、新型コロナウイルスの影響により、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

-------------------------------
書窓展(マド展)※会場販売中止になりました
(目録ご注文は通常通り承ります)

期間:2021/09/10~2021/09/11
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

-------------------------------
♭立川フロム古書市ご案内♭

期間:2021/09/10~2021/09/21
場所:立川駅北口徒歩5分フロム中武
(ビッグカメラ隣) 3階バッシュルーム(北階段際)

http://mineruba.webcrow.jp/saiji.htm

-------------------------------
好書会【会場販売あります】

期間:2021/09/11~2021/09/12
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

-------------------------------
反町古書会館展※会期が変更されました(神奈川県)

期間:2021/09/11~2021/09/12
場所:神奈川古書会館1F  横浜市神奈川区反町2-16-10
TEL:090-1656-9717(グリム書房)

-------------------------------
第43回古本浪漫洲  Part2

期間:2021/09/12~2021/09/14
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
TEL03-3354-6111

https://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

-------------------------------
第43回古本浪漫洲  Part3

期間:2021/09/15~2021/09/17
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
TEL03-3354-6111

https://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

-------------------------------
特選古書市 書画骨董古美術展 福岡丸善ギャラリー古書展(福岡県)

期間:2021/09/15~2021/09/25
場所:ジュンク堂書店 福岡店2階 丸善ギャラリー

http://www.kosho.ne.jp/~izutuya/sokubaikai.html

-------------------------------
趣味の古書展※会場販売中止になりました

期間:2021/09/17~2021/09/18
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

https://www.kosho.tokyo

-------------------------------
たにまち月いち古書即売会(大阪府)

期間:2021/09/17~2021/09/19
場所:大阪古書会館 大阪府大阪市中央区粉川町4-1

https://twitter.com/tanimatitukiiti

-------------------------------
第43回古本浪漫洲  Part4

期間:2021/09/18~2021/09/20
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
TEL03-3354-6111

https://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

-------------------------------
第43回古本浪漫洲 Part5(300円均一)

期間:2021/09/21~2021/09/23
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
TEL03-3354-6111

https://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

-------------------------------
浦和宿古本いち(埼玉県)

期間:2021/09/23~2021/09/26
場所:JR浦和駅西口 さくら草通り徒歩5分 マツモトキヨシ前

https://twitter.com/urawajuku

-------------------------------
和洋会古書展

期間:2021/09/24~2021/09/25
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

-------------------------------
五反田遊古会

期間:2021/09/24~2021/09/25
場所:南部古書会館 品川区東五反田1-4-4

-------------------------------
中央線古書展

期間:2021/09/25~2021/09/26
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

-------------------------------
新橋古本市※中止になりました

期間:2021/09/27~2021/10/02
場所:新橋駅前 SL広場

-------------------------------
西部古書展書心会

期間:2021/10/01~2021/10/03
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

-------------------------------
フィールズ南柏 古本市 (千葉県)

期間:2021/10/06~2021/10/20
場所:フィールズ南柏 モール2 2階催事場  柏市南柏中央6-7

-------------------------------
BOOK & A(ブック&エー)

期間:2021/10/07~2021/10/10
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

-------------------------------
城南古書展

期間:2021/10/08~2021/10/09
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

-------------------------------

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

このメールは「日本の古本屋会員」の方で、メールマガジンの配信
を希望された方にお送りしています。
ご不要な方の解除方法はメール下部をご覧下さい。
【日本の古本屋】は全国950書店参加、データ約600万点掲載
の古書籍データベースです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

見逃したメールマガジンはここからチェック!
 【バックナンバーコーナー】

https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_category.php?catid=33

┌─────────────────────────┐
 次回は2021年9月下旬頃発行です。お楽しみに!
└─────────────────────────┘

*゜*.:*☆ 本を売るときは、全古書連加盟の古書店で ☆*.:*゜*
全古書連は全国古書籍商組合連合会(2,200店加盟)の略称です

https://www.kosho.or.jp/buyer/list.php?mode=from_banner

==============================

日本の古本屋メールマガジンその330 2021.9.10

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:志賀浩二
 編集長:藤原栄志郎

==============================

第32回 村上潔さん 都市を回遊し本と音楽に出会うひと

第32回 村上潔さん 都市を回遊し本と音楽に出会うひと

南陀楼綾繁

 7、8年前だったと思う。京都で古本屋めぐりをしているときに立ち寄ったカフェで、一人の男性に声を掛けられた。私がTwitterでつぶやいたのを見て気づいたようだ。村上潔さんと名乗るその人は、小冊子を渡して去って行った。その頃から開催されていた「京都レコードまつり」を楽しむための副読本のような内容で、食事の間に楽しく読んだ。
「あれは自分で最初につくったZINEでした。研究者としての仕事から離れたところで、ひとりでつくる楽しさがありました。レコード屋や古本屋で会った人に名刺代わりに渡していました」
 それ以来はじめて会う村上さんは、画面の向こうでそう云った。村上さんは現在神戸にお住まいで、この取材はzoomで行なった。
 村上さんは立命館大学生存学研究所の客員研究員として、大きく云えば「現代女性思想・運動史」を研究している。『主婦と労働のもつれ――その争点と運動』(洛北出版)という著書があり、あとで触れるようにZINEの研究も大きなテーマだ。村上さんのサイトに挙げられている論文・寄稿の一覧を見るだけで、関心の幅がとても広いことが判る。
 村上さんはどういう経過をたどって、いまの村上さんになったのだろうか? そこに古本はどう関わっているのか?

 1976年、横浜市生まれ。2歳まで鵠沼海岸で過ごしたのち、3歳で町田市に引っ越し、26歳までそこで住む。一人っ子で、父は単身赴任が長く、母や母方の家族との暮らしが長かった。
 記憶にある最初の本は、江ノ電の絵本だった。また、母の実家にある古い絵本を読んだことも覚えている。小学1年生のときに、自分の意志で買ってもらったのは、集英社版の『学習漫画 日本の歴史』全18巻。
「なかでも鎌倉時代の巻が好きでした。大学で日本中世史を専攻するきっかけになったのかもしれません」
 小学生の頃に読んだのは、子ども向けの落語や民話の本、そして赤川次郎。中学生になると北杜夫の小説やエッセイを読む。

 町田には〈久美堂〉という老舗書店チェーンがあり、村上さんは本店で本を買うことが多かった。
「高校2年の現代文の内田保男先生は、授業の課題で講談社学術文庫や岩波新書の黄版を読ませる名物教師で、久美堂の2階には内田先生がセレクトした本のコーナーがありました。加藤周一『雑種文化』、村上陽一郎『近代科学を超えて』、田中克彦『ことばと国家』など、高校生には難しかったけど、がんばって読みました」

 一方、はじめて古本屋に入ったのは中学2年生のとき。
「『機動警察パトレイバー』の初期OVAシリーズにはまった流れで、その漫画版を担当したゆうきまさみの前作『究極超人あ~る』を、近所の古本屋で買いました。中学では野球部だったのですが、その作品に出会った影響で、高校では校内でいちばん風変わりな部活に入ろうと決意し、超文系人間なのに〈理化部〉に入りました(笑)」
 その後、〈高原書店〉に足を踏み入れる。1970年代に町田で創業し、一時期は高円寺や新大久保にも支店があった。ここの出身者で古本屋を開業した人が多いのは、ご存知の通り。村上さんが通った店は、POPビルの2階にあり、とても広かった。余談だが、私は昔、雑誌の企画でここで半日店員を体験したことがある。
「最初はいしいひさいちのマンガなどを買っていましたが、高校の頃は少し前のサブカル雑誌とか、古いプロ野球関係の本などの物珍しい本をネタ的に買っていた気がします」

 本と並んで、当時の村上さんに大きな影響を与えたのは音楽だ。その出会いもやはり町田でのことだった。
 理化部の先輩が編集したカセットテープと「電気グルーヴのオールナイトニッポン」の影響で、テクノやニューウェーブに興味を持ち、町田駅近くにあった〈Tahara〉でCDを買ったり、町田市立図書館で借りたりした。
「電気グルーヴ経由で音楽ライター・編集者の野田努さんの文章を読むようになりました。大学を出てからですが、野田さんが『ele-king』の後に編集を手がけていた音楽誌『remix』に、ベルリンの音楽グループについて寄稿したのが、私のライターデビューです。同誌にはその後、映画評の連載も任されました」

 高校卒業後、予備校のあった神保町の古書店街を覗く。翌年、東洋大学史学科に入学。
「1年から研究会に属し、報告や論文を発表しました。大学の図書館はよく通いましたね。その頃読んでいたのはカヌーイストの野田知佑の本です。環境を守る意識や権力的なものへの批判が芽生えました。音楽の野田努さんと並んで、ダブル野田の影響を受けました(笑)」
 また、大貫妙子のファンになり、彼女が書いた文章も読む。『散文散歩』というエッセイ集は「私の人生のバイブルです」と、村上さんは云う。
大学を卒業する少し前から、ミニシアターや名画座にも通いはじめた。東京を離れるまで続き、古本屋で旧作映画関係の資料を買う機会も増えた。

 修士課程を終え、立命館大学の博士課程に進学。主婦の研究をテーマにする。中世史とは一見かけ離れているが、「史料を前提とする点で、方法論はあまり変わりません」。京都の大学を選んだのは、東京以外の都市を知りたいという思いがあった。
 上京区に住み、自転車で街をめぐる。
「〈あっぷる書店〉ではおもに女性作家の作品を文庫で買いました。〈カライモブックス〉は戦後の社会運動や環境問題に関する本が強いので、石牟礼道子や森崎和江、女性史関係、主婦のサークル誌など、多くの貴重な資料を入手することができました。〈100000t アローントコ〉では本だけでなくレコードもよく買います。店主の加地猛さんは『京都レコードまつり』の中心メンバーで、その縁で私も企画に関わる経験ができました」
 神戸では〈トンカ書店〉(現〈花森書林〉)に通った。
「あまりマンガは読まないのですが、古本屋でたまたま買った『美紅・舞子』という作品から西村しのぶにはまり、彼女の作品を集めるようになりました。エッセイマンガも含め、彼女の昔の作品はおもに神戸を舞台にしているので、その影響で神戸によく行くようになったんです。それが縁でいまは神戸に住んでいます」
 氷室冴子、如月小春ら、1970~1980年代の都市で強い自律性を持った女性が書いた本が好きだと、村上さんは云う。それらの本はほぼ絶版になっており、古本屋のおかげで手に入る。
 また、2008年頃、村上さんは、「ZINE」という言葉を日本に広めた野中モモさんが主宰するサイト「Lilmag」でZINEを買ったことがきっかけで、ZINEカルチャーについて調べるようになった。とくに海外のラディカルなフェミニズム運動のなかでのジンに注目する。海外のイベントにも参加し、各地の企画にゲストとして招かれ、レクチャーを担当したりもする。ZINEに関する文献も継続的に蒐集している。「メディアが仕掛けるブームとは異なる、独自の発信に惹かれるんです」

「あまりモノへの欲はない方だと思います」と云う村上さん。本の量はそれほど多くなく、段ボール箱に入れて家に置いている。
 最近書いた論文は日本のウーマンリブ運動の見直しで、当時のミニコミやビラを蒐集・保管・公開する意義を説いたという(「地域のウーマンリブ運動資料のアーカイヴィング実践がもつ可能性――二〇〇〇年代京都市における活動経験とその先にある地平」、大野光明・小杉亮子・松井隆志編『[社会運動史研究3]メディアがひらく運動史』新曜社)。

 町田、京都、神戸と都市で生活しながら、古本とレコードと出会い、それが研究にもつながっている。
 そんな村上さんが「世界で一番大事な場所」と云うジャズ喫茶〈町田ノイズ〉に、近いうちに行ってみようと思っている。

 

 

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、共著『本のリストの本』(創元社)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

susumeru
『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

Copyright (c) 2021 東京都古書籍商業協同組合

高嶺格「歓迎されざる者」とホテルのライブラリー

高嶺格「歓迎されざる者」とホテルのライブラリー

書肆吉成 吉成秀夫

書肆吉成のメルマガ連載は最終回です。今回は現代アートの作品で詩歌を選び、三菱地所が新築するホテルのライブラリールームで北海道の本を選んだ、「選書」の仕事についてご報告します。
ーーーーーーー 
 
キーンと冷える真冬の3月だった。
元ダムタイプのメンバーで現代芸術のアーティスト・高嶺格(たかみね・ただす)による展覧会「歓迎されざる者」の北海道バージョンを夏に開催する予定がある、作品はパフォーマーによる詩の朗読が大きなポイントになるのだが、そこで何を読むかゼロから考えたい、相談にのってもらえないだろうか。札幌市文化芸術交流センターSCARTSの方からお話しがあったとき、直感的に面白そうだとおもった。

私に声がかかったのは、書肆吉成が北海道に根ざした古書店だからだろう。当店はとくに北海道の歴史と詩歌、思想、芸術の本に重きをおいている。北海道と詩歌の本ならたくさんある。

「歓迎されざる者」とはいったい何者なのか。植民地北海道においてはセンシティブなテーマだ。打ち合わせで、歓迎されざる者のテーマをさまざまに掘り下げていくなか「もしかしたら物事の線引きとか差別に繋がると思う」と高嶺さんがいった。その言葉を捕まえて軸に置き、北海道に縁のある詩人・詩歌を読みすすめることにした。

詩をえらんでいた半年のあいだに、じつに多くのことがおきた。

旭川市では中学2年生の女子がいじめによって失踪し凍死していた。日テレではアイヌ差別表現があった。SNSではその差別表現を指摘したアイヌの人に対してヘイトの言葉があびせられた。難民が苦しむ入管法が改悪されそうになった。ミャンマーでクーデターがあった。札幌の市街地にヒグマが現れて刹処分された。オリンピックでは小山田圭吾の過去のいじめと小林賢太郎がユダヤ虐殺を揶揄していたことが明らかになった。私の故郷の清里町役場でパワハラにあった職員が自殺した。猛暑、河川が氾濫した。メンタリストDaiGoはホームレスへ攻撃的な発言をして話題をとろうとした。さらに展覧会直前には北方領土の国後島から泳いで来たというロシア人男性が根室管内標津町で保護された。アメリカ軍がアフガニスタンから撤退を開始した。

これらはすべてたった半年のあいだに次々と起きては忘却された。「歓迎されざる者」とは何かと考えつづけていた私は、事件が起きるたびに胸が痛み、詩の読み方に影を落とさずにはいられなかった。私が選ぶ詩は「忘却に抗して声をあげ、排除されたものの痛みをとどめた、何一つあたりまえではない多くの声」でなければならないと思いつめた。私はいつしか闇落ちしながら詩歌を読み漁っていた。

そんなとき、高嶺さんから意外な作品が提示された。それは書肆吉成が発行する「アフンルパル通信」に以前掲載した長歌で、モチーフはストレートな「恋愛」だった。
 
 
 恋人はきみの一部ではない
 それゆえに何もかも思い通りにいくことはない
 だからこそ抱きしめるとき暖かくおもうのだ
 ほんとうのゆきどけをきみは知るだろう
 
  (山田航 長歌「はじめて恋人ができたきみに贈る歌」より)
 
 
流氷のように硬くなっていた私の心はここに氷解した。
「ひとりひとりが違うこと」、社会に存在するあらゆる線引き、たとえば差異・違和・格差・他者・蔑視・排除・攻撃・不理解・国境などと言われるものを、この歌の「恋愛」は乗り越えて結びつける力に満ちていた。「かなしいこともたぶんあるけれど」、それをうわまわる希望がある。私の内なる線引きをも抱擁する「恋愛」の歌に心から感動を覚えた。

結局私は200篇ほどの詩歌を選びだして紹介し、高嶺さんはそこから約40篇を厳選した。選別には痛みがともなった。「線引き」の痛みをみずから引き受けながらふるいにかけるしかなかった。選ばれた詩は、氷山の一角である。

詩歌の選定が済み、会場も整い、いざこれから本番というときになって北海道でコロナ感染が拡大し、ついに緊急事態宣言がでた。そのため会期が8/27~29の3日間に短縮された。「歓迎されざる者」はこのような例外状態のなかではじまった。

水と光と声による静謐な空間が出現した。すなおに、非常に美しいとおもった。朗読者のほんのわずかな声のふるえも耳につたわる。詩を聞くのにこれ以上ない空間だった。この美しい空間に、ヒリヒリとした剝き出しの詩歌が、それぞれの狼煙をあげる。

浅野明信、麻生直子、石川啄木、伊藤整、江原光太、風山瑕生、くぼたのぞみ、更科源蔵、管啓次郎、中城ふみ子、中野重治、中村和恵、長屋のり子、二条千河、宮沢賢治、向井豊昭、森竹竹市、山田亮太、山田航、吉増剛造の詩歌。それに明治時代の流行歌である監獄節が歌われ、サハリンのニヴフを描いたドキュメンタリーの日本語字幕が朗読された。
ひととおり聞くだけで二時間かかる。さらに朗読者によって読み方が違う。

展示ではアイヌのアーティスト・マユンキキさんとの協働がひっそり実現していた。どこにも説明がなかったのでだれも気がつかなかったろう。
マユンキキさんは、朗読会場の裏側の通路にアイヌ語の物語を手書きしたのだった。アイヌ語を知らなければ意味がわからないカタカナの羅列が通路にならんでいた。アイヌはもともと無文字文化なので言葉は本当は文字でなく声であるはずのものだ。声のかわりにあてがわれたのがカタカナである。日本語による朗読の声が響きわたるなか、アイヌ語の物語はカタカナに沈黙していた。
さらにその先には文字を二重に書いて読めなくした黒い字の羅列が続いた。マユンキキさんが自分やアイヌ全体に浴びせられた誹謗中傷の言葉を抜き出し、高嶺さんが黒く重ね書きしたのだ。
これらふたつの沈黙の筆記が展示空間の出口となった。

「歓迎されざる者 北海道バージョン」は他者の言葉が主だった。高嶺格というアーティストの存在は影となり水となってその場をやわらかく包みこむばかりだ。こんなにも自分を消し去れるアーティストがいるのかと私は驚いた。高嶺格は「場」そのものだった。さまざまな言葉と出会う繊細な場で、人はやさしく傷ついた。

ーーーーーーー

さて、もう一つのプロジェクトに関わっている。
10月1日にグランドオープン予定のホテルがあり、ライブラリーの選書を任された。これから追い込み作業に入る。

札幌市中心部のテレビ塔ちかく、大通公園に面した「ザ・ロイヤルパーク・キャンバス札幌大通公園」は三菱地所によるホテルだ。
目をみはるのは高層階を木造建築する新技術を採用していること。内装やインテリアに至るまで北海道産の木材にこだわってふんだんに使用し、これによって持続可能な社会の実現に寄与している。
ホテルのコンセプトはずばり「北海道を体感する」。ライブラリーの部屋は2階にある。本で北海道を体感する、くつろぎの空間となるだろう。

こちらはむずかしく考えずに、たのしく北海道を感じられるラインナップで選書した。
ビジュアル本や写真集、動植物、昆虫など自然の本、食べ物、歴史の本などがゆったりならぶ。
目玉となるのはむかしの北海道を知ることのできる2冊だ。『蝦夷島奇観』と『北海道古地図集成』。本を開けばいまとはちがう北海道に出会えるはず。
ぜひ本を手にとりいろいろな北海道を楽しんでほしい。ライブラリーは宿泊客だけでなく一般の人も自由に出入り可能となっている。

札幌にご宿泊の際にはぜひ当ホテルをご利用ください。10月1日のオープンをどうぞお楽しみに!
 
ザ・ロイヤルパーク・キャンバス札幌大通公園 公式サイト
https://www.the-royalpark.jp/canvas/sapporoodoripark/
 
 
最後に。書肆吉成は本の買取を承っております。蔵書整理の際にはぜひお声がけ下さいますよう、心よりお願い申し上げます。



書肆吉成
https://camenosima.com/

Copyright (c) 2021 東京都古書籍商業協同組合

2021年8月25日号 第329号

■■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■
 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
     。.☆.:* その329・8月25日号 *:.☆. 。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

このメールは「日本の古本屋会員」の方で、メールマガジンの配信
を希望された方にお送りしています。
ご不要な方の解除方法はメール下部をご覧下さい。
【日本の古本屋】は全国950書店参加、データ約640万点掲載
の古書籍データベースです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

☆INDEX☆
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
1.『書物・印刷・本屋』    藤本幸夫
2.『読む・打つ・書く』     三中信宏

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

━━━━━━━━━━━━【自著を語る(275)】━━━━━━━━

『書物・印刷・本屋 日中韓をめぐる本の文化史』

                      藤本幸夫

 本書は中国・朝鮮・日本の坊刻本、即ち民間の営利出版(日本で
は「町版」)を対象とし、その具体的な諸相を明らかにしようとす
るものである。坊刻本は庶民の擡頭と共に内容・意匠それぞれに工
夫を凝らしつつ、深淵且つ絢爛たる出版文化を形成してきた。従来
書籍を対象とする類書では、文学史的意義・理論的研究や内容分析、
或いは版種や文字の異同等が中心であった。このような研究が高踏
的とされ、今回のテーマのような分野は、ややもすれば低く見られ
勝ちであったように筆者には思われる。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7217

『書物・印刷・本屋』藤本幸夫編
勉誠出版刊 定価:17,600円(税込み) 好評発売中!
https://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=101221

━━━━━━━━━━━【自著を語る(276)】━━━━━━━━━

『読む・打つ・書く- 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々』

                         三中信宏

 私は三十年あまりにわたって、農林水産省の研究機関で職業研究
者として勤務してきた。世間的に見ればいわゆる “理系の研究者”
なので、実験・観察を繰り返し、しかるべきデータを取って、その
結果を学会発表や原著論文というアウトプットとして世に出すとい
うやや固定されたイメージで見られることには慣れている。確かに、
そのようなステレオタイプな “理系研究ライフ” は大筋では外れ
ていないだろう。しかし、それだけが理系研究者の仕事かと言われ
れば即座に「否」と答える。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7211

『読む・打つ・書く』 三中信宏 著
東京大学出版会 税込3,080円 好評発売中!
http://www.utp.or.jp/book/b577413.html

━━━━━━━【日本古書通信社からのお知らせ】━━━━━━━

日本古書通信社からのお知らせ

日本古書通信8月号より「札幌・一古書店主の歩み―弘南堂書店高
木庄治氏聞き書き」が連載開始されます。高木さんは現在88歳、昭
和8年札幌の老舗古書店南陽堂書店の次男として誕生、昭和27年か
ら1年間、神保町・八木書店での修業後に帰札。闘病中の父に代わ
り、兄と共に南陽堂書店の復興に努め、昭和32年に弘南堂書店と
して独立されました。多くの同業や熱心な顧客との出会いを得て、
現在は北方文献・近代文学などの専門店として全国的に高く評価
されています。高木さんの古書店主としての歩みは古本屋の戦後
の歴史を体現したものと言えます。若い古書店人、古書業界の歴
史に興味を持たれる方々に読んで頂きたいと思います。連載1回
目前半部分を「試し読み」出来るようにいたしました。

試し読みはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7197

日本古書通信
https://www.kosho.co.jp/kotsu/

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━

『ブックセラーズ・ダイアリー』 ショーン・バイセル 著
矢倉尚子 訳 
白水社 定価3,300円(本体3,000円+税)好評発売中!
https://www.hakusuisha.co.jp/book/b584634.html

『敗れし者の静かなる闘い』 茅原健
日本古書通信社刊 定価:2000円+税 好評発売中!
https://www.kosho.co.jp/kotsu/

━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━

8月~9月の即売展情報

※新型コロナウイルスの影響により、今後、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

見逃したメールマガジンはここからチェック!
 【バックナンバーコーナー】

https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_category.php?catid=38

┌─────────────────────────┐
 次回は2021年9月中旬頃発行です。お楽しみに!
└─────────────────────────┘

*☆ 本を売るときは、全古書連加盟の全国の古書店に ☆*
全古書連は全国古書籍商組合連合会(2,200店加盟)の略称です

https://www.kosho.or.jp/buyer/list.php?mode=from_banner

==============================

日本の古本屋メールマガジンその329 2021.8.25

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:志賀浩二
編集長:藤原栄志郎

==============================

yomuutu

『読む・打つ・書く —— 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々』

『読む・打つ・書く —— 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々』

三中信宏

私は三十年あまりにわたって、農林水産省の研究機関で職業研究者として勤務してきた。世間的に見ればいわゆる “理系の研究者” なので、実験・観察を繰り返し、しかるべきデータを取って、その結果を学会発表や原著論文というアウトプットとして世に出すというやや固定されたイメージで見られることには慣れている。確かに、そのようなステレオタイプな “理系研究ライフ” は大筋では外れていないだろう。しかし、それだけが理系研究者の仕事かと言われれば即座に「否」と答える。

私のいる農研機構という複合的な研究機関には何千人かの研究員が在籍しているので、その研究人生には多かれ少なかれ多様性(ばらつき)があっても不思議ではない。私は31歳のとき研究員として採用されたのだが、当時はいったい何をしているのかよくわからない研究員もあまたいたし、何を目指しているのか判然としない研究室も今よりももっとたくさんあった記憶がある。そして、周囲を見回しても、専門的な論文を書く以外に、一般向けの本を単著で書く多様な研究者がもっと多かったような気がする。そのような手本になるモデルケースがあれば、あとに続く人は絶えないだろう。しかし、残念ながら、その後は “淘汰” が進んでしまって、一見ムダなばらつきは一掃されてしまった。

昨今の農研機構を見ると、社会に向けた対外的な宣伝は確かに手間ひまかけて機動的に行っていることはよくわかる。しかし、その一般向けPRからは個々の研究者の “顔” は浮かび上がってこない。あくまでも「オール農研機構」としての研究成果を外に向けて強調する一方で、それを遂行してきた研究員たちそれぞれの “実体” はむしろ見えなくなってしまっている。そのひとつの証拠が、私の周囲で本を書いたことがある研究員がほとんどいなくなっているという事実だ。私はこれまで単著で本を書く機会を多く得てきたが、これは私のいる職場では例外中の例外だ。ほとんどの研究員は論文は書いても本は書いていない。研究組織としていくら成果が広報されたからとしても、研究員たちが対外的に “カオナシ” のまま知られていない現状では、原著論文は書いても単著の本を書いてみようという動機付けがなかなか湧いてこないのが、昨今の日本の研究環境の実情だ。

このたび上梓した『読む・打つ・書く —— 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々』は、「理系の本を書く研究者が昨今とみに減ってきている」という危機意識を東京大学出版会の編集者から聞いたことが執筆の動機だった。本書では研究者がその人生の中で出会う本との付き合い方を「読書・書評・執筆」の三つの場面に分けて、私自身の研究者としての執筆経験をちりばめながら論じた一冊だ。

前半第一部「読む」は読書論である。専門の原著論文を読めば “断片化” された最新の知識を得ることはできる。しかし、一冊の本を読めば断片的な知識の “体系化” を図ることが期待できるだろう。知識の “断片化” と “体系化” という両極を対比しながら、本を読むことの意義を再考する。そこでは、ある専門知の体系を身につけるための読書法や広く出回っている電子本はどこまで信用していいのかという論点も含まれる。研究者にかぎらず、読者ひとりひとりの “探書アンテナ” をしっかり鍛えていくことは読書人としてのリテラシー養成にもつながるだろう。

続く第二部「打つ」は書評論である。日本の新聞や雑誌の書評欄では長文の書評が出ることはほとんどない。一方、インターネット上の書評サイトではもっと長文の書評が公開される。私は2019〜2020年の2年間にわたり読売新聞読書委員として書評欄に寄稿してきた。そのときの経験も踏まえて、さまざまな書評の様式について、私の書評を例として挙げながら説明する。さらに、著者あるいは読者として実名書評や匿名書評をどのように読み解けばいいのかを論じた。書評の書き方はこれまで論じられてきたが、書評の読み方についてのまとまった議論は本書が初めてだろう。

最後の第三部「書く」は執筆論である。一冊の本を書き上げるのはどの著者にとっても大仕事だ。しかしも、単著の本を書くことに対してためらったりたじろいだりする理系研究者がほとんどだろう。彼らは日々忙しすぎて本を書く時間などないと思いこんでいるからだ。私は自分を “実験台” にして、毎日のちょっとした努力の積み重ねを怠らなければ、誰でも単著で本を書くすべがあることを示した。単著の執筆をまだためらっている書き手たちの背中を押すことが大きな目的である。本書を読み終えたら、もう本を書くしかない。

学術書であれ一般書であれ、本との付き合い方が根本的なところで揺らいでいるのが今もっとも大きな問題ではないだろうか。本書は「本」をめぐる三つの側面 —— 読書・書評・執筆 —— の現状と問題点を示し、その解決のための実践的手法を読者に提示した。また、私が見渡してきた “理系” 分野での「本ライフ」を前提にして、自然科学・科学史・科学哲学分野の本を実例として多く取り上げている。しかし、本書の考察それ自体は分野の別には関わりなく、 “理系” / “文系” の双方にまたがって参考になる部分が多いだろう。

yomuutu
『読む・打つ・書く』 三中信宏 著
東京大学出版会 税込3,080円 好評発売中!
http://www.utp.or.jp/book/b577413.html

Copyright (c) 2021 東京都古書籍商業協同組合

syomotuinsatu

『書物・印刷・本屋 日中韓をめぐる本の文化史』

『書物・印刷・本屋 日中韓をめぐる本の文化史』

藤本幸夫

 本書は中国・朝鮮・日本の坊刻本、即ち民間の営利出版(日本では「町版」)を対象とし、その具体的な諸相を明らかにしようとするものである。坊刻本は庶民の擡頭と共に内容・意匠それぞれに工夫を凝らしつつ、深淵且つ絢爛たる出版文化を形成してきた。従来書籍を対象とする類書では、文学史的意義・理論的研究や内容分析、或いは版種や文字の異同等が中心であった。このような研究が高踏的とされ、今回のテーマのような分野は、ややもすれば低く見られ勝ちであったように筆者には思われる。敢えて申せば、全体として機能する人体の頭部だけを重んじ、日常生活を支える下半身を軽んじるに近い。本書では書籍の出版から販売・読書に至る具体的な諸相、即ち潤筆料・版下・刻版・彫師・摺師・版木・料紙・装幀・本屋・貸本屋・書価・出版部数・流通・読者・版株・印刷術・和刻・禁書・出版統制等々に視点を置き、理解に資すために写真三九〇点余をも掲載した、これまでにあまり類例のない書の出版を目指した。このような視点から本を見る研究者は寧ろ少ないが、今回ご執筆者の方々には極力お触れいただけるようにお願いした。幸いにも斯界第一線で御活躍の方々のご賛同を得て、かなりの達成度を得られたのではないかと思っている。

 木版印刷の濫觴は中国の隋から唐初にあるとされ、朝鮮、そして日本には八世紀には伝わっていた。坊刻本成立には、必要とされる書籍を見極め出版に必要な資本を有する人物と刻版の技術、更には出版書を購入し得る読者層がなければならない。中国では北宋代に条件が整い、その後隆盛に向かうが、日本では十七世紀前半、朝鮮では十八世紀末に始まる。日本では十七世紀に町人が擡頭し、それに応じて坊刻本も盛んになってゆく。高度な金属活字印刷術を有する印刷文化国朝鮮では官版・家刻版・寺刹版・書院版などが盛んであったが、庶民の経済力の脆弱さと特に庶民読者層の薄さが坊刻本の発達を阻んだ。本書の執筆陣は三五名(但し内二名は二本執筆)、その内中国学六名、朝鮮学三名、キリシタン版一名、日本学二五名と甚だ人数的にはバランスを欠いているように見えるが、それには以下のような事情がある。

 筆者は朝鮮語学と文献学を専攻する者で、朝鮮には坊刻本の発生が遅く、また出版の諸相を示す文献の極めて少ないことを承知している。ただ朝鮮は中国文化を早くから受け入れ尊崇して来たため、文化のあり方が中国に酷似している。従って士大夫は中国同様漢文による詩・文を残し、子孫や門弟たちはそれらを編纂し出版した。その際に出版経緯・費用の調達・刻手の賃金・紙代、果ては刻手への酒代までも記録した「刊役日記」がある。文集刊行の際資金を広く募るので、使途を問われた場合を想定しても、記録が必要であったと思われる。これ迄公にされたのは僅かであったが、最近精粗さまざまではあるが十一種の「刊役日記」を集めた韓国語訳版が出ており、刊役の内幕を窺知し得て興味深い。今回は利用叶わず、今後紹介できる機会があればと思う。中国では宋代以降書肆が極めて多く、中には数百年の老舗もある。しかし筆者の知る限りでは、上記の如き出版の諸相を示す具体的な資料は少ないように思われる。その点江戸時代では本屋仲間の記録・幕府のお触書・出版された書目類・諸蔵書目録・書物末の書物広告、諸随筆類があって大いに資するのである。朝鮮では官の蔵書目録や地方官衙所蔵版木目録はあるが、個人の蔵書目録は殆どない。また中国では官や大蔵書家である士大夫の蔵書目録は種々あるが、多くは四部分類に従った正規の書籍類が列挙されている。ところが日本では蔵書は官だけに限らず、寺刹・神社・武士・町医者・町人など多岐にわたっており、それぞれの収書意図によってその内容は様々である。写本の国書類も多い。神道・武道・華道・茶道・香道等、又本屋が営利目的で出した五張単位の絵が中心の安価な草双紙類等、枚挙に遑ない。それに町人出身、例えば屋根屋・キセル屋・呉服屋・薬屋や農民等出身の学者や文人が知的関心を持って文筆界に加わる。このようなことは中国や朝鮮にはなく、彼らは己が身を置く町人文化に対する視点を持っており、その書き物では出版の世界にも触れられる。武士と町人の間に立ち位置のある曲亭馬琴の『近世物之本江戸作者部類』等はその逸なるものである。それに江戸時代の出版物ジャンルの多様性もあり、他の二国に比べ遥かによく出版実態を窺知できるため、日本書研究者がその三分の二を占めることとなった。

本書には謂わばマニアック的な論文もあるが、上辺を撫でるだけではなく、深く入り込む研究も大事である。筆者は朝鮮本研究において、長澤規矩也氏の御研究に倣い、当初より刻手名を徹底的に集めてきた。面倒で時間のかかる作業であった。朝鮮本は刊記を付すことが極めて少ないが、刻手名を手掛かりに刊年・刊地を特定し得ることがあり、刻手名は極めて有効な手掛かりとなる。ここで諸論文に一一触れる余裕はないが、上記諸相を知ろうとすれば、多くの書を繙かねばならないが、本書にはそれらが詰まっており、エンサイクロペディア的な役割を果たし得ているのではないかと思う。

本書に収め切れなかった分野も多い。俳書や浄瑠璃・旅行案内書・武鑑・重宝記・狂歌・川柳・細見等も、出版事情は基本的には同じであろうが、それぞれに特殊性もあるであろう。また中国書については卑見の及ばぬ所も多いと思われる。本書が今後研究者及び読書子の関心がこの方面に向かう契機になればと願っている。

syomotuinsatu
『書物・印刷・本屋』藤本幸夫編
勉誠出版刊 定価:17,600円(税込み)好評発売中!
https://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=101221

Copyright (c) 2021 東京都古書籍商業協同組合

2021年8月6日号 第328号

■■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■
 。*..*.:☆.:*・日本の古本屋メールマガジン・*:.☆.:*..*。
 古書市&古本まつり 第103号
      。.☆.:* 通巻328・8月6日号 *:.☆. 。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

メールマガジンは、毎月2回(10日号と25日号)配信しています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━【シリーズ 古書の世界】━━━━━━━━

濡れた本

                   書肆吉成 吉成秀夫

 2019年晩夏、仙台市に「book cafe 火星の庭」をたずねた。店主
の前野久美子さんには以前私が発行する「アフンルパル通信」に寄
稿してもらったことがあった。
道路に面した大きな窓から店内が見える。たくさんの本が丁寧に並
ぶとなりにカフェコーナーがあり、奥のカウンターに小柄な女性、
前野さんがいた。店に入り「札幌の書肆吉成です」と告げると、目
を丸くして驚いてくれる。妊娠中の妻にはエルダーフラワー、4歳の
息子にはバナナセーキを出してくれた。どちらもメニュー表にない
ドリンクだった。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7144

書肆吉成
https://camenosima.com/

━━━━━━━━━【シリーズ 古本マニア採集帖】━━━━━━

第31回 猪熊良子さん 「移動の記憶」と本が結びつくひと

                      南陀楼綾繁

 夏葉社、スタンド・ブックス、水窓出版、信陽堂など、いわゆる
「ひとり出版社」と呼ばれる個人経営の版元の刊行物には、校正者
として猪熊良子さんが関わっていることが多い。彼女は以前からの
知り合いだが、版面から丁寧な仕事ぶりが伝わってくる。
「新しくはじめた出版社では、校閲についての意見をしっかり聞
いてくださいます。どんな装丁になるのか楽しみですし、書店で
の売れ行きも気になります」と、猪熊さんは云う。

続きはこちら
/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=7213

南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一
文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、
図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年
から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」
の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ
・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人を
つなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市
の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、
『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』
(ちくま文庫)、共著『本のリストの本』(創元社)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社刊 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

━━━━━━━━━【東京古書組合からお知らせ】━━━━━━

「コショなひと」始めました

東京古書組合広報部では「コショなひと」というタイトルで動画
配信をスタート。
古書はもちろん面白いものがいっぱいですが、それを探し出して
売っている古書店主の面々も面白い!
こんなご時世だからお店で直接話が出来ない。だから動画で古書
店主たちの声を届けられればとの思いで始めました。
お店を閉めてやりきったという店主、売り上げに一喜一憂しない
店主、古本屋が使っている道具等々、普段店主同士でも話さない
ことも・・・
古書店の最強のコンテンツは古書店主だった!
是非、肩の力を入れ、覚悟の上ご覧ください(笑)

YouTube 東京古書組合
https://www.youtube.com/channel/UCDxjayto922YYOe5VdOKu9w

━━━━━【8月6日~9月15日までの全国即売展情報】━━━━━

⇒ https://www.kosho.or.jp/event/list.php?mode=init

※現在、新型コロナウイルスの影響により、各地で予定されている
即売展も、中止になる可能性がございます。ご確認ください。
お客様のご理解、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

-------------------------------
三省堂書店 池袋本店 古本まつり

期間:2021/08/03~2021/08/09
場所:西武池袋本店 別館2階=特設会場(西武ギャラリー) 
東京都豊島区南池袋1-28-1

-------------------------------
第70回 東武古書の市(栃木県)

期間:2021/08/05~2021/08/17
場所:東武宇都宮百貨店 6階特別会場  宇都宮市宮園町5-4

-------------------------------
城北古書展【会場販売あります】

期間:2021/08/06~2021/08/07
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

-------------------------------
下鴨納涼古本まつり(京都府)

期間:2021/08/11~2021/08/16
場所:下鴨神社糺の森  京都府京都市左京区下鴨泉川町59

http://koshoken.seesaa.net/index-4.html

-------------------------------
好書会

期間:2021/08/14~2021/08/15
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

-------------------------------
ぐろりや会

期間:2021/08/20~2021/08/21
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

http://www.gloriakai.jp/

-------------------------------
たにまち月いち古書即売会

期間:2021/08/20~2021/08/22
場所:大阪古書会館 大阪府大阪市中央区粉川町4-1

https://twitter.com/tanimatitukiiti

-------------------------------
フレスポ小田原古書フェア(神奈川県)

期間:2021/08/24~2021/08/30
場所:フレスポ小田原シティモール
南館1階エントランス(マクドナルド側)小田原市前川120
TEL:0465-45-5588

-------------------------------
BOOK & A(ブック&エー)

期間:2021/08/26~2021/08/29
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

-------------------------------
紙魚之會

期間:2021/08/27~2021/08/28
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

-------------------------------
アオモリ古書フェア 2021(青森県)

期間:2021/08/29~2021/09/05
場所:青森市役所駅前庁舎1F 駅前スクエア  青森市新町1-3-7

http://omoidenorekishi.blog.fc2.com/blog-entry-283.html

-------------------------------
第99回 彩の国 所沢古本まつり(埼玉県)

期間:2021/09/01~2021/09/07
場所:くすのきホール
(西武線所沢駅東口前 西武第二ビル8階 総合大会場)

https://tokorozawahuruhon.com/

-------------------------------
『東急百貨店』たまプラーザ大古本市(神奈川県)

期間:2021/09/02~2021/09/07
場所:東急百貨店たまプラーザ店 3階 催物場

-------------------------------
フジサワ古書フェア(神奈川県)

期間:2021/09/02~2021/09/15
場所:有隣堂藤沢店4階ミニ催事場
藤沢市南藤沢2-1-1フジサワ名店ビル7F TEL:0466-26-1452(代表)

-------------------------------
東京愛書会

期間:2021/09/03~2021/09/04
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

http://aisyokai.blog.fc2.com/

-------------------------------
杉並書友会

期間:2021/09/04~2021/09/05
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

-------------------------------
第43回古本浪漫洲  Part1

期間:2021/09/09~2021/09/11
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
TEL03-3354-6111

https://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

-------------------------------
書窓展(マド展)

期間:2021/09/10~2021/09/11
場所:東京古書会館 千代田区神田小川町3-22

-------------------------------
♭立川フロム古書市ご案内♭

期間:2021/09/10~2021/09/21
場所:立川駅北口徒歩5分フロム中武(ビッグカメラ隣)
3階バッシュルーム(北階段際)

http://mineruba.webcrow.jp/saiji.htm

-------------------------------
好書会

期間:2021/09/11~2021/09/12
場所:西部古書会館  杉並区高円寺北2-19-9

-------------------------------
反町古書会館展※会期が変更されました(神奈川県)

期間:2021/09/11~2021/09/12
場所:神奈川古書会館1F  横浜市神奈川区反町2-16-10
TEL:090-1656-9717(グリム書房)

-------------------------------
第43回古本浪漫洲  Part2

期間:2021/09/12~2021/09/14
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
TEL03-3354-6111

https://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

-------------------------------
第43回古本浪漫洲  Part3

期間:2021/09/15~2021/09/17
場所:新宿サブナード2丁目催事場 新宿区歌舞伎町1-2-2
TEL03-3354-6111

https://www.kosho.co.jp/furuhon_romansu/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

このメールは「日本の古本屋会員」の方で、メールマガジンの配信
を希望された方にお送りしています。
ご不要な方の解除方法はメール下部をご覧下さい。
【日本の古本屋】は全国950書店参加、データ約600万点掲載
の古書籍データベースです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

見逃したメールマガジンはここからチェック!
 【バックナンバーコーナー】

https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_category.php?catid=33

┌─────────────────────────┐
 次回は2021年8月下旬頃発行です。お楽しみに!
└─────────────────────────┘

*゜*.:*☆ 本を売るときは、全古書連加盟の古書店で ☆*.:*゜*
全古書連は全国古書籍商組合連合会(2,200店加盟)の略称です

https://www.kosho.or.jp/buyer/list.php?mode=from_banner

==============================

日本の古本屋メールマガジンその328 2021.8.6

【発行】
 東京都古書籍商業協同組合:広報部・「日本の古本屋事業部」
 東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
 URL  http://www.kosho.or.jp/

【発行者】
 広報部:志賀浩二
 編集長:藤原栄志郎

==============================

濡れた本

濡れた本

書肆吉成 吉成秀夫

 2019年晩夏、仙台市に「book cafe 火星の庭」をたずねた。店主の前野久美子さんには以前私が発行する「アフンルパル通信」に寄稿してもらったことがあった。
道路に面した大きな窓から店内が見える。たくさんの本が丁寧に並ぶとなりにカフェコーナーがあり、奥のカウンターに小柄な女性、前野さんがいた。店に入り「札幌の書肆吉成です」と告げると、目を丸くして驚いてくれる。妊娠中の妻にはエルダーフラワー、4歳の息子にはバナナセーキを出してくれた。どちらもメニュー表にないドリンクだった。
「火星の庭」は店内でミニコンサートを開いたり地域に根差した市民活動をするなど、古本屋の枠におさまらないユニークな活動をしている。私たちが訪れた前日には原マスミがライブをしたそうだ。最近知ったのだが、前野さんは一時本気で自分の店をNPOにしようと考えていたらしい。そのバイタリティーはどこからくるのだろう。
「けっきょく古本屋さんはそれぞれ自分のスタイルをつくるしかないですよね」。雑談のなか、ふっとこんな言葉が漏れた。他のお店の真似をしてみたくてもそううまくいかないものだ。しかし、だからこそ個性的な古本屋さんの話を聞くのは楽しい。3冊の本を買った。安東量子『海を撃つ』、『念ふ鳥 詩人高祖保』(龜鳴屋)、『FREE USHIKU|EVERYONE HERE, EVERYONE COMING/ ここにいるすべてのひと、ここにくるすべてひと』。

仙台文学館に行くと東日本大震災の津波で泥にまみれた本のオブジェが展示してあった。どこにもあるような文学全集の端本や家庭雑誌が汚れている。津々浦々に本があることを実感するとともに、どこにもあるような本棚が津波にのまれたのだという事実がいままた胸に刺さった。泥まみれでよれよれになった本を前にして、立ち尽くすしかない。全集の残りの巻は海底で蟹と戯れているだろう。文字は魚が食べたに違いない。花を添えたくなる。

この東北旅の目的は、石巻の牡鹿半島で開催のReborn-Art Festivalに詩人・吉増剛造さんを訪ねることだった。
吉増さんは津波が押し寄せた集落の一つに「詩人の家」をつくって本棚に本を置き、そこで客人を迎えるという、これを展示と言っていいのか作品と言っていいのかわからないけれど、とにかくその場所で生きる、人と出会い言葉をかわす、そんな営みをしていた。それとはべつに霊山として知られる金華山(キンカサン)が見えるホテルの一室に詩作の部屋がしつらえられ、詩「Voix」の原稿用紙、文具、本が置かれ、大きな窓にはカラーペンで新しい詩が書きつけてあった。なんとも不思議な明るい部屋だった。金華山のむこうの海が大震災の震源地という。妻の胎内で羊水に浮かぶ赤子はへその穴から窓の光を見ただろうか。長男は鯨の歯で遊んだ。

それから半年後、世界は新型コロナウィルスの恐怖に覆われて一新した。
2020年4月、コロナの禍中で吉増剛造さんがYouTubeに映像作品を発表することを思い立ち、私はその手伝いをすることになった。吉増さんから毎週送られてくるモノローグと歌のビデオを編集し、概要欄に説明と文字起こしをのせてYouTubeにアップする。出版社コトニ社の後藤氏と協力して毎週の発信が続く。この記事が配信される頃には70回近くなるはずだ。映像作品は国内外で展示され、イギリスの芸術祭への出展作品には字幕を入れるお手伝いをした。https://www.youtube.com/channel/UCiSexx2GYYS_JAYlpt8n5Kw

「書肆吉成」は吉増さんが名付け親だ。古書店の独立準備をしているとき、売るための本がほしかった私は必死の思いで吉増さんに「ご不要な本があればお譲り下さい」とお願いした。その願いは叶えられた。しかしいざ届いた本をみて、敬愛する詩人の蔵書だと思うととたんに手離せなくなり、しまいこむことに決めた。いまや段ボール300箱をゆうに超えている。

ときどき吉増さんから探して欲しい本のリクエストがくる。求めに応じて送った本が詩や講演や映像作品になり、再び私のところに送られる。最近吉増さんは本のリクエストに「山口昌男大先生みたいです」と言葉を添えていた。たしかにかつて私が山口先生の付き人をしていたときもひたすら本を探していた。あれから20年以上ずっと古い本から新しい表現が生まれることのお手伝いをしている。これが私の古本屋のスタイルなのだろう。今夏刊行予定の吉増剛造詩集『Voix』(思潮社)には吉増さんへ書き送った私の手紙が引用される。

一つ懺悔しなくてはならないことがある。吉増さんの蔵書を古い一軒家に保管していたときのこと、春の大雨で大量の雪解け水が屋根からあふれて室内に降り注いだ。そのため多くの本が水に濡れてしまった。すぐさまべつの建物に本を移し、吉増さんに謝罪の手紙を書いた。数日後、速達で届いた吉増さんからの手紙には「本も濡れてみたかったんだと思います」と書いてあった。涙がこぼれた。

昨年、火星の庭の前野さんがコロナ禍の間隙をぬって札幌に来てくれた。前野さんの札幌滞在最終日に私たちは再会して、書肆吉成の店や倉庫を案内し、帰りの新千歳空港までの車中よもやま話を楽しんだ。仙台から石巻の間に名所が多いこと、店からあふれるたくさんの本のこと、山登りのことなど。震災後、原発事故の影響を心配した前野さん御一家は仙台から移住しようとして西日本を転々としたことがあったそうだ。移住を断念してからは娘さんの通う仙台市内の学校給食を心配し、西日本の食材で作った弁当を持たせつづけたらしい。このあたりに前野さんのバイタリティーの源泉の一つがあるのかもしれないと思った。倉庫に保管してある吉増さんの大量の蔵書をお見せすると目を丸くして驚いていた。水に濡れて波打った蔵書が、前野さんとの出会いを喜んで、心なし身をよじっていたように見えた。



書肆吉成
https://camenosima.com/

Copyright (c) 2021 東京都古書籍商業協同組合

第31回 猪熊良子さん 「移動の記憶」と本が結びつくひと

第31回 猪熊良子さん 「移動の記憶」と本が結びつくひと

南陀楼綾繁

 夏葉社、スタンド・ブックス、水窓出版、信陽堂など、いわゆる「ひとり出版社」と呼ばれる個人経営の版元の刊行物には、校正者として猪熊良子さんが関わっていることが多い。彼女は以前からの知り合いだが、版面から丁寧な仕事ぶりが伝わってくる。
「新しくはじめた出版社では、校閲についての意見をしっかり聞いてくださいます。どんな装丁になるのか楽しみですし、書店での売れ行きも気になります」と、猪熊さんは云う。

 1969年、高松生まれ。父は証券会社勤務で転勤が多く、猪熊さんは生後10か月で広島市に引っ越す。その後、小学3年生で沼津市、小学4年生で西宮市、中学3年で東京の文京区と引っ越しを繰り返す。
「両親の故郷が香川県なので、祖父母のいる高松には毎年帰省していました。丸亀町の〈宮脇書店〉本店や〈宮武書店〉で、よく本を買ってもらいました。大学生になって、古本屋の〈讃州堂書店〉にはじめて行きました」

 猪熊さんは一人っ子。父は映画、歌舞伎、落語が好きな趣味人で、家には本がたくさんあった。歴史書、ビジネス書、雑誌など何でも読み、「家では父が本を読んでいる姿しか覚えていません」。母は文学少女で、高校のときに〈高松書林〉でアルバイトをしていた。当時刊行がはじまった『世界の文学』(中央公論社)を1冊ずつ集めたという。いまはその本を猪熊さんが受け継いでいる。

 広島では、父の行きつけだった〈廣文館〉金座街本店で、本を買ってもらう。両親は、本に関しては好きなだけ買ってくれたという。
 幼稚園のとき、マルシャーク『森は生きている』(湯浅芳子訳、岩波書店)の表紙に描かれたロシアの少女の絵に惹かれて、買ってもらう。その頃から「子どもだましに思えて」絵本はほとんど読まず、文字の本を読んでいた。「判らない文字があったら辞書を引きなさい」と、母から三省堂の辞書をもらい、ヨレヨレになるまで何度もめくった。
 アレルギー体質だったこともあり、人が触った本は汚いと図書館には行かなかった。「自分で本を所有したいという気持ちもありましたね」。沼津に引っ越してから、友だちについて児童図書館に行ったが、借りるのに抵抗があり、そこで見つけた本を書店で取り寄せたりしていた。

 小学3年生ごろには、文字がいっぱい詰まった本を読みたくなり、父の書棚にあった五木寛之、山本周五郎などを読む。西宮に引っ越すと、大丸芦屋店の中の書店に父と毎週行った。「車で行って、いちどに20~30冊買うこともありました(笑)」。ここで平積みになっていた村上春樹『風の歌を聴け』を買う。その後、この作家の本は全部読んでいる。向田邦子はドラマも本も好きで、1981年に航空機事故で亡くなったときにはショックを受けたという。三宮や大阪の大型書店にも出かけている。

 中学では「あまり練習に出なくていい」と聞いて演劇部に入るが、文化祭で主役に抜擢されストレスを感じた。子どもの頃から腰痛、肩こり、頭痛があったが、脊柱側湾症(背骨が曲がる症状)と診断されたのもこの時期だ。その後ずっと、この病気と付き合って生きている。
 2年生のとき、近所の「寿市場」にあったボロボロで薄暗い小さな書店で、マッカラーズ『心は孤独な狩人』(河野一郎訳、新潮文庫)を買って読む。報われない愛を描いた小説で読むのが辛かったが、心に残る。それまで手当たり次第に読んできたが、今後はじっくり読もうと、新聞の書評を参考にしたり、父に聞いて本を選ぶようになる。

 1984年、文京区に引っ越す。いくつか引っ越し先の候補があったが、夏目漱石や森鷗外のゆかりの土地である千駄木に住みたいと主張し、そこに決まった。現在の森鷗外記念館の位置にあった鷗外記念図書館で、アガサ・クリスティーが並んでいるのを見つけ、片っ端から読む。
「神保町にも初めて行きましたが、古本はやはり埃っぽくて不潔だと思っていたので、新刊書店ばかり寄っていました。〈矢口書店〉で映画のパンフレットを探すぐらいです」
 高校に入ると映画にのめり込み、授業をサボって映画館に通う。『ぴあ』の情報を見て、マイナー映画の上映会にも行った。
 この頃は村上春樹ら同時代の作家を読んでいたが、父に神坂次郎の『縛られた巨人』を勧められて読み、南方熊楠に興味を持つ。
 映画に明け暮れ、受験勉強を何もしてなかったので3年になって焦る。
「神保町の〈三省堂書店〉に行って、他の本は見ないようにして、参考書コーナーに直行しました。参考書を選ぶのが楽しかった(笑)」
 その甲斐あって、青山学院大学の文学部日本文学科に入学。両親が転勤で東京を離れたため、護国寺の学生会館に入る。さまざまな大学に通う女子学生が200名ほどおり、仲良くなった子と本の貸し借りをするようになった。
「先のマッカラーズ『心は孤独な狩人』も誰かに貸して失くし、しかたなく神保町の古本屋で探しました」
 この頃もまだ古本へのアレルギーがあり、それが30代まで続くのだった。

 就職活動をするが決まらないでいるとき、新聞広告で文化学園文化出版局校閲部の募集を見つける。主婦のライフスタイルを綴った佐藤雅子『季節のうた』を出していた出版社だからと、受けてみる。面接ではこの本のことを話した。校閲のことは何も知らなかったが、文章の間違いを指摘する試験で褒められる。
 採用され、『MRハイファッション』『ハイファッション』などの雑誌を担当。「誤植が少なくて有名な出版社でしたが、私は失敗続きで何度か誤植を出してしまいました」。学生会館を出て一人暮らしをするが、給料は安く、本を買うお金もなかった。
「文化学園購買部で1割引きで本を買い、敷地内の大学図書館の本も借りました。新大塚に〈ノーベル文庫〉という貸本屋があり、そこで小説を借りました。あまりきれいな本じゃなかったけれど、しかたがない。貧乏が古い本へと向かわせたんです(笑)」
 4年半ほど勤め、雑誌以外の校閲もやってみたいとフリーランスの校正者になる。その後、文藝春秋の『オール讀物』『文學界』や単行本の校閲を手がけるように。車谷長吉や西村賢太などの私小説が好きで、彼らの作品のゲラを担当するのが嬉しかった。
 
 台東区池之端に引っ越した2010年、谷根千で開催されている「不忍ブックストリートの一箱古本市」の助っ人(ボランティア)に応募する。
「友人も少なく、引きこもって仕事をしてばかりの生活をなんとかしたくて参加しました」
 私が猪熊さんと最初に会ったのもこのときで、打ち上げの際に最後まで残って楽しそうに話していたのを覚えている。
 しかし、古本嫌いだったはずなんじゃ……?
「なんででしょうね(笑)。当時は千駄木にあった〈古書ほうろう〉が入りやすい店で、本がきれいだったこともあるかもしれません。その後、雑司ヶ谷の〈JUNGLE BOOKS〉のように、一箱古本市に出店した人が店舗を出したり、ほうろうから日暮里の〈古書信天翁〉が独立したりと、知り合いの古本屋が増えたことで、古本がさらに身近なものになりました。また、「わめぞ」(早稲田・目白・雑司ヶ谷で本のイベントを行うグループ)にも関わって、『古本好きに悪い人はいない』と判ったことも大きいです」
 地方の一箱古本市にも出向くようになり、仙台、盛岡、広島などの古書店を回るのが楽しみに。いまでは、旅行に行くときは古書店訪問をメインに据えるというから、大きな変化だ。
 仕事面にも影響があった。ほうろうのイベントで、夏葉社の島田潤一郎さんに会って、同社の本の校閲を担当したことから、小さな出版社での仕事が増えていった。 

 2019年8月、猪熊さんは神戸に部屋を借りて、東京との二拠点生活をはじめた。
「両親はいま高松に住んでいますが、高齢なので私が東京と高松を行き来する必要があります。その中間に落ち着ける場所がほしいと思ったんです。東京で引きこもって仕事をすることにも限界を感じていました。それで、神戸の春日野道の古い団地を借りたんです。古本屋で買った山本さほのマンガ『この町ではひとり』はこの街が舞台で、よく見ている風景が出てきます」
 月に2回程度、東京を離れて神戸で過ごす。新刊やミニコミも扱う元町の〈1003〉、沖縄に関する本を扱う岡本の〈まめ書房〉、六甲の〈口笛文庫〉などに行く。また、大阪や京都にも足を延ばし、本屋を覗く。
「やっぱり、明るくて埃っぽくない古本屋が好きですね。もっとも、二拠点生活をはじめて半年後に新型コロナウイルスが広まったので、まだあまり神戸を歩けていないのですが」
 故郷の高松にも、古本屋の〈なタ書〉〈YOMS〉や新刊書店〈本屋ルヌガンガ〉などができて、充実してきたと話す。

 子どもの頃から引っ越しをするたびに、増えた本を処分するのが習慣だったため、いまは手元にない本が多い。古本屋に行くのは、手放した本を探すためでもある。
「思い出のある本は持っていたいですね。あと、子どもの頃はまったく興味のなかった絵本を、古本屋で買うようになりました(笑)」
 神戸に住むようになって、子どもの頃の記憶を掘り起こしたいと、神戸の古い地図を探したりしている。「移動の記憶」と本が結びついているのだ。

 そんな猪熊さんが大事にしている一冊が、佐野英二郎『バスラーの白い空から』(青土社、1992)。10年ほど前、友人から「ぜったい好きだと思う」と勧められて読んだ。
「この本を読んでいると、どこかに埋もれている未知の書き手を探し出すことが編集者のもっとも重要な仕事だと思います。こんな文章を書く人がいたのかという驚きがありました。佐野英二郎さんは、文筆家ではなく商社員。この人の本は、亡くなられたあとに出されたこの一冊きりなんです。2019年に同じ版元から新装版が出ています」
 猪熊さんが積極的に小さい出版社の本の校閲をしているのも、「未知の書き手を探し出す」手伝いをしたいという思いからなのかもしれないと感じた。

 

 

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、共著『本のリストの本』(創元社)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

susumeru
『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

Copyright (c) 2021 東京都古書籍商業協同組合

Just another WordPress site