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高嶺格「歓迎されざる者」とホテルのライブラリー

高嶺格「歓迎されざる者」とホテルのライブラリー

書肆吉成 吉成秀夫

書肆吉成のメルマガ連載は最終回です。今回は現代アートの作品で詩歌を選び、三菱地所が新築するホテルのライブラリールームで北海道の本を選んだ、「選書」の仕事についてご報告します。
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キーンと冷える真冬の3月だった。
元ダムタイプのメンバーで現代芸術のアーティスト・高嶺格(たかみね・ただす)による展覧会「歓迎されざる者」の北海道バージョンを夏に開催する予定がある、作品はパフォーマーによる詩の朗読が大きなポイントになるのだが、そこで何を読むかゼロから考えたい、相談にのってもらえないだろうか。札幌市文化芸術交流センターSCARTSの方からお話しがあったとき、直感的に面白そうだとおもった。

私に声がかかったのは、書肆吉成が北海道に根ざした古書店だからだろう。当店はとくに北海道の歴史と詩歌、思想、芸術の本に重きをおいている。北海道と詩歌の本ならたくさんある。

「歓迎されざる者」とはいったい何者なのか。植民地北海道においてはセンシティブなテーマだ。打ち合わせで、歓迎されざる者のテーマをさまざまに掘り下げていくなか「もしかしたら物事の線引きとか差別に繋がると思う」と高嶺さんがいった。その言葉を捕まえて軸に置き、北海道に縁のある詩人・詩歌を読みすすめることにした。

詩をえらんでいた半年のあいだに、じつに多くのことがおきた。

旭川市では中学2年生の女子がいじめによって失踪し凍死していた。日テレではアイヌ差別表現があった。SNSではその差別表現を指摘したアイヌの人に対してヘイトの言葉があびせられた。難民が苦しむ入管法が改悪されそうになった。ミャンマーでクーデターがあった。札幌の市街地にヒグマが現れて刹処分された。オリンピックでは小山田圭吾の過去のいじめと小林賢太郎がユダヤ虐殺を揶揄していたことが明らかになった。私の故郷の清里町役場でパワハラにあった職員が自殺した。猛暑、河川が氾濫した。メンタリストDaiGoはホームレスへ攻撃的な発言をして話題をとろうとした。さらに展覧会直前には北方領土の国後島から泳いで来たというロシア人男性が根室管内標津町で保護された。アメリカ軍がアフガニスタンから撤退を開始した。

これらはすべてたった半年のあいだに次々と起きては忘却された。「歓迎されざる者」とは何かと考えつづけていた私は、事件が起きるたびに胸が痛み、詩の読み方に影を落とさずにはいられなかった。私が選ぶ詩は「忘却に抗して声をあげ、排除されたものの痛みをとどめた、何一つあたりまえではない多くの声」でなければならないと思いつめた。私はいつしか闇落ちしながら詩歌を読み漁っていた。

そんなとき、高嶺さんから意外な作品が提示された。それは書肆吉成が発行する「アフンルパル通信」に以前掲載した長歌で、モチーフはストレートな「恋愛」だった。
 
 
 恋人はきみの一部ではない
 それゆえに何もかも思い通りにいくことはない
 だからこそ抱きしめるとき暖かくおもうのだ
 ほんとうのゆきどけをきみは知るだろう
 
  (山田航 長歌「はじめて恋人ができたきみに贈る歌」より)
 
 
流氷のように硬くなっていた私の心はここに氷解した。
「ひとりひとりが違うこと」、社会に存在するあらゆる線引き、たとえば差異・違和・格差・他者・蔑視・排除・攻撃・不理解・国境などと言われるものを、この歌の「恋愛」は乗り越えて結びつける力に満ちていた。「かなしいこともたぶんあるけれど」、それをうわまわる希望がある。私の内なる線引きをも抱擁する「恋愛」の歌に心から感動を覚えた。

結局私は200篇ほどの詩歌を選びだして紹介し、高嶺さんはそこから約40篇を厳選した。選別には痛みがともなった。「線引き」の痛みをみずから引き受けながらふるいにかけるしかなかった。選ばれた詩は、氷山の一角である。

詩歌の選定が済み、会場も整い、いざこれから本番というときになって北海道でコロナ感染が拡大し、ついに緊急事態宣言がでた。そのため会期が8/27~29の3日間に短縮された。「歓迎されざる者」はこのような例外状態のなかではじまった。

水と光と声による静謐な空間が出現した。すなおに、非常に美しいとおもった。朗読者のほんのわずかな声のふるえも耳につたわる。詩を聞くのにこれ以上ない空間だった。この美しい空間に、ヒリヒリとした剝き出しの詩歌が、それぞれの狼煙をあげる。

浅野明信、麻生直子、石川啄木、伊藤整、江原光太、風山瑕生、くぼたのぞみ、更科源蔵、管啓次郎、中城ふみ子、中野重治、中村和恵、長屋のり子、二条千河、宮沢賢治、向井豊昭、森竹竹市、山田亮太、山田航、吉増剛造の詩歌。それに明治時代の流行歌である監獄節が歌われ、サハリンのニヴフを描いたドキュメンタリーの日本語字幕が朗読された。
ひととおり聞くだけで二時間かかる。さらに朗読者によって読み方が違う。

展示ではアイヌのアーティスト・マユンキキさんとの協働がひっそり実現していた。どこにも説明がなかったのでだれも気がつかなかったろう。
マユンキキさんは、朗読会場の裏側の通路にアイヌ語の物語を手書きしたのだった。アイヌ語を知らなければ意味がわからないカタカナの羅列が通路にならんでいた。アイヌはもともと無文字文化なので言葉は本当は文字でなく声であるはずのものだ。声のかわりにあてがわれたのがカタカナである。日本語による朗読の声が響きわたるなか、アイヌ語の物語はカタカナに沈黙していた。
さらにその先には文字を二重に書いて読めなくした黒い字の羅列が続いた。マユンキキさんが自分やアイヌ全体に浴びせられた誹謗中傷の言葉を抜き出し、高嶺さんが黒く重ね書きしたのだ。
これらふたつの沈黙の筆記が展示空間の出口となった。

「歓迎されざる者 北海道バージョン」は他者の言葉が主だった。高嶺格というアーティストの存在は影となり水となってその場をやわらかく包みこむばかりだ。こんなにも自分を消し去れるアーティストがいるのかと私は驚いた。高嶺格は「場」そのものだった。さまざまな言葉と出会う繊細な場で、人はやさしく傷ついた。

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さて、もう一つのプロジェクトに関わっている。
10月1日にグランドオープン予定のホテルがあり、ライブラリーの選書を任された。これから追い込み作業に入る。

札幌市中心部のテレビ塔ちかく、大通公園に面した「ザ・ロイヤルパーク・キャンバス札幌大通公園」は三菱地所によるホテルだ。
目をみはるのは高層階を木造建築する新技術を採用していること。内装やインテリアに至るまで北海道産の木材にこだわってふんだんに使用し、これによって持続可能な社会の実現に寄与している。
ホテルのコンセプトはずばり「北海道を体感する」。ライブラリーの部屋は2階にある。本で北海道を体感する、くつろぎの空間となるだろう。

こちらはむずかしく考えずに、たのしく北海道を感じられるラインナップで選書した。
ビジュアル本や写真集、動植物、昆虫など自然の本、食べ物、歴史の本などがゆったりならぶ。
目玉となるのはむかしの北海道を知ることのできる2冊だ。『蝦夷島奇観』と『北海道古地図集成』。本を開けばいまとはちがう北海道に出会えるはず。
ぜひ本を手にとりいろいろな北海道を楽しんでほしい。ライブラリーは宿泊客だけでなく一般の人も自由に出入り可能となっている。

札幌にご宿泊の際にはぜひ当ホテルをご利用ください。10月1日のオープンをどうぞお楽しみに!
 
ザ・ロイヤルパーク・キャンバス札幌大通公園 公式サイト
https://www.the-royalpark.jp/canvas/sapporoodoripark/
 
 
最後に。書肆吉成は本の買取を承っております。蔵書整理の際にはぜひお声がけ下さいますよう、心よりお願い申し上げます。



書肆吉成
https://camenosima.com/

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