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第32回 村上潔さん 都市を回遊し本と音楽に出会うひと

第32回 村上潔さん 都市を回遊し本と音楽に出会うひと

南陀楼綾繁

 7、8年前だったと思う。京都で古本屋めぐりをしているときに立ち寄ったカフェで、一人の男性に声を掛けられた。私がTwitterでつぶやいたのを見て気づいたようだ。村上潔さんと名乗るその人は、小冊子を渡して去って行った。その頃から開催されていた「京都レコードまつり」を楽しむための副読本のような内容で、食事の間に楽しく読んだ。
「あれは自分で最初につくったZINEでした。研究者としての仕事から離れたところで、ひとりでつくる楽しさがありました。レコード屋や古本屋で会った人に名刺代わりに渡していました」
 それ以来はじめて会う村上さんは、画面の向こうでそう云った。村上さんは現在神戸にお住まいで、この取材はzoomで行なった。
 村上さんは立命館大学生存学研究所の客員研究員として、大きく云えば「現代女性思想・運動史」を研究している。『主婦と労働のもつれ――その争点と運動』(洛北出版)という著書があり、あとで触れるようにZINEの研究も大きなテーマだ。村上さんのサイトに挙げられている論文・寄稿の一覧を見るだけで、関心の幅がとても広いことが判る。
 村上さんはどういう経過をたどって、いまの村上さんになったのだろうか? そこに古本はどう関わっているのか?

 1976年、横浜市生まれ。2歳まで鵠沼海岸で過ごしたのち、3歳で町田市に引っ越し、26歳までそこで住む。一人っ子で、父は単身赴任が長く、母や母方の家族との暮らしが長かった。
 記憶にある最初の本は、江ノ電の絵本だった。また、母の実家にある古い絵本を読んだことも覚えている。小学1年生のときに、自分の意志で買ってもらったのは、集英社版の『学習漫画 日本の歴史』全18巻。
「なかでも鎌倉時代の巻が好きでした。大学で日本中世史を専攻するきっかけになったのかもしれません」
 小学生の頃に読んだのは、子ども向けの落語や民話の本、そして赤川次郎。中学生になると北杜夫の小説やエッセイを読む。

 町田には〈久美堂〉という老舗書店チェーンがあり、村上さんは本店で本を買うことが多かった。
「高校2年の現代文の内田保男先生は、授業の課題で講談社学術文庫や岩波新書の黄版を読ませる名物教師で、久美堂の2階には内田先生がセレクトした本のコーナーがありました。加藤周一『雑種文化』、村上陽一郎『近代科学を超えて』、田中克彦『ことばと国家』など、高校生には難しかったけど、がんばって読みました」

 一方、はじめて古本屋に入ったのは中学2年生のとき。
「『機動警察パトレイバー』の初期OVAシリーズにはまった流れで、その漫画版を担当したゆうきまさみの前作『究極超人あ~る』を、近所の古本屋で買いました。中学では野球部だったのですが、その作品に出会った影響で、高校では校内でいちばん風変わりな部活に入ろうと決意し、超文系人間なのに〈理化部〉に入りました(笑)」
 その後、〈高原書店〉に足を踏み入れる。1970年代に町田で創業し、一時期は高円寺や新大久保にも支店があった。ここの出身者で古本屋を開業した人が多いのは、ご存知の通り。村上さんが通った店は、POPビルの2階にあり、とても広かった。余談だが、私は昔、雑誌の企画でここで半日店員を体験したことがある。
「最初はいしいひさいちのマンガなどを買っていましたが、高校の頃は少し前のサブカル雑誌とか、古いプロ野球関係の本などの物珍しい本をネタ的に買っていた気がします」

 本と並んで、当時の村上さんに大きな影響を与えたのは音楽だ。その出会いもやはり町田でのことだった。
 理化部の先輩が編集したカセットテープと「電気グルーヴのオールナイトニッポン」の影響で、テクノやニューウェーブに興味を持ち、町田駅近くにあった〈Tahara〉でCDを買ったり、町田市立図書館で借りたりした。
「電気グルーヴ経由で音楽ライター・編集者の野田努さんの文章を読むようになりました。大学を出てからですが、野田さんが『ele-king』の後に編集を手がけていた音楽誌『remix』に、ベルリンの音楽グループについて寄稿したのが、私のライターデビューです。同誌にはその後、映画評の連載も任されました」

 高校卒業後、予備校のあった神保町の古書店街を覗く。翌年、東洋大学史学科に入学。
「1年から研究会に属し、報告や論文を発表しました。大学の図書館はよく通いましたね。その頃読んでいたのはカヌーイストの野田知佑の本です。環境を守る意識や権力的なものへの批判が芽生えました。音楽の野田努さんと並んで、ダブル野田の影響を受けました(笑)」
 また、大貫妙子のファンになり、彼女が書いた文章も読む。『散文散歩』というエッセイ集は「私の人生のバイブルです」と、村上さんは云う。
大学を卒業する少し前から、ミニシアターや名画座にも通いはじめた。東京を離れるまで続き、古本屋で旧作映画関係の資料を買う機会も増えた。

 修士課程を終え、立命館大学の博士課程に進学。主婦の研究をテーマにする。中世史とは一見かけ離れているが、「史料を前提とする点で、方法論はあまり変わりません」。京都の大学を選んだのは、東京以外の都市を知りたいという思いがあった。
 上京区に住み、自転車で街をめぐる。
「〈あっぷる書店〉ではおもに女性作家の作品を文庫で買いました。〈カライモブックス〉は戦後の社会運動や環境問題に関する本が強いので、石牟礼道子や森崎和江、女性史関係、主婦のサークル誌など、多くの貴重な資料を入手することができました。〈100000t アローントコ〉では本だけでなくレコードもよく買います。店主の加地猛さんは『京都レコードまつり』の中心メンバーで、その縁で私も企画に関わる経験ができました」
 神戸では〈トンカ書店〉(現〈花森書林〉)に通った。
「あまりマンガは読まないのですが、古本屋でたまたま買った『美紅・舞子』という作品から西村しのぶにはまり、彼女の作品を集めるようになりました。エッセイマンガも含め、彼女の昔の作品はおもに神戸を舞台にしているので、その影響で神戸によく行くようになったんです。それが縁でいまは神戸に住んでいます」
 氷室冴子、如月小春ら、1970~1980年代の都市で強い自律性を持った女性が書いた本が好きだと、村上さんは云う。それらの本はほぼ絶版になっており、古本屋のおかげで手に入る。
 また、2008年頃、村上さんは、「ZINE」という言葉を日本に広めた野中モモさんが主宰するサイト「Lilmag」でZINEを買ったことがきっかけで、ZINEカルチャーについて調べるようになった。とくに海外のラディカルなフェミニズム運動のなかでのジンに注目する。海外のイベントにも参加し、各地の企画にゲストとして招かれ、レクチャーを担当したりもする。ZINEに関する文献も継続的に蒐集している。「メディアが仕掛けるブームとは異なる、独自の発信に惹かれるんです」

「あまりモノへの欲はない方だと思います」と云う村上さん。本の量はそれほど多くなく、段ボール箱に入れて家に置いている。
 最近書いた論文は日本のウーマンリブ運動の見直しで、当時のミニコミやビラを蒐集・保管・公開する意義を説いたという(「地域のウーマンリブ運動資料のアーカイヴィング実践がもつ可能性――二〇〇〇年代京都市における活動経験とその先にある地平」、大野光明・小杉亮子・松井隆志編『[社会運動史研究3]メディアがひらく運動史』新曜社)。

 町田、京都、神戸と都市で生活しながら、古本とレコードと出会い、それが研究にもつながっている。
 そんな村上さんが「世界で一番大事な場所」と云うジャズ喫茶〈町田ノイズ〉に、近いうちに行ってみようと思っている。

 

 

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、共著『本のリストの本』(創元社)などがある。

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