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第31回 猪熊良子さん 「移動の記憶」と本が結びつくひと

第31回 猪熊良子さん 「移動の記憶」と本が結びつくひと

南陀楼綾繁

 夏葉社、スタンド・ブックス、水窓出版、信陽堂など、いわゆる「ひとり出版社」と呼ばれる個人経営の版元の刊行物には、校正者として猪熊良子さんが関わっていることが多い。彼女は以前からの知り合いだが、版面から丁寧な仕事ぶりが伝わってくる。
「新しくはじめた出版社では、校閲についての意見をしっかり聞いてくださいます。どんな装丁になるのか楽しみですし、書店での売れ行きも気になります」と、猪熊さんは云う。

 1969年、高松生まれ。父は証券会社勤務で転勤が多く、猪熊さんは生後10か月で広島市に引っ越す。その後、小学3年生で沼津市、小学4年生で西宮市、中学3年で東京の文京区と引っ越しを繰り返す。
「両親の故郷が香川県なので、祖父母のいる高松には毎年帰省していました。丸亀町の〈宮脇書店〉本店や〈宮武書店〉で、よく本を買ってもらいました。大学生になって、古本屋の〈讃州堂書店〉にはじめて行きました」

 猪熊さんは一人っ子。父は映画、歌舞伎、落語が好きな趣味人で、家には本がたくさんあった。歴史書、ビジネス書、雑誌など何でも読み、「家では父が本を読んでいる姿しか覚えていません」。母は文学少女で、高校のときに〈高松書林〉でアルバイトをしていた。当時刊行がはじまった『世界の文学』(中央公論社)を1冊ずつ集めたという。いまはその本を猪熊さんが受け継いでいる。

 広島では、父の行きつけだった〈廣文館〉金座街本店で、本を買ってもらう。両親は、本に関しては好きなだけ買ってくれたという。
 幼稚園のとき、マルシャーク『森は生きている』(湯浅芳子訳、岩波書店)の表紙に描かれたロシアの少女の絵に惹かれて、買ってもらう。その頃から「子どもだましに思えて」絵本はほとんど読まず、文字の本を読んでいた。「判らない文字があったら辞書を引きなさい」と、母から三省堂の辞書をもらい、ヨレヨレになるまで何度もめくった。
 アレルギー体質だったこともあり、人が触った本は汚いと図書館には行かなかった。「自分で本を所有したいという気持ちもありましたね」。沼津に引っ越してから、友だちについて児童図書館に行ったが、借りるのに抵抗があり、そこで見つけた本を書店で取り寄せたりしていた。

 小学3年生ごろには、文字がいっぱい詰まった本を読みたくなり、父の書棚にあった五木寛之、山本周五郎などを読む。西宮に引っ越すと、大丸芦屋店の中の書店に父と毎週行った。「車で行って、いちどに20~30冊買うこともありました(笑)」。ここで平積みになっていた村上春樹『風の歌を聴け』を買う。その後、この作家の本は全部読んでいる。向田邦子はドラマも本も好きで、1981年に航空機事故で亡くなったときにはショックを受けたという。三宮や大阪の大型書店にも出かけている。

 中学では「あまり練習に出なくていい」と聞いて演劇部に入るが、文化祭で主役に抜擢されストレスを感じた。子どもの頃から腰痛、肩こり、頭痛があったが、脊柱側湾症(背骨が曲がる症状)と診断されたのもこの時期だ。その後ずっと、この病気と付き合って生きている。
 2年生のとき、近所の「寿市場」にあったボロボロで薄暗い小さな書店で、マッカラーズ『心は孤独な狩人』(河野一郎訳、新潮文庫)を買って読む。報われない愛を描いた小説で読むのが辛かったが、心に残る。それまで手当たり次第に読んできたが、今後はじっくり読もうと、新聞の書評を参考にしたり、父に聞いて本を選ぶようになる。

 1984年、文京区に引っ越す。いくつか引っ越し先の候補があったが、夏目漱石や森鷗外のゆかりの土地である千駄木に住みたいと主張し、そこに決まった。現在の森鷗外記念館の位置にあった鷗外記念図書館で、アガサ・クリスティーが並んでいるのを見つけ、片っ端から読む。
「神保町にも初めて行きましたが、古本はやはり埃っぽくて不潔だと思っていたので、新刊書店ばかり寄っていました。〈矢口書店〉で映画のパンフレットを探すぐらいです」
 高校に入ると映画にのめり込み、授業をサボって映画館に通う。『ぴあ』の情報を見て、マイナー映画の上映会にも行った。
 この頃は村上春樹ら同時代の作家を読んでいたが、父に神坂次郎の『縛られた巨人』を勧められて読み、南方熊楠に興味を持つ。
 映画に明け暮れ、受験勉強を何もしてなかったので3年になって焦る。
「神保町の〈三省堂書店〉に行って、他の本は見ないようにして、参考書コーナーに直行しました。参考書を選ぶのが楽しかった(笑)」
 その甲斐あって、青山学院大学の文学部日本文学科に入学。両親が転勤で東京を離れたため、護国寺の学生会館に入る。さまざまな大学に通う女子学生が200名ほどおり、仲良くなった子と本の貸し借りをするようになった。
「先のマッカラーズ『心は孤独な狩人』も誰かに貸して失くし、しかたなく神保町の古本屋で探しました」
 この頃もまだ古本へのアレルギーがあり、それが30代まで続くのだった。

 就職活動をするが決まらないでいるとき、新聞広告で文化学園文化出版局校閲部の募集を見つける。主婦のライフスタイルを綴った佐藤雅子『季節のうた』を出していた出版社だからと、受けてみる。面接ではこの本のことを話した。校閲のことは何も知らなかったが、文章の間違いを指摘する試験で褒められる。
 採用され、『MRハイファッション』『ハイファッション』などの雑誌を担当。「誤植が少なくて有名な出版社でしたが、私は失敗続きで何度か誤植を出してしまいました」。学生会館を出て一人暮らしをするが、給料は安く、本を買うお金もなかった。
「文化学園購買部で1割引きで本を買い、敷地内の大学図書館の本も借りました。新大塚に〈ノーベル文庫〉という貸本屋があり、そこで小説を借りました。あまりきれいな本じゃなかったけれど、しかたがない。貧乏が古い本へと向かわせたんです(笑)」
 4年半ほど勤め、雑誌以外の校閲もやってみたいとフリーランスの校正者になる。その後、文藝春秋の『オール讀物』『文學界』や単行本の校閲を手がけるように。車谷長吉や西村賢太などの私小説が好きで、彼らの作品のゲラを担当するのが嬉しかった。
 
 台東区池之端に引っ越した2010年、谷根千で開催されている「不忍ブックストリートの一箱古本市」の助っ人(ボランティア)に応募する。
「友人も少なく、引きこもって仕事をしてばかりの生活をなんとかしたくて参加しました」
 私が猪熊さんと最初に会ったのもこのときで、打ち上げの際に最後まで残って楽しそうに話していたのを覚えている。
 しかし、古本嫌いだったはずなんじゃ……?
「なんででしょうね(笑)。当時は千駄木にあった〈古書ほうろう〉が入りやすい店で、本がきれいだったこともあるかもしれません。その後、雑司ヶ谷の〈JUNGLE BOOKS〉のように、一箱古本市に出店した人が店舗を出したり、ほうろうから日暮里の〈古書信天翁〉が独立したりと、知り合いの古本屋が増えたことで、古本がさらに身近なものになりました。また、「わめぞ」(早稲田・目白・雑司ヶ谷で本のイベントを行うグループ)にも関わって、『古本好きに悪い人はいない』と判ったことも大きいです」
 地方の一箱古本市にも出向くようになり、仙台、盛岡、広島などの古書店を回るのが楽しみに。いまでは、旅行に行くときは古書店訪問をメインに据えるというから、大きな変化だ。
 仕事面にも影響があった。ほうろうのイベントで、夏葉社の島田潤一郎さんに会って、同社の本の校閲を担当したことから、小さな出版社での仕事が増えていった。 

 2019年8月、猪熊さんは神戸に部屋を借りて、東京との二拠点生活をはじめた。
「両親はいま高松に住んでいますが、高齢なので私が東京と高松を行き来する必要があります。その中間に落ち着ける場所がほしいと思ったんです。東京で引きこもって仕事をすることにも限界を感じていました。それで、神戸の春日野道の古い団地を借りたんです。古本屋で買った山本さほのマンガ『この町ではひとり』はこの街が舞台で、よく見ている風景が出てきます」
 月に2回程度、東京を離れて神戸で過ごす。新刊やミニコミも扱う元町の〈1003〉、沖縄に関する本を扱う岡本の〈まめ書房〉、六甲の〈口笛文庫〉などに行く。また、大阪や京都にも足を延ばし、本屋を覗く。
「やっぱり、明るくて埃っぽくない古本屋が好きですね。もっとも、二拠点生活をはじめて半年後に新型コロナウイルスが広まったので、まだあまり神戸を歩けていないのですが」
 故郷の高松にも、古本屋の〈なタ書〉〈YOMS〉や新刊書店〈本屋ルヌガンガ〉などができて、充実してきたと話す。

 子どもの頃から引っ越しをするたびに、増えた本を処分するのが習慣だったため、いまは手元にない本が多い。古本屋に行くのは、手放した本を探すためでもある。
「思い出のある本は持っていたいですね。あと、子どもの頃はまったく興味のなかった絵本を、古本屋で買うようになりました(笑)」
 神戸に住むようになって、子どもの頃の記憶を掘り起こしたいと、神戸の古い地図を探したりしている。「移動の記憶」と本が結びついているのだ。

 そんな猪熊さんが大事にしている一冊が、佐野英二郎『バスラーの白い空から』(青土社、1992)。10年ほど前、友人から「ぜったい好きだと思う」と勧められて読んだ。
「この本を読んでいると、どこかに埋もれている未知の書き手を探し出すことが編集者のもっとも重要な仕事だと思います。こんな文章を書く人がいたのかという驚きがありました。佐野英二郎さんは、文筆家ではなく商社員。この人の本は、亡くなられたあとに出されたこの一冊きりなんです。2019年に同じ版元から新装版が出ています」
 猪熊さんが積極的に小さい出版社の本の校閲をしているのも、「未知の書き手を探し出す」手伝いをしたいという思いからなのかもしれないと感じた。

 

 

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、共著『本のリストの本』(創元社)などがある。

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