徳島県立文学書道館
瀬戸内寂聴とユニークな徳島の文学者たち【書庫拝見34】

徳島県立文学書道館
瀬戸内寂聴とユニークな徳島の文学者たち【書庫拝見34】

南陀楼綾繁

 1月11日の朝、徳島空港に迎えに来てくれた知人の車で、徳島県立文学書道館に着いた。
徳島駅からだと徒歩15分、徳島城跡がある徳島中央公園の近くに位置する。徳島市に来たのは25年ぶりぐらいか。

 今回、ここを訪れたのは、ある編集者についての展覧会を観るためだ。
 昨年9月、東京の日本近代文学館で「編集者かく戦へり」展が開催された。同館が所蔵する膨大な資料から、編集者にスポットを当てた初めての展示で、編集者と作家がやりとりした
書簡やゲラなどが並んだ。自分が編集者ということもあって、非常に面白く、発見が多かった。

 同時期に、三鷹市美術ギャラリー内の「太宰治展示室 三鷹の此の小さい家」で、「石井立(たつ)が遺したもの 編集者としての喜びは《できるかぎりよき本》をつくること」という企画展があった。石井は筑摩書房で晩年の太宰治を担当した。
 また、行けなかったが、前橋文学館でも「現在(いま)を編集する 月刊「新潮」創刊120周年記念展」が開催された。

 なぜかいま、「編集者」をテーマにした展示が続いているのだ。
 そこに、徳島県立文学書道館で「編集者・谷田昌平と第三の新人たち 徳島編」という展示が12月からはじまるというニュースが飛び込んできた。
 谷田は新潮社の編集者で、遠藤周作、吉行淳之介、安岡章太郎など「第三の新人」と呼ばれる若き作家を担当した。彼らとの交流について、『回想 戦後の文学』(筑摩書房)という
著書もある。

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 ★『回想 昭和の文学』

 新潮社の編集者に関心のある私としては、ぜひとも目にしておきたい展示だ。それで、徳島に行くことを決めたのだった。

文学と書道を軸に】

 徳島県立文学書道館に入ると、学芸員の成谷麻理子さんが出迎えてくれた。

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 ★徳島県立文学書道館外観

 地元の出身で、2017年から同館に勤務。その以前、日本近代文学館でアルバイトをしていたことがあるという。「だから、『書庫拝見』の日本近代文学館の回を懐かしく読みました」と笑う。
 取材には、事業課主事の和田輝(ひかる)さん、専門職員の岡田加代子さんも加わった。
 徳島県立文学書道館は2002年開館。文学と書道をともに扱う資料館は、全国でも珍しい。
 県内では以前から文学館の設置を希望する声があり、一方で、書道美術館への要望も
あった。

 先に書道について見ておくと、徳島では独自の書道文化が発達していた。1901年(明治34)、海部郡三那田町(現・由岐町)に生まれた小坂奇石は、多くの作品を残し、書道教育にも携わった。遺族から300点を超える作品と資料が徳島県に寄贈された。
 また、1959年には「明治の三筆」の一人と呼ばれた佐賀県の書家・中林梧竹の代表的な
作品が県に寄贈された。梧竹の収集家であった東京の海老塚的傳の熱意によるものだったと
いう。

 文学については、徳島県出身の作家・瀬戸内寂聴の存在が大きい。
 寂聴は1981年から徳島市で「寂聴塾」を開催。50名ほどの塾生を前に、文学について
語った。その後、「徳島塾」と名前を改め、寂聴とゆかりのある作家を招いて対談するかたちに変わり、1986年まで続いた。

 1996年、徳島を訪れた寂聴のもとを、県内の文学団体の代表らが訪問し、資料提供を
要請。このとき寂聴は「県がきちんとした文学館を造ってくれるなら、私が持っている物を
全部、喜んで寄贈したい」と協力を約束した(徳島新聞 1996年3月2日)。

 こういった動きを受け、翌年には文学館と書道美術館が一体化した施設を設立するという
基本構想が生まれ、資料の寄贈も相次いだ。
 そして、中前川町・北前川町の工業試験場跡地に3階建ての徳島県立文学書道館が新築された。文学も書道も言葉を扱うことから、「言の葉ミュージアム」という別称も付いた。

 3階に文学、書道のそれぞれの常設展示室と、瀬戸内寂聴記念室がある。
 1階には特別展示室があり、文学3回、書道3回で、年6回の特別展が開催される。別の学芸員が担当するとはいえ、かなり多い回数だ。
 図録は毎回発行し、バックナンバーは無料で配布する。じつは、私も以前、興味のある図録をいくつか郵送していただいたことがある。
 また、同館では2006年から「ことのは文庫」を刊行。『海野十三短編集』1、2、『瀬戸内寂聴随筆集 わが ふるさと 徳島』、『北條民雄選集 いのちの初夜』など、徳島ゆかりの
作家の文章をオリジナル編集で出している。

瀬戸内寂聴と徳島

 寂聴関係の資料を収める収蔵展示室は3階にあり、一般利用者もガラス越しに書庫内を見ることができる。

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 ★収蔵展示室の内部

 瀬戸内寂聴は、瀬戸内晴美として1955年に作家デビューしたのち、小説、評伝、エッセイなど多くの分野で活躍。1973年、中尊寺で出家得度した。晩年まで精力的に活動し、2021年に99歳で亡くなった。

 2004年には徳島県立文学書道館の館長になり、10年間つとめた。同館では、開館記念の「瀬戸内寂聴展」をはじめ。「寂聴の旅」「寂聴なつかしき人」「寂聴と徳島」など、
さまざまな視点での展示が企画されてきた。今年4月からは「戦後80年 寂聴と戦争」展が
開催中だ。
 収蔵展示室には、寂聴の自著と、執筆の参考にした資料が並んでいる。
 寂聴には『美は乱調にあり』『諧調は偽りなり』など、アナキストの生涯を描いた作品も
多い。『大杉栄全集』には、多くの書き込みがあった。

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 ★『大杉栄全集』

 
「こんな雑誌にも書いてますよ」と、和田さんが見せてくれたのは、『小学四年生』1954年
5月号だ。中を開くと、「にじのかなたに」という小説がある。筆名は「三谷晴美」。少女
小説や童話で原稿料を得ながら、丹羽文雄主宰の『文学者』同人として文学修業をしていた頃だった。

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 ★『小学四年生』        ★寂聴の小説

 著作や雑誌以外にも、原稿や書簡なども収蔵されている。
 1955年5月に『文学者』に発表した『痛い靴』を読んだ三島由紀夫が、辛辣な感想を寄せ、「貴女ならきっと面白く書けると思ふのです 次作にうんと期待します」と激励した葉書も
ある。

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 ★三島由紀夫から寂聴への葉書

 
 寂聴は連作短編集『場所』に収録された『眉山』など、徳島を舞台にした小説、エッセイを多く書いた。また、作家の生田花世、「バロン薩摩」と呼ばれる富豪で文筆家の薩摩治郎八、日本舞踊家の武原はんら、徳島ゆかりの人物と交流している。
 そういう点からも、故郷の徳島にこれだけまとまった寂聴の資料がある意味は大きい。

徳島ゆかりの文学者の資料

 いよいよ、書庫に案内していただく。
 最初に入った書庫には、保存箱がずらりと並ぶ。人物名が書かれているが、中に何が入っているかは開けてみないと判らない。

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 ★保存箱が並ぶ棚

 たとえば、「伊上凡骨」という箱には、十数冊の本が入っている。

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 ★伊上凡骨の装丁版画本

 凡骨は現在の徳島市に生まれ、東京で木版画彫刻を学ぶ。『明星』に画家の挿絵などを木版彫刻し、「パンの会」常連として作家や画家と交流。多くの本の装丁版画を手がけた人物だ(盛厚三『木版彫刻師 伊上凡骨』ことのは文庫)。
 なかでも有名なのは、夏目漱石の『こゝろ』(岩波書店)だが、同館には木下杢太郎『和泉屋染物店』(東雲堂書店)、武者小路実篤『友情』(以文社)、与謝野鉄幹・晶子『毒草』(本郷書院)などが所蔵されている。いずれも美本ばかりで、手に取るとうっとりする。

 
 また、「海野十三」の箱には、『海野十三小説書譜』と題された自筆の折本が入っていた。表面は自著の目録だが、裏面には「遺書」が書かれている。これは終戦後、一家心中を図ろうとしたときに書いたものだと云われる。
 箱に入ったもの以外にも、さまざまな物品が保管されている。

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 ★海野十三小説書譜       ★同 遺書

 
 別のフロアには、書籍や雑誌がずらりと並ぶ。県内の同人誌も揃っている。
『徳島歌人』は1946年5月に創刊された。紙不足のなか、何とかかき集めて発行したという。

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 ★『徳島歌人』

 
 新居格(にいいたる)の著作も並ぶ。新居は板野郡大津村(現・鳴門市大津町)出身。
大正期に評論家、翻訳家として頭角をあらわし、エロ・グロ・ナンセンスの時代を的確に
とらえた。「モボ」(モダンボーイ)、「モガ」(モダンガール)や「左傾」などの流行語の生みの親でもある。戦後は杉並区長も務めた。『ジプシーの明暗』(萬里閣書房)は、表紙のイラストが印象的だ。

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 ★新居格の棚               ★新居格『ジプシーの明暗』

 
 プロレタリア文学者として知られる貴司山治(きしやまじ)の棚もある。代表作の『ゴー・ストップ』は何冊もあった。

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 ★貴司山治『ゴー・ストップ』

 
 ジュール・ヴェルヌの翻訳者として知られる井上勤も、徳島出身だ。井上は1850年(嘉永3)に名東郡前川村(現・徳島市)に生まれ、徳島に滞在していたオランダ人から英語を
学ぶ。トマス・モアやシェークスピアなどを読みやすい翻訳で刊行した。とくにヴェルヌの『月世界旅行』『八十日間世界一周』は多くの読者を得た。
『優勝劣敗 猿乃裁判』というタイトルが目に入り、なんだろうと思ったら、エイサ・グレイが小説のかたちでダーウィンに反論したものだった。

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 ★井上勤訳のヴェルヌ           ★『優勝劣敗 猿乃裁判』

 
 ハンセン病にかかりながらも、文学の道を進んだ北條民雄は、ソウルに生まれ、徳島県
那賀郡(現・阿南市)で育つ。結婚後、ハンセン病と診断され、1934年(昭和9)に東京の
全生病院に入院した。その生活の中で小説を書き、川端康成に送った。
『最初の一夜』と題した小説を読んだ川端は、「凄い小説」と激賞する手紙を北條に送った。その手紙は同館に所蔵されている。この作品は川端によって『いのちの初夜』と改題され、『文学界』に掲載され、大きな反響を呼んだ。

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 ★北條民雄『いのちの初夜』

 
 徳島をこよなく愛したのが、ポルトガル生まれのヴェンセスラウ・デ・モラエスだ。神戸、大阪で総領事を務め、神戸時代に徳島出身の芸者おヨネと結婚した。ヨネが亡くなったあと、モラエスは退職して1913年(大正2)から徳島に住んだ。徳島ではおヨネの姪コハルを妻としたが、彼女にも先立たれる。
 モラエスは、『おヨネとコハル』『徳島の盆踊り』などの著作をあらわし、75歳で徳島で
亡くなった。

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 ★モラエス『徳島の盆踊り』

 
 他にも徳島の出身者には、社会運動家の賀川豊彦、作家の富士正晴、評論家の中野好夫や
荒正人らがおり、同館には彼らの著作・資料も収蔵されている。
 また、書庫内にあるファイルケースには、徳島に縁のある人物についての新聞記事の切り
抜きが分類整理されている。

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 ★記事ファイルケース

 書庫内をひとめぐりしだだけの印象では、徳島にゆかりのある人たちは、メジャーではないにしても、独特の活動を行なう、どこか一癖あるように感じた。

 

久米惣七というコレクター

 ある棚を見たときに、ほかの棚とは違う感じを受けた。背に手書きの題名が入っている本やファイルが多いのだ。「久米惣七・寄贈資料」とある。久米惣七って誰だろう?
「新聞記者で、いろんな資料を集めた人です」と、成谷さんが教えてくれる。

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 ★久米惣七の棚 

 久米惣七は徳島日日新聞社(現・徳島新聞社)の記者で、作家や著名人が同誌に寄稿した
原稿を収集していた。それらは久米本人によって、きちんと製本され、タイトルが記されて
いる。
 そのなかには著名人の原稿も多くあり、たとえば徳島出身で総理大臣も務めた三木武夫の「ケネディの横顔」という原稿もある。

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 ★三木武夫の原稿

 また、谷崎潤一郎『蓼喰ふ蟲』(改造社)には、谷崎の署名の紙片が貼り付けられている。久米は著名人のサインを収集しており、それらを貼り付けた額もある(原田聖子「久米惣七
旧蔵資料(久米仁氏寄託)について」、『水脈 徳島県立文学館・書道美術館(仮称)開設
準備研究紀要』第2号、2001年3月)。コレクター気質の久米にとって、記者という職業はうってつけのものだったようだ。

 
 これらの資料は2000年に京屋社会福祉事業団から寄贈されたもので、合計1184点にのぼる。成谷さんの説明によれば、京屋は徳島県で手広くスーパーマーケットチェーンを展開する企業の前身で、創業者は地域の文化保護、文化振興にも熱心だった。その面で、のちに述べるように阿波人形の研究家である久米との交流があったのではないかということだ。これとは
別に遺族から一部を購入した資料もある。
 久米は、宇野千代の小説『人形師天狗屋久吉』誕生の功労者でもある。

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 ★宇野千代『人形師天狗屋久吉』

 天狗師久吉は、本名・吉岡久吉。15歳で人形師若松屋富五郎に弟子入りし、独立後、
天狗久を名乗る。
 徳島県では浄瑠璃の語りが盛んに行なわれていた。
「天狗久は、人形の頭の材料をヒノキからキリに替えて人形の重さを軽減したり、目にガラス玉を使って薄暗い光の中でも目が輝くように工夫した。(略)初代天狗久の最大の功績は、
舞台道具の一部とみなされていた人形浄瑠璃芝居の人形頭を芸術の域にまで高めたことである」(大和武生「阿波の人形浄瑠璃と初代天狗久」、『宇野千代と人形師天狗久 久米コレクションより』徳島県立文学書道館)

 久米はこの天狗久の工房に通って彼の話を聞き、『中央公論』1940年(昭和15)7・8月号に「人形師芸談」として発表した。その縁で、天狗久は中央公論社社長の嶋中雄作に人形を贈った。

 宇野は嶋中家でこの人形を見て衝撃を受ける。そして、久米に連絡を取って、1942年(昭和17)4月に徳島を訪れ、天狗久に会った。2か月後、再び徳島を訪れて、一週間にわたって天狗久のもとに通って話を聞いた。
 宇野から久米に送った書簡も同館に所蔵されている。それを読むと、宇野がいかにこの
仕事に打ち込み、久米も宇野の要求にできるだけ答えた様子が判る。
 そして、同年11月号、12月号の『中央公論』に掲載されたのが、『人形師天狗屋久吉』だった。

 戦争が始まった時期に、世の中に背を向けて、一心に自分の仕事に打ち込む天狗久に、宇野は次のように思う。
「それにしても、私たちのような仕事をしているものの誰が、このいま、ここに書いたりしているこの文字が、もうじきに、この世では使われないものになるなどと聞かされるようなことがあったとしたら、それでもなお、その同じ文字で人に読まれようなどと思い、一心にものなぞを書いたりすることが出来るだろうか」

 ここには、作家としての決意がうかがわれる。聞き書きという手法を駆使した同作は、代表作ともいえる『おはん』を生み出したと云われている。
 当時、夫とともに北京にいた瀬戸内寂聴は単行本化された同作を読んだ。
「天狗久の小説は、一遍に私の小説への憧れと夢を眠りの中からゆさぶりおこしてきた」
(瀬戸内寂聴「宇野千代さんとの半世紀」、『宇野千代と人形師天狗久』)
 天狗久、久米惣七、宇野千代と渡ったバトンが、作家・瀬戸内寂聴誕生のきっかけになったとは奇縁だ。

 同館には、『人形師天狗屋久吉』の原稿が所蔵されている。

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 ★『人形師天狗屋久吉』原稿

 また、久米が自分で製本したと思われる単行本には、久米宛の宇野千代の署名、久米宛の
葉書や天狗久の写真が貼り込まれている。

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 ★宇野千代献呈              ★写真の貼り込み

 久米は退職後も郷土史家として活動。『人形師天狗屋久吉芸談』(創思社出版)など、阿波の人形芝居についての著書を残した。

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 ★久米惣七著書

 

編集者の足跡

 取材を終えた翌日、改めて来館した私は、最初の目的である「編集者・谷田昌平と第三の
新人たち 徳島編」を観た。

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 ★谷田昌平展

 徳島編と銘打ったのは、2017年に町田市民文学館で「没後10年 編集者・谷田昌平と第三の新人たち」という展示が開催されていたからだ。私は見逃していたが、のちに図録を入手していた。

 谷田昌平は1923年(大正12)に神戸で生まれ、徳島で小学生時代を過ごした。京都大学の卒論で「堀辰雄論」を書いたことがきっかけで、『堀辰雄全集』(新潮社)に校訂者として
加わった。そして、新潮社に入社する。

 多くの作家の単行本の編集を担当したのち、1961年に自ら発案した「純文学書下ろし特別作品」をスタート。安部公房『砂の女』、大江健三郎『個人的な体験』、有吉佐和子『恍惚の人』など、文学史に残る作品を生んだ。
 遠藤周作の『沈黙』を担当したときは、谷田の家から近い遠藤家にしばしば通った。同作は広告では『日向の匂い』として掲載されたが、谷田の助言で『沈黙』となったという。
 谷田は写真が好きで、会合やパーティーなどでの作家の写真を撮っている。信頼する編集者の前だからか。どの作家もくつろいだ表情で写っている。

 展示を見た後、谷田の後輩にあたる元新潮社の池田雅延さんの「谷田昌平さん、文芸出版の大恩人」という講演も聴いた。
 ホテルで『回想 戦後の文学』のあとがきを読み返す。そこには、こうあった。
「私の編集者時代は、多くの作家達との親密な付合いの思い出や、数多くの本を作らせて
もらった思い出で満たされている。年長の作家や同世代の作家によって編集者としての勉強も
させてもらった。作家によって鍛えられたのである」
 谷田昌平という編集者に惹かれて、徳島まで来てよかったと、改めて感じた。
 
 
徳島県立文学書道館
〒770-0807 徳島市中前川町2丁目22-1 (徳島中学校東隣)
ウェブサイト
http://www.bungakushodo.jp/
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

X(旧Twitter)
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破棄する前に4 気になる池波正太郎装幀本

破棄する前に4 気になる池波正太郎装幀本

三昧堂(古本愛好家)

 私は探偵小説や時代小説のファンではない。この分野の本は殆ど読んでいないのだが、山本周五郎と池波正太郎だけは多少作品も読んでいるし、興味がある。読みだしたら、それだけにのめりこみそうなので避けてさえいるほどであるが、今回、その池波正太郎作品、特に池波
自装本について話をしたい。

 先日、『定本池波正太郎大成』の第四巻から七巻までの「鬼平犯科帳」四冊が驚くほど安く売られていたので思わず買ってしまった。A5判、2段組で合計3400頁に及ぶ大冊である。
書誌解説は詳細であるが、挿絵もなく、いわばテキストデータみたいな本で、確かに安くても敢えて買う人は稀だろうと思う。この『定本池波正太郎大成』は本巻30巻に別巻1冊がつく
大部の全集である。

かなり前になるが別巻「初期作品・対談座談・絵画・写真・書誌・年譜」(2001・講談社)のみ古書即売会で売られていたのを求めていた。書誌記述の詳細なのに惹かれたのである。
年譜も生活年譜ではなく著作年譜で、書誌は各書の書影が収められた見事な書誌である。年譜と書誌が相俟った完璧な書誌と言えると思う。いわゆる流行作家、大衆作家の全集・著作集としては異例の本である。私はどちらかと言えば「鬼平」よりも「藤枝梅安」が好きなのであるが、「別巻」の充実に惹かれて「鬼平」に手を出したわけである。

『定本』の各巻の書誌も詳細で、「鬼平」の初刊本は文藝春秋からの刊行だが、初出誌『オール読物』、それ以降収録の『別冊歴史読本』、文藝春秋版の単行本、文春文庫版、『池波正太郎集』(朝日新聞社)について触れ、各書の異同も記録している。いわゆる純文学系の文学者でもなかなかここまで徹底した書誌は稀だろう。昔、講談社の文芸局長や取締役を歴任された故・鷲尾賢也さんに、あの書誌は凄いですねと話したら「そうだろう」と満足そうな顔をされたのを思い出す。

 『オール読物』掲載時には佐多芳郎、「新鬼平犯科帳」になると中一弥が主に挿絵を描いているが、『週刊文春』連載の「番外編」では池波自身で挿絵を描いている。昭和59年に刊行された番外編『乳房』の装幀・挿画とも池波自身によるものである。池波の絵は定評があるが、この単行本『乳房』も素人技ではない。

  乳房 表紙 文藝春秋 昭和59年11月刊行
  〇乳房 表紙 文藝春秋 昭和59年11月刊

 著書に自分で挿絵を描いた例としては、北原白秋が真っ先に思い浮かぶが、滝沢馬琴も
「南総里見八犬伝」などの版下絵を描いている。時代小説は殊に時代考証が求められるので、前記した中一弥さんなども資料収集家としても有名であった。神保町古書店街でよくお見受けする逢坂剛さんの父上である。

 『完本池波正太郎大成別巻』の書誌によれば、装幀を担当しているのは、玉井ヒロテルによるものが圧倒的多い。他に真鍋博、三井永一、風間完、中一弥、村上豊、伊坂芳太郎などがあるが、池波による自装本を以下に列挙してみる。

 新・鬼平犯科帳 番外編 乳房 昭和59年11月 文藝春秋
 同  文春文庫 昭和62年12月 文藝春秋

 新・鬼平犯科帳 炎の色 昭和62年5月 文藝春秋
 
 剣客商売 浮沈 平成1年10月 新潮社

  浮沈 表紙 新潮社 平成元年10月(平成2年2月6刷)
  〇浮沈 表紙 新潮社 平成元年10月(平成2年2月6刷)

 闇は知っている 新潮文庫 昭和57年1月 新潮社
 (昭和53年刊行の立風書房版の装幀は辰巳四郎)

 ひとりふんどし 新書版  昭和58年8月 東京文藝社
 (昭和45年 東京文藝社・新書版の装幀は伊坂芳太郎)

 おとこの秘図 上中下 新潮文庫 昭和58年9月 新潮社
 (昭和52年 新潮社初版6冊の装幀は玉井ヒロテル)

  おとこの秘図 上中下 表紙 新潮文庫 昭和58年9月(平成14年40刷)  おとこの秘図1、4、6巻、中一弥装幀、新潮社、昭和52年から53年
  〇おとこの秘図 上中下 表紙       〇おとこの秘図1、4、6巻、中一弥装幀、
   新潮文庫 昭和58年9月(平成14年40刷)  新潮社、昭和52年から53年

 忍びの旗 新潮文庫 昭和58年9月 新潮社
 (昭和54年 新潮社初版の装幀は村上豊)

 真田騒動―恩田木工 新潮文庫 昭和59年9月 新潮社

 あほうがらす 新潮文庫 昭和60年3月 新潮社

 剣客商売番外編 黒白 上下 新潮文庫 昭和62年5月 新潮社
 (昭和58年 新潮社初版の装幀は村上豊)

 雲ながれゆく 文春文庫 昭和61年1月 文藝春秋
 (昭和58年 文藝春秋版初版の装幀は北澤知巳)

 秘密  昭和62年1月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成2年1月 文藝春秋

  秘密 カバーと口絵 文藝春秋 昭和62年1月
  〇秘密 カバーと口絵 文藝春秋 昭和62年1月

 緑のオリンピア 講談社文庫 昭和62年4月 講談社
 (東京文藝社『ひとりふんどし』を改題)

 真田太平記1~12 新潮文庫 昭和62年9月~63年2月 新潮社
 (昭和49年~59年 朝日新聞社版初版の装幀は玉井ヒロテル)

 原っぱ  昭和63年4月 新潮社

 編笠十兵衛 上下 新潮文庫 昭和63年4月 新潮社
 (昭和45年 新潮社初版の装幀は中一弥)

 食卓の情景 新潮文庫 昭和55年4月 新潮社
 (昭和48年朝日新聞社版の装幀は玉井ヒロテル)

 日曜日の万年筆 昭和55年7月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和59年3月 新潮社

 旅は青空 昭和56年7月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和62年3月 新潮社

 散歩のとき何か食べたくなって 昭和52年12月 平凡社
 同 新潮文庫 昭和56年10月 新潮社

 味と映画の歳時記 昭和57年5月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和61年4月 新潮社

 一年の風景 昭和57年9月 朝日新聞社

 青春の忘れもの 新書版 昭和58年10月 東京文藝社
(昭和44年刊行の毎日新聞社版の装幀は玉井ヒロテル)
 むかしの味 昭和59年1月 新潮社

 梅安料理ごよみ 昭和59年5月 講談社

 私の歳月 講談社文庫 昭和59年6月 講談社
(昭和54年 講談社初版の装幀は中林忠良)

 食卓のつぶやき 昭和59年10月 朝日新聞社

 男の作法 新潮文庫 昭和59年11月 新潮社
(昭和56年 ごま書房版の装幀は佐村憲一)

 肴 日本の名随筆26 昭和59年12月 作品社

 夜明けのブランデー 昭和60年11月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成1年2月 文藝春秋

 映画を見ると得をする 新潮文庫 昭和62年7月 新潮社
(昭和55年 ごま書房版の装幀は上條喬久)

 フランス映画紀行 新潮文庫 昭和63年6月 新潮社

 池波正太郎の春夏秋冬 平成1年4月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成7年1月 文藝春秋

 ル・パスタン 平成1年5月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成6年12月 文藝春秋

 ドンレミイの雨 新潮文庫 平成1年6月 新潮社

 これらを見ると、昭和52年の『散歩のとき何か食べたくてなって』や、昭和55年の『日曜日の万年筆』などのエッセイ集の装幀から始まり、徐々に『乳房』(昭和59)や『秘密』
(昭和62)などの小説の装幀、あるいは文庫化にあたり自装に変更していったことが分かる。

ただ、エッセイ集の装幀はいずれもお洒落だが挿図の延長のような感じである。しかし小説『乳房』や『浮沈』の装幀は、プロの装幀家以上の斬新なデザインで魅力的で、『秘密』は
装幀以上に口絵が大胆である。また新潮文庫『おとこの秘図』の装画はガラッと変わった抽象画で、初版の玉井ヒロテル装幀、中一弥挿絵・装画とは全くイメージが違う。文庫版の解説を初出時に挿絵を描いた中一弥氏が書いているが、作品内で度々描かれる浮世絵春画にも由来して、「週刊新潮」の連載にあたり挿絵として「秘戯図」を描こうと決めたが、様々な意味で
難しい作業であったようだ。その苦労した挿絵が文庫には掲載されておらず、更に池波自身が描いた装幀画は抽象画であった。このドロドロとしたイメージは男女の得も言われぬ情念の
世界を描いたのだろうか。その中一弥氏の苦労した挿絵が見たくなって、全六冊の初版を注文してしまい、また本が増えてしまった。

 今回特別なファンでも愛読者でもない池波正太郎に関心を持ったのは、前回も触れたように、三冊欠けた『中野重治全集』を貰い書棚に収めるために、当座必要ではない吉川弘文館の『日本随筆大成』を物置に移そうとして取り出した一冊第二期22巻に森山孝盛の「蜑の焼藻の記」が収められており、読み始めたら内容が面白いのに加え、その森山が鬼平・長谷川平蔵組に居た幕臣とあり興味を持ったことに始まる。

解説によると「蜑の焼藻の記」は冷泉家門下の歌人でもあった孝盛が、新井白石の「折りたく柴の記」にならい、寛政の改革に当って、松平定信、矢部定謙、中川忠英などの逸事や、冷泉家、日野家など歌壇の消息や、本人の身辺を記録したもので、執筆の動機は、加役の火付盗賊改を免ぜられたことにあったとのことだ。孝盛は四百石取りの幕臣で寛政六年御目付ヨリ、
同七年定加役 長谷川平蔵組、同八年定加役御免、とあるから火付盗賊改としては一年ほどの期間であったということだろう。学識もあり循吏の聞もあり楽翁松平定信の信任もあつかったが、火付盗賊改の任期一年は短い。免職が執筆の動機とのことだが、長谷川平蔵とは折りが
合わなかったのか、あまりよく書いていない。以下の通りだ。

 「寛政七年五月、加役つとめ居たりし長谷川平蔵重病にかゝりて、危かりければ、翁(注・孝盛のこと)を召て捜捕の役を被命ぬ。彼長谷川小ざかしき生質にて、八年の間加役勤るうち、様々の計をめぐらしけり。たとへば加役は御手先諸組より増人をとることゆへに、其増人に来りたるもの共に、長谷川が紋付たる高提灯を渡し置たり。若最寄々々に出火ある時は、
其高提灯をともして、速に火事場に押立置せたり。されば愚かなるものゝ目には、はや長谷川の出馬せられたると、驚き思はするためなり。(略)長谷川申乞て、銭の売買なんどしたり。

八年が間様々の奇計をめぐらしたるにより、世上にては口々に長谷川がことを批判したりけり。元来御禁制の目あかし岡引といふものを専らつかひたるゆへに、差掛りたる大盗強盗なんどは、忽チ召捕て手柄を顕したれども、世上は却て穏かならず。大火も年々不絶けり。(略)翁思ひもよらず、捜捕の職を命ぜられければ、つくづくと考ふるに、世上の不正を改め、刑罰を行ひ、人の生死を決断する役目なれば、人を捕ふることは、第二にして我組の者どもの不正のふるまひなからんことをのみ、日夜厳しく禁めて、いさゝかも宜しからざる趣あれば、
忽其人を省みて、他組より別人を入替る様にはからひたり。扨岡引目明しをかたく禁じて、色々所存のあらましを執政達に申述たりき。さらば召捕ものは少なかるべきに、日々に罪に
つくもの多くして、彼奇計をめぐらしたる長谷川が手並に少しも替わることなかりけり」

 と言った具合で、役人として考え方の違いがはっきり出ている感じだ。小説やテレビで描かれた鬼平、あるいは瀧川政次郎の『長谷川平蔵 その生涯と人足寄場』(1975・朝日新聞社)などでは、高く評価される鬼平だが、同時代には違う見方があったことを知った。この『日本随筆大成』捨てずに良かった。

 
 
※シリーズ古書の世界「破棄する前に」は随時掲載いたします。
 
 

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2025年4月25日 第417号

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☆INDEX☆
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1.古本屋探偵登場!
 その誕生秘話――紀田順一郎さん卒寿記念特集『近代出版研究2025』
                      近代出版研究所編集部

2.『立ち読みの歴史』は『書物から読書へ』の日本的な実践録
                            小林昌樹

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━━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━

古本屋探偵登場!
その誕生秘話――紀田順一郎さん卒寿記念特集『近代出版研究2025』

                      近代出版研究所編集部

■紀田順一郎先生、卒寿記念特集!
 昭和平成令和と、長年、作家、書物評論家として活躍してきた紀田順一郎先生。
その先生の特集が4月10日発売の年刊雑誌『近代出版研究2025』に載ります。
あたかもよし、紀田先生は今年4月、90歳の卒寿を迎えられます。特集で先生の
長寿をお祝いしたいと思います。
 先生はこれまで半世紀以上にわたり、無慮300冊を超える図書を執筆、企画、
復刻してこられた書物博士ですが、意外にも初めての特集です。先生の特集を
創刊4年目にして我々編集部で組めたことは望外の喜びです。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=20723
 
 
書名:近代出版研究第4号(特集「書物百般・紀田順一郎の世界」他
著者:近代出版研究所
発行元:皓星社
判型/ページ数:A5判並製/416頁
価格:3,520円(税込)
ISBN:978-4-7744-0858-3
Cコード:1000
 
好評発売中!
https://libro-koseisha.co.jp/publishing/9784774408583/
 
 

━━━━━━━━━━【自著を語る(338)】━━━━━━━━━━

『立ち読みの歴史』は『書物から読書へ』の日本的な実践録
                             小林昌樹

■『近代出版研究』からのスピンオフ
 私が2021年に立ち上げた近代出版研究所で年報を出そうということになり、
大あわてで『近代出版研究』創刊号を編集した際、埋草記事として書いたのが
「「立ち読み」の歴史」という歴史エッセイでした。2週間ほどで書いた記憶が
あります。
 今回、その「「立ち読み」の歴史」をシングルカットし、晴れて『立ち読みの
歴史』としてハヤカワ新書から出すことになりました(4月23日発売)。

■海外になかった?!
 日本人なら誰でも知っている「立ち読み」。けれど、どうやら「立ち読み」と
いう風習は日本独自のものらしいとわかりました。昭和時代、洋行した日本人が、
海外では立ち読みがないのだ、とちらほら書き残しています。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=20774
 
 
書名:立ち読みの歴史
著者:小林昌樹
発行元:早川書房
判型/ページ数:新書/200頁
価格:1,320円(税込) 
ISBN:978-4-15-340043-6
Cコード:0221

好評発売中!
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240043/

 

━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━━━

書名:近代出版史探索外伝Ⅱ
著者:小田光雄
発行元:論創社
判型/ページ数:四六/488頁
価格:5,500円(税込) 
ISBN:978-4-8460-2394-2
Cコード:0095

2025年4月28日発行予定!
https://ronso.co.jp/book/2394/

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書名:町の本屋はいかにしてつぶれてきたか
著者:飯田一史
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/352頁
価格:1,320円(税込) 
ISBN:9784582860795
Cコード:0200

好評発売中!
https://www.heibonsha.co.jp/book/b659325.html

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━━━━━━━━━━【日本の古本屋即売展情報】━━━━━━━━━

2025年4月~2025年5月の即売展情報

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日本の古本屋メールマガジン その417 4月25日

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東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
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広報部・編集長:藤原栄志郎

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近代出版研究第4号書影

古本屋探偵登場! その誕生秘話――紀田順一郎さん卒寿記念特集『近代出版研究2025』

古本屋探偵登場! その誕生秘話――紀田順一郎さん卒寿記念特集『近代出版研究2025』

近代出版研究所編集部

紀田順一郎先生、卒寿記念特集!

 昭和平成令和と、長年、作家、書物評論家として活躍してきた紀田順一郎先生。その先生の特集が4月10日発売の年刊雑誌『近代出版研究2025』に載ります。あたかもよし、紀田先生は今年4月、90歳の卒寿を迎えられます。特集で先生の長寿をお祝いしたいと思います。
 先生はこれまで半世紀以上にわたり、無慮300冊を超える図書を執筆、企画、復刻してこられた書物博士ですが、意外にも初めての特集です。先生の特集を創刊4年目にして我々編集部で組めたことは望外の喜びです。

古本を箱で買う男!――片山杜秀先生

 紀田先生特集で特大号となった2025年号ですが、他にも恒例の記事が満載です。
 当雑誌の特徴となった巻頭ロングインタビューには、音楽評論家にして日本政治思想史家である片山杜秀先生をお呼びしました。
 というのも所長が週末古書展で古本を箱買いする(=段ボール箱が必要なほど買って送ってもらう)人がいるという噂を聴き込んできて、「そんな人ならば古本整理の超絶技巧を持っているはず。ぜひ話を聞きたい!」と思ったからでした。
 たまたま神保町の週末古書展で所員がお会いしたのでインタビューを頼んだところご快諾。30頁以上にわたるロングインタビューになりましたが、先生幼少のみぎりからの古本豪傑談が満載で、スタッフ一同、爆笑に次ぐ爆笑でした。ぜひ読者の皆さんにも片山先生の楽しさを
感じてほしいと思います。先生の巨大書庫写真も掲載。

特集誕生のきっかけ

 紀田先生特集に話を戻します。
 今回の大特集「書物百般・紀田順一郎の世界」の話が持ち上がったのは、世間がまだコロナ対策に追われていた2023(令和5)年夏のことでした。当研究所所長は学生のみぎりから熱心な紀田順一郎ファンで、特に「古本屋探偵もの」に耽溺することおびただしく、何かといっては「森田一郎のモデルは森山太郎だよね!」とか、「この前、テッチャンに聞いたんだけど、紀田さんが〔国会図書館の〕新館喫茶で稲テッチャンに取材したんだよ」などと申します。
 ちなみに「稲テッチャン」とは国立国会図書館の一期生(昭和23年入館)にして、戦前の
大書痴・斎藤昌三の晩年弟子である稲村徹元さんの現役時代の館内名称(あだ名)です。森山太郎は昭和20年代に特殊出版で活躍した謎の人物。稲村さんが森山を斎藤昌三に紹介したのでした(のち森山は失踪)。

紀田先生から玉稿が!

 そんなに紀田先生の諸著作が気になるのならば、編集部で先生に取材してしまおうという話になったのですが、実際にはかなわず、代わりに先生からインタビュー記事に擬した記事をいただけました。先生が日本で初めて本格古本屋探偵小説を書いた時の経緯を回顧したものです。これをコアにして特集が組めると編集部一同、わきたったことは忘れられません。
 三上延先生の「ビブリア古書堂の事件手帖」が日本全土を席巻したことは、本好きの皆さんで知らない人はいないでしょう。そして、古本屋探偵の先祖に紀田先生の「古本屋探偵の事件簿」があることは、日本の古本屋メルマガを購読中の全国22万人の方々の記憶にあることでしょう。なんと紀田先生ご自身でその誕生秘話を明かしてくださったのです。

荒俣宏さんの強力な一押し!

 紀田先生の特集なので、兄弟弟子にあたる荒俣宏先生に思い切って執筆依頼をしました。
すると、六十年余の師弟関係を振り返った書き下ろし「「博捜一代」随聞記」なる玉稿を採算度外視でいただけました。これまた全部で3万5000字(30頁以上)になる回想です。紀田
先生についての記事でこんなに長いものは後にも先にもこれだけではないでしょうか。
 この他にも紀田先生300冊のご著書、それぞれの側面を明らかにすべく、気鋭の方々に執筆依頼しました。

そのスジの諸先生方の論考

 先生の幕末明治研究については、『偽史冒険世界 カルト本の百年』で有名な歯科医師・
評論家の長山靖生さん、読書論など教養主義史については『批評メディア論』で知られる評論家・大澤聡さん、古本論については、古本ライターで有名な南陀楼綾繁さん、紀田先生のアンソロジストとしての側面については同方面の泰斗、東雅夫さんといった方々に論じていただきました。書物関係の賞で重要なゲスナー賞や、図書館論についても、そのスジの関係者、専門家に語っていただきました。

大アンケート――『みずす』の「読書アンケート」のような読み応え

 それだけでも十分すごい特集なのですが、今回特別に紀田先生のご著書について(当研究所としては)大規模アンケートを敢行しました。結果60余名の方々のご回答を載せることができました。
 実はこのアンケートも、通常アンケートと異なり、細かい字で見開き2頁になるような長文も多数あり、特大号にふさわしい大アンケートとなりました。
 排列をほぼ生年順にしたところ、通読すると戦後日本読書人の読書史がなんとなく分かるようなものになりました。
 ちょうど、雑誌『みずす』の毎年恒例「読書アンケート」のような読み応えがあると、編集部としては保証いたします。
 『地下出版のメディア史』の大尾侑子先生は、特に長い回答をお寄せになったので、別編として独立記事としました。適度にエモく、これから日本近代書物史の発展に期待したくなる
読後感を持たれることでしょう。

「ビブリア古書堂の事件手帖」の三上延先生からも!

 小説家方面では古本屋出身の出久根達郎先生や、芦辺拓先生、あのビブリア古書堂の三上延先生にアンケート回答をたまわりました。河内紀、東雅夫の諸先生といった文学界隈の方々もお願いしました。平山亜佐子、山本貴光、吉川浩満、読書猿といった今、話題の著作家さま方からもいただきました。
 古本趣味がらみで言うと、小山力也、山本善行、岡崎武志、田中栞、郡淳一郎、荻原魚雷といった古本ライターの方々(敬称略)。川口秀彦(古書りぶる・りべろ)、藤原栄志郎(とんぼ書林)さんといった古本実務家の方々からアンケートをいただきました。
 他にも紅野謙介、志村真幸、田村俊作といった学者先生の方々などなど、各方面から広くお答えをいただいています。

いつもの執筆陣だけでなく新規の記事も――ライナーノーツの起源

 本誌は年刊ですが、准連載陣とも言い得る方々にご寄稿いただいており、多くは学者先生でない勤め人などですが、みなそれぞれの問題意識から近代出版についての問題提起をお寄せくださっています。戦前の娯楽雑誌について、日露戦争時の春画について、戦前大流行した十銭パンフレット、雑誌「巻号」表記の変遷史、逓信省検閲、ライナーノーツの起源、漱石の漢文読書などです。

この雑誌はどこで買えるか

 今回、特大号で大幅増ページとなり、価格も高くなってしまいましたが、それだけの内容はあると編集部一同確信しております。特に本好き、古本好きの方々におかれてはぜひ手にとっていただきたく思います。
 刊行頻度が年刊なので、委託配本でなく返品可能の注文制となっています。ISBNもついています。お近くの本屋さんにご注文ください。全国どこの本屋さんでもお取り寄せいただけます。Amazonやhontoなどのネット書店でも買うこともできます。
 
 
○近代出版研究所
 2021年6月開設。近代書誌学、近代出版史を楽しい学問たらしむるべく、その環境整備を行うため、書誌、研究叢書、所報(『近代出版研究』)の発行、研究座談会の開催を事業としています。
帝国図書館コレクション案内 請求記号から見た蔵書構成』といった研究叢書は皓星社ウェブストアから購入できます。
 
 
20240425_4th_cover
 
書名:近代出版研究 2025 第4号 特大号
   特集「書物百般・紀田順一郎の世界」
発行:近代出版研究所
発売:皓星社
判型/ページ数:A5判並製/416頁
価格:3,520円(税込)
ISBN:978-4-902251-45-6 
 
好評発売中!
https://libro-koseisha.co.jp/publishing/9784774408583/

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立ち読みの歴史

『立ち読みの歴史』は『書物から読書へ』の日本的な実践録

『立ち読みの歴史』は『書物から読書へ』の日本的な実践録

小林昌樹

『近代出版研究』からのスピンオフ

 私が2021年に立ち上げた近代出版研究所で年報を出そうということになり、大あわてで『近代出版研究』創刊号を編集した際、埋草記事として書いたのが「「立ち読み」の歴史」という歴史エッセイでした。2週間ほどで書いた記憶があります。
 今回、その「「立ち読み」の歴史」をシングルカットし、晴れて『立ち読みの歴史』としてハヤカワ新書から出すことになりました(4月23日発売)。

海外になかった?!

 日本人なら誰でも知っている「立ち読み」。けれど、どうやら「立ち読み」という風習は
日本独自のものらしいとわかりました。昭和時代、洋行した日本人が、海外では立ち読みが
ないのだ、とちらほら書き残しています。
 もちろん、本屋に入って本をめくる、という行為、動作は海外でも昔からあるのですが、
日本式「立ち読み」はない、というのが洋行日本人の言い分らしいのです。では、どこが違うのか。
 最近、「積読」という言葉が注目されていますが、海外にないと言われています。たとえば、石井千湖『積ん読の本』(主婦と生活社、2024)のマライ・メントライン氏エッセイには「積ん読はドイツ語には訳せないと思います。Büherstapel、本の山という言い方だったらあるんですけど」(p.106)とあります。
 実は「立ち読み」にあたる言葉も海外にないのです。

江戸時代にもなかった

 最近大河ドラマ「べらぼう」で江戸時代の本屋を見た方もおられると思いますが、江戸風の本屋では基本的に立ち読みができません。「出し本」という見本が店頭に並べられたりはしますが、それは一部分で多くの本は蔵にしまってあります。江戸の本屋は現在の呉服屋のように「座売り」式です。これでは多くの本を自由に手に取り読んでしまう「立ち読み」はできませんでした。

『調べる技術』を自分に使ってみた

 つまり、現代と江戸時代のあいだの時点のどこかで、「立ち読み」という習慣は新しく発生したことになります。
 前職、国会図書館のレファレンス担当時代、自分の専門外のことばかり調べるという、ちょっと変わっった仕事に15年ほど従事したので、ノウハウを『調べる技術』(皓星社、2022)という本にまとめましたが(おかげさまで3万部売れました)、せっかくなのでその
技術を自分の知りたいことに使ってみたのが本書『立ち読みの歴史』ということになります。
 いわゆる「先行研究」が皆無の事柄を調べる実践録でもあります(先行研究がない、と言えるのも実は結構なスキルではあります)。

ヒントは鈴木俊幸氏の著書に

 ではこの日本で、いつ、どこで、「立ち読み」がはじまったのか、それは本書をご覧いただくことになるのですが、ヒントは江戸時代、本屋のほかに本(らしきもの)を買えるお店があったことです。いまはない業種のこの手のお店については、「べらぼう」の出版考証を担当している鈴木俊幸氏の著書がとても役立ちました。巻末にそれら、さらに読書史に興味を持った人への読書案内もつけておきました。

『書物から読書へ』

 『近代出版研究』という雑誌の編集長をしている私が言うのもなんですが、実は出版物、
書物を研究するだけでは、読書の歴史は直接にはわからないのです。
 フランスの高名な読書史家、ロジェ・シャルチエは、自身が編集した論集タイトルを「読書というプラティーク(実践・慣習行動)」と名づけ、その意を汲んで邦訳は『書物から読書へ』(みすず書房、1992)と題されました。このタイトルの理論的意味合いについては意外と学者にすら知られていません。書物の歴史を調べるだけでは読書の歴史に直結しないので、書物史を起点にするにしても、別に読書史を考えないといけないよ、という意味なのです。
 本書は、本についてはざっくりと図式的にしか説明していない一方、「立ち読み」が出来たか出来なかったか、という柱を立てて、江戸時代から現代まで、日本人の読書をおっかけた
短い通史でもあります。

「立ち読み」画像も

 本書執筆で苦労したのが、絵か写真で立ち読み風景を見つけてくることでした。戦前期、
特に明治期のものがなかなか見つからないのです。少し見つかったので掲載しておきました。読書画像論は、田村俊作編『文読む姿の西東:描かれた読書と書物史』(慶應義塾大学出版会、2007)が出たものの、その後、近代日本についてはあまり進んでいないように思われます。本書の帯に使った江戸時代露店の古本屋の画像も、わりと珍しいものです。他にも明治期露店の古本屋写真なども紹介しておきましたので、ご覧になってください。
 
 
■著者
小林 昌樹(こばやし まさき)
 1967年東京生まれ。1992年慶応義塾大学文学部卒業。同年国立国会図書館入館。2021年同館を早期退職して慶應義塾大学講師(非常勤)、近代出版研究所所長、近代書誌懇話会代表。専門は図書館史、近代出版史、読書史。
 著書『調べる技術:国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』(皓星社、2022)が
ヒット。『公共図書館の冒険:未来につながるヒストリー』(みすず書房、2018)では第2章「図書館ではどんな本が読めて、そして読めなかったのか」を担当した。
 著作リストは次のサイトを参照→https://researchmap.jp/shomotsu/

 
 
立ち読みの歴史
 
書名:立ち読みの歴史(ハヤカワ新書)
発行:早川書房
判型:新書判 並製200頁
定価:1,320円(税込)
ISBN:978-4-15-340043-6
Cコード:0221
 
好評発売中!
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240043/

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本とエハガキ④ 出版社のエハガキ

本とエハガキ④ 出版社のエハガキ

小林昌樹

出版社のエハガキは社屋系と雑誌広告系

 出版社(図書館学ふうにいうと「出版者」)のエハガキも少しある。イベント記念がらみか、出版物の広告エハガキの2系統がある。
 連載2回目「古本屋のエハガキ」で、「博文館創業二十周季紀念」(1907年)のエハガキを紹介したが、それ以外でも注意していると出版社のエハガキがちらほらと見つかる。新聞社はもっとずっと多いのだが、この連載の「本」から少しずれる。
 出版社屋よりも、出している雑誌の広告が多いのだが、ここでは社屋系のエハガキを紹介する。

明治・大正の「ぎょうせい」?――市町村雑誌社(1927、8年頃?)

 市町村雑誌社は1893(明治26)年創刊の『市町村雑誌』を半世紀ちかく出し続けた雑誌社。現在の出版社「ぎょうせい」のような役回りだったらしく、かなり売れ、一時期は発行部数10万部だったと大正期読売新聞の報道にある。古書展でもたまに見る。むしろ、市町村雑誌社はぎょうせいに敗れた形になったものだろう。
 戦前の雑誌社は、メインとなる雑誌1つを中心にする傾向にあり、雑誌タイトル=出版社名というものが多かった。
 【図4-1】は芝田村町(現・西新橋)にあった市町村雑誌社の社屋。一見して鉄筋コンクリート造4階建ての立派なものとわかる。
 
【図4-1】「市町村雑誌社外観(新築記念)」
【図4-1】「市町村雑誌社外観(新築記念)」
 
 私が買ったものは5枚続きで、他に「市町村雑誌社ヨリ宮城方面ヲ望ム」【図4-2】、
「市町村雑誌社ヨリ銀座方面ヲ望ム」、「市町村雑誌社二階応接間」【図4-3】、「市町村
雑誌社四階応接間」がある。雑誌社エハガキの場合、大抵、編集室内写真がつくのだが、手元のセットにはそれがないのはハガキとして使用されたからだろう。新聞社エハガキの場合、
他に印刷機が撮影されセットにつくことが多い。
 
【図4-2】「市町村雑誌社ヨリ宮城方面ヲ望ム(新築記念)」
【図4-2】「市町村雑誌社ヨリ宮城方面ヲ望ム(新築記念)」
 
 エハガキ表面は1918-1933年のパターンだが、【図4-2】に国会議事堂の尖塔が写っており、なおかつ白っぽく輝くはずの塔が黒っぽいので、建築中で鉄骨状態だった昭和初めの頃と判定してみた。国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる『市町村雑誌』も検索したが、もともと欠号だらけのせいか、社屋新築についての記事は見当たらなかった。
 応接間が2つもあるのは、片方がイベントにも用いられたからだろうが、雑誌の性格から言って上京した地方役人を応接するニーズが強かったからと思われる。

【図4-3】「市町村雑誌社二階応接間(新築記念)」
【図4-3】「市町村雑誌社二階応接間(新築記念)」
 

地図帳の帝国書院(1929年)

【図4-4】は現在、地理学など地図帳で有名な帝国書院が、神田三崎町にあった時代の社屋である。エハガキは「新築落成記念絵葉書」と銘打ったタトウ(包み紙)【図4-5】に入っている。

【図4-4】「株式会社帝国書院全景」
【図4-4】「株式会社帝国書院全景」
 
 
【図4-5】「新築落成記念絵葉書」株式会社帝国書院
【図4-5】「新築落成記念絵葉書」株式会社帝国書院

 タトウは色刷りでわりと派手である。「東京地方図」と題する市電地図が刷られ、三崎町の電停で降りれば直近と分かるようになっている。新築エハガキの場合、建築プラン平面図や、寸法など各種諸元が刷り込まれることも多いがこれにはない。
 代わりといってはナンだが、この新築記念エハガキセットには1枚に写真数枚刷り込んだ
エハガキ【図4-6】などがついている。

【図4-6】「屋上展望(日本橋及び神田方面を望む)」ほか
【図4-6】「屋上展望(日本橋及び神田方面を望む)」ほか
 
 
【図4-7】「四階事務室〔編集課(右上)庶務課(右下)学芸課(左上)〕 三階 第一・第二応接室(左下)」
【図4-7】「四階事務室〔編集課(右上)庶務課(右下)学芸課(左上)〕 
三階 第一・第二応接室(左下)」
 
 
 エハガキ1枚に数枚の組写真を小さく載せて、新築記念エハガキ全体で会社の社屋全体、
業務全部を説明しようとしていることがわかる。印刷がコロタイプでなく網版であることや
小さいことで画像がやや粗くなってしまっているが、建物全体、業務全体がわかるのはありがたい。

【図4-8】「一階 第一倉庫/一階発送部(其の一)/一階発送部(其の二)/二階 第二倉庫/三階 第三倉庫(献本部)」
【図4-8】「一階 第一倉庫/一階発送部(其の一)/一階発送部(其の二)/
二階 第二倉庫/三階 第三倉庫(献本部)」

 【図4-8】のように倉庫を写したものはわりと珍しい。当時、図書類がどのように梱包されていたのかがわかる。これでコロタイプ印刷なら拡大しても解像度が高いので言う事なしなのだが……。新聞紙やハトロン紙でくるまれ、紐か荒縄でくくられていたことがわかる。
 
【図4-9】「五階 研究室(上)及び娯楽室(下)」
【図4-9】「五階 研究室(上)及び娯楽室(下)」
 
 【図4-9】に写っている「研究室」は事実上、資料室ないし図書室であろう。図書にラベルが貼られ、きちんと管理されていることがわかる。娯楽室では卓球ができる。
 

教育書の目黒書店

 出版社ならではの風景というと、編集者のたむろする編集室だろう。【図4-7】の編集課と庶務課の画像を見ればわかるように、基本的にただの事務室とそう変わりはないのだが、細かく見るとちょっと面白いものも見つかる。【図4-10】は戦前、中学校教科書や教育学書で
有名だった目黒書店の「調整部」である。見た目、編集室のように見える。

【図4-10】「目黒書店調整部」(1932年?)
【図4-10】「目黒書店調整部」(1932年?)

 拡大しないとわからないが、手前の少年(給仕か見習い)の前にある冊子タイトルは
『学泉』と読め、いま検索すると日本近代文学館にしか残っていない雑誌(おそらく目黒書店のPR誌)だとわかる。大変近代的な編集室で、左の掛け時計下にある家具は、ガラス戸の
向こうに帳簿類が最上段に見え、その下に薬箪笥よろしく、多くの引き出しがあつらえられている。おそらくここに原稿や清刷りをしまっていたのではなかろうか。手前の受付カウンターなども含め、すべての家具が木製であることがわかる。現在あたりまえになっている金属家具は大正期から財閥系大会社に導入されはじめていたが、戦前のオフィスは基本、木製家具の世界だったと言ってよいだろう。奥に二人ほど女性がいるが、会社内に女性がいるのは戦前、珍しい。おそらくイラストや絵などの仕上げをする役割ではなかろうか。写っている人物は普段の姿もあろうが、受付の向こうにいる人物などは「やらせ」であろう。

 NDLサーチによると、昭和7年、神田駿河台三丁目一番地に新築の鉄筋コンクリート造4階建てたというのでこのエハガキもその頃に出たものだろう。目黒書店は出ていないが、地形社編『大東京區分圖三十五區之内神田區詳細圖』(日本統制地圖、1941.5)によると、
【図4-11】で「藤井書店」の南、「ニコライ食堂」と書かれた区画である。

【図4-11】商工地図より駿河台三丁目(1933年) 
【図4-11】商工地図より駿河台三丁目(1933年) 
 

大日本雄雄弁講談社 昭和九年七月 新築記念

 セットで出るとちょっと値が張るが、大日本雄弁会講談社の(当時としては)巨大な社屋が完成した時の記念エハガキは、出版社エハガキの中では割とよく見るものだ。私が入手した
現品は、「昭和九年七月 新築記念 大日本雄雄弁講談社」と印字されたタトウに入った
【図4-12】ほか6枚だったが、社屋正面がないのはありえないので、前の持ち主が数枚、郵便はがきとして使ったのだろう。

【図4-12】「大日本雄雄弁講談社 社屋側面」(1934年)
【図4-12】「大日本雄雄弁講談社 社屋側面」(1934年)

【図4-13】「大日本雄雄弁講談社 少年寝室」(1934年)
【図4-13】「大日本雄雄弁講談社 少年寝室」(1934年)

 【図4-13】は一見、ただのエレベーターホールに見えるが、「少年寝室」とある。講談社は多くの少年社員をかかえて、中学校などへ進学できなかった男子たちの出世コースの一つであったのは出版史上では有名なことである。

【図4-14】「大日本雄雄弁講談社 屋上」(1934年)
【図4-14】「大日本雄雄弁講談社 屋上」(1934年)

 【図4-14】は「屋上」で、【図4-2】【図4-6】同様、これは当時、新築記念エハガキのパターンである。日中戦争が始まると、戦時統制で鉄鋼工作物築造許可規則(1937年)が制定され、鉄筋コンクリート造を立てづらくなる。平和な大日本帝国のモダニズムを象徴するのが新築記念エハガキだと言ってよいだろう。
 

住吉大社御文庫

 今回の最後は寺社仏閣エハガキに見える大阪、住吉大社の御(お)文庫である(【図4-13】)。江戸時代、三都の本屋(版元)が新刊書を出すと、それを奉納した先が御文庫であり、民間の納本図書館と言ってもよいだろう(結果としては二都、京阪だけになったようだが)。ドイツなどは国立図書館の一つが出版社の寄進によるものが起源となっているので、
後の世でもしかすると国立図書館になったかもしれない種のひとつといえる。

 収録対象の分母がいまひとつわかりづらいのであまり使わないジャパンサーチを検索すると、大阪市立図書館がこのエハガキを持っていることがわかる。リンクが切れているので市立図書館のOPACから再検索すると、市立図書館のデジタルアーカイブへリンクで飛べ、たしかに同じものだとネットで確認できる。

【図4-13】「住吉大社御文庫之図(享保八年建造)」(1933年)
【図4-13】「住吉大社御文庫之図(享保八年建造)」(1933年)

 普通の蔵でなく出入り口に「てりむくり」の屋根が付いているのが寺社仏閣っぽい。実は
この建物、現存するのでネットで現状の写真を見られる。そんなエハガキは、失われた建築の図像を見るというより、むしろ、なぜその時にそれが出版されたのか、ということを考えるきっかけにするとよいだろう。
 このエハガキの場合、大阪市立に「住吉大社御文庫貴重図書展観記念絵葉書(袋)」が残っていることから、昭和8年に「大阪書林御文庫講」(現在も存続)が貴重書の「展観」(戦後でいう展覧会のこと)を行ったことがわかる。冊子も出ている。

ネットでエハガキを探すには

 前職の国会図書館時代、PR誌に「国会図書館にない本」という記事を連載した時に気づいたが、実は戦前、図書館はエハガキをそこそこ所蔵していたらしい(提供方法など詳細は不明)。2000年代に不況対策で自治体にデジタル化予算が付いた時、手頃さから地方公共図書館に死蔵されていた戦前エハガキがかなりデジタル化され、ようやく最近、ネットでも見られるようになってきた。

 本来ならそういったものを一括で検索できる(はずの)ジャパンサーチで総ざらいできればいいのだが、検索結果をみるに、そうなっていない。そこで旧来のやり方を行う必要がある。旧来とは、当該のデータがでそうな各所蔵館の目録(現状ではOPAC)を順番に検索するという手順である。国会図書館が作成した調べ方案内「絵はがきを探す」の後半に「2-2. データベース、ウェブサイト」としてエハガキ所蔵のリンク集があるので活用されたい。

 こういった旧来の方法と平行して、Google検索をしたり、ヤフオクなどオークションサイトで検索するとよい。例えば、【図4-2】「市町村雑誌社ヨリ宮城方面ヲ望ム(新築記念)」をキャプションのままググると、江戸東京博物館「喜多川周之コレクション」に所蔵があり、画像もネットで見られることがわかる。同館のOPACを、見つけたエハガキのメタデータ(目録情報)の「大分類:印刷物」と適宜のキーワード(例えば「新築」)で掛け合わせ検索すると、同館所蔵の建築エハガキをヒットさせられる。
また、当然のことながら「日本の古本屋」サイトでもエハガキを買うことができる。

蛇足だが…著作権のこと

 絵画は別だが、写真のエハガキは法的な著作物のパターン分けで「写真の著作物」になる。写真の著作物で1957(昭和32)年までに公表されたものは著作権が消滅している。戦前の
写真エハガキは自由に使えるというわけである。

(お知らせ)4月に関係書が2冊出ます

 私が編集長をしている年刊雑誌『近代出版研究2025』が4月10日に発売されます(店頭には翌日くらいから)。「書物百般・紀田順一郎の世界」を特集し、荒俣宏先生などにご寄稿いただきました。特殊雑誌なので委託配本でなく返品可能の注文制となっています。Amazonやhontoなどのネット書店でも買うこともできますが、神保町の東京堂さんには確実に並ぶはずです(税込み3,520円)。

20240425_4th_cover

 4月23日には、ハヤカワ新書から『立ち読みの歴史』が出ます。日本人なら誰でも知っている「立ち読み」。けれど戦前、洋行した日本人は海外にないと言っています。どうやら「立ち読み」という習俗は日本発祥らしいのです。いままで誰でも知っているのに誰ひとりとして
解明できなかった「立ち読み」の歴史を解明した本です(税込み1,320円)。

『立ち読みの歴史』

 次回の連載は本の元になる製紙や製本を写したエハガキについて。

 

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2025年3月25日 第415号

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☆INDEX☆
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1.出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡
                            能勢仁

2.なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画にのめって行ったのか
 (『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』)
   樋口尚文(映画評論家・映画監督・神保町「猫の本棚」オーナー)

3.蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)
                             鈴木俊幸

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

━━━━━━━━━━【自著を語る(番外編)】━━━━━━━━━━

出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡
                             能勢仁

 出版業界の本で、古書業界を取り上げることは少ないが、本書は26%が
古書の頁である。

執筆者は日本古書通信編集長の樽見博氏である。戦後の古書業界が歩んだ
道をテーマに論述したものである。内容は、①変わりゆく古書業界のかたちと
人 ②理想の古書店を求めて ③書物への深い敬愛 ④日本古書通信社に入社
した頃(樽見)⑤懐かしき古書店主たちの談話 ⑥信念に生きる古書店主たち 
⑦読書に裏付けられた古書店主 ⑧書痴の古本屋店主 ⑨郊外の古書店主の
生き方 ⑩戦争と古書店 ⑪個性あふれる古書店主 ⑫土地の匂いをまとう
古書店主 と続いている。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=20311
 
 
書名:『出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡』
著者:能勢仁・八木壯一・樽見博
発行元:出版メディアパル
判型/ページ数:A5判/208頁
価格:2,640円(税込)
ISBN:978-4-902251-45-6
 
好評発売中!
https://www.murapal.com/sangyodoko/227-2025-02-06-07-19-53.html
 
 

━━━━━━━━━━【自著を語る(336)】━━━━━━━━━━

なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画にのめって行ったのか
(『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』)

    樋口尚文(映画評論家・映画監督・神保町「猫の本棚」オーナー)

 映画『砂の器』が公開されてなんと半世紀になる。映画演劇文化協会が
旧作の名画をスクリーンで観る〈午前十時の映画祭〉を催行して好評を得て
いるが、このたびアンコール希望作品を一般に募ったところ、邦画では
『七人の侍』と並んでなんと『砂の器』が選ばれた。事ほどさように松本清張
原作、橋本忍・山田洋次脚本、野村芳太郎監督の『砂の器』は「国民的」人気
作品で、これを「名作」「傑作」と激賞する声も後を絶たない。

このたび上梓した、映画『砂の器』をめぐる最大最長の研究本となるであろう
『砂の器 映画の魔性 ――監督野村芳太郎と松本清張映画』(筑摩書房)は、
そういった従来の『砂の器』のポジショニングへの「はたして本当にそうか?」と
いう疑問が軸になっている。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=20485
 
 
書名:『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』
著者:樋口尚文
発行元:筑摩書房
判型/ページ数:四六判/384頁
価格:2,750円(税込) 
ISBN:978-4-480-87417-7
Cコード:0074

好評発売中!
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480874177/

 
━━━━━━━━━━【自著を語る(337)】━━━━━━━━━━

蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)
                            鈴木俊幸

 ここのところ、蔦屋重三郎版の和本の売れ行きが好調とか。安いものでは
ない。蔦重版は時代の名物である。江戸時代中期末を飾る名品の数々が蔦重に
よって出版された。彼が手掛けた浮世絵にしても黄表紙にしても洒落本にしても、
一過性の娯楽、本来流行の流れの中にあって過ぎ去ってしまうはずのもので
あった。そんなものほど、後に価値が見出された時には簡単には入手出来なく
なっている。入手困難ということが蒐集の食欲を一層かきたてるのである。

 大田南畝の手控『丙子掌記(へいじしょうき)』に、山東京伝の訃報に接した
文化13年(1816)9月7日、息定吉を柳原の床店古本屋に行かせて京伝洒落本
三冊を得てこさせたという記事が見える。そのうち二点は蔦重版である。
 
続きはこちら
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=20393
 
 
書名:『蔦屋重三郎』
著者:鈴木俊幸
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/208頁
価格:1,100円(税込)
ISBN:9784582860672
Cコード:0223
 
好評発売中!
https://www.heibonsha.co.jp/book/b651740.html
 
 
━━━━━━━━━【書影から探せる書籍リスト】━━━━━━━━━

「日本の古本屋」で販売している書籍を、テーマを深掘りして書影から
探せるページをリリースしました。「日本の古本屋」には他のWebサイト
には無い書籍がたくさんあります。ぜひ気になるテーマから書籍を探して
みてください。
 
「日本の古本屋」書影から探せる書籍リスト
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=13964

━━━━━━━━━━━━━【次回予告】━━━━━━━━━━━━━

書名:立ち読みの歴史
著者:小林昌樹
発行元:早川書房
判型/ページ数:新書/200頁
価格:1,320円(税込) 
ISBN:978-4-15-340043-6
Cコード:0221

2025年4月23日発行予定!
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000240043/

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書名:近代出版研究第4号(特集「書物百般・紀田順一郎の世界」他
著者:近代出版研究所
発行元:皓星社
判型/ページ数:A5判並製/416頁
価格:3,520円(税込)
ISBN:978-4-7744-0858-3
Cコード:1000

2025年4月10日発行予定!
https://libro-koseisha.co.jp/publishing/9784774408583/

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日本の古本屋メールマガジン その415 3月25日

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東京都千代田区神田小川町3-22 東京古書会館
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20250325_sunanoutsuwa

なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画に
のめって行ったのか(『砂の器 映画の魔性——監督
野村芳太郎と松本清張映画』)

なぜ映画人たちは『砂の器』という危うい企画にのめって行ったのか
(『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』)

樋口尚文

 映画『砂の器』が公開されてなんと半世紀になる。映画演劇文化協会が旧作の名画をスク
リーンで観る〈午前十時の映画祭〉を催行して好評を得ているが、このたびアンコール希望
作品を一般に募ったところ、邦画では『七人の侍』と並んでなんと『砂の器』が選ばれた。

事ほどさように松本清張原作、橋本忍・山田洋次脚本、野村芳太郎監督の『砂の器』は「国民的」人気作品で、これを「名作」「傑作」と激賞する声も後を絶たない。このたび上梓した、映画『砂の器』をめぐる最大最長の研究本となるであろう『砂の器 映画の魔性 ――監督野村芳太郎と松本清張映画』(筑摩書房)は、そういった従来の『砂の器』のポジショニングへの「はたして本当にそうか?」という疑問が軸になっている。すなわち著者の私にとって『砂の器』は「傑作」「名作」とは呼び難い危うい企画であり、それゆえに通りいっぺんのよく出来た作品よりも格段に興味深い奇異なる作品なのである。

 そもそも映画の評判を受けて松本清張の代表作とうたわれることもある原作『砂の器』からして、清張初の新聞連載小説であるがゆえに、とにかく長大なうえにさまざまなアイディアを詰め込み過ぎてまとまりを欠いている。清張原作で映画化が成功を見た作品は、『張込み』であれ『黒い画集 あるサラリーマンの証言』であれ『影の車』であれ、狙いが無理なくシンプルに定まった短篇、中篇ばかりである。これらとはまるで対照的な『砂の器』連載中に脚本化にとりかかった橋本忍は、話が広がるばかりで収拾を見ない原作に業を煮やし、全く独自の
切り口で一気に脚本を書くことにした。その結果生まれた、原作には全く描かれていない
人間の「宿命」の物語が映画版『砂の器』なのである。

 映画では後半一時間近くにわたって観客の涙を搾り取る「父と子の遍路の旅路」など、原作では実に数行しか書かれておらず、それを大胆にクローズアップして作品の核にした橋本忍の発想はほとんど「奇抜」の極みである。その強引な力技ゆえに脚本にはいくつも映像化に
あたっての難点があるのだが、松竹撮影所に産湯を使ったサラブレッド監督の野村芳太郎は「緻密」を極めた職人芸によってそれをカバーしてみせた。この橋本忍の大胆極まりない
「奇抜」と野村芳太郎の細心な「緻密」が両輪となって、本来はクールで非情な悪漢小説であった原作『砂の器』が、まるで別物のパセティックな情感に満ちた一大メロドラマに生まれ変わったのだった。

 そのような次第で映画『砂の器』の企画は下手を打つと嘘くさい大げさなメロドラマになりかねない難しいしろものであり、さらには天候に左右され費用も嵩む四季のロケーションや
演出サイドが御しにくい音楽が重要な要素となっているという、さまざまな意味で大きなリスクを含むやっかいなものであった。このたび私が本書で探りたかったのは、それまでに数々の傑作を放っていた大ベテランの橋本忍と野村芳太郎、この邦画きっての犀利な論理性を感じさせる名匠ふたりが、なぜまたこんな物語も無理筋に近く、さまざまな制作上のリスクを孕んだ企画にのめって行ったのか、ということである。

 私は邦画の黄金期に出発して、数々の上出来な商業的な規格品を生み出してきたふたりが、この『砂の器』という企画にそれまでにないのるかそるかの危うさを感じ、それゆえにとことん魅入られてしまったのではないかと思うのである。すなわち、映画づくりというものは、
さまざまな要素に左右されるためにひじょうに仕上がりが見えにくく、また少なくない予算を要しながら必ずしも当たるとは限らない、まことにギャンブル性の強いものである。だが、
その質も興行も大化けするかもしれないし大コケするかもしれない「賭け」の蠱惑に惹かれて、作り手たちは映画に身を投ずることになる。

 そういう意味で手堅い映画人であった橋本忍と野村芳太郎は、『砂の器』という先が読めない企画の危うさにこそそそられたのではなかろうか。本書ではそんな推測のもとに、橋本と
野村がこの至難な企画をどうやって成立させたのかをたどっている。橋本は自著や取材での
発言によって『砂の器』の制作事情について語っているので、本書では意外やあまり語られたことがない野村芳太郎監督の本作への貢献を明らかにしたいと思った。ついては、野村監督が生前に遺した厖大な現場資料を長年にわたってお借りできたことが奏功した。

 野村監督は脚本が決まった段階で作品全体を俯瞰的に見た時の構成上の力点や注意点をまとめた「演出プラン」を実に読みやすくきれいな字で書かれていて、同時にシンプルながらとても意図が伝わりやすいコンテを全篇にわたって描き、さらに撮影直前にはもっと備忘録的に
さまざまな演出細部の重点ポイントを「演出メモ」として書いて現場にのぞんでいることが
わかった。これは撮影所の制作条件をはみ出さずして狙い通りの画を撮るための、もはや職人監督の鑑のごとき資料であった。

また、野村監督は銀座の伊東屋などで文具を選ぶのがお好きだったようで、資料の数々も作品ごとに箱に仕分けされ、ローマ字でタイトルを打ったテプラが貼られていたり、スナップや
記事もきちょうめんにアルバムやスクラップファイルに整理されている。こうして野村監督が遺された資料群をお預かりして格闘することまる8年、ようやくまとまった本書を読んでいただければ、映画を一本作り上げることにまつわる気の遠くなるような深慮と作業量、その一方で作り手がついそこまで自らの持てるものを差し出してしまう映画づくりの愉悦、すなわち「映画の魔性」を感じ取っていただけるのではと思う。

 
 
20250325_sunanoutsuwa
 
書名:『砂の器 映画の魔性——監督野村芳太郎と松本清張映画』
著者:樋口尚文
発行元:筑摩書房
判型/ページ数:四六判/384頁
価格:2,750円(税込)
ISBN:978-4-480-87417-7
Cコード:0074
 
好評発売中!
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480874177/

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出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡

出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡

ノセ事務所 能勢 仁

 出版業界の本で、古書業界を取り上げることは少ないが、本書は26%が古書の頁である。
執筆者は日本古書通信編集長の樽見博氏である。戦後の古書業界が歩んだ道をテーマに論述
したものである。内容は、①変わりゆく古書業界のかたちと人 ②理想の古書店を求めて 
③書物への深い敬愛 ④日本古書通信社に入社した頃(樽見)⑤懐かしき古書店主たちの談話 
⑥信念に生きる古書店主たち ⑦読書に裏付けられた古書店主 ⑧書痴の古本屋店主 
⑨郊外の古書店主の生き方 ⑩戦争と古書店 ⑪個性あふれる古書店主 ⑫土地の匂いを
まとう古書店主 と続いている。

 更にコラムとして「古書市場の変化」「インターネット普及と古書業界」と現在の流れにもふれている。写真の多いことも本書の特色である。「古書肆・弘文荘訪問記」「古書目録
りゅうせい」「古書游泳」「全国古本屋地図」「彷書月刊」「神田神保町・古書街ガイド」
「下町古本屋の生活と歴史」・・・懐かしい写真も豊富である。小生は青木正美氏と同年で
ある。若い頃お店にお邪魔してお話を伺ったことがあるので、一層この本は身近に感ずる。

 小生が担当した出版流通の項は特色が三つある。
①出版先進国、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、韓国、中国の出版流通の紹介で
 ある。先進諸国のドイツ、フランス、アメリカ等は1~3%は伸びている。日本だけが連続
 14年ダウンである。その差はどこにあるのか。出版流通の完成度とアマゾン対策にある。
 中でもドイツの完成度は100%である。しかも10年前に完成している。本の注文を前日
 夕方6時までにすれば、翌日朝10には書店に100%届く。フランスも翌日到着は80%にまで
 向上している。フランスは取次主導ではなく、大出版社主導の流通である。アシェット社は
 30%のシェアを持つ。プラネッタ社、ガリマール社が続いている。講談社、集英社が取次を
 やっている様なものである。
 
 イギリスはもっと面白い。W.H.スミスとかウォーターストーンズ、フォイルズ書店、
 ハッチャーズ等、有名書店はあるが取次は育たなかった。23,000社のディストリビュー
  ションが賄っている。イギリスは英語圏の利を味方にして、世界ダントツの輸出国で
 ある。売上4779億円に対して、輸出額2616億円は、対売上54.7%の高率である。日本は
   1.1%と悲しい。

 アメリカはトランプ氏流自由奔放であるが、やはりアマゾンが強い。
 韓国は疑似日本型であったが、現在は日本より進んでいる。
 共産圏の中国の出版事情は、1990年以降、改革、開放政策で和らいできているが、まだ闇
  の部分が多い。本書では触れなかったが北朝鮮に至っては、書店がない。だからこどもの
  本、絵本、小説、実用書などは、あろうはずがない。人口258万人のピョンヤンに17店の
  政府刊行物センターがあるだけである。

②特色の2は紀伊國屋書店の実績である。
 書店の不振の中、紀伊國屋書店の一人勝ちがある。10年黒字経営と聞いただけで驚く。本書
 では紀伊國屋書店一人勝ちの検証をした。紀伊國屋書店の国内店舗は69店舗、1306億円の
  売上である。和書の業界シェアは5%である。専門書はその倍ある。好調の一因は外商と
  図書館業務である。紀伊國屋書店のの海外戦略をみてみよう。海外店は10ケ国、42店舗、
  売上300億 円である。海外店No1のドバイ店を筆者は訪れた。月商1億円、従業員90名
  (日本人スタッフ7名)、20ケ国の言語対応は可という。店頭から一番奥の売り場、美術書
  コーナーまで歩いて 5分位かかった。商圏は飛行機で3時間以内という。好調の因は、
  店長以下スタッフの教育の行き届いている事だと思った。

③特色の3は政府の書店支援である。
 来店客数の減少、アマゾンによる売上減、キャッシュレス決済の増加で、3%の手数料が
  粗利益を圧迫等々、書店環境は最悪状態である。その上、知識欲、情報欲の強い日本人
  は、スマホは読むが、本は読まない民族に成り下がってしまった。全国書店の倒産、
  廃業をみて、見かねた政府(通産省)は重い腰を上げた。政府の支援の観点は書店という
  一業種ではなく、文化産業の振興という捉え方である。経産省は書店振興プロジェクト
  チームを立ち上げた。業界三者と経産省で意見交換も数回持たれた。経産省は「書店
  活性化のための課題」のパブリックコメントの内容も発表した。取引・流通慣行に関する
  意見が多く、正味の変更などについての早急な見直しを求める切実な声が多かった。
 
 
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書名:『出版流通が歩んだ道--近代出版流通誕生150年の軌跡』
著者:能勢仁・八木壯一・樽見博
発行元:出版メディアパル
判型/ページ数:A5判/208頁
価格:2,640円(税込)
ISBN:978-4-902251-45-6 
 
好評発売中!
https://www.murapal.com/sangyodoko/227-2025-02-06-07-19-53.html

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蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)

蔦重版と古本屋(『蔦屋重三郎』)

鈴木俊幸

 ここのところ、蔦屋重三郎版の和本の売れ行きが好調とか。安いものではない。蔦重版は
時代の名物である。江戸時代中期末を飾る名品の数々が蔦重によって出版された。彼が手掛
けた浮世絵にしても黄表紙にしても洒落本にしても、一過性の娯楽、本来流行の流れの中に
あって過ぎ去ってしまうはずのものであった。そんなものほど、後に価値が見出された時には
簡単には入手出来なくなっている。入手困難ということが蒐集の食欲を一層かきたてるので
ある。

 大田南畝の手控『丙子掌記(へいじしょうき)』に、山東京伝の訃報に接した文化13年
(1816)9月7日、息定吉を柳原の床店古本屋に行かせて京伝洒落本三冊を得てこさせたと
いう記事が見える。そのうち二点は蔦重版である。この記事の後に、もともと所蔵していた
京伝洒落本八点を並べている。その内七点は蔦重版、残り一点は鶴屋喜右衛門初版であるが、
後に蔦重が求版したものである。南畝は、盛時の戯作類を多く所蔵していた。自分自身、
当時の戯作に手を染め、他の戯作者たちとの交遊が密であったこともあって、その頃を
懐かしむ気持ちは強かったであろう。しかし、それだけではなかった。当時得てそのまま
持ち続けていたものもあったろうが、本の蒐集は彼の趣味であり、性癖のしからしむる
ところでもあった。マニアである。余暇には自分自身で湯島天神下や柳原の床店古本屋を
冷やかしては古い草紙類を漁っていた。

 南畝の蒐集癖は、その時代の趣味とも合致するものであった。その趣味を牽引していった
人間の一人が南畝であったと言うべきかもしれない。『浮世絵類考』の原撰本『浮世絵考証』
は南畝が編んだものである。昔の草紙類を蒐集して、それに基づいての考証を展開していく
趣味が18世紀末から盛んになる。この南畝の編著もそれと一連のものである。

そして考証随筆を著した山東京伝・柳亭種彦・曲亭馬琴なども、その中心的存在であった。
その蒐集熱は比較的近時の草紙類、天明頃の黄表紙や洒落本にまで及んでくる。そして、その
時代の空気を象徴する名物、優品は蔦重版が他を圧倒して多かったのである。天明期戯作の
滑稽に憧れた式亭三馬も時代の潮流の中の一人である。彼の蔵書印のある戯作をよく見かけ
る。享和3年(1803)の黄表紙『稗史億説年代記(くさぞうしこじつけねんだいき)』など、
その趣味、その考証をもって作り上げた黄表紙と言ってよいだろう。

 こういった趣味の裾野は、幕末になるにしたがって、ますます広がっていく。原則その年々
の正月のみの新版として消耗品的に享受された黄表紙はもともと残りにくく、特に早期のもの
は幕末には入手が困難になっていた。蒐集家の増加はそれに拍車をかけ、蒐集家の熱は稀本に
なればなるほど高まる。ここに蒐集家向けの商売が成立する。「珍書屋」と呼ばれた古本屋が
登場してくる。安政元年(1854)序、四壁庵茂蔦の『わすれのこり』に「珍書持/四日市
達磨屋悟一待賈堂/豊島町からしや豊芥子/池之端仲町加藤家内土島氏 黄表紙好/下谷
上野町紺屋 黄表紙好/大師の千六本といふ黄表紙一冊を、金一分に買ひとりたりと」という
記事が見える。黄表紙はすでに「珍書」、それを専ら対象とした蒐集家の存在を確認できる。

達磨屋五一は、文化14年(1817)築地に生まれ、十二歳のころ西村宗七店に丁稚奉公に出、
さらに英文蔵・山田佐助店を勤めた後、嘉永3年(1850)、四日市に「珍書屋」の看板を
掲げる。好事家相手の店である。熱心な蒐集家がいて、蒐集家に磨かれ、蒐集家を満足させる
ような目利きの古本屋が現れた。彼ら蒐集家と古本屋の存在があって、黄表紙などの草紙類の
散逸はかろうじて食い止められ、今、われわれがこれらに接することができているのである。

 さて、下谷上野町紺屋が金1分で買ったという「大師の千六本」は、北尾政演画・芝全交
作の黄表紙『大悲千禄本(だいひのせんろくほん)』で、天明5年(1785)正月の蔦重版で
ある。今でも稀覯に属するが、江戸時代においても同様だったのである。この黄表紙は
蒐集家垂涎の的であり、幕末には覆刻版も作られた(達磨屋五一によると伝えられる)。
不出来な覆刻であるが、需要は大いにあったのである。

中央大学所蔵の黄表紙社楽斎万里作山東京伝画『嶋台眼正月(しまだいめのしょうがつ)』
(天明7年、蔦屋重三郎版)には「福田文庫」印があって、福田敬園の手になると思われる
識語に「芝全交作 当世大通仏買帳/同 御手料理御知而已 大悲千禄本 但当安政五午年秋
再板五拾部余すり立候分聞く尤もはし(以下難読)/京伝 嶋台眼正月/右安政五午年九月
廿五日湯嶋天神様切通し床見世ニ而求之畢ぬ代十百ノ拾文」とある。「福田文庫」印を備える
黄表紙はよく目にする。彼も熱心な蒐集家であった。この三冊、湯島天神切通の床店古本屋で
得ているが、その中に覆刻版『大悲千禄本』もあって、それが安政5年(1858)製のもので
あるという情報が備わる。それはともかく、福田敬園が古本屋で入手し、大切に収蔵していた
から、それがそのまままた古本屋の手に渡り、めでたく中央大学の蔵書となったのであった。

 さて、昨年、『蔦屋重三郎』(平凡社新書)を上梓した。ひたすらわかりやすさを心懸けて
作ったつもりであるが、いかがであろう。蔦重版の和本に吹いているらしい景気の風がこの
小冊にも及ぶであろうか。

 
 
鈴木俊幸
1956年、北海道生まれ。中央大学文学部教授。専攻は近世文学、書籍文化史。中央大学文学部国文学専攻卒業。同大学大学院博士課程後期単位取得満期退学。著書に、『江戸の読書熱-自学する読者と書籍流通-』、『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』(以上,平凡社選書)、『江戸の本づくし―黄表紙で読む江戸の出版事情』(平凡社新書)、『近世読者とそのゆくえ―読書と書籍流通の近世・近代』(平凡社)など。
 
 
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書名:『蔦屋重三郎』
著者:鈴木俊幸
発行元:平凡社
判型/ページ数:新書/208頁
価格:1,100円(税込)
ISBN:9784582860672
Cコード:0223
 
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