『近代出版研究』からのスピンオフ
私が2021年に立ち上げた近代出版研究所で年報を出そうということになり、大あわてで『近代出版研究』創刊号を編集した際、埋草記事として書いたのが「「立ち読み」の歴史」という歴史エッセイでした。2週間ほどで書いた記憶があります。
今回、その「「立ち読み」の歴史」をシングルカットし、晴れて『立ち読みの歴史』としてハヤカワ新書から出すことになりました(4月23日発売)。
海外になかった?!
日本人なら誰でも知っている「立ち読み」。けれど、どうやら「立ち読み」という風習は
日本独自のものらしいとわかりました。昭和時代、洋行した日本人が、海外では立ち読みが
ないのだ、とちらほら書き残しています。
もちろん、本屋に入って本をめくる、という行為、動作は海外でも昔からあるのですが、
日本式「立ち読み」はない、というのが洋行日本人の言い分らしいのです。では、どこが違うのか。
最近、「積読」という言葉が注目されていますが、海外にないと言われています。たとえば、石井千湖『積ん読の本』(主婦と生活社、2024)のマライ・メントライン氏エッセイには「積ん読はドイツ語には訳せないと思います。Büherstapel、本の山という言い方だったらあるんですけど」(p.106)とあります。
実は「立ち読み」にあたる言葉も海外にないのです。
江戸時代にもなかった
最近大河ドラマ「べらぼう」で江戸時代の本屋を見た方もおられると思いますが、江戸風の本屋では基本的に立ち読みができません。「出し本」という見本が店頭に並べられたりはしますが、それは一部分で多くの本は蔵にしまってあります。江戸の本屋は現在の呉服屋のように「座売り」式です。これでは多くの本を自由に手に取り読んでしまう「立ち読み」はできませんでした。
『調べる技術』を自分に使ってみた
つまり、現代と江戸時代のあいだの時点のどこかで、「立ち読み」という習慣は新しく発生したことになります。
前職、国会図書館のレファレンス担当時代、自分の専門外のことばかり調べるという、ちょっと変わっった仕事に15年ほど従事したので、ノウハウを『調べる技術』(皓星社、2022)という本にまとめましたが(おかげさまで3万部売れました)、せっかくなのでその
技術を自分の知りたいことに使ってみたのが本書『立ち読みの歴史』ということになります。
いわゆる「先行研究」が皆無の事柄を調べる実践録でもあります(先行研究がない、と言えるのも実は結構なスキルではあります)。
ヒントは鈴木俊幸氏の著書に
ではこの日本で、いつ、どこで、「立ち読み」がはじまったのか、それは本書をご覧いただくことになるのですが、ヒントは江戸時代、本屋のほかに本(らしきもの)を買えるお店があったことです。いまはない業種のこの手のお店については、「べらぼう」の出版考証を担当している鈴木俊幸氏の著書がとても役立ちました。巻末にそれら、さらに読書史に興味を持った人への読書案内もつけておきました。
『書物から読書へ』
『近代出版研究』という雑誌の編集長をしている私が言うのもなんですが、実は出版物、
書物を研究するだけでは、読書の歴史は直接にはわからないのです。
フランスの高名な読書史家、ロジェ・シャルチエは、自身が編集した論集タイトルを「読書というプラティーク(実践・慣習行動)」と名づけ、その意を汲んで邦訳は『書物から読書へ』(みすず書房、1992)と題されました。このタイトルの理論的意味合いについては意外と学者にすら知られていません。書物の歴史を調べるだけでは読書の歴史に直結しないので、書物史を起点にするにしても、別に読書史を考えないといけないよ、という意味なのです。
本書は、本についてはざっくりと図式的にしか説明していない一方、「立ち読み」が出来たか出来なかったか、という柱を立てて、江戸時代から現代まで、日本人の読書をおっかけた
短い通史でもあります。
「立ち読み」画像も
本書執筆で苦労したのが、絵か写真で立ち読み風景を見つけてくることでした。戦前期、
特に明治期のものがなかなか見つからないのです。少し見つかったので掲載しておきました。読書画像論は、田村俊作編『文読む姿の西東:描かれた読書と書物史』(慶應義塾大学出版会、2007)が出たものの、その後、近代日本についてはあまり進んでいないように思われます。本書の帯に使った江戸時代露店の古本屋の画像も、わりと珍しいものです。他にも明治期露店の古本屋写真なども紹介しておきましたので、ご覧になってください。
■著者
小林 昌樹(こばやし まさき)
1967年東京生まれ。1992年慶応義塾大学文学部卒業。同年国立国会図書館入館。2021年同館を早期退職して慶應義塾大学講師(非常勤)、近代出版研究所所長、近代書誌懇話会代表。専門は図書館史、近代出版史、読書史。
著書『調べる技術:国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』(皓星社、2022)が
ヒット。『公共図書館の冒険:未来につながるヒストリー』(みすず書房、2018)では第2章「図書館ではどんな本が読めて、そして読めなかったのか」を担当した。
著作リストは次のサイトを参照→https://researchmap.jp/shomotsu/

書名:立ち読みの歴史(ハヤカワ新書)
発行:早川書房
判型:新書判 並製200頁
定価:1,320円(税込)
ISBN:978-4-15-340043-6
Cコード:0221
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