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メールマガジン記事 古本屋でつなぐ東北(みちのく)シリーズ

石巻にあった古本屋「三十五反」を追って  【古本屋でつなぐ東北(みちのく)1】

石巻にあった古本屋「三十五反」を追って 【古本屋でつなぐ東北(みちのく)1】

(宮城県・ゆずりは書房)猪股 剛

 私が生まれ育った所は、宮城県石巻市の牡鹿半島付け根にある渡波(わたのは)という街である。石巻の中心街から橋を渡って北上川を越えると、そこから渡波を経由して女川町に至るまでの一帯は水産業の街になる。私は水産業の街が持つ独特の気風に子供の頃から馴染めず、早々に東京へ飛び出してしまった。東北で津波を伴う大きな地震があった時も、地元に戻ろうという気概など起こらず、そのまま神奈川県で古本屋を続けた。生まれ育った家の問題があって石巻に戻り、宮城県古書籍商組合に移転した時には、地元を離れてから既に三十年近くが経っていた。

 二〇二二年現在、石巻という街には昔ながらの古本屋は存在していないはずである。私も実店舗は構えていない。今の石巻の人には、古本屋という商売はなかなか珍しく思えるのではないだろうか。何せ街で見かけないのだから。

 私自身は、昔ながらの古本屋を東京へ飛び出す前からすでに知っていた。街に馴染めない代わりに本に馴染めていた私は、石巻駅近くの路地にあった、ある古本屋に実に足繫く通っていた。店の名は「古本屋三十五反」と言った。

 「三十五反」とは民謡由来で、仙台米を北上川経由で江戸に運ぶのに用いられた千石船の帆のサイズのことである。私が古本屋三十五反に通い始めたのはまだ十代。店の存在を知り、中へ入ってみたのは全くの偶然であった。

 外観は店舗に見えない。古い倉庫のような灰色の建物で、古本屋の文字は大きく出ていたが、出入り口は実に閉鎖的で、ちょっと中を覗いてみようという気にはなかなかなれない構えであった。店内は薄暗かった。帳場の奥を覗くと、なぜか生活感が感じられるお座敷のようなスペースがあった。蔵書はかなりの数があり、これぞ古本屋と言うべき雰囲気で、私は魅了され、十代の心をこの場所で満たしていた。

 当時の私は、店主と話すことがあっても二言三言程度でしかなかった。だから、ここの店主から古書について直接薫陶を受けたということは全くない。しかし、私は明らかにこの店から強い影響を受けていた。上京とほぼ同時に神保町に通い始めたのだから。そしていつの間にか、こうして自分でも古本屋をやるようになってしまった。

 上京後、帰省した折に一度だけ三十五反に行ったことがあるが、ほどなく店はなくなってしまい、今では跡地は駐車場になっている。都会にいる間は、あまり三十五反のことを思い出すこともなかったが、こうして石巻に戻った今、この謎の古本屋のことをちょっと調べてみたくなった。

 地元の図書館で、「弁護士布施辰治誕生七十年記念人権擁護宣言大会関連資料」という本を見つけた。そこに三十五反の店主である櫻井清助氏が文章を寄せていた。そして、自身の経歴のことをほんの少しだけ記していた。

 「一九八一(昭和五六)年、わたしは郷里に三十年ぶりに帰ってきて小さな古本屋を始めた」「年余にして広いところに移り、幼稚園の体育館だったとかでステージが座敷になっていた」「少し落ち着いてから、東京時代に関心を持っていた鴇田英太郎(筆者註:石巻出身の戦前の劇作家)について調べ始めた」

 なんと三十五反の店主櫻井氏は、私と同じく長い間東京にいた人だったのだ。ならば昔の神保町も知っているに違いない。三十五反のあの雰囲気は、昔の神保町の様子を自然に継いだものだったのかも知れない。何だか長年の謎が解けた気がした。

 私も櫻井氏から古本屋の灯を勝手に継いでしまっていた。そして気が付くと、私が三十五反に通っていた頃の櫻井氏よりも、今の私の方が古本屋としての業歴がほんの少し長くなっていた。

 
 

 
 
(「日本古書通信」2022年8月号より転載)

 
 
 
 


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文学通信刊
ISBN978-4-909658-88-3
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