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メールマガジン記事 古本屋でつなぐ東北(みちのく)シリーズ

銀糸に悩む日々――地元資料を伝える店を目指して 【古本屋でつなぐ東北(みちのく)5】

銀糸に悩む日々――地元資料を伝える店を目指して 【古本屋でつなぐ東北(みちのく)5】

(山形県・古書紅花書房遊学館前店)苅谷 博

 今日もクモの巣とたたかっています。

 彼女たちの精勤さには目を見張るものがあり、窓辺や天井の隅は元より平積みされた本の隙間や本棚の中の僅かな隙間にまで巧みに糸を掛ける様はいつも関心させられます。そこにどんな獲物がいるのか興味が沸かない訳ではないのですが、いかんせん物販を生業とする身としては生態観察よりも商品の見た目の良さを優先せねばならず、開店前には一通り掃除機をかけハタキをかけして店の体裁を整えようと努めます。しかしいつの間にやらまた新たな銀糸が掛かっているのです。

 なぜそんなにクモがいるのかというと、店主のズボラがいちばんの災いではあるのですが、二番目の理由として、窓のすぐ上の外壁に飲食店街の入口を示す看板が設置されていて夜も煌々と酔客と虫たちを誘っている為です。虫を目当てにクモが集まるのは自然の道理。夏の盛りなどはクモの巣にクモの巣がかかるような絶好の狩場なのです。日中は換気のため窓を開けているので、ごく自然に入店してそのまま居付いてしまうのでしょう。薄暗く埃っぽい環境も彼女たちの好みに合うのかもしれません。

 看板が悪いのだ、などという訳ではありません。寧ろ夜も明るい看板は防犯灯代わりに活躍してくれているので感謝すべきところであり、当店の目印ともなっているので大変気に入っています。そもそも毎日欠かさず掃除をし、商品の手入れをし、どこからか差し込む隙間風の対策を講じれば自ずとクモの巣など一掃されるはず。はずなのです。やはり結局は店主のズボラに帰結する問題なのでした。

 客商売の理想としては、清潔・簡素・明瞭と三拍子で小気味よくお客様をを迎えしたいものですが、通路に積み重なる段ボール、縛ったままの雑誌、本棚から突き出る本ではないもの、風に舞うホコリとそよぐクモの巣、ゴミ屋敷もかくやという風景に近づきつつあり、ズボラなりに焦燥と無力感を抱えながら日々の業務に追われております。それを見かねて「客を入れなければいい。一旦ネット販売のみに切り替えてはどうか」とアドバイスして下さる方もあり、それはとても甘い誘惑ではあるのですが、私としては願わくば店舗としてお客様が手に取って本を選べる形式を維持したいと思っています。

 昭和の末、山形市内には約 七店の古本を扱う店がありましたが、平成始めの大型店の進出を契機に地元店は急激にその数を減らし、一時はゼロになってしまった時期もありました。令和四年現在は当店を入れて三店に持ち直しています。

 大型店には大型店の、地元店には地元店の役割があり、扱うべき史料や書物もあると心得ます。及ばずながら当店も地元の歴史を次代に伝える一助となればと願っております。また、書籍以外でも、昔の写真や雑誌の記事、地元の地図や商店の広告、学校文集さらには飲み屋のマッチラベル等など、色々な物を色々な理由で探していらっしゃる方々がいるのだと知り、そうした需要に応えるのも仕事の一つだと思う次第です。

 しかし、それらを実行しようとするとなかなか容易ではなく、回転率の低い地元出版物はストックしておくだけでもかなりのリソースを圧迫し、書籍ではない資料などは整理分類に苦慮し、蒐集家向けのブツは「方向は合ってるけどコレじゃない」などと言われ、雑本などは思い切ってツブシに廻さなければならないのに、それぞれに譲って頂いた方の顔がチラつき、とりあえず一旦保留のまま増える一方で、常に一杯の狭い倉庫を眺めながら「四次元ポケットが欲しいなあ」などとぼやく始末です。

 もしかしたら、店内のいくら掃ってもきりのないクモの巣は、芥川龍之介の小説のような、成仏できないでいる書物たちへの仏様からの救いの糸なのかもしれません。

 

(画像は店舗側壁の案内看板)

 
 
(「日本古書通信」2022年12月号より転載)

 
 
 
 


『増補新版 東北の古本屋』 折付桂子著
文学通信刊
ISBN978-4-909658-88-3
四六判・並製・312頁(フルカラー)
定価:本体1,800円(税別)好評発売中!
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