古本屋ツアー・イン・ジャパン2023年上半期報告古本屋ツーリスト 小山力也 |
五月に新型コロナウィルス感染症の分類が、2類から5類に下げられ、季節性インフルエンザなどと同じような扱いになることとなった。結局根本的な治療法は開発されず、集団免疫も獲得出来ず、ウィルスの進化に対応するワクチンと、個人的な予防策のみで凌いで行くしかなくなったわけである。決してパンデミックが収束したわけではなく、人間側の都合で対応を変えただけのお話なのである。というわけで、強引に“ハレ”の日を取り戻した世界は、一見コロナ前の世界に戻ったような錯覚を覚えてしまうのだが、まだまだ注意は継続的に必要であろう。手指消毒や混み合う場でのマスク装着はこれからも心掛けるつもりである(何故なら、コロナ禍が始まりマスクをするようになってから、一年に一〜二回は必ずひいていた風邪を、一度もひいていないのである。この効果は驚くべきものであった)。古本屋界ももはや日常を取り戻している(中にはコロナ禍の影響で、店舗をほぼ事務所にしてしまったお店もあるが)。そんな風に、世界がパンデミックから緩めになりながらも、相変わらず気をつけて色々彷徨った、六ヶ月を駆け足で振り返ってみる。
一月には久々に訪れた大岡山で、老舗の「金華堂書店」が閉店しているのと「タヒラ堂書店」が休業中であることを知る。ともに至近の東京工業大学の学生がお得意様のお店であったが、学生の古本屋離れを感じさせる出来事である。二月には三鷹の駅近ビル街にあったリサイクル系のお店「ブックスみたか」が名前はそのままに、北の西武柳沢に移転していたのを目撃。国立のアラビア&イスラム系に強い「三日月書店」では、その特性を生かした『トルコ・シリア地震救援市』が開催し、その志に共感した人と古本好きを多く惹き付けていた。神保町では昨年から噂になっていた「@ワンダー」の新店が、パチンコ屋跡地を改装して堂々開店。百二十坪の床面積を誇る巨大店舗は、神保町に大きな旋風を巻き起こしている。また荻窪の「藍書店」が東北に事務所店として移転するため閉店。高円寺から移転して来て四年半目のことであった。最近の荻窪古本屋地図の変化には激しいものがある。閉じるだけではなく、開くお店もあるので救いがあるが…。三月は神保町白山通りのキリスト教専門店「友愛書房」が閉店。さらに浦和では「金木書店」が閉店。また古書を多く取り扱っていた「ブックオフ高田馬場北店」他、クセのあるフランチャイズ店が突如改装休業&閉店することになった。どうやらフランチャイズ店という特殊な枠がなくなり、すべて通常の「ブックオフ」としてなら営業が継続出来るということらしい。実際六月に営業を再開したお店は、すべて古書の取扱がなくなっているのが確認されている。四月は西荻窪の外れに「文武堂」なるお店が開店。外国人の武道家が始めた変わり種で、店名通りに武道を教えるとともに古本を商う“文武両道”店である。また湯島に「TOHTO records&books」というお店が開店しているのを知り駆け付ける。思ったより古本率が高い楽しめる空間を造っていた。川崎では雑本系で何時行っても楽しめた「朋翔堂」が惜しまれながら閉店。このような古本者にとっての貴重な狩場が消滅するのは、実に実に痛手である。月末には去年から再開されている不忍の「一箱古本市」を見に行く。屋内二ヶ所で、箱の数も三十弱と、コロナ前に比べ規模は小さいが、古本で人々と交流する活気は相変わらずであった。またここから、古本屋さんを目指す人が生まれて来ると、喜ばしいのだが。五月は、長らくコロナ禍で休業していた国立「雲波」の営業再開を確認。営業っぷりは相変わらずマイペースだが、とにかくお店が開いている嬉しさは、何ものにも代え難いものである。祖師ケ谷大蔵には若者に人気の「BOOK SHOP TRAVELLER」という棚貸し系書店が下北沢より移転。早速多くの本好きの若者を、店主としてお客として集客していた。六月は沼袋「天野書店」の閉店に偶然行き会う。六月一杯の営業ということであったが、お手伝いの古書組合の方々の働きっぷりが凄まじく、本当は八月まで営業する予定だったのを短縮したとのことであった。その言葉通り、棚の本はすでに結束済みだったので、本を見ることは出来なかった。まことに残念である。神保町では去年閉店した「古賀書店」跡地に、お隣の「矢口書店」が入店。神保町のランドマークである看板建築は、お陰様で再び二店共古本屋さんとなったわけである。このパターンは同じ靖国通り沿いにある「一心堂書店」が、お隣の旧「金子書店」を続き店舗とした状況と同じなのである。 とこのように、相変わらず東京中心の肌で体感した古本屋動向であるが、やはり閉店が多いのが気になってしまう。時代の変わり目と言ってしまえばそれまでだが、コロナ禍を乗り越え頑張っているお店も多いので、衰退ではなく“新陳代謝”に流れを向けて行くのが、ベストではないだろうか。先代の経験と知識を生かし、そこに新たな知恵を練り込み、次代次々代へと継承して行く…いや、古本屋界は、実際そのような創意工夫を常に、常に地道に繰り返しているのだ。継続して行けば、それが花開く時が、必ず訪れるはずである。 さて、ここからは個人的な報告を。私自身は“盛林堂・イレギュラーズ”と称し、西荻窪「盛林堂書房」の買取の手伝いを時たましているのだが、この前半期だけで、その回数は実に九回に及んだ。ほとんど古本を移動させる力仕事なのだが、見知らぬ人の棚を見るのや、大量の古本に触れるのは、いつでも刺激的である。また雨の「神保町さくらみちフェスティバル」では、単独で売り子を務めたりもした。長時間暗算機械となり果てた後の疲労感は、ビールでしか癒せなかった…。また三月には、ちくま文庫から「疾走!日本尖端文學撰集」を編者として出版。新感覚派や新興藝術派の、尖りまくって時代に埋もれた短編小説を集めた一冊である。これまで古本を買って読みまくって来た行為を、初めて有意義なものとして生かせた、楽しい楽しいお仕事であった。また、大阪「梅田蔦屋書店」の古本販売が、店内改装のために三月に終了してしまったのだが、秋にまた同店のフェアに参加する予定なので、西の方々は心の片隅にでも留めておいていただければ幸いである。 最後に目立った古本収穫についても報告しておこう。創元推理文庫「吸血鬼ドラキュラ/ブラム・ストーカー」の稀少な“SF”マークが百円、実業之日本社「そこなしの森/佐藤さとる」献呈署名本が三百三十円、講談社「迷探偵スベントン登場/オーケ=オルムベルク」(箱背割れ)が百円、毎日新聞社SFシリーズジュニア版「白鳥座61番星/瀬川昌男」が千円、東京出版「雪あかり日記/谷口吉郎」百十円などが、魂を震わせてくれた突出した収穫であろうか。 すでに突入している夏も、かなりの酷暑となりそうだが、マスクはなるべく手放さず、下半期も古本屋さんを訪れ、古本を買って行くつもりである。 小山力也 |
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