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「君たちはどう生きるか」で宮崎駿監督が伝えたかったものとは 【大学出版へのいざない10】

「君たちはどう生きるか」で宮崎駿監督が伝えたかったものとは 【大学出版へのいざない10】

武田文彦(早稲田大学出版部)

 先日(7月下旬)、宮崎駿監督の10年ぶりの新作長編映画「君たちはどう生きるか」を観た。本作については評価が割れているようであるが、筆者は非常に面白いと感じた。ここで詳細について書くことは、映画を観ていない人から楽しみを奪うことになるので控えるが、本作で宮崎監督が提示したイメージは、極彩色の絵の具をキャンバスにぶちまけて描きあげた絵のような、まさに宮崎ワールドと呼ぶべき独特の世界であった。筆者はそれを面白く、心地良いと感じたわけであるが、観る人によっては本作で提示された世界はまがまがしく、不吉なものにうつるのかもしれない。

 筆者はこの映画を一映画ファンとして楽しんだのと同時に、弊社刊『映像作家 宮崎駿』の編集担当者としても興味深く観た。観終わった後にまず思ったのは、本作はこれまでの宮崎映画のパターンに当てはまらないのではないかということだった。本書の著者米村みゆき教授によると、多くの宮崎映画にはもととなる原作があり(『魔女の宅急便』であれば角野栄子原作の同名小説、『ハウルの動く城』であればダイアナ・ウィン・ジョーンズの『Howl’s Moving Castle』、『崖の上のポニョ』であれば夏目漱石の『門』など)、それを宮崎監督が類まれな脚色力(著者曰く「翻案」力)を発揮して、オリジナルを超えると言っても過言ではないアニメーション作品に昇華させてきた。ところが、『君たちはどう生きるか』は、吉野源三郎による著名な作品とは似ても似つかないものであった。「映画は面白かったけれども、今回の作品はこれまでの宮崎映画のセオリーに当てはまらない。本のセールスに影響がなければいいなあ…」というのが、直後の正直な感想だった。

 その後、『君たちはどう生きるか』にも元ネタといわれる原作のあることがわかった。詳細は読者諸氏にご自身で調べていただくとして、ネットで得た情報によると(現時点で筆者も未読である)、原作と映画のあらすじはかなり似ているようである。ただ、映画のタイトルだけが吉野源三郎の名作と同じというわけで、宮崎監督がなぜこのようなトリッキーなことをしたのかという謎は依然として残る。監督の意図についてこれから大いに議論されることになるだろうが、議論にあたって非常に興味深い考察を提示しているのが本書『映像作家 宮崎駿』である。ご一読いただき、宮崎監督の企みを考える一助となればうれしい。

 ところで、著者の米村教授は専修大学文学部に所属していて、早大との接点はこれまでなかった方である。弊社が刊行する書籍は、これまで早稲田大学の教員か、各界で活躍している早稲田OBが著者となるケースがほとんどであった。それがなぜ、早大関係者以外の本を出すことになったのか。背景として、ここ数年来、弊社書籍の世間での認知度を高めようという機運が社内で高まってきたことがある。早稲田関係者に限らず、すぐれた研究をされている方の著作は、弊社からどんどん出版しようというわけである。

 もう一つ、米村教授が弊社から出版するきっかけとなったのが、西口拓子早稲田大学教授の存在である。西口教授は私が編集を担当した『挿絵でよみとくグリム童話』の著者である。西口教授も専修大学での教員経験があり、米村教授と共著を出されたこともあるなど、お二人は以前から親しい関係にあった。『挿絵でよみとくグリム童話』の編集担当であった筆者のことを西口教授が思い出していただき、本書の刊行を模索していた米村教授をご紹介いただいた次第である。ちなみに、西口教授の『挿絵でよみとくグリム童話』は、日本児童文学学会特別賞を受賞、朝日新聞の書評でも横尾忠則さんにご紹介いただくなど、非常にスリリングで面白い内容の本である。昔の絵本の美しい挿絵は見ているだけでも楽しい。ご興味のある方はぜひご一読いただきたい。

 本書の特長として、アニメの多くの画像が掲載されていることがあげられる。アニメ制作会社への許可申請手続きはなかなか大変だったが、おかげでわかりやすく、楽しい本になった。読者の反応も上々であり、7月14日の発売日(『君たちはどう生きるか』の公開初日でもある)を待たずに重版決定、本稿を執筆している8月9日現在も書店注文は好調に推移と、ヒット作になりそうな気配である。今年12月15日(金)には芳林堂書店高田馬場店で、米村教授と西口教授によるトークイベントも開催予定である。ご興味のある方は、芳林堂書店のホームページやX(旧ツイッター)などチェックのうえ、ぜひ足を運んでいただければ幸いである。

 
 
 
 
 


書名:『映像作家 宮崎駿――〈視覚的文学〉としてのアニメーション映画』
著者名:米村みゆき
出版社名:早稲田大学出版部
判型/製本形式/ページ数:四六判/並製/272頁
税込価格:2,200円
ISBNコード:978-4-657-23007-2
Cコード:0074
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