『構成 高橋正人の遺した造形教育』 【大学出版へのいざない12】白尾隆太郎(武蔵野美術大学教授) |
「デザイン」という言葉がまだなかった頃は「図案」と呼ばれ、自然の形を便化(便宜的に象徴化する)することで形を美しく表現することが基本であったため、学生はひたすら素描や模写などの修練をデザインの基礎学習としていた。日本のデザイン教育の原点は、こういった絵画由来の図案「デザインすること=絵を描くこと」に始まり今に至っているのである。
1919年にドイツで始まったデザインの教育システム「バウハウス」の活動は、デザインをどのようにして学ぶかという意味では目覚ましい進化だった。なかでもモホイ=ナジの新しい造形への考え方や予備課程における教育プログラムは、デザイン教育を体系的に実践する方法として多くの示唆を世界に与えたのである。 高橋正人は、バウハウスの予備課程の教育プログラムやモホイ=ナジの先進的な造形理論に共鳴し、1949年、東京高等師範学校から新たに大学として制度化された、東京教育大学(現筑波大学)教育学部芸術学科に構成学専攻を創始したのだった。同専攻は“構成”という造形研究をカリキュラムの中心に据え、写真表現の可能性や構成原理に基づく造形(形態、色彩、光、立体造形など)の研究、幾何学的形態の研究などを基礎として、造形の可能性を純粋に追求する教育プログラムを実践したのである。 高橋は1912年に高知で生まれ、得意な美術を生かし東京高等師範学校の教員として、日本の中等教育における美術のあり方を研究し、新しい美術の学習を子供たちに向けて著しながら、一方で大学における造形の専門教育として、“構成”教育を創始し発展させていったのである。本書では、図案教育と一線を画し、純粋造形を対象にした“構成”教育とはどんなものだったのかを、高橋の全著作を読み解きながら解説している。 図案教育は、自然の形を抽象化、記号化、図形化することで、形を美しく表現しながら、意味を明解に先鋭化することなのだが、デザインが絵画的な表現に倣った時代から、抽象的で感覚的な効果が求められるようになるにつれ、バランスやリズムや立体感など、形の機能的な側面が重要になり、今では意味と造形を総合的に考えられる力、すなわちヴィジュアルデザインこそがデザインに求められる素養となっていったのである。 「新しい現代の造型は、色とか、線とか、形とか、地肌とか、コンポジションとか、リズムとかいうようなものに対する、直接的な知覚をもととするものである。そして、そのような知覚は、すべて人間が本来もっているものであって、何も特別なものではない。」と高橋が著しているように、体系的な造形の学習を通して、誰もが得られる感覚であるとしているところが“構成”教育の理念といってもいいだろう。さらに高橋は“構成”の目的を「思いつきではない系統的な形の発想」「専門と基礎デザインは平行に進み、専門が高度化するとともに、基礎デザインも高度の形態・色彩の研究に進んで、専門の発展に寄与するように考えられている。」などとも記述している。 造形とコンピュータは切り離せない時代となったが、ひらめきや思いつきで造形を考えるのではなく、数値に裏づけられた形を系統的に発想しながら「美」を追求することは依然重要な課題である。“構成”の教育は過去のデザイン造形の基礎ではなく、コンピュータを使って造形する今だからこそ必要な造形教育なのである。 私は21年間、武蔵野美術大学でデザイン教育に携わり、これまで教科書という形では数々書籍を出版してきたが、大学を退任するにあたり、長年の懸案であった高橋正人の“構成”という教育を広く知っていただきたいとの考えから、自分が納得のいく本を作りたいと思った。一般的には「自著自装」といわれるが、デザインとは「装う」ことではなく、内容をどのように視覚化するかであるため、文章を書きながらデザインし、デザインしながら文章を書くこととなったのである。 本書のデザイン要件は、自らが大学時代に受けた“構成”という教育プログラムはどのような意味があったのか、卒業生の中で最も活躍したグラフィックデザイナー勝井三雄は何を高橋から授かったのか、そして“構成”を活かすためには、今の学生に何を伝えるべきかであった。 まず初めに、高橋正人の全著作と書籍の概要をデザインすることから始めた。バウハウス→ウルム造形大学、東京高等師範学校→東京教育大学→筑波大学、そして帝国美術学校→武蔵野美術大学など、デザイン教育を担ってきた学校の約100年に及ぶ系譜を軸に、全著作の書影を配することで高橋が生きた時空間が浮かび上がってきた。「自著自装」は「編集する」「文章を書く」「デザインする」を総合的にひとりで成し遂げることであるが、デザインすることで見えてくる世界と、求めている世界が見事に一致した時の満足感は、長年出版に携わってきたデザイナーとして、まさにデザインする意味とその成果を感じる経験であった。 ![]() 書名:『構成 高橋正人の遺した造形教育』 著者名:白尾隆太郎 出版社名:武蔵野美術大学出版局 判型/製本形式/ページ数:A4判変型、並製、256頁 税込価格:3,850円 ISBNコード:ISBN978-4-86463-159-4 Cコード:C3072 好評発売中! https://www.musabi.co.jp/books/b463159/ |
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