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『政治学原論講義』 【大学出版へのいざない13】

『政治学原論講義』 【大学出版へのいざない13】

下條慎一(武蔵野大学法学部教授)

 日本国憲法の基本原理は基本的人権の尊重,国民主権,平和主義にあるとされています。基本的人権をまもるには国民主権が必要であり,いずれをも達成するには平和でなければならないというように,これらは相互に関連しています。この憲法が制定されてから,かなりの年月が経過しましたけれども,こうした原理が日本に定着したとはいいがたいでしょう。それどころか,現実政治との乖離がますますおおきくなっているようにも感じられます。本書は,このような問題に対処するために,自由主義や民主主義や平和にかんする思想などをとりあげるとともに,自然権を否定する保守主義や独裁や戦争の理論等もあつかっています。両者を視野にいれることによって,憲法の基本原理を強靭なものとし,その定着を促進し,それを世界にひろげることを念願しているからです。

 もっとも,憲法を通じて国民が政府を束縛すれば十分であるわけでなく,みずから市民社会を形成することも必要であるため,東欧革命後に興隆した市民社会論をも射程にいれています。その意味で,本書は前著『政治学史の展開:立憲主義の源流と市民社会論の萌芽』(武蔵野大学出版会,2021年)と問題意識を共有するものです。

 本書はもともと,著者がいくつかの大学で使用した政治学原論にかんする講義ノートを原型として,紀要に発表した原稿などをまとめたものです。

 第Ⅰ部第1章では,第二次世界大戦後,世界に通用する「普遍的理念」にもとづいて,日本における政治学を構築した丸山眞男の著作を参考に,政治とはなにか,それをどのようにまなぶべきかについて考察しています。権力が政治学におけるもっとも基本的な概念の1つであるとすれば,それを民衆が奪取して,身分制を徹底的に打破する政治運動・思想・イデオロギーを意味する民主主義が重要となるでしょう。同第2章では,日本国憲法前文における「人類普遍の原理」の政治学史的解明を自己の使命として設定し,全力を投入してきた福田歓一の著作に依拠して,民主主義について討究しています。つぎに政治制度に目を転じると,立法権と行政権を融和・結合させたものが議院内閣制,両者を独立させたものが大統領制となります。同第3章では,ウォルタ = バジョットの『イギリス国制論』にもとづいて,議院内閣制の特徴をあきらかにし,それを大統領制と比較しています。

 20世紀以降,夜警国家は福祉国家に,市民社会は大衆社会に転換したといわれます。第Ⅱ部第4章ではレナード = トレローニ = ホブハウスの『自由主義』に,同第5章ではグレイアム = ウォラスの『政治における人間性』に,それぞれ焦点をあてて,福祉国家・大衆社会の特質を解明しています。大衆社会のもとで,ドイツのナチ党による一党独裁が実現し,やがて第二次世界大戦は枢軸国(ファシズム陣営)と連合国(反ファシズム陣営)の戦争となりました。同第6章では,カール = シュミットの『現代議会主義の精神史的状況』と『政治的なものの概念』に依拠して,独裁について考究しています。

 18世紀以降,おおきな役割をはたしてきた政治思想は保守主義・自由主義・社会主義であって,これらに対応するかたちで保守主義政党・自由主義政党・社会主義政党が形成されてきました。第Ⅲ部第7章ではエドマンド = バークの『フランス革命の省察』に,同第8章ではカール = マルクスがフランス語版へのまえがきを執筆してフリードリヒ = エンゲルスが本文を著述した『空想から科学への社会主義の発展』に,同第9章ではアイザイア = バーリンの『自由論』に,それぞれ着目して,保守主義・社会主義・自由主義の特質を究明しています。

 国際政治のもっとも重要な問題の1つとして,平和と戦争をあげることができるでしょう。第Ⅳ部第10章ではイマヌエル = カントの『永遠平和のために』に,同第11章ではジョージ = ケナンの『アメリカ外交50年』に,それぞれもとづいて,平和と戦争について討究しています。同第12章では,第二次世界大戦後の日本が民主主義と平和主義の理念にもとづいて国際社会に貢献することをめざしたけれども,そうした方向性とはことなる戦前の残滓が,なお存続しているのではないかという問題意識にしたがって,丸山眞男と川島武宜と阿部謹也の著作を検討しています。

 丸山は戦前の日本ファシズム支配を「無責任の体系」にもとづくものと断じました。川島はその根底に「日本社会の家族的構成」を指摘しました。阿部によれば,ヨーロッパの「社会」は個人がつくるものとされ,そこから民主主義が生じるけれども,日本の「世間」は所与の,変更しえないものとされています。「世間」という強力な敵を熟知したうえで「社会」とつながることばを獲得することからはじめる必要があるとおもわれます。

 
 
 
 
 


書名:『政治学原論講義』
著者名:下條慎一
出版社名:武蔵野大学出版会
判型/製本形式/ページ数:A5判/上製/232P
税込価格:2,970円
ISBNコード:978-4-903281-62-9
Cコード:C0031
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https://mubs.jp/cpt-publication/735/

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