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秋田市立土崎図書館 3人の同級生が遺したもの【書庫拝見24】

秋田市立土崎図書館 3人の同級生が遺したもの【書庫拝見24】

南陀楼綾繁

 今年1月に秋田市に来た際、知人から「本のある場所」に案内された。中心部の中通にある〈本庫 HonCo〉だ。

の内部
<本庫 HonCo>の内部

 
 中に入ると、天井まで届く本棚に圧倒される。建築家の難波和彦さんが進めてきた「箱の家」シリーズのひとつで、「本・箱の家」という名前もあるそうだ。「本に遊ぶ」という
モットーに賛同する人たちが集まる会員制私設図書館で、メンバーには図書館や大学関係者もいる。

 棚の本を眺めていると、『種蒔く人』関係の資料が並ぶ一角が目に留まった。市販されていない目録や論文集もある。

 それもそのはず、代表の天雲成津子さんは元図書館司書で、私が翌月に取材する秋田市立
土崎図書館に勤務していたこともあるという。前回紹介した「種蒔く人」顕彰会編『『種蒔く人』の射程 一〇〇年の時空を超えて』(秋田魁新報社)にも、論考と文献目録で関わって
いる。なんという偶然、いや必然なのだろうか。

 前回、あきた文学資料館名誉館長の北条常久さんの「秋田は人間関係が濃密で、『人の塊り』みたいなところなんです」という言葉を紹介したが、まさにそれが現前した感じだ。
 このときは短時間の訪問だったが、翌月は〈本庫〉でメンバーのみなさんとの懇親会を開いていただいた。その際、天雲さんから「明日、土崎図書館の取材ですか? でしたら、車で
ご案内いたしましょうか」と云っていただいたのだった。

『種蒔く人』が生まれた土地

 2月19日の朝、秋田駅で編集担当のHさんと待ち合わせる。
 本来なら一年で一番雪が積もっているはず時期なのに、今日はやたらと天気がいい。
むしろ、暑いぐらいだ。迎えに来てくれた天雲さんの車に乗り込み、土崎へと向かう。
 Hさんは岩手県生まれだが、小中学生の頃、父の転勤で土崎の近くに住んでいた時期があるという。そういえば、最初に土崎図書館に「種蒔く人資料室」があることを聞いたのは、4年ほど前、Hさんと秋田に来たときだった。

 土崎は秋田駅から北西に車で30分ほど行ったところにある港町だ。雄物川を背景に、古くから海運で栄え、江戸時代には「北前船」の寄港地だった。明治以降は油田開発にともない、製油所が多くあったという。1945年(昭和20)8月14日に起った土崎空襲の目的は、これらの製油所を狙ったものだという。

 土崎図書館に着くと、建物の前に『種蒔く人』の顕彰碑がある。1964年12月に「種蒔く人」顕彰会が建てたものだ。

『種蒔く人』顕彰碑
『種蒔く人』顕彰碑

 
 表面は、土崎で印刷されたことから「土崎版」と呼ばれる創刊号(1921年2月)の表紙が使われている。裏面には「私達はこの偉大な業績を秋田の誇り日本の誇りとして ここに『種蒔く人』顕彰碑を建立しました」とある。
 
 図書館の入り口で、3人の女性が迎えてくれた。副参事の藤原真理子さんと、司書の小玉奈々子さん、近藤明奈さんだ。休館日なのに、取材に対応してくださった。

秋田市立土崎図書館
秋田市立土崎図書館

 
 土崎図書館の前身は、土崎港町で1902年(明治35)に開館した南秋田郡立図書館である。
 秋田県では1880(明治13)に「秋田公立書籍(しょじゃく)館」が開館。その後、1899年(明治32)に、秋田県立秋田図書館が開館した。その3年後に南秋田郡立図書館が開館したのだが、蔵書数・閲覧者数とも県立と同等で、「郡民をはじめとする地域の利用度が相当高かったものと推察される」(『土崎図書館100年史』秋田市立土崎図書館)。大正期には「土崎読書会」が設立されている。

 1923年(大正12)、郡制廃止により県立秋田図書館土崎分館に、1932年(昭和7)、県から土崎港町への移管により町立土崎図書館となる。1941年(昭和16)、土崎港町が秋田市に合併され、秋田市立土崎図書館と改称される。1954年(昭和29)には旭町琴平に移転した。先の顕彰碑はこの場所で建立された。
 そして時代は下り、現在の地に1991年に新図書館が開館。このとき併設されたのが、「種蒔く人資料室」だった。顕彰碑も現在の地に移されたのだ。

顕彰会の歩み

「種蒔く人資料室」は2階にある。
『種蒔く人』の創刊の経緯や、それに関わった小牧近江、金子洋文、今野賢三の生涯などが展示されている。3人が通った土崎尋常小学校の写真もある。コンパクトだが、見ごたえがある。

「種蒔く人資料室」
「種蒔く人資料室」

 
 小牧、金子、今野の3人が、東京で撮った写真もある。1926年(大正15)、西荻窪の金子宅の庭で撮ったものだ。

「小牧、金子、今野の3人が、東京で撮った写真」
「小牧、金子、今野の3人が、東京で撮った写真」

 
 この頃、金子は西荻窪(住所は上荻窪)に住んでおり、一時期は今野賢三も同居していたという。

 この家は竹やぶに隣接していたので、「竹やぶの家」と云われた。「秋田出身の伊藤永之介や社会主義者の卵が集まり、梁山泊のようだったという」(「吉祥寺~西荻窪周辺 抵抗の
文学フィールドワーク」資料集 むさしの科学と戦争研究会)。

 当時、阿佐ヶ谷から吉祥寺にかけての中央線沿線には、プロレタリア文学の関係者が多く
住んでおり、その中には柳瀬正夢、佐々木孝丸ら『種蒔く人』関係者もいた。
「種蒔く人」顕彰会の歩みを伝える展示もある。

 同会は1962年に創立。会長は県議会議員の小幡谷政吉。小幡谷は、小牧近江の叔父で土崎版『種蒔く人』に参加した近江谷友治に土崎尋常高等小学校で学び、同誌の頒布の手伝いもしたという(『種蒔く人』の射程 一〇〇年の時空を超えて』)。
 顕彰会は、1961年に日本近代文学研究所から『種蒔く人』の復刻版が刊行されたことを受けて、この運動の功績を後世に伝えようと結成された。1962年10月には創刊41年記念祭を
開催。小牧、金子、今野と近代文学研究者の小田切秀雄が講演を行なった。

 1964年には、先に見た顕彰碑を建立。その後、50年、55年、60年、70年、80年、90年と、節目ごとに講演や展示を開催してきた。1971年に創刊された『種蒔く人顕彰会会報』からは、その一端が伝わる。創刊号には小牧、金子が寄稿している。ガリ版刷りであることに
時代を感じる。

『種蒔く人顕彰会会報』
『種蒔く人顕彰会会報』

 
 その一方で、資料収集も進めた。『種蒔く人』のバックナンバーや関連資料、約700点を収集し、1979年に秋田県立図書館に寄贈している。「種蒔く人文庫」と名付けられ、目録も刊行された。
 土崎図書館に「種蒔く人資料室」が開室後、1997年に顕彰会が収集してきた資料1221点を秋田市に寄贈。事務会計書類、原稿、書簡、雑誌、新聞、色紙、写真などを含む。それらの目録は今野賢三資料目録とともに、『「種蒔く人資料室」目録』として刊行された。

 創刊100周年にあたる2021年は、新型コロナウイルスの感染拡大のため、顕彰会が予定していた100周年の集いを開けなかった。
 1年遅らせて開催し、『種蒔く人』の射程 一〇〇年の時空を超えて』を刊行した。

今野賢三と金子洋文

 顕彰会編の『「種蒔く人」七十年記念誌』には、「秋田『種蒔く人』顕彰会の歩み」という座談会が載っている。出席者の話からは、設立時の盛り上がりが感じられる。
 その中の、今野賢三についてのエピソードが興味深い。

 今野は小学校を出た後、呉服屋の店員、見習い職工など、さまざまな職を転々とし、映画の活動弁士となる。『種蒔く人』の創刊時は、土崎映画劇場で弁士をしていた。その頃の日記は、秋田県立図書館に所蔵されており、『花塵録 「種蒔く人」今野賢三青春日記』(無明舎出版)として刊行された。

 今野は『種蒔く人』のあと、秋田県内の労農運動に関わる一方で、小説家、郷土史家としても活動。『汽笛』『黎明に戦ふ』などの小説のほか、『土崎発達史』『土崎港町史』などを
執筆した。

今野賢三『汽笛』鉄道生活社 1928
今野賢三『汽笛』鉄道生活社 1928

 
今野賢三編『土崎発達史』刊行会 1934
今野賢三編『土崎発達史』刊行会 1934

 
 戦後、東京で小牧は法政大学教授となり、金子は劇作家で社会党の参議院議員も務めた。
それに対して、今野は秋田で決して裕福ではない生活を送っていたようだ。

 座談会には「今野さんがたいへん生活的に困っているということを身近に知っておったもんですから、(略)今野さんにいろいろ体験を語っていただくことによって、そのお礼としてお金を差しあげるような形がいいのではないか」ということで、〈三島書店〉の二階を借りて
何度か聞き取りを重ねたとある。

 今野は1969年に静岡県の病院で死去した。76歳。その後、秋田社会運動研究会代表の田口勝一郎の慫慂により、1995年と翌年、遺族から今野の資料1195点が顕彰会に寄贈された。
 これらの資料について、妻の今野きみはこう書く。

「主人は『種蒔く人』のことをいつも誇りにしており、それに関する資料は、どんな小さな新聞の切れ端でも、大切に大切に保存しておりました。そんな姿をみて、わたしも自然に影響を受け、主人が遺した手紙や原稿、メモ書き、それに作品の掲載された古い雑誌、単行本類は、出来るだけ大事に保存して参りました」(「資料保存の思い出」『「種蒔く人」七十年記念誌』)
 ここには、資料を残すことで、自分の存在を世に残したいという今野の執念のような思いが籠っているようだ。

 今野の死去を受けて、金子洋文は『秋田魁新報』に「今野賢三の思い出」を寄稿した。その原稿と掲載紙の切り抜きは、同館所蔵の「金子洋文資料」に収蔵されている。

金子洋文「今野賢三の思い出」の原稿と切り抜き
金子洋文「今野賢三の思い出」の原稿と切り抜き

 
 金子洋文は1985年、東京の自宅で死去。90歳。小牧近江は1978年に84歳で亡くなっているので、3人の同級生のうち、金子が最後まで生きたことになる。

 2007年、遺族により原稿、書簡、新聞・雑誌切り抜きや写真、ノートなど約1万点にのぼる資料が、同館に寄贈された。このうち約8500点は『金子洋文資料目録』に掲載された。
 それらの多岐にわたる資料は「文学者・劇作家・国会議員として一時代を成した金子洋文の面目躍如たるものがある。同時にその潔癖なまでに徹底した資料保存能力にも驚かされる」と、『土崎図書館100年史』にある。
 
 たしかに、金子資料をいくつか見せてもらったが、保存状態はどれもよかった。その中には、『種蒔く人』東京版も2冊含まれている。

金子資料の『種蒔く人』東京版
金子資料の『種蒔く人』東京版

 
 自身の執筆文についても、原稿と掲載紙誌の切り抜きが揃っているので、あとで検証がしやすい。

金子洋文「『種蒔く人』と同級生三人」の原稿と切り抜き
金子洋文「『種蒔く人』と同級生三人」の原稿と切り抜き

 
 金子宛の書簡は4155通と多く、差出人には武者小路実篤、志賀直哉、青野季吉、川端康成、荒畑寒村、花柳章太郎らがいる。その一部は、大きな台紙に複数の葉書が貼り込まれており、スクラップブック好きには見ていて飽きない。
「金子資料の書簡からは、当時の人的ネットワークが読み取れます」と、藤原さんは話す。

 2021年には、『「種蒔く人資料室」目録2』を刊行。その後、寄贈された資料を掲載している。
 これらの資料は、キャビネットに収められており、そこから閲覧したい資料を取り出すかたちだった。
 しかし、ちょっとでも書庫の内部を見たいという私の希望を受けて、藤原さんらは郷土資料を収めた書庫に案内してくれた。
 その表示には「金子文庫」とある。「種蒔く人資料室」の金子洋文資料に属さない、書籍をここに収蔵しているのだ。文学や演劇関係の本が並ぶ。

金子文庫の棚
金子文庫の棚

 
金子文庫の演劇関係
金子文庫の演劇関係

 
 その向かいには、「近江谷ハル文庫」もある。小牧近江の叔母にあたる人で、土崎で教員をしていたそうだ。国文学関係の本が多かった。小牧はこのハルから「文学的感化」を受けたという(『『種蒔く人』の射程』)。

港に立って

 藤原さんによれば、『種蒔く人』関係の資料はだいたい整理が終わっているという。
「今後はデジタル化を含め、資料をより多くの方に知ってもらい、活用していただけるような展示や広報を進めていきたいです」

 創刊100周年にあたる2021年には、「雑誌『種蒔く人』を彩った人々」という展示を行ない、リモートで講演を開催した。100周年を機に見学者は増え、資料についての問い合わせも多くなったという。

 前回も触れたが、『種蒔く人』関係の資料は、県立図書館、県立博物館、あきた文学資料館、市立土崎図書館の4カ所が所蔵している。いずれもかけがえのない資料だが、このように分散していると、調べにくいことも多いのではないか。
 いずれは、各館の所蔵情報を一括して検索できるデータベースをつくってほしいと願う。
 それは、土崎生まれの3人の同級生が『種蒔く人』に託した思いを後世に伝えることにもつながるのではないか。

 取材を終えて、天雲さんに港に連れて行ってもらう。
 かつての土崎港は、現在は「あきた港」と呼ばれている。そこには「ポートタワー・セリオン」が建つ。100メートルの高さにある展望室からは、日本海や土崎の市街地が見渡せた。

 先述の顕彰会の座談会では、なぜ土崎で『種蒔く人』が生まれたかが論じられている。田口勝一郎(今野の資料を守った人物だ)は、土崎は川の運輸と海上交通の接点であり、京都や大坂から新しい風俗や文化が入ってくる場所だった。そこに活気が生まれたことが、大衆的な運動につながったのだと指摘する。
 タワーから見る風景は、その言葉が素直に納得できるような、気持ちのいいものだった。
 
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu

秋田市立土崎図書館
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