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「書庫拝見」番外編
『REKIHAKU』特集「蔵書をヒラク」を読む 

「書庫拝見」番外編
『REKIHAKU』特集「蔵書をヒラク」を読む  国立歴史民俗博物館 2024年6月刊

南陀楼綾繁

 本メルマガで「書庫拝見」を連載しはじめて、2年以上が経つ。図書館や資料館、文学館などの一般には公開されていない「閉架書庫」に入り、その本棚に並ぶ貴重な資料やコレクション(文庫)を見せていただく。そして、その空間を守っている方にお話を聞くというものだ。
7月までに24館を紹介してきた。現在、その前半を単行本にまとめる作業中だ。
 
 そんななか、国立歴史民俗博物館の研究誌『REKIHAKU』の特集が「蔵書をヒラク」だと
知り、すぐに入手した。特集のリードには、「ヒラク」には「蔵書そのものの実態を明らかにするため、記録史料や書籍類をもとに丁寧に読み解くこと【披く】」「古代から近現代まで、多分野の幅広い視角から“蔵書”のあらゆる面に迫ること【開く】」「『蔵書文化』という新たな学際的なテーマを提起すること【拓く】」「このような研究成果を紹介することで、読者の皆さんの日々の生活が豊かになることに少しでも繋げること【啓く】」の4つの意味を込めたとある。9編の論文・コラムが掲載されているが、これまで取材した館で見聞きしたのとイメージが重なることも多く、興味深く読んだ。
 
 本特集の編集を担当した工藤航平氏の総論「蔵書文化ことはじめ」によれば、「蔵書」とは「その人固有の〈知〉を表象したもので、蔵書を深堀りすることで〈知〉の形成・継承のプロセスを解き明かすことができる」という。しかし、竹原万雄「旧家に伝来した書籍保存の課題」にあるように、歴史学では手書きの古文書が重視され、書籍の史料的価値が低く見られていた。「とくに一見して印刷物とわかる書籍は、他所に残存している可能性が高い=『希少価値が低い』と判断され」たのだ。それが2000年代以降、「書籍を文書と同様に史料として
扱い、地域の遺された多種多様な書籍に注目して、書籍がもつ社会的な影響力の解明や、
読者・社会の変容を描く研究が行われるようになった」(「蔵書文化ことはじめ」)。
 
 江戸時代以前の蔵書は、正倉院献納宝物から古代の蔵書を探った小倉慈司「古代天皇の
宝庫」
、金沢文庫の形成・継承をたどる貫井裕恵「中世鎌倉 武家と寺家のアーカイブス」にあるように、特権階層が持つものだった。それが江戸時代になると、読み書きできる層が広がり、版本・写本が流通するようになったことで、個人が蔵書を持つ時代が現れた。彼らは独自のネットワークを持ち、借りた本を写して蔵書を増やし、会読(読み合わせ会)やコレクションの交換会によって知識の質を高めていった(岡村敬二『江戸の蔵書家たち』講談社選書メチエ)。「書庫拝見」の松阪(江戸時代は「松坂」)の本居宣長記念館や射和文庫の取材でも、本居宣長や竹川竹斎が江戸や京都の最新情報をいち早く手に入れ、またそれを他の人に伝えていたことが判った。伊勢における蔵書家のネットワークについては、菱岡憲司『大才子・小津久足』(中公選書)に詳しい。
 
 小池淳一「書物と民俗」は、民俗学において調査の対象外とされがちだった書物が、生活の中にどのように根付いていたかを、沖縄や福島の例をもとに論じている。そこでは本が擬人化されたり神聖視されたりするのだ。民俗学と書物については、川島秀一『「本読み」の民俗誌』(勉誠出版)がある。気仙沼地方には「本読み」「小説読み」と呼ばれる人たちがおり、彼らに読んでもらうために蔵書を持つ家もあった。書物は共有され、語られ、改変されながら伝えられるものであったのだ。
 
 山中さゆり「松代藩真田家の本箱」は、松代藩の蔵書を収めた「本箱」がテーマだ。
その本箱には複数の貼紙があり、書籍目録と照合すると多くのことが判るという。一方、
菅谷壽美子「池波正太郎の書斎」は、『真田太平記』の著者でもある池波が、書斎でしばしば手に取った書物を紹介する。小粥祐子「日本住宅における『知を形成する空間』」は、江戸城本丸御殿のどの部屋で将軍が本を読んだかを推理している。
 
 特集最後の岡村龍男「『羽田八幡宮文庫旧蔵資料』の郷土資料としての再構築」は、羽田八幡宮の旧蔵書が豊橋市図書館に所蔵された経緯をたどるもの。羽田八幡宮文庫は1848年(嘉永元)に宮司の提案で生まれたもので、誰でも利用できた。貸出箱の蓋の裏には、貸出冊数や
貸出日数、弁償責任などの規則が書かれているという。「書庫拝見」で取材した宮城県図書館にも「青柳文庫」が所蔵されている。江戸の富豪・青柳文蔵が献上した書籍と維持資金をもとにして1831年(天保3)に設立したもので、「日本初の公共図書館」と云われる。
 
 岡村氏は「文庫資料のような様々な来歴を持つ資料群をいっしょくたに分類してしまうと、文庫資料それぞれが持っていた『図書館蔵書となる前』の秩序や性格がわかりにくくなってしまう」と指摘する。幸い、私が取材した図書館や資料館では、「旧蔵書」はひとつの塊りとして別置されており、多くの場合、その来歴を示す資料も残されている。それによって、どんな人たちが旧蔵書を築き、守り、受け継いできたかというドラマを私なりに描くことができるのだ。そして、日本近代文学館や長岡市立中央図書館・文書資料室の回で触れたように、古書業界の人々もこの「来歴」に深く関わっている。
 
どこから読んでも面白い特集だったが、「蔵書」にはまだまだヒラクべき要素があるはずだ。第2弾を期待したい。
 
 
 
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)
 
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。
 
X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu
 
 
==========単行本化のお知らせ==========
 
10日配信号で好評連載中・南陀楼綾繁さんの「シリーズ書庫拝見」が
本になります!『書庫をあるく アーカイブのかくれた魅力』(仮)は
今秋刊行予定です。乞うご期待!
 
『書庫をあるく アーカイブのかくれた魅力』(仮)
南陀楼綾繁 著/皓星社 刊/価格未定
 
 
==========今回ご紹介した書籍==========
 
cover_REKIHAKU
 
 
『REKIHAKU 特集・蔵書をヒラク』
国立歴史民俗博物館・工藤航平・箱崎真隆 編
国立歴史民俗博物館 発行
文学通信 発売
1,200円(税込)
ISBN:978-4-86766-055-3
 
好評発売中!
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-86766-055-3.html
 
 

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