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メールマガジン記事 シリーズ古書の世界

破棄する前に4 気になる池波正太郎装幀本

破棄する前に4 気になる池波正太郎装幀本

三昧堂(古本愛好家)

 私は探偵小説や時代小説のファンではない。この分野の本は殆ど読んでいないのだが、山本周五郎と池波正太郎だけは多少作品も読んでいるし、興味がある。読みだしたら、それだけにのめりこみそうなので避けてさえいるほどであるが、今回、その池波正太郎作品、特に池波
自装本について話をしたい。

 先日、『定本池波正太郎大成』の第四巻から七巻までの「鬼平犯科帳」四冊が驚くほど安く売られていたので思わず買ってしまった。A5判、2段組で合計3400頁に及ぶ大冊である。
書誌解説は詳細であるが、挿絵もなく、いわばテキストデータみたいな本で、確かに安くても敢えて買う人は稀だろうと思う。この『定本池波正太郎大成』は本巻30巻に別巻1冊がつく
大部の全集である。

かなり前になるが別巻「初期作品・対談座談・絵画・写真・書誌・年譜」(2001・講談社)のみ古書即売会で売られていたのを求めていた。書誌記述の詳細なのに惹かれたのである。
年譜も生活年譜ではなく著作年譜で、書誌は各書の書影が収められた見事な書誌である。年譜と書誌が相俟った完璧な書誌と言えると思う。いわゆる流行作家、大衆作家の全集・著作集としては異例の本である。私はどちらかと言えば「鬼平」よりも「藤枝梅安」が好きなのであるが、「別巻」の充実に惹かれて「鬼平」に手を出したわけである。

『定本』の各巻の書誌も詳細で、「鬼平」の初刊本は文藝春秋からの刊行だが、初出誌『オール読物』、それ以降収録の『別冊歴史読本』、文藝春秋版の単行本、文春文庫版、『池波正太郎集』(朝日新聞社)について触れ、各書の異同も記録している。いわゆる純文学系の文学者でもなかなかここまで徹底した書誌は稀だろう。昔、講談社の文芸局長や取締役を歴任された故・鷲尾賢也さんに、あの書誌は凄いですねと話したら「そうだろう」と満足そうな顔をされたのを思い出す。

 『オール読物』掲載時には佐多芳郎、「新鬼平犯科帳」になると中一弥が主に挿絵を描いているが、『週刊文春』連載の「番外編」では池波自身で挿絵を描いている。昭和59年に刊行された番外編『乳房』の装幀・挿画とも池波自身によるものである。池波の絵は定評があるが、この単行本『乳房』も素人技ではない。

  乳房 表紙 文藝春秋 昭和59年11月刊行
  〇乳房 表紙 文藝春秋 昭和59年11月刊

 著書に自分で挿絵を描いた例としては、北原白秋が真っ先に思い浮かぶが、滝沢馬琴も
「南総里見八犬伝」などの版下絵を描いている。時代小説は殊に時代考証が求められるので、前記した中一弥さんなども資料収集家としても有名であった。神保町古書店街でよくお見受けする逢坂剛さんの父上である。

 『完本池波正太郎大成別巻』の書誌によれば、装幀を担当しているのは、玉井ヒロテルによるものが圧倒的多い。他に真鍋博、三井永一、風間完、中一弥、村上豊、伊坂芳太郎などがあるが、池波による自装本を以下に列挙してみる。

 新・鬼平犯科帳 番外編 乳房 昭和59年11月 文藝春秋
 同  文春文庫 昭和62年12月 文藝春秋

 新・鬼平犯科帳 炎の色 昭和62年5月 文藝春秋
 
 剣客商売 浮沈 平成1年10月 新潮社

  浮沈 表紙 新潮社 平成元年10月(平成2年2月6刷)
  〇浮沈 表紙 新潮社 平成元年10月(平成2年2月6刷)

 闇は知っている 新潮文庫 昭和57年1月 新潮社
 (昭和53年刊行の立風書房版の装幀は辰巳四郎)

 ひとりふんどし 新書版  昭和58年8月 東京文藝社
 (昭和45年 東京文藝社・新書版の装幀は伊坂芳太郎)

 おとこの秘図 上中下 新潮文庫 昭和58年9月 新潮社
 (昭和52年 新潮社初版6冊の装幀は玉井ヒロテル)

  おとこの秘図 上中下 表紙 新潮文庫 昭和58年9月(平成14年40刷)  おとこの秘図1、4、6巻、中一弥装幀、新潮社、昭和52年から53年
  〇おとこの秘図 上中下 表紙       〇おとこの秘図1、4、6巻、中一弥装幀、
   新潮文庫 昭和58年9月(平成14年40刷)  新潮社、昭和52年から53年

 忍びの旗 新潮文庫 昭和58年9月 新潮社
 (昭和54年 新潮社初版の装幀は村上豊)

 真田騒動―恩田木工 新潮文庫 昭和59年9月 新潮社

 あほうがらす 新潮文庫 昭和60年3月 新潮社

 剣客商売番外編 黒白 上下 新潮文庫 昭和62年5月 新潮社
 (昭和58年 新潮社初版の装幀は村上豊)

 雲ながれゆく 文春文庫 昭和61年1月 文藝春秋
 (昭和58年 文藝春秋版初版の装幀は北澤知巳)

 秘密  昭和62年1月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成2年1月 文藝春秋

  秘密 カバーと口絵 文藝春秋 昭和62年1月
  〇秘密 カバーと口絵 文藝春秋 昭和62年1月

 緑のオリンピア 講談社文庫 昭和62年4月 講談社
 (東京文藝社『ひとりふんどし』を改題)

 真田太平記1~12 新潮文庫 昭和62年9月~63年2月 新潮社
 (昭和49年~59年 朝日新聞社版初版の装幀は玉井ヒロテル)

 原っぱ  昭和63年4月 新潮社

 編笠十兵衛 上下 新潮文庫 昭和63年4月 新潮社
 (昭和45年 新潮社初版の装幀は中一弥)

 食卓の情景 新潮文庫 昭和55年4月 新潮社
 (昭和48年朝日新聞社版の装幀は玉井ヒロテル)

 日曜日の万年筆 昭和55年7月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和59年3月 新潮社

 旅は青空 昭和56年7月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和62年3月 新潮社

 散歩のとき何か食べたくなって 昭和52年12月 平凡社
 同 新潮文庫 昭和56年10月 新潮社

 味と映画の歳時記 昭和57年5月 新潮社
 同 新潮文庫 昭和61年4月 新潮社

 一年の風景 昭和57年9月 朝日新聞社

 青春の忘れもの 新書版 昭和58年10月 東京文藝社
(昭和44年刊行の毎日新聞社版の装幀は玉井ヒロテル)
 むかしの味 昭和59年1月 新潮社

 梅安料理ごよみ 昭和59年5月 講談社

 私の歳月 講談社文庫 昭和59年6月 講談社
(昭和54年 講談社初版の装幀は中林忠良)

 食卓のつぶやき 昭和59年10月 朝日新聞社

 男の作法 新潮文庫 昭和59年11月 新潮社
(昭和56年 ごま書房版の装幀は佐村憲一)

 肴 日本の名随筆26 昭和59年12月 作品社

 夜明けのブランデー 昭和60年11月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成1年2月 文藝春秋

 映画を見ると得をする 新潮文庫 昭和62年7月 新潮社
(昭和55年 ごま書房版の装幀は上條喬久)

 フランス映画紀行 新潮文庫 昭和63年6月 新潮社

 池波正太郎の春夏秋冬 平成1年4月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成7年1月 文藝春秋

 ル・パスタン 平成1年5月 文藝春秋
 同 文春文庫 平成6年12月 文藝春秋

 ドンレミイの雨 新潮文庫 平成1年6月 新潮社

 これらを見ると、昭和52年の『散歩のとき何か食べたくてなって』や、昭和55年の『日曜日の万年筆』などのエッセイ集の装幀から始まり、徐々に『乳房』(昭和59)や『秘密』
(昭和62)などの小説の装幀、あるいは文庫化にあたり自装に変更していったことが分かる。

ただ、エッセイ集の装幀はいずれもお洒落だが挿図の延長のような感じである。しかし小説『乳房』や『浮沈』の装幀は、プロの装幀家以上の斬新なデザインで魅力的で、『秘密』は
装幀以上に口絵が大胆である。また新潮文庫『おとこの秘図』の装画はガラッと変わった抽象画で、初版の玉井ヒロテル装幀、中一弥挿絵・装画とは全くイメージが違う。文庫版の解説を初出時に挿絵を描いた中一弥氏が書いているが、作品内で度々描かれる浮世絵春画にも由来して、「週刊新潮」の連載にあたり挿絵として「秘戯図」を描こうと決めたが、様々な意味で
難しい作業であったようだ。その苦労した挿絵が文庫には掲載されておらず、更に池波自身が描いた装幀画は抽象画であった。このドロドロとしたイメージは男女の得も言われぬ情念の
世界を描いたのだろうか。その中一弥氏の苦労した挿絵が見たくなって、全六冊の初版を注文してしまい、また本が増えてしまった。

 今回特別なファンでも愛読者でもない池波正太郎に関心を持ったのは、前回も触れたように、三冊欠けた『中野重治全集』を貰い書棚に収めるために、当座必要ではない吉川弘文館の『日本随筆大成』を物置に移そうとして取り出した一冊第二期22巻に森山孝盛の「蜑の焼藻の記」が収められており、読み始めたら内容が面白いのに加え、その森山が鬼平・長谷川平蔵組に居た幕臣とあり興味を持ったことに始まる。

解説によると「蜑の焼藻の記」は冷泉家門下の歌人でもあった孝盛が、新井白石の「折りたく柴の記」にならい、寛政の改革に当って、松平定信、矢部定謙、中川忠英などの逸事や、冷泉家、日野家など歌壇の消息や、本人の身辺を記録したもので、執筆の動機は、加役の火付盗賊改を免ぜられたことにあったとのことだ。孝盛は四百石取りの幕臣で寛政六年御目付ヨリ、
同七年定加役 長谷川平蔵組、同八年定加役御免、とあるから火付盗賊改としては一年ほどの期間であったということだろう。学識もあり循吏の聞もあり楽翁松平定信の信任もあつかったが、火付盗賊改の任期一年は短い。免職が執筆の動機とのことだが、長谷川平蔵とは折りが
合わなかったのか、あまりよく書いていない。以下の通りだ。

 「寛政七年五月、加役つとめ居たりし長谷川平蔵重病にかゝりて、危かりければ、翁(注・孝盛のこと)を召て捜捕の役を被命ぬ。彼長谷川小ざかしき生質にて、八年の間加役勤るうち、様々の計をめぐらしけり。たとへば加役は御手先諸組より増人をとることゆへに、其増人に来りたるもの共に、長谷川が紋付たる高提灯を渡し置たり。若最寄々々に出火ある時は、
其高提灯をともして、速に火事場に押立置せたり。されば愚かなるものゝ目には、はや長谷川の出馬せられたると、驚き思はするためなり。(略)長谷川申乞て、銭の売買なんどしたり。

八年が間様々の奇計をめぐらしたるにより、世上にては口々に長谷川がことを批判したりけり。元来御禁制の目あかし岡引といふものを専らつかひたるゆへに、差掛りたる大盗強盗なんどは、忽チ召捕て手柄を顕したれども、世上は却て穏かならず。大火も年々不絶けり。(略)翁思ひもよらず、捜捕の職を命ぜられければ、つくづくと考ふるに、世上の不正を改め、刑罰を行ひ、人の生死を決断する役目なれば、人を捕ふることは、第二にして我組の者どもの不正のふるまひなからんことをのみ、日夜厳しく禁めて、いさゝかも宜しからざる趣あれば、
忽其人を省みて、他組より別人を入替る様にはからひたり。扨岡引目明しをかたく禁じて、色々所存のあらましを執政達に申述たりき。さらば召捕ものは少なかるべきに、日々に罪に
つくもの多くして、彼奇計をめぐらしたる長谷川が手並に少しも替わることなかりけり」

 と言った具合で、役人として考え方の違いがはっきり出ている感じだ。小説やテレビで描かれた鬼平、あるいは瀧川政次郎の『長谷川平蔵 その生涯と人足寄場』(1975・朝日新聞社)などでは、高く評価される鬼平だが、同時代には違う見方があったことを知った。この『日本随筆大成』捨てずに良かった。

 
 
※シリーズ古書の世界「破棄する前に」は随時掲載いたします。
 
 

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