古本屋ツアー・イン・ジャパンの2015年上半期活動報告古本屋ツーリスト 小山力也 |
いよいよ八年目に突入した自主的古本屋調査であるが、今回は古本屋の話ではなく、古本の話から始めたい。何故ならこの毎日古本屋を求めて街を彷徨う男を、古本の女神が哀れに思ったのか、突然にっかりと微笑みかけてくれたからである。 時はまさに元日、場所は西武新宿線沿線にある年中無休のリサイクル系古本屋さん。神保町・早稲田・本郷と、お正月休み中の日本三大古本屋街を見て回った後、疲れた足を引き摺り商店街の片隅にあるお店の店頭棚にたどり着くと、目についたのは185ミリ×150ミリの少々傷んだ80ページ余の変型本。引き出してみるとそれは椎の木社「随筆/井伏鱒二」であった。 裏表紙に貼られた値段シールを見ると五百円とある。わりと珍しく高価な本なのだが、この時はそんなことも知らず『五百円か、高いな…』と無知に思う。しかし見返しを開いてみると、そこには墨書きで文字がズラズラと書き連ねてある。ドキリとして慌てながら目を走らせると、それは驚くことに井伏鱒二から三好達治への献呈署名で、一文はこの本の序文に三好の詩を使わせてもらった謝辞であった。瞬間、肌が泡立ち背筋に電撃が走り、その衝撃は脳内でバシッとスパークした! ということはこの本は、三好達治の旧蔵書でもあるのか! こんな風に、日本近代文学史の一ページに、己が唐突に無造作に、手を触れているなんて! こんな貴重な本を掘り出せるなんて! このリアリティのない状況を信じられないまま、ソワソワしながら本を購入し、強く冷たい風が吹く黄昏の帰り道を、途中何度も足を止め、本を取り出し、見返しを眺めることを繰り返す。この本が、古本に関わって来た長い人生の中で、間違いなく一番の掘り出し物となった瞬間である。 そして同時に、改めて古本屋で古本を買う楽しさを再認識し、古本屋の店先には、まだまだ夢が転がっているのだ、と強く思うようになる。 この出来事があってから、古本仲間に会うと『もう一生分の運を使った』『もうすぐ死ぬのではないか』などとからかわれたものだが、自分もちょっとだけは、確かにそんな風に思っていた。もうあれ以上の強運と感動はないであろうと。しかし、古本の女神は驚くことに、まだまだ軽く微笑み続けてくれていたのである。今年六月までに、集団形星「風光る丘/小沼丹」(三千円)、新正堂「熱線博士/蘭郁二郎」(八千円)、雄山閣YZミステリ「四枚の壁/楠田匡介」(三千円)、竹村書房「皮膚と心/太宰治」(五百円)などを次々と見つけ出し、夢にまで見た本たちを、相場より遥かに安値で手に入れる快感を獲得していく。 もっとしっかり頑張れば、もしかしたらセドリで暮らしていけるのではいかと錯覚するほどの快進撃であった。もういい加減女神にはそっぽを向かれるかもしれないが、めげずに後半戦も素晴らしい本をハイエナのように求め、巷の古本屋を彷徨って行きたいと、考えている またそれらの微笑みとは別に、四月には別のじんわりした微笑みがあった。それは書評家&古本ライターの岡崎武志氏が秘蔵していた、夭折の芥川賞作家・野呂邦暢の写真をまとめ、「盛林堂書房」から岡崎氏と共編集で、四月に出版出来たことである。その名も「野呂邦暢古本屋写真集」! 芥川賞作家が異様なほどの情熱を秘めて撮った、神保町・早稲田・池袋・渋谷・広島の古本屋の、店構えや店頭棚、さらには本を読む人たちを捉えた、前代未聞の古本屋写真集! 古本屋についてのエッセイも多い野呂は、憧れの作家のひとりであるが、まさか古本屋を追い求めて生きて来たら、こんな素晴らしい写真集を編むチャンスに恵まれるとは。まさに人生の玄妙さと幸せを味わえる楽しい仕事であった。おかげさまで五百部はあっという間に完売し、将来古書価値の上がる本を作れたと今でも自負している。 もちろんそんな怒濤の半年を古本探しや編集作業だけに費やしていたわけではない。掘り出し物発見は、あくまでも連綿と続く古本屋調査の副産物なのである。とは言っても今年はまだ地方にそれほど遠征出来ていないのが現状である。一月に雑誌の取材を兼ねて念願の「万歩書店」全店ツアーと下諏訪のサブカル隠れ部屋「正午の庭」、二月に静岡の写真関連に強い「壁と卵」と休眠中の布佐の古民家古本屋「利根文庫」、三月の京都「中井書房」と「水明洞」、五月に新潟の沼垂市場跡に移転した「FISH ON」が目立った遠征ツアー先であり、例年に比べると極端に少ない。これは後半戦に、どうにか巻き返したい大きな課題である。 だが別にツアーをさぼっているわけではなく、ほぼ毎日古本屋を訪ね歩く日常は変わらない。最近は『古本屋消息』と称し、一度ツアーしたお店を再訪することが多くなっているのだ。主に関東近県のお店に絞られているが、訪ねた当時にすでに存在の危うかったお店や、情報がネットから消えたお店など、気になるお店を自らの足で再び回っているのである。今のところその現存率は約五十パーセントといったところだが、いつの間にか跡形もなく消滅したお店に思いを馳せ、またしぶとくたくましく現存するお店に再会したりするのは、古本屋界の片隅で起こっているさざ波を目にしているようで、どうにかこれら小さなお店の記録を残して行きたいと、入れ込みながら楽しみ、足を動かし続けている。 実はこの二周目ツアーは、私にとって重大な意味を持っている。それは今年の秋に出す予定の、二冊の単行本のための予備調査なのである。一冊は古本屋ツアーの骨格としてある、面白いお店や驚きのお店を集めたもの。そしてもう一冊は、古本屋ツアーの実用的なガイドとしての本である。まだプレ編集段階なので、二冊ともどんな本になるのかその全貌ははっきりとしていない。しかし今までの二冊に加え、さらにまたもや古本屋について二冊の本を出せることは、とても喜ぶべきことでもあり異常でもあり、つまりはどれだけ古本屋さんが好きなんだ!ということの表れでもあるのだ。その古本屋への無闇な愛が、本としてうまく結晶するように、2015年後半戦も、古本屋に熱い視線を注ぎ、古本屋まみれになりながら、暮らしていくつもりである。 『古本屋ツアー・イン・ジャパン』 2008年5月からスタートした、日本全国の古本屋&古本が売っている場所の、全調査踏破を目指す無謀なブログ。お店をダッシュで巡ること多々あり。「フォニャルフ」の屋号で古本販売に従事することも。ブログ記事を厳選しまとめた『古本屋ツアー・イン・ジャパン 全国古書店めぐり 珍奇で愉快な一五〇のお店(原書房)』と、神保町についてまとめた『古本屋ツアー・イン・神保町(本の雑誌社)』が発売中。 |
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