『古本屋という仕事 スローリーディング宣言!』について澄田 喜広(よみた屋)
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古本屋の商売は謎である。薄暗く、饐えた匂いのする店内に、店主だかアルバイトだかわからない人が一人座っている。それほど本が売れているようにも見えない。ビジネスマンなら、これで経営が成り立つのかと心配するだろうか。あるいは定年間近の人なら、本に囲まれて静かに時間が流れる古本屋の店主に自分もなってみたいと憧れるだろうか。
店舗を開いている古本屋が減ってしまったから、そのようなイメージさえ今では持たない人が多いかもしれない。 一般には、古本屋の店内には静かな時間がゆったりと流れていると思われている。だが、それは間違いだ。店に座っているのは、店主にとって「休み時間」のようなものである。毎日何万円かの売上がなければ食べていくことができない。数百円か、せいぜい数千円程度の本でそれだけの売上に達するためには、大量の本を売らなければならない。もし店の本があまり動いていないようだったら、どこかで何かをしているはずだ。 古本屋店主の手の中では、実際には超スピードで本が流れているのだ。仕入れた本が全部売れるわけではないから、あつかう本の量は膨大である。店主と話したことがある人は、古本屋が肉体労働だと聞かされたかもしれない。出張買取で自宅に呼んだことがある人は、目のあたりにしただろう。 古本屋の仕事は本の激流を泳ぐことである。本の買取依頼を受けて、どんな本があるかと質問すると「いろいろな本がある」という答えをいただくことが多い。しかし、本当にいろいろな本を持っている人はほとんどいない。たいていは書店の棚で考えれば2、3カ所に分類される程度だ。数学の専門書も、美術評論も、言語学や歴史学の本もあります、ということはない。しかし、本屋はそれら全部を一応はあつかうことになる。たとえ自分の店には置かないとしても、重要な本なのか全く無価値な本なのか程度の区別は必要である。 量においても膨大、質においても多岐にわたる本を扱う古本屋のやることは、それらの本の交通整理である。傷んだ本は破棄するか補修するか分別し、内容が古くなった本や市場にありあまっている本は均一として安売りし、価値はあるけれど自店にむかないものは交換会に出品する。自分で売る本も、店の棚に並べるか、即売会に持って行くか、目録に書くか、さまざまな分類がある。もちろん値付けもしなければならない。そして、相場に沿った客観的な判断だけではなく、本の内容に関する主観的な評価もちょっぴり加える。それが店の個性になる。 『古本屋という仕事――スローリーディング宣言!』では、古本屋の日々がどのように過ぎてゆくか、私自身の経験も交えながら解説している。古本の仕入れ方、売り方、交換会のこと、店づくりの方法、いくつかのビジネスモデル、そして経営を成り立たせるためにはどうしたら良いか。それらのことを、詳細に解き明かした。後半には私の店「古本よみた屋」の歴史にも触れている。前著『古本屋になろう!』を読んでいない方にもわかるように、古本屋について基本的な事柄から書いている。そのため内容的に重なる部分もあるが、前著が古本屋を開業したい人向けの実用書だったのに対して、『古本屋という仕事』は本に興味があるすべての人に向けた古本屋の打ち明け話という性格のものだ。 本の値付けに関しては前著ほど詳しく述べていない。それは、この10年で古書のネット販売が促進されて、本の値段は「検索すればすぐにわかる」という状況になったからだ。かつては本の値踏みをできるようになるためには10年以上の修業が必要だと言われていた。今は本の知識などなくても、ネットを検索すれば誰でも値付けができる。しかし、だからこそ経験と勘が重要になった面もある。値段が同じでも、売れ行きは違う。同じ3000円の本が明日売れるのか、1年かかるのかは大違いである。売れるまでの時間は、未来に関することがらだから正確に予測することはできない。統計的には計算できそうだが、本は種類が多く少しずつしか売れないので、データが少なすぎて統計的な傾向がつかめない。 誰でもできるような商売になったいまこそ、「相場を覚えている」という技術的な面以外での楽しみが増しているように思える。古本屋にとっては、どのような品揃えをするかが、かつて以上に重要になっている。店の個性と言えば近年は「独立系」と言われる新刊書店が話題である。独立系書店の多くがかなり意識的な選書をしているのに対して、個性派といわれるセレクトショップ型の書店であっても古本屋ではもう少し漠然とした選書方法をとっていることが多い。それは、古本屋では「この本を売りたい」と思ってもピンポイントでの仕入れは難しいからである。市場である傾向の本を落札することはできるけれど、個別の仕入れはできない。また、同じ本を数多く売って、その本の内容をひろめる新刊書店と違い、古本屋では一冊売ってしまえば同じ本はないから、あえて適度に売れ残りが出るように工夫しなければならない。店の客からの買取もあるから、客との緊張関係で品揃えが決まるのである。 店の個性づくりは、古本屋の場合一筋縄ではいかないむずかしさがある。しかし、お客さんに支えられて自然にできるという側面もある。特別な傾向を持つ本屋でも、話を聴いてみると初めからそうだったわけではなく、ある時期から専門化していった業者が多い。たいていはその分野の大量買取が切っ掛けだ。古本屋は難しいようでいて、食品のように中毒で人を傷つける心配はないし、設備もたいしていらないので気楽に始められる商売だ。ただし長く続けるにはそれなりの執念のようなものが必要である。 本書は古本屋の裏話も書いてあるので、なじみの古本屋を見る見かたも変わってくると思う。本書を読みおえたみなさんは、同じ本屋に一週間後、一月後、三ヶ月後と時間をおいて通ってみてほしい。本棚の裏を流れる本の奔流が見え、その怒濤が聞こえるようになるはずだ。 澄田 喜広(スミダ ヨシヒロ)
*ー*ー* 前著『古本屋になろう』もメルマガでご紹介しました! 自著を語る(121) 「ちょっと本気で古本屋になるための本」(2014年11月16日号) 書名:『古本屋になろう!』
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