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文化センター・アリラン
在日の歴史と文化を次代に伝える【書庫拝見39】

文化センター・アリラン
在日の歴史と文化を次代に伝える

南陀楼綾繁
 1月11日の午前中、私は新大久保駅からよたよたと歩いていた。足がしびれるので長くは歩けない。数百メートル行ったところで、ガードレールにもたれかかって休む。目の前を韓国アイドルのグッズを手にした女の子たちが通り過ぎていく。
 ご無沙汰しています。南陀楼綾繁です。冒頭から景気の悪い描写ですみません。昨年の夏、急に腰が痛くなって、外出もままならなくなり、引きこもりの生活を送っていました。椎間板ヘルニアだと判明してからは、メンタルも落ち込み、仕事が手につかない日々でした。というわけで、「書庫拝見」も半年以上休んでしまいました。再開しますので、またお付き合いをお願いします。

 新大久保の路上に話を戻す。普通の身体なら7、8分で着く距離を、20分近くかかって目的の「第二韓国広場ビル」にたどり着く。編集のHさんとも久しぶりにお会いする。
 今回取材する〈文化センター・アリラン〉はこのビルの8階にある。その下の階には、韓国・朝鮮の歴史を伝える〈高麗博物館〉が入っている。 

★アリランの入るビル

 アリランのドアを開けると、事務局の李正守(リ・ジョンス)さんが迎えてくれる。ここは朝鮮関係の書籍、資料を約5万点所蔵する、日本では数少ない朝鮮学の専門図書室なのだ。

★アリラン入り口

「資料の9割は三郷市にある資料室に所蔵されています。この大久保の図書室では、一般の利用者に必要な資料や新しい刊行物を置くようにしています」と、李さんは説明する。たしかに、壁面の棚には在日韓国人・朝鮮人をめぐる本がずらりと並ぶ。

★図書室の本棚

 また、韓国や朝鮮に関する雑誌や、運動の機関誌なども揃っている。

★雑誌・機関誌のバックナンバー

 利用者は研究者や学生が中心。意外にも在日の人は少なく、日本人の方が多いという。「下の高麗博物館の来館者が立ち寄ることもあります。また、来日した韓国や中国の方が来館されることもありますね」
コリアンタウンである大久保にこのような資料館があるのはふさわしいことのように思えるが、「アリランは最初、西川口にあったんです」と李さんは話す。その設立から現在地に移転するまでの経緯をたどってみよう。
 なお、アリランの沿革や所蔵資料については、アリランの理事でもある鄭栄桓(チョン・ヨンファン)さんによる「文化センター・アリラン(東京都新宿及び埼玉県)所蔵資料調査及び解題」(以下、鄭栄桓論文)を参照した。

【在日としての思いが原点】

 1992年11月7日、西川口に文化センター・アリランがオープンした。開館を伝える新聞記事には、「朝鮮史関係の蔵書2万冊」「関東に『在日文化』の拠点」などの見出しがある。読売新聞の記事には、書架に並ぶ資料を手に取る男性の写真が載っている。これが創設者の朴戴日(パク・チェイル)理事長だ。
 朴戴日は1929年(昭和4)、静岡生まれの在日2世。小学校卒業後、一家は埼玉県川口市に移転。ここがアリランの設立地になる。当時の川口には鋳物工場が多くあり、そこで働く在日コリアンが居住した。
 その後、横浜市で建築会社を設立。朝鮮の近代史に関心を持つようになった朴戴日が出会ったのが、朝鮮史研究者の姜徳相(カン・ドクサン)だった。『現代史資料』(みすず書房)の「関東大震災と朝鮮人」編集や『関東大震災』(中公新書)、『朝鮮人学徒出陣』(岩波書店)などで知られる。

 当時、姜徳相は和光大学で朝鮮史の講座を持っていた。和光大は朝鮮学校の受験資格を認め、朝鮮史の講座を最初に開設した。しかし、同大の図書館には朝鮮関係の書籍が少なかったため、姜徳相は在学する在日子女の保護者に協力を呼びかけた。その父兄のひとりが朴戴日だった(姜徳相「追悼 朴戴日先生」、『朴戴日追悼文集』文化センター・アリラン)。
 その後、「事業家である朴さんが次の世代に何か残すものはないかと考えたのが、歴史や文化を学ぶ殿堂づくりであった」。1987年、新宿に「近現代史研究所準備室」を設置。そのかたわら、施設の開設場所を探したが、結局、母が住む西川口の地を選んだ。
 その理由について、妻の中尾恵子は「ここハルモニ(おばあさん)の血と汗の染み込んだ土地なのです。この地に対する朴家の執着はとても熱いものです。(略)自分たち一族の苦労が染み込んだところなのです」と語る(「座談会 朴戴日と『文化センター・アリラン』と川口」、『アリラン通信』第44号、2010年6月)。

 朴戴日にとって、この地に在日研究の場をつくるのは、母への罪滅ぼしの意味もあった。
「朴先生は40歳過ぎまで自分は朝鮮人としての劣等感を持っていて、1世のお母さんがチョゴリを着て歩いたり、外股で朝鮮人独特の歩き方するのが恥ずかしくて(略)」(「座談会 文化センター・アリランの未来を展望する」、『アリラン通信』第45号、2010年11月)
 それが姜徳相ら朝鮮史研究者との交流を通じて、朝鮮人としての自覚を取り戻したことから、私財を投じて地上1階、地下1階の建物を竣工。これが文化センター・アリランとなる。館長は姜徳相が務め、朝鮮史研究者数名が理事となった。

★西川口時代のアリラン

 設立趣意書には、「国籍、思想、信条を問わず、朝鮮半島・朝鮮民族に関心を持つみなさんが、歴史と文化を通じて一人でも多く新しい友人と出会い、人間性を豊かにし、幅広い視野を得る共通の場たらんとするものである」とある。

 地下1階に設けられた書庫は「伯陽書院」と名付けられ、朴戴日の蔵書のほか、梶村秀樹文庫、田川孝三文庫、姜在彦文庫など約2万冊が所蔵されていた。
 一方、近現代研究所として、「民族関係の中の朝鮮民族研究会」など複数の研究会が開催され、講演会、シンポジウム、コンサートなども行なわれた。
 8年間、この地で活動していたアリランだが、朴戴日の死去などさまざまな事情で、移転を余儀なくされた。その際、韓国食品スーパー「韓国広場」の社長で、アリランの理事でもある金根熙(キム・クンヒ)さんの支援により、大久保の現在地に移転することになったのだ。
「大量の資料をここには置けないので、三郷市に倉庫を借りて資料室としたんです」と、李正守さんは話す。

 李正守さんは1984年、秋田県生まれ。子どもの頃は在日ということにマイナスのイメージを持っていたという。「友達と違うのが嫌だったんです」。しかし、大学で在日の友人ができたことから意識が変わり、十数年間、在日朝鮮人運動に関わった。
 アリランには2022年から勤める。「司書の資格を持ってないこともあり、最初は本の扱いに慣れませんでした」と振り返る。しかし、いまは「資料に触れていると、本の力を感じます。ここの本を多くの人に利用してほしいと思います」と話す。
 アリランでは、朝鮮語教室、研究会活動などを開催。近年では、朝鮮関係の図書の著者や訳者をゲストに招く「アリラン・ブックトーク」を毎月開催している。

【田川文庫の貴重書】

 先に述べたように、アリランでは現在約5万冊の資料がある。そのうち約4万冊が日本語で書かれたものだ。
 あとで触れる個人の文庫以外に、寄贈された資料も多い。また、図書以外にパンフレット、原資料などの紙資料も多くある。
「専任のスタッフが私ひとりしかいないため、手つかずになっている資料も多いです。保管しておいて、あとで整理するしかない状況です」と、李正守さんは話す。
 図書室の奥にある部屋には、田川孝三文庫がある。田川は朝鮮総督府で朝鮮史編集に関わり、戦後は東洋文庫、東京大学に勤務した。同文庫には『李朝貢納制の研究』のために集めた李朝の資料や、各地の図書館が刊行した東洋関係の文献目録などが含まれる。

★田川文庫の本棚

 
★書誌や展示目録などが並ぶ

 田川文庫には洋装本と線装本(いわゆる袋綴じの本)がある。「田川は朝鮮の出版文化にも造詣が深かったことから、漢籍、朝鮮本、和刻本などの線装本を数多く蒐集」しており、中には韓国や日本にも完本のない貴重な文献が含まれているという(鄭栄桓論文)。
 門外漢の私には価値が判らないながらも、これらの資料の並び方には圧倒される。手に取った黒田亮『朝鮮旧書考』は、1940年に岩波書店から刊行されたもので、「朝鮮刊本概観」などの項が見える。

★『朝鮮旧書考』

 これ以外の文庫は三郷資料室にあるということなので、後日、そちらを訪れることにした。
 鄭栄桓論文によれば、三郷には田川孝三文庫以外の18の個人文庫がある。そのうち代表的なものを挙げておく。
 姜在彦(カン・ジェオン)文庫は、在日1世で朝鮮近代史・思想史研究者の蔵書で、創立者の朴戴日が姜在彦から購入した図書1906タイトル。
 裵成煥(ペ・ソンファン)文庫は、在日1世で、在野で朝鮮の古典文学を研究した人物が集めた単行本884タイトル。
 斎藤孝文庫は、国際政治史研究者の旧蔵書。斎藤はアリランで理事も務めた。
 ほかに、玄光洙(ヒョン・グァンス)・金秉斗(キム・ピョンドゥ)文庫、孔甲點(コン・ガプチョン)文庫、高峻石(コ・ジュンソク)文庫などがある。

【箱の中から多様な資料が】

 数日後、金町からタクシーで三郷資料室へと向かう。この辺だと降ろされた場所にはそれらしき建物がなくとまどうが、ある会社の入り口に小さくアリランの名前が見つかりホッとする。

★三郷資料室が入る建物

 案内してくれたのは李正守さんと日韓・日朝近現代関係史を研究する宮本正明さんだ。事前に「ここの資料は宮本さんじゃないと判らない」と聞いていたのだが、実際、ここに来てみてその意味が判った。広い部屋の中に、ひたすら段ボール箱が積み重なっているのだ。

★三郷資料室の室内

 箱には何の文庫か書かれており、内容についてのラベルも貼られているが、何が入っているか開けてみないと判らない箱もありそうだ。この状態の「書庫」を見学するのは初めてで、どこから見ればいいのか困ってしまった。
 手近な箱を開けてみると、ハングルの本が詰まっていた。

★ハングルの書籍が入った箱

 宮本さんは西川口時代のアリランに通って資料を閲覧していた。大久保に移転後、愼蒼宇(シン・チャンウ)理事から三郷資料室の整理を依頼される。それから10年間、定期的にここに通い整理を続けているという。
「私が担当しているのは、主に個人文庫以外の逐次刊行物の整理です。雑誌は1号ごとにひとつのタイトルとしてデータを入力しています」
 韓国・朝鮮関係の雑誌でなくても、『世界』や『週刊金曜日』などの総合雑誌に関係する記事が掲載されている号があると、備考欄に入力する。
「ひとつの雑誌を通覧するなかで、こんな記事があったのか! という発見が絶えずあります。こういう作業を通じてでしか得られないものだと思います」と、宮本さんは語る。

 なかには、『野鳥』という雑誌もあり、「全号見ても関連性が見つからないんです」と、困ったように笑う。宮本さんは自身でも古書即売会で資料を探すのが好きで、それらを収めるために倉庫を借りているという。
 宮本さんが面白いと思う雑誌をいくつか見せてもらったが、そのなかに『幻野』という雑誌があった。1971年に岐阜市で創刊された雑誌で、目次には秋山清、岡本潤、小野十三郎ら詩人の名前もある。
「私が好きな作家なんです」と宮本さんが云うのは、第3号の小林勝特集。小林は日本統治時代の朝鮮に生まれ、戦後、小説を書きはじめる。植民地朝鮮をテーマにした小説も多い。

★『幻野』

 ほかにも、死刑を求刑された詩人・金芝河(キム・ジハ)の救援運動の冊子や、在日の戦後補償を求める会の会報、川崎市の闘争の記録集など、時代も場所もさまざまな印刷物が次々に出てくる。

★金芝河救援運動の冊子


★戦後補償運動の会報


★川崎市の闘争の記録集

 大阪で出された『文芸講座 流行歌の病菌退治』という冊子もあった。中を見る暇がなかったが、どういう内容か気になる。

★『流行歌の病菌退治』

「これらの雑誌やミニコミは、他にも所蔵されていますが、まとまって所蔵されているところはあまりないと思います」と、宮本さんは云う。

【梶村文庫と海野文庫】

 箱の間をさまよっていると、「梶村」と書かれた箱が見つかった。ほかにも、何か所かに「梶村文庫」の文字が見える。これらは梶村秀樹文庫である。

★梶村文庫の箱

 梶村秀樹は朝鮮史研究の第一人者で、1989年に死去した。朴戴日は梶村を敬愛しており、「在日は梶村さんを忘れてはならない」と云いつづけたという。アリランには梶村追悼の施設という性格もあった(姜徳相「追悼 朴戴日先生」)。梶村の旧蔵書はアリランに委託され、西川口時代には梶村文庫は書庫に配架されていた。
 その後、梶村文庫の朝鮮関係図書は、遺族により神奈川大学図書館に寄贈された。そのため、アリランが所蔵するのはこれらの図書を除く資料や雑誌類となった。

 梶村は金嬉老の支援運動や指紋押捺反対運動、入管闘争などにも関わっており、その関係の雑誌、パンフレット、ビラなどの資料が多くある。これらは「梶村秀樹運動資料集」としてデジタル化され、大久保の図書室で公開されている。
 いくつかある箱のひとつを開けると、そこには梶村の東大在学中の資料が入っていた。1958年発行の『学友会ニュース』、闘争呼びかけのビラなどなど。どれもガリ版刷りだ。なかには梶村の成績表まではあった。李正守さんに調べてもらったところ、これらの資料はまだデジタル化されていないようだ。

★『学友会ニュース』


★闘争呼びかけのビラ

 今回、私が見たかったのは、海野福寿文庫だった。明治大学の教授で、日韓併合の研究で知られる。私は明治大学の大学院で、海野先生のゼミに入っていた。私が修士論文で扱ったのは明治維新期の文化統制で、ゼミでやっていたテーマとは無関係だったが、自分なりに発表した覚えがある。その後は先生とお会いする機会もないまま、亡くなったことを聞いた。
 海野さんはアリランの理事でもあり、1999年に海野文庫を寄贈した。その中心は旧朝鮮総督府行政文書のコピーである。これらは海野さんがソウル大学に在外研究員として留学した際に収集した文書だ。
 箱を開けてもらい、コピーの山を眺める。宮本さんによれば、「戦時期の朝鮮を知るうえで貴重な資料」だという。

★海野文庫の資料


 アリランの移転や事務局員の交代、ボランティアによる資料整理の引継ぎ不足などにより、三郷資料室の資料の全貌はまだつかめていない。
 鄭栄桓論文では、今後の課題として、「アリラン所蔵資料の目録化の完成」「アリラン所蔵資料のより広い利用を可能とする方途の検討」、そして「アリランの活動それ自体の歴史研究の必要」を挙げている。

 取材して感じたのは、アリランが在日韓国・朝鮮人の文化を伝えようとする人々の熱意によって運営されてきたことだ。少ないスタッフやボランティアによって資料整理が続けられてきた。
「目録作成のボランティアを含めて、多くの日本の市民たちが献身的にアリランの活動に関わってきたという意味では、在日朝鮮人と日本人の連帯の歴史を示す施設でもある」(鄭栄桓論文)
 ただ、それだけに、公立の図書館と同じようにはいかない面が多く、資料公開が遅れていることも事実だ。もっと資料整理に関わる人が必要だろう。
 たとえば、在日や日韓関係史を学ぶ学生が、ボランティアとして資料整理に参加できないだろうか? その作業を通じて、卒論や修士論文を書けるのではと思うのだが。
 ここにある箱がすべて開けられることで、資料の整理が進み、適切に公開される日が訪れることを願う。


文化センター・アリラン
東京都新宿区大久保1丁目12-1
https://www.arirang.or.jp/


南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書に『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)、『古本マニア採集帖』(皓星社)、編著『中央線小説傑作選』(中公文庫)などがある。

X(旧Twitter)
https://twitter.com/kawasusu


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著者名:南陀楼綾繁
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