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破棄する前に10 昭和21、22年の『改造』を読む 憲法問題(上)

廃棄する前に10
昭和21、22年の『改造』を読む 憲法問題(上)

樽見博(古本古雑誌愛好家)

■戦後復刊した『改造』掲載の憲法関連記事

Netflix配信のドラマ「地獄に堕ちるわよ」を夢中で見てしまった。占い師細木数子の半生を描いたものだが、細木の深く暗いスキャンダラスな人生の毒気にすっかりあてられてしまったのだが、製作者の意図は敗戦直後の混乱の中で「強い者だけが生き残り、弱い者は食い物にされる」と言う考えが生み出した「怪物」を描くことで、現在の世界の趨勢を諷刺、批判したかったのではなかろうか。

ドラマで何度も焼け跡の闇市を再現し、人々の「飢え」を執拗に描いていた。細木の原点が「飢え」にあるとも主人公に語らせてもいる。現在の日本には飢餓に苦しむ状況は一見ないようだが、生活苦に陥ったシングルマザーの記事は新聞やテレビニュースでは頻繁に流れるし、北川景子主演の映画「ナイトフラワー」を見たが、胸が張り裂けそうになった。
毎日のように報道される悲惨な殺人事件や事故のニュース、このところ異常に増えたフィッシィング詐欺のメールなど、この国は明らかにおかしくなっている。

そんな中、高市早苗総理は「その時が来た」と「憲法改正」に前のめりだ。故安倍総理が「戦後レジームからの脱却」を政治信条とされていたが、安倍総理を師と仰ぐ高市総理もその意思を継承し、実現することを目的とされているのだろう。
「憲法改正」がその主たるものだが、ふと昭和21年11月3日の日本国憲法の公布、翌年5月3日の施行の前後、当時の雑誌は憲法をどう報じていたかを調べたくなった。

日本国憲法が制定公布されたのは、人々がただ日々生きて行くために必死で、新しい憲法のことなど殆ど関心外の時代であった。そんな中、戦争責任追及の極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判のための極東委員会が組織され始動し始める前に、マッカーサー長官とGHQの強い意向を受けてごく少数の人員で短期間の内に制定された憲法であったことは、数々の研究が立証している。それでも、主権在民、基本的人権の保障、戦争放棄を核とする平和主義など、世界的に見ても理想的な憲法として評価され、事実戦後80年間日本が戦争に巻き込まれることを回避できたのは、この日本国憲法の成果であった。

終戦直後の飢餓世界と現在の社会が抱える闇は違うが、先に書いたように「強い者だけが生き残り、弱い者は食い物にされる」「弱い奴が悪い」という風潮が、日本を含む世界中に蔓延しつつある。「改憲」問題は流石に「時が来た」発言以降少し関心を持つ人々は出てきたが、マスコミの報道は割合低調である。

私は「日本古書通信」2023年の7月号から9月号まで「昭和14年の『改造』を読む」を連載した(三昧堂)が、今回は昭和21、22年の『改造』が掲載した憲法関係の記事を紹介したいと思う。
『改造』は昭和19年6月に休刊に追い込まれ、昭和21年1月新年号(第二十七巻一号、昭和20年12月21日印刷納本)で、戦前戦中と同じデザインで復刊された。手元にその復刊1号から翌年12月号まで21冊(21年6月、9月、12月号欠)がある。順に憲法をテーマとする記事を列記してみる。

〇『改造』昭和21年1月新年号と3月号


昭和21年新年号 民主憲法の基礎理論と構想(鈴木安蔵)32~42頁
昭和21年3月号 憲法改正について(宮沢俊義)22~29頁
昭和21年4月号 憲法改正と民主人民聯盟(高野岩三郎)29~33頁
昭和21年7月号 憲法改正の諸問題(河村又介)15~31頁
昭和21年10月号 各党と憲法論議(中村哲)18~25頁
昭和22年2月号 新憲法と再建日本の政治(鈴木安蔵)27~45頁
昭和22年5月号 新憲法生誕の法理(河村又介)4~10頁
同       新憲法と国政の運用(座談会・宮沢俊義・末弘厳太郎・我妻栄・向坂逸郎・鈴木安蔵)24~36頁

タイトルに「憲法」は無いが、
昭和21年新年号 平和国家の建設(森戸辰男)3~16頁
昭和21年10、11月号 法の革新と道徳の進展1,2(恒藤恭)3~11頁、12~27頁
昭和21年11月号 天皇人権論―天皇位の急変(佐々木惣一)5~11頁
昭和22年6月号 刑事裁判と人権保障(瀧川幸辰)14~21頁
この四篇も憲法問題を扱った記事としてよいだろう。中でも森戸の論考は、現在でもその
まま有効な内容で、次回詳しく触れたい。

■新憲法か改正憲法か

上記した論考の中、復刊号に掲載された鈴木安蔵の「民主憲法の基礎理論と構想」は「序言」「民主主義と君主主義」「最近における民主主義の誤解」「君主制の諸考察」「わが天皇制と民主主義」最後に憲法草案に近い「民主主義憲法の主要内容の提案」をあげる重要な論考と思う。
鈴木安蔵は吉野作造や尾佐竹猛らの明治文化研究会に属する民間の憲法研究者で、大日本帝国憲法の歴史的研究や、明治期の民権運動家による私擬憲法を発掘したことで知られる(戦後静岡大学・愛知大学教授など歴任。静岡大学名誉教授)。本論の冒頭、「民主主義の実現は、我らの切実なる希求である。我れらは、現行憲法の下では、民主主義の実現は不可能であると考える。されば憲法の根本的改正は、我れらの切望してやまぬものである。しかし我れらの希望する根本的改正が、もしなされるとするならば、それはもはや、現行憲法の範囲を越えて、新憲法の制定を要求することになるのではなかろうか」と書いている。当時の憲法論議の中心は、大日本国憲法の「改正」(大日本帝国憲法の定めるところによる改正)か、全く新しく制定されるべきものかにあったようだ。

昭和21年3月号に「憲法改正について」を寄稿した宮澤俊義(東京大学名誉教授)は、当初、大日本国憲法の立憲的要素を擁護し、改正不要の立場を表明していたが、この論考を書いた頃からGHQ案を原案とした憲法に対し憲法改正は平和国家の建設を目指すものだとの主張に転じ、大日本国憲法から日本国憲法への移行を法的に解釈した八月(終戦・ポツダム宣言の受諾を意味する)革命説を提唱していた。この論の冒頭でも「いまの憲法の下では憲法の改正を議会から発議することはできないし、また人民が憲法改正の請願を行ふことも法律で禁じられてゐる。しかし、憲法は改正する必要があるとかないとか、またどういふ点を改正すべきだとかいふことを論ずるのは実は少しも差支えないのである」と書いている。

昭和21年11月号に「天皇人間論―天皇位の急変」を寄稿した佐々木惣一(京都大学名誉教授)は、内大臣府御用掛として戦後憲法改正調査に当たり、貴族院における日本国憲法の改正審議に参画し、日本国憲法への改正に反対した人物である。本論は象徴天皇の曖昧性を批判したもので、大日本帝国憲法における天皇の政治的機能が危機的状況下で有効に機能した事例として終戦時を上げ、論考の最後に「昨年の戦争終結のことが則ちそれである。当時天皇への協力機関は、何等決定することが出来なかった。協力の力尽きて遂に天皇の政治的権能の発動を仰いだのではないか。当時もしあの天皇の政治権能の発動がなかったならば、我が国は果たして如何なる状態に立ち至つたであらうか。今日の如く国家再建に努力するといふが如きことは、全く問題となり得ざるものとなつてゐたであろう」と結んでいる。2011年のサントリー学芸賞を受賞した古川隆久著『昭和天皇 「理性の君主」の孤独』(中公新書)など、現在では終戦時の研究が進んでいるが、この佐々木の論考などは当時を代表する見方であったように思う。

抜けている三号分にも憲法問題に触れた記事はあったかもしれないが、今は調べられない。
国の在り方を大きく変えた「日本国憲法」発布という大問題に関して総合誌として、この関連記事数は多いのか少ないのか判断に迷うが、前記した昭和21、22年『改造』に憲法に関した論考を寄稿したメンバーは一方に偏することのなく、当時の憲法問題の論点をよく反映したものと言えると思う。

■『中央公論』『世界』などの憲法関連記事

当時の日本占領軍GHQは、厳しい言論出版統制をしており、憲法問題、殊にGHQが制定に深く関与している事項などに対して厳重であったようだ。『改造』に掲載された上記の諸論考に関しても事前検閲はなされていた。プランゲ文庫の検閲資料を調べれば具体的に分かるだろうが、今私にその余裕はない。手元に筑摩書房の『展望』の昭和21、22年分が18冊ある。文芸誌に近い同誌の性格にもよるのだろうが、タイトルに憲法が付く記事は皆無である。21年8月号に矢内原忠雄が「平和国家への道」(33~46P)を寄稿している。憲法の文字は全くないが、国家権力、国家観、平和国家、民主主義について論じており、時期的に見ても新憲法が念頭にあったはずである。

また『朝日評論』の昭和21年10月、11月、12月、翌22年2月、3月、8月号があるが、「憲法」をテーマとした論考は一編もない。労働運動の記事が目立つ雑誌である。
『改造』と対比すべきこの時期の『中央公論』は昭和21年1月、4月、5月、6月、8月、9月、10月、11月、12月号、翌22年4月号の10冊がある。その中で「憲法」をテーマとしたものは、昭和21年11月号の蠟山政道の「新憲法と議会制度」(16~23P)、同年12月号の団藤重光の「新憲法と人身の自由」(30~38P)などである。21年6月号掲載の川島武宜「日本社会の家族構成」は直接的ではないが、新しく制定された「日本国憲法」を実効あるもとするために旧来の家族制度を改革する必要を説いたものである。ともかく『改造』に比べかなり少ない。

〇『中央公論』昭和21年8月号と11月号


「立命館大学人文学研究所紀要93号」に梶井佳広氏が「日本国憲法制定と新聞ジャーナリズム1-改正論議から憲法草案要綱発表直前まで」を寄稿されており、ネットで公開されている。調査対象が新聞のみで総合誌は対象外である。『改造』や『中公公論』の復刊、『世界』の創刊が何れも昭和21年1月である。大日本帝国憲法の改正が国民に知られるようになったのは、マッカーサーが幣原喜重郎首相に「憲法の自由主義化」を指示した昭和20年10月13日以降であり、総合誌報道は新聞に比べやや遅れたのである。

根津朝彦著『戦後『中央公論』と「風流夢譚」事件』(日本経済評論社・2013)に『中央公論』と岩波書店の『世界』における「天皇制言及文献の対照表」を掲載しているが、タイトルに「憲法」が入るのは『中央公論』では前記の蠟山の論考と、昭和21年7月号の高木八尺「憲法改正草案に対する修正私案」があり、同年8月号では巻頭言(編集長・畑中茂雄)が「新憲法―日本国民の共同契約」、高倉テルが「天皇制ならびに皇室の問題」を寄稿しているが、これも憲法に関するものといえよう。

『世界』では21年1月号に美濃部達吉「民主主義と我が議会制度」、同4月号津田左右吉「建国の事情と万世一系の思想」、同5月号、田中二郎「日本憲法の民主化」、同10~12月号、恒藤恭「天皇の象徴的地位について」、翌22年、磯田進「新憲法的感覚を身につけよ」などがある。天皇制問題についての一覧だから、他の論点から新憲法を論じたものがあったかもしれないが、想像するに多くはないと言えよう。2006年に岩波書店から『「世界」憲法論文選 1946~2005』(井上ひさし・樋口陽一編)が刊行され41篇の論考が収録されたが、昭和21、22年の論考は2点のみである。憲法関係論考・評論の掲載全リストが未掲載なのが誠に残念である。

有山輝雄氏の『戦後史のなかの憲法とジャーナリズム』(柏書房・1998)はこの分野で高く評価されている研究書だが、この研究でも新聞が中心で、『改造』は二か所、『中央公論』二か所、『世界』一か所、『朝日評論』二か所、前記の梶井氏の研究でも注目されている松本重治編集の『民報』(昭和20年12月創刊)は七か所出てくる。象徴天皇制をいち早く提唱するなどもっとも急進的な意見を表明していたからだろう。
新聞記事より総合誌掲載の論考の方が一般的に長く詳しいものが多く、各論者の考えが分かると思うのだが、研究ではあまり対象にされていないのは不思議な気がする。
平成28年11月に出された『衆憲資90号「日本国憲法の制定過程」に関する資料』というものがあり、ネットで読むことが出来る。「日本国憲法」制定までの経緯、その間の論議などが要領よく纏められている。Ⅰ日本国憲法の制定過程の概観、Ⅱ日本国憲法の制定過程に関する主な論点、Ⅲ日本国憲法の制定過程に関するこれまでの論議、から構成されている。目次と制定過程を図示したものを掲載しておく。

〇目次(『衆憲資90号「日本国憲法の制定過程」に関する資料』_平成28年11月)
〇制定過程(『衆憲資90号「日本国憲法の制定過程」に関する資料』_平成28年11月)


自由民主党結党以来の党是である自主憲法の制定の根拠となる、「日本国憲法」が占領軍による「押しつけ憲法」論であった、その正否は別としても、「日本国憲法」が「日本帝国憲法」(明治憲法)に基づく「改正」憲法なのか、全く新たな憲法なのかという問題が当時学界で論議されたことは、「押しつけ憲法」論議が前面に出すぎて、案外に看過されているように思う(私が知らなかっただけか)。その意味でも当時の『改造』掲載の憲法論議は幅広い意見が紹介されていて、現在の「憲法改正」論議の上でも参考になるものがあると考える。一方で、確かに「天皇制」の問題が核心にあったことは理解できるが、「戦争放棄」の問題があまり表面に出ていないのが不思議でもある。次回もう少し考えてみたい。

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