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半生記『間道―見世物とテキヤの領域』を遺して逝った飴細工師

半生記『間道―見世物とテキヤの領域』を遺して逝った飴細工師

村山恒夫(wandering editor /旧・新宿書房)
2026年7月18日、東京上野の池之端で「坂入尚文さんを偲ぶ会」が行われた。当初は前月6月27日に行われる予定だったが、ダブル台風の接近により延期に。18日のこの日、初回予定数を多少下回るものの64人の方々が参集。東京チンドン倶楽部3人の生演奏と唄が宴会の節目節目に流れ、スクリーンにはこの日のために映画屋さんに編集してもらった坂入さんの飴細工風景やパリの縁日のビデオが上映された。これらに加え、たくさん方の楽しいあいさつが重なり、まるで高市(たかまち)のようだと、みなが賑やかに楽しく、坂入尚文(さかいり・ひさふみ 1947〜2025)さんの思い出話にひたることができた。

また、参加者の方々には、この会のために世話人たちが急いで準備した写真満載の年譜、カラー版のA3二つ折り・A4サイズ4Pのパンフレット「さようなら、ごくろうさま 坂入尚文さん 78年、間道を通り抜けた――」(構成・編集:村山恒夫、デザイン:桜井雄一郎)を配布した。また、坂入さんの肖像写真や新聞記事などを集めたファイル、シンコ細工の坂入作品なども会場の隅に展示した。


私が、飴細工師・坂入さんの『間道(かんどう)―見世物とテキヤの領域』(2006)を出版できたのは、いや坂入さんに出会うことができたのは、どうしてなのか?これを説明するには、新宿書房と坂入さんたちの見世物・見世物学会の出会いを語る必要がある。
出会うきっかけになった1冊の本がある。『見世物小屋の文化誌』(鵜飼正樹+北村皆雄+上島敏昭 編著、造本:谷村彰彦、新宿書房)である。

当時、私は出版社経営の助けのために毎日出稼ぎに出ていた(1998〜2001)。平日は終日マイクロソフトのCDROM百科事典『エンカルタ』編集部で働き、週末は本業の新宿書房でたまった仕事をこなした。1980年に、だれもいなかった新宿書房を継承してから、なかなか本は売れず、経営はうまくいっていなかった。そこへ小林祥一郎さん、前田毅さんら、昔いた平凡社の先輩たちが、このアルバイトに誘ってくれたのだ。

1999年の春だったか、そのマイクロソフトの事務所があった笹塚に、平凡社時代の後輩が頼み事あると訪ねてきた。見世物についての歴史から現状までを俯瞰した、日本初の本格的な文化誌の原稿がここにあるのだが、事情があって中断している、なんとか新宿書房で出してもらえないかというのだ。時を置かず、デザイナーの谷村彰彦さんからもお願いの電話があり、執筆者のひとり、坂野比呂志大道芸塾代表の上島敏昭さんを紹介された。谷村さんとは杉浦康平事務所からの長い付き合いがあり、新宿書房では『【生活のなかの料理】学』江原恵著)、『踊る日記』(森繁哉著)やすべて各国の原語から翻訳出版した「双書 アジアの村から町から」のうちの数冊を彼に装丁してもらっていた。

しかも今回の『見世物小屋の文化誌』の執筆者13人のうち、石井達朗さんはすでに新宿書房の『異装のセクシュアリティ』(1991年)や『サーカスのフィルモロジィー』(1994年)の著者であった。また、同書の巻末にシナリオが再録されている、人間ポンプこと安田里美を記録した記録映画『見世物小屋〜旅芸人 人間ポンプ一座〜』(製作:ヴィジュアルフォークロア)の監督・構成をした北村皆雄さんとも、杉浦康平さんとの関わりで旧知の仲だった。ついでにいうと編著者のひとり、鵜飼正樹さんの『見世物稼業―安田里美一代記』を2000年3月に刊行できたのも、このときの本が縁だ。

『見世物小屋の文化誌』の刊行は1999年10月だ。当時、「見世物学会」の誕生は進行中で、正式に発足したのは同じ年の11月である。会長:田之倉稔(演劇評論家)、理事長:西村太吉(五代目松坂屋一家総長)、総務局長:坂入尚文(飴細工師)という陣容だ。お茶ノ水の中央大学講堂で行われた見世物学会の設立総会で、初めて坂入さんに会った。坂入さんは当時、52歳の現役バリバリの飴細工師だった。

1970年、東京芸大彫刻科を中退した後、見世物小屋の「秘密の蠟人形館」に参加し、南房総の村で百姓をやる。その後、針金細工、シンコ細工の修業をへて、1984年あたりから、飴細工師として日本各地をまわり、毎年6月から10月までの150日間は、旭川を皮切りに北海道の40あまりの祭り(縁日)を、商売道具、寝具など全財産のいっさいを小さなトラックに積み、ここに寝泊まりしながらの一人旅を続けていた。「体を張っての商売だよ。どんな作品でも真剣勝負だ」「車1台が全財産という気楽さかな。見知らぬ土地で、のたれ死んでも構わないと思うときすらある」
この間、坂入さんは〈縁日風景‘94―PARIS〉(1994年6月3日〜5日)を企画して、夜店・大道芸の33軒・46名の面々を引き連れて、フランスのパリまで行っている。


設立当時の見世物学会の事務局は、山口昌男さんが学長だった札幌大学文化学部・石塚純一教授の部屋にあった。石塚さんは私の平凡社時代の後輩だ。これを縁に学会誌『見世物』の第3号(2005年)から7号(2018年)までを、新宿書房がその編集・発売を担当することになった。見世物学会という急流の川下り、その船頭の一人となって、いつも何かと助けてくれた石塚さん。彼の出版社研究書である『金尾文淵堂をめぐる人びと』(2005年)も出すこともできた。

「興行元と研究者による本邦唯一の産学協同の見世物研究雑誌。小沢昭一、山口昌男、青木茂、田之倉稔、康芳夫、斉藤宗男、西村太吉、坂田春夫、坂入尚文、秋山祐徳太子、橋爪紳也など豪華執筆陣。どうぞ、急いでください、さあどなたも急いでください、おっかなくありません。」これは学会誌『見世物』第3号の呼び込み口上だ。

山の作家(宇江敏勝)、ことばの旅(斎藤たま)、海女小屋の記録(田仲のよ)、寄せ場(寿町、釜ヶ崎)、ビートニクのケルアックやブコウスキーの翻訳、ブルンヴァンの「都市伝説」シリーズ、そしてアングラ演劇の如月小春、坂手洋二、川村毅の本・・・。小さな、小さな新宿書房が周縁の荒地を掘り起こしてつくった細い流れが、ここで見世物という異世界の流れに出会ったのだ。


新宿書房が坂入尚文さんの『間道―見世物とテキヤの領域』を出版したのが、2006年6月である。当時、坂入さんは60歳だった。
カバー、表紙、本扉には筆者の坂入が企画した〈縁日風景‘94―PARIS〉でチンドン屋さんがパリの街で撒いたビラの表と裏があしわられている。イラストレーションは真島直子さんの手になる。
本書は、本文1頁目の「人知れぬ領域がある。そこで多くの人に会えた。」というト書きから始まり、序が入り、「見世物屋の旅」「百姓の旅」「テキヤ一人旅」の3部構成からなっている。
実は『間道』の本文には柱(はしら)がない。〈柱〉とは、本文の天か地の余白に、書名タイトルかあるは章や節タイトルを置き、読者に目的の内容を探しやすくしている。この『間道』には、左右の地のページ中央にノンブル(頁数)が置かれているのみだ。読者は本書を読み出すとたちまち、間道―わき道、抜け道、隠れ道、裏街道の世界に迷い込み、坂入文学の闇の世界から抜け出せなくなる。

『間道』の初版の第1刷は6月15日に発行、なんと2ヶ月後の8月15日には重版・第2刷を発行できた。初刷が2500部、2刷が1000部だ。
本書を、常套句「好評につき、たちまち重版!」にしたのは、松山巖、阿武秀子、大川渉、越塚孝、川添裕、礫川全次、南嶌宏、佐々木孝道、藤井青銅、大熊ワタル、永寿日郎、鵜飼正樹、与那原恵、宮崎健二など、20氏を超える人々が新聞・雑誌に書いてくれたすばらしい書評のおかげだと思う。

「芸大彫刻科中退の飴細工師による半生記。モーツアルトが言うように、アーティストは旅人である。〈表現と移動〉の本質を淡々と実践している面白い本」「網野善彦が光を当てた無縁の人々の末裔がここにいる」「とっぱずれた人物たちの描写が秀逸だ」「間道―抜け道、わき道、裏街道・・・。本道にはない独特の人生の通り道がそこにある」「この本のクライマックスはなんといっても、著者が企画した縁日のパリ公演だろう」「異世界に引き込まれるような本」「権威に対する異議申し立ての書物として、切ないのだ。どこか、死の臭いを感じさせ、その臭いゆえの切実な生の発露として愛が満ちている・・・」「ストレートな生の肉の言葉」「漂泊者の目から昭和五十年代以降の日本社会を記録」「坂入さんの商品は甘い飴だけではない。いつまでも残る〈場〉なのだ。」・・・。


『間道』が出たから、2025年に亡くなるまでのおよそ20年。今回作った4Pのパンフを作ることで、坂入さんの人生をおおよそなぞることができた。2019〜2023年の新型コロナ禍のパンデミックはテキヤ・見世物の世界そして坂入さんに決定的なダメージを与える。日本中のほとんどの縁日・祭りが中止になったのだ。「テキヤの仕事仲間はおよそ3万人いるが、だれも商売ができない。もうおれたちテキヤは棄民だよ」
2020年、坂入さんは、飴細工師廃業宣言をし、23年には飴細工の道具、車もすべて処分したのだ。その後、坂入さんは体調を崩し、入退院を繰り返す。2025年12月10日、死去。享年78。12月13日の終生の同伴者の真島直子さんらに見守られて、越谷市斎場で家族葬が行われた。戸籍名は真島尚文。


「ほんとうに ごくろうさま さようなら 坂入尚文さん」。
しばらくすると、北海道の空から、坂入さんの元気なタンカが聞こえてくる。
「馬鹿野郎、俺は〈まだ先へ〉行くぜ!」


著者紹介
坂入尚文(さかいり・ひさふみ)1947年、東京都北多摩郡久留米村(現・東久留米市)生まれ。東京芸術大学彫刻科(指導教官:舟越保武教授)を卒業前に中退。35歳ごろ、3年あまり松崎二郎の「秘密の蠟人形館」に参加する「見世物小屋の旅」が始まる。その後、千葉県三芳村(現・南房総市)で、6〜7年「百姓の旅」を続ける。その後、針金細工、シンコ細工の修業をへて、飴細工師に。松坂屋西村太吉親分の舎弟になる。1984年ごろから、毎年5月末から10月初旬まで、北海道の40余りの祭りを、トラックに寝泊まりしながら移動、150日間の「テキヤ一人旅」が始まる。1999年から見世物学会総務局長。
2025年12月4日、西村太吉親分死去。12月10日、坂入尚文死去。


〇「坂入尚文さんを偲ぶ会」で配付されたパンフレット




書名:間道(かんどう)――見世物とテキヤの領域
著者:坂入尚文
出版社:新宿書房
判型・ページ数:四六判上製(ハードカバー)・本文272頁
本文印刷:理想社
付き物印刷:フクイン カバーの表1と背のタイトルとサブタイトル文字はバーコ印刷
製本:松岳社青木製本所 アジロ製本
組版:原島康晴(エディマン)
デザイン:赤崎正一
定価:本体2,400円(税別)
ISBN:4-88008-353-4
Cコード:C0095 Y2400E

*本のご購入は、「SS文庫」(エスエス・ぶんこ)(港の人)になります。
https://www.minatonohito.jp/shinjuku-shobo/


参考サイト
1)新宿書房
http://www.shinjuku-shobo.co.jp
新宿書房は2023年10月末に閉業した。
2)『朝日新聞』別刷(be)「フロントランナー」(2017年5月20日)
http://www.asahi.com/be/20170520/
取材の小泉信一記者は根室支局時代に坂入さんに出会う。

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