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8/28編集のため一時公開しています/廃棄する前に11 昭和21、22年の『改造』を読む 憲法問題(下)

廃棄する前に11
昭和21、22年の『改造』を読む 憲法問題(下)

樽見博(古本古雑誌愛好家)

映画『独立日本』

本稿の目的は、昭和21年、22年の『改造』を通し、終戦直後の憲法論議を振り返り、改めて日本国憲法制定の背景について考えてみる事にある。『改造』は、終戦後昭和21年1月一斉に復刊・創刊された総合雑誌、例えば『中央公論』や『世界』に比べても、憲法に関する論考の数も多く、著者も一方に偏ることなく幅広く採用されているのに、数多い憲法制定に関する各種論考では殆ど注目されていない。私はこの分野に精通しているわけではないが、往々にして古書業界でも廃棄されることの多い、戦後版『改造』に改めて光を当てたいのである。

前回紹介した『改造』の憲法に関する記事の一覧を再度紹介する。
昭和21年新年号 民主憲法の基礎理論と構想(鈴木安蔵)32~42頁
同       平和国家の建設(森戸辰男)3~16頁
昭和21年3月号 憲法改正について(宮沢俊義)22~29頁
昭和21年4月号 憲法改正と民主人民聯盟(高野岩三郎)29~33頁
昭和21年7月号 憲法改正の諸問題(河村又介)15~31頁
昭和21年10、11月号 法の革新と道徳の進展1,2(恒藤恭)3~11頁、12~27頁
昭和21年11月号 天皇人権論―天皇位の急変(佐々木惣一)5~11頁
昭和22年2月号 新憲法と再建日本の政治(鈴木安蔵)27~45頁
昭和22年5月号 新憲法生誕の法理(河村又介)4~10頁
同       新憲法と国政の運用(座談会・宮沢俊義・末弘厳太郎・我妻栄・向坂逸郎・鈴木安蔵)24~36頁

前回、手元にない『改造』昭和21年6,9,11月号を未確認と書いたが、書棚から出て来た『雑誌『改造』の四十年』(関忠果・小林英三郎・松浦総三・大悟法進編著・光和堂・1977)に収録された総目次で、この三号には直接憲法問題に触れた記事が無いことを確認した。
数ある憲法制定までの経緯を描いた著作の中で、読みやすくて幅広い解説がされている本に半藤一利著『昭和史 戦後篇 1945~1989』(平凡社ライブラリー・2009)をあげることが出来るが、同書で取り上げられている、何らかの形で憲法制定にかかわった研究者たちの論考が『改造』で網羅されていることが分る。ただ、半藤氏も『改造』掲載の論考には触れていない。

〇昭和史 戦後篇 1945~1989(半藤一利/平凡社ライブラリー/2009)

さて、前回の原稿を書いた後、2020年公開の映画、伊藤俊也監督『日本独立』(小林薫・浅野忠信主演)を観た。マッカーサーと小林演じる吉田茂、浅野の白洲次郎、柄本明の松本蒸治を中心にGHQと日本政府の憲法制定までの確執を描く一方で、吉田満の『戦艦大和の最後』に対するGHQの厳しい検閲の経緯を描いている。当時、占領政策におけるGHQの圧力、検閲の実態、殊に憲法制定への関与に関する報道は厳しく制限されていた。映画は一般日本人には知らされていなかった事実を描いており、日本国憲法制定までの経緯が良くわかる。伊藤監督の憲法観はいわゆる「押しつけ憲法」の様に見えるが、「日本独立」というタイトルからも分かるように、アメリカとの単独講和となったサンフランシスコ平和条約と日米安保条約締結(日米地位協定・駐留在日米軍の継続)までを描くことで、真の日本独立が欺瞞に満ちたものであることを描いたのだろう。その意味では日米安保体制は維持、むしろ従属度を強めている現在の自民党などの「おしつけ憲法」論とは意味を異にする。

日本国憲法の基本を決めたポツダム宣言には、日本に民主主義的な政権が生まれれば、その時点で連合国による占領は終わる取り決めであったのである。(ポツダム宣言第12項・前記諸目的ガ達成セラレ且日本国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルルニ於テハ聯合國ノ占領軍ハ直チニ日本國ヨリ撤収セラルベシ)。敗戦後81年を経て、沖縄を中心とした日本の現状は、冷静に見れば独立からはほど遠いと言えるだろう。
映画『日本独立』も『昭和史 戦後篇』も、GHQから短期間に憲法制定を求められ動揺する日本政府の姿を描いている。半藤氏も書いているように、当時の日本にはGHQの要求に応え得る国家観や法律観、道徳観を持つ憲法・法律学者は殆どいなかったのだ。大日本帝国憲法を根本から改正する意識や考えを持つ専門家は、すくなくも政府側にはいなかった。彼らが最も重視し、ポツダム宣言受諾に対して唯一ともいえる条件が「天皇中心の国体の護持」であったが、「国体」という概念が連合国側には通じなかったと言われている。

昭和20年10月4日に国務大臣だった近衛秀麿がマッカーサーを訪ねた折り、憲法改正、選挙法改正を早急に実現しなければ、GHQが直接に摩擦を覚悟しても改正すると迫られ、その任を与えられたと感じた近衛は、木戸幸一内務大臣に相談、内大臣府御用掛として、京都大学の佐々木惣一元教授に頼んで憲法改正案作成にかかる。
ところが、木戸からこの話を聞いた幣原喜重郎首相は激怒し、大日本帝国憲法を改正する必要はないとしながらも、改正しなければならないのなら、宮内省や内務省ではなく、内閣の輔弼(要するに内閣主導で天皇の名に於て)でするべきだと、商法の権威で国務大臣の松本蒸治を中心に憲法問題調査員会(通称松本員会)を発足させる。そのメンバーは清水澄(学習院教授・憲法学・枢密院副議長)、美濃部達吉(憲法学・東京帝国大学名誉教授)、野村淳治(憲法学・東京帝国大学名誉教授)、宮澤俊義(憲法学・東大教授)、清宮四郎(憲法学・東北大学教授)、河村又介(憲法学・九州大学教授)、石黒武重(法制局長官)、楢橋渡(内閣書記官長)、入江俊郎(法制局次長)、佐藤達夫(法制局第二部長)などであった。

松本は第一回の総会の折り、「憲法問題調査委員会という名称をつけたのは、明治憲法を改正するとか、しないとかいうことでなしに、ただそういうことの問題を研究する委員会という意味にすぎない。それに調査を充分にするためには、たっぷり時間をかけたほうがいい。あまり早くやろうとすれば、どうしても行きすぎのようなことが起こる」と話したようである。戦前から戦後も憲法学の権威であった宮澤俊義の考え方は前回紹介した。半藤氏は「第一回の最初っから憲法改正を前提にしていないのです。明治の気骨ある、というのか、頑固というのか、委員長その人に国体を改変する考えなど、はなからなかったわけです」と書いている。

一方、マッカーサーの指令で憲法改正案を依頼されたと思った近衛は、この大事を成功させれば戦犯容疑者から除外されるという思惑もあったかもしれないと半藤氏は書いている。しかし二つの憲法改正法案作成の動きがあると知ったGHQは、近衛を戦犯として強く主張する連合国側の意向も考慮し、憲法改正から排除する措置をとり、やがて近衛は荻窪の自宅荻外荘で自死することになる。映画『日本独立』でも、松重豊演じる近衛が荻外荘から武相荘の白洲次郎に電話するが、受話器を置いた後、宮沢りえ扮する妻の白洲正子に近衛さんは自害するつもりだろうと話すシーンがある。先日、飯澤文夫さん(元明治大学図書館勤務)の案内で、現在は公園になっている荻外荘を見学した。自害した部屋も公開されている。和洋折衷の日本式家屋で風情のあるお屋敷である。史跡指定の偉人たちの家屋は家財類が取り払われているので生活感がないのが残念であるが、現在はともかく、昭和20年当時の荻窪は都心から遠く、随分と離れたところに住んでいたんだなと思った。因みに東条英機の自宅も世田谷区用賀でこれも随分と都心から遠い。

『占領史録』と『史録日本国憲法』

先に憲法制定までの経緯を分かりやすく解説した本として半藤一利著『昭和史 戦後篇』をあげたが、映画『日本独立』の伊藤俊也監督は講談社の『占領史録第三巻 憲法制定経過』(江藤淳責任編集・波多澄雄史料改題・講談社・1982)を参考にしたのではないかと思う。この本は通史ではなく資料集である。同様の資料集として手元に現代憲法研究会編『日本国憲法―資料と判例 Ⅰ 憲法の歴史・平和・主権と統治機構』(第四版・法律文化社・1990)があるが、この本には収録されていない、当時終戦連絡事務参与としてGHQと直接交渉の任に当たった白洲の手記や、GHQ側の担当ホイットニー准将あての書簡(英文と翻訳文収録)が収められ、その内容が見事に映画に反映されている。
また、児島襄著『史録日本国憲法』(文藝春秋・昭和47)は、日本国憲法制定までのGHQと日本政府というよりは松本蒸治らの憲法問題調査会との確執をドキュメンタリーとして描いたもので、映画『日本独立』での松本や、大迫義丹演じる法制官僚楢橋渡の言動は、おそらくこの本を参考資料としているように思う。読んでみると映画よりハラハラドキドキさせられる。このドキュメンタリーには法制局の佐藤達夫も頻出するが、佐藤には『日本国憲法制立史』全四巻(有斐閣・昭和37~平成6)があるが、未見である。

〇史録日本国憲法(児島襄/文藝春秋/昭和47)

他に私の手元にあるものでは、『岩波講座日本通史 第19巻近代4』(1995)に収められた古関彰一(当時獨協大学教授)の「象徴天皇制」がある。これも極めてコンパクトに、GHQが求める憲法改正に対する日本政府の障壁を解説していて参考になるが、白洲文書には触れられていない。この論考で注目されたのは、「憲法の普及というと一般に『新しい憲法のはなし』(筆者注・文部省編・昭和22年8月2日発行)がよく例に挙げられるが、これはたかだか「中学校社会科副読本」にすぎない。『新しい憲法 明るい生活』(筆者注・昭和22年5月4日刊行)は憲法普及会により当時の総戸数二〇〇〇万戸に配布された」としていることである。正式な書名『あたらしい憲法のはなし』は、例えば岩波ブックレットNO251『憲法第9条の時代―日本の「国際貢献」を考えるために』(杉原泰雄著・1992)でも基本文献として扱われ、表裏の表紙にも書影が用いられている。1969年に神奈川教育サークル協議会が複製した憲法学習資料『文部省「あたらしい憲法のはなし」について』もある。それぞれ膨大な部数が刊行されたが、現物を私は見たことがない(「日本の古本屋」には出ている)。
2013年に岩波現代文庫の一冊として高見勝利編『あたらしい憲法のはなし』が刊行され、『新しい憲法明るい生活』と、あまり周知されていない吉田茂・金森徳次郎、・林譲治執筆の『新憲法の解説』(昭和21年・法制局閲内閣発行)が共に収められている。

〇(左)文部省「あたらしい憲法のはなし」について(神奈川教育サークル協議会複製/1969年)
〇(右)あたらしい憲法のはなし(高見勝利/岩波現代文庫/2013年)

日本国憲法は、平和主義、国民主権・象徴天皇制と戦争放棄・あらゆる戦力を永久に保持しないという点を最大の要綱としているが、あくまで大日本帝国憲法の規定する改正要綱に従って天皇の名において公布された。その前提条件として天皇の人間宣言も行われている。終戦直後の日本人意識調査でも天皇制維持賛成は圧倒的に高く、前記したように法律専門家も大日本帝国憲法における民主的要素を重視し、新憲法は旧憲法の改正で十分、天皇の地位や権能も内閣・国会の輔弼を条件としながらも旧態を継続しようとするものであった。日々の食生活の困窮に追われる当時の国民にとって、基本的人権と平和主義生命を重視した新憲法は大切な筈だが、現実的問題ではありえなかったに違いない。
民主主義の本質を政府としては早急に分かりやすく国民に知らせる施策が求められたのだろう。それが『あたらしい憲法のはなし』など前記の三冊となった。この刊行もGHQからの強い要請があった。殊に『あたらしい憲法のはなし』は、昭和22年4月の学制改革に合わせて刊行されている。高見氏は、『新憲法の解説』は当時の政府の憲法解釈を示すものだと書かれている。

森戸辰男の平和国家論と恒藤恭「法と道徳」

憲法は制定公布されても、広く理解され実践されるものでなくてはならない。国民主権の憲法であれば尚更である。重要な点は法を守り遵守する道徳、従来の修身ではなく民主主義を支える道徳で、これは法律によって規定されたり統制されるものではない。
その点を詳しく論じているのが『改造』昭和21年新年号掲載の森戸辰男「平和国家の建設」と、昭和21年10・11月号掲載の恒藤恭「法の革新と道徳の進展」である。

〇改造(左)昭和21年新年号(右)昭和21年10月・11月号

森戸辰男は、GHQの憲法草案にもっとも影響を与えたと言われている、民間の草案である憲法研究会「憲法草案要綱」を起草している。『改造』復刊号巻頭論文「平和国家の建設」では、「平和國家」には「戦争のできぬ國」と「戦争を欲せぬ國」があり、現在の日本は「戦争のできぬ國」ではあるが、理想として「戦争を欲せぬ國」であらねばならないとして、以下の三要件をあげている。

 第一の要件は、独立国家であること。戦争を欲せぬ国は当然に戦争の代わりに平和を
 選択する自由意思を持っていなければならぬ。
 第二の要件は、独立自由の国家として平和の追求者であること。戦争ではなく平和が
 人間性に即した社会思想であり、史的発展の方向も亦その実現を指示していることを
 肯定すること。
 第三の要件は、単に平和を、人間性に即した実現可能な社会理想として追求するだけで
 なく、この理想の実現がすでに現代において可能であることを確信し、且つ有効適切と
 信じられる施策施設によってその実現に努力すること。

理想論として一笑に付されそうだが、憲法は目指すべきす国の形を示すものだと思う。
恒藤に関してはこれまで紹介してきた論著に殆ど出てこないが、『世界』昭和24年5月、6月号に掲載された「戦争放棄の問題」も含め今日見直されるべき論考だと私は考える。
殊に『改造』掲載の「法の革新と道徳の進展」は、現在「憲法改正」が現実の問題となる中で重要な指摘を含んでいる。
恒藤は、国家とは「統治団体としての性格を固有する社会的集団と其れを取り巻いて成り立つところの国民社会とを包含する全体を意味する」「統治団体としての国家を取り上げて考えると、それは国民社会とは著しく違ったしかたで存在する」とした上で、国家は法の変革によって急激に変化することが出来るが、国民社会は急激な根本的性格転換は不可能で「道徳規範の秩序づけに倚存する程度は甚だ大きからざるを得」ず、「多大の障碍を乗り越えた後長い期間を経過してはじめて実現されるであろう」という指摘は重要だと考える。かなり長いが一部引用して本稿のまとめとしたい。

  民主主義的政治思想の本来の立場からすれば、国民社会の存立、発展こそはより重き
 意義をもつものであって、国家が統治活動を行うのも、国民社会の存立、発展のために
 役立つ故に意義ありとされるのだ、というのが、正しい解答とみられるべきである。こ
 れに反して、専制主義的政治思想の立場からあたえられる解答は、国家の存立、発展そ
 のものに重き意義が存するのであり、国民社会の存立、発展が意義ありとされるのは、
 それが国家の存立、発展を支える基礎たる役割を演ずるからに他ならないという主張に
 帰着せざるを得ない。だから、あたらしく建設されるべき日本国家の根本性格の一面は
 民主主義的国家たることに存するものとみとめられている以上、あたらしい日本国家の
 内面において国民社会が統治団体としての国家よりも優位を占めるべきものと考えられ、
 革新の事業の重点はむしろ日本の国民社会の生活秩序の革新ということに置かれるのが
 当然である。

戦後81年を経過したけれど、立ち返るべきは敗戦時の日本の現実である。そこからどう再建してきたのか、前回テレビドラマ「地獄に堕ちるわよ」を取り上げたけれど、再び社会と人心の荒廃を招かぬようにすることが大切だと思う。為政者の言に国民より国家が多く出てくるのは危険な兆候である。記憶は日々失われやすいが、雑誌に記録されたものは、何時でも求める者には宝のような参考資料を提示してくれるものである。



前編はこちらから
「破棄する前に10 昭和21、22年の『改造』を読む 憲法問題(上)」
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=28011

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