日本で初の「ナビ派」展について三菱一号館館長 高橋明也 |
去る2月4日に三菱一号館美術館で幕を開けた本展は、美術好きな人を除けば一般にはなじみの薄い19世紀末の芸術家グループ「ナビ派」を扱っている。フェルメールやゴッホ、モネやルノワール、若冲、現在進行形で言えばミュシャや草間弥生などの個展は、展覧会を開けばどっと観客が列をなすが、集客が保証されていない企画 を継続して開くのはなかなか骨が折れる。とはいえ、やるべき展覧会はしなければならない。 そうした主催者のボヤキはともかく、この運動、印象派世代から一世代遅い1860年代生まれの作家たちによって手掛けられ、ポスト印象派、世紀末芸術、アール・ヌーヴォー、象徴主義、ジャポニスムなど、1880年代以降の19世紀西洋芸術を定義するあらゆる潮流に関係づけられる。これまで比較的看過されてきたのが不思議だが、近年、パリのオルセー美術館では、印象派に続く重要性をナビ派に与え、数々のユニークな企画展を開く傍ら、購入や寄贈、遺贈などの手段で、コレクションも一気に数倍の規模まで拡大させた。 そしてこの東京・丸の内での展覧会は、筆者がかつてオルセー美術館準備室に籍を置いていた頃からの僚友で館長のギ・コジュヴァルが、自らの専門であるナビ派の日本への紹介のために陣頭指揮で組み立ててくれた展覧会である。ナビ派の先達でもあったゴーガンを皮切りに、ボナール、ドニ、ヴュイヤール、ヴァロットンなど、日本でも個展が開かれたことのある画家たちを中心に、セリュジエ、マイヨール、ルーセル、リップル=ロナイ、ランソン、ラコンブなどの作家の作品80点あまりは、いずれもオルセー美術館の世界最大のナビ派コレクションの中でも、トップクラスの質を誇る作品である。 ナビ派の美学の特質を一言で表すのは難しいが、優しく近づきやすい日常的な主題、マットな効果を持つ色面による装飾的構成、静かな内面性を見せる象徴主義的傾向などがあげられるだろう。昨今の若者たちの使う「カワイイ!」といった表現がぴったりな、明るく洒落た雰囲気が横溢する一方、神秘的で内的な傾向を深めるナビ派の作品は、これまでの近代美術史のパズルから抜け落ちていた大きなピースである。 西洋美術に付帯していた、壮大で高尚、権威的な目線をぐっと引下げ、動植物や人間の日常生活を画題に、幸福感に満ちた人間的な造形を実現した彼らの美学は、以後のフォーヴィスム、キュビスム、シュルレアリスムを始めとする、20世紀の美術に直接繋がっていると言ってよいだろう。おそらく当分の間、これほどのレヴェルの「ナビ派」展は、日本はおろか世界でもなかなか実現しない。是非多くの人に観ていただきたいと願う次第である。 ![]() 『「オルセーのナビ派展 美の預言者たち」 三菱一号美術館 会期:2017年2月4日(土)~5月21日(日) 開館時間:10:00~18:00 (祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで) ※入館は閉館の30分前まで 休館日:月曜休館 http://mimt.jp/ |
Copyright (c) 2017 東京都古書籍商業協同組合 |