『触媒のうた』-宮崎修二朗翁の文学史秘話―が生まれるまで。今村欣史 |
宮崎修二朗という人がある。現在95歳。ご健在である。 頭の大きな人である。そこにぎっしりと良質の脳みそが詰まっている。抜群の記憶力の持ち主。安易に使いたくはない言葉だが、この人にこそふさわしい、博覧強記。その宮崎翁、若き日の柳田国男にこう言われたという。「キミ勉強が足りませんね!」。柳田を直接取材したジャーナリストは、もう日本中探しても宮崎翁をおいてないであろう。 柳田とはもちろん日本民俗学の開祖ともいうべき巨人。その巨人の自叙伝『故郷七十年』の誕生に大きな関りを持ったのが若き日の宮崎修二朗翁である。柳田邸に聞き書きに入って二日目に、「キミ勉強が…」の叱責だったと。 その後、宮崎翁は数々の作家や詩人、画家などの文人と交流を持ち、作品を発掘し紹介。日本の文芸と出版文化の興隆に力を注いでこられたのだった。 そんな人が、わたしがマスターをする店、「喫茶・輪」の常連客となり、わたしに文学談義をしてくださるようになったのである。 翁は自己宣伝を嫌う人であった。文学民俗学関連の著書は50冊を超えるが、ご自分の手柄になるようなことは一切書いておられない。しかし、わたしにしてくださる話は、これまでどこにも発表されていない秘話がふんだんに出てくるのである。それは日本の文学史にとっても貴重な証言だったりする。放っておけばそれらは空のかなたへと消え去ってしまい、あまりにも惜しい。そこでわたしは翁のお許しを得て記録させていただくことにしたのである。それが8年前のことであった。そしてある程度たまった時にある月刊誌に連載を始めた。聞いた話に関連する本を読み込んで裏付けを取り、あるいは現地に足を運んで確かめたりと、一話一話取材を進めた。時には思いがけない発見があって胸躍る思いをしたこともある。そのようにして5年余りの連載の結果、生まれたのがこの『触媒のうた』というわけだ。 宮崎翁と直接交流のあった文人の一部を挙げておこう。 柳田国男、阿部知二、有本芳水、足立巻一、内海信之、中河与一、富田砕花、陳舜臣、島尾敏雄、椎名麟三、田辺聖子、野坂昭如、石上玄一郎、辰野隆、杉本苑子、幸田文、伊藤整、竹中郁、小野十三郎、白川渥、初山滋、久坂葉子、秋田実、川内康範、杉山平一、高島敏男、谷澤永一、須田刻太、中川一政、ほか多数。 作家、出久根達郎氏はこの本を「宮崎氏の口跡を巧みに写している。従って、人物像が鮮明で、生き生きしている。拾われているエピソードが、どれも面白い。ひと口にいうと、楽しい文壇意外史である」と評してくださった。読んだ人に決して失望感を与えることはないと自負している。
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