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変っていく古書店のかたち 3   (シリーズ古書の世界第3回)

変っていく古書店のかたち 3

樽見博(日本古書通信編集長)

 これまで紹介してきた古書店は、文学系の店が中心だが、古書業界全体から見ればそれは一部に過ぎない。恐らく理系を含む学術書・研究雑誌などを主とする資料系の古書店が、古書業界のかなりの部分を担っている筈である。資料系の古書店は、一般的な古書店よりも、はるかに早くから無店舗で古書目録やネット販売に移行している。既に紙の目録は廃止している店も多い。先進的な店ではネットが普及する以前に、大学図書館などとオンラインで在庫確認ができるようになっていた。ただ、ここ30年の間に、資料専門店の数は激減し、例えば、昭和59年版『全国古本屋地図』の専門店案内で、東京の「社会科学」専門店を20軒あげているが、現在も続くのは7軒である。勿論新しい資料系の古書店も誕生していて、『全国古本屋地図』21世紀版(平成13)では、土木建築・都市資料の港や書店、医学史・産業史の泰成堂書店、在日朝鮮・アイヌ関係の水平書館が追加されている。新規の店は、特定の分野に絞って営業しているケースが殆どで、分野を狭く絞るのは社会科学系ばかりでなく全分野に及ぶ。

 古書店への蔵書処分の依頼は全分野に及ぶから、本来はあらゆる書物の知識が必要とされるのだが、現在のように書籍の数が膨大かつ推移が早くなると、現実的には無理な話である。そんな中で、文科系に限れば、和本から漫画本まで精通していたのが、中野書店の中野智之さんだった。古書店主としては二代目だが、えびな書店、稲垣書店、石神井書林、けやき書店などと同じ世代である。しかし惜しくも2014年に亡くなってしまわれた。(古書店は奥様が継続)

 中野さんは、「古本倶楽部」という文学書を中心にした分厚な在庫古書目録のほかに、『お喋りカタログ』というA4判アート紙カラー印刷20頁ほどの目録を出していた。そこでは、金額や著名度とは別に自分で面白いと思う古書を取り上げ、長短様々なコメントを施している。中野さんは、HPに掲載するので、長い解説を付けることで、検索の網に掛かるケースが増えるからと言っていたが、根底にあったのは扱う書物への愛情、その本の価値や面白さを見つけて適正な価格を決めて売るのが古本屋でしょうという、強い矜持があったように思う。ユーモラスな方だったから「お喋り」と照れて見せたのである。今手元に、2009年3月に出た3号がある。以下、中村草田男の句集『火の島』毛筆句署名入り特製本(昭和14)に添えたコメントである。

  「父となりしか蜉蝣と共に立ち止まる」 別に草樹会御案内の草田男ペン書メモ付。
   余談ながら、集中に「大学生冬のペリカンに待ち待つ」の句を見つけました。
   予備知識がないとわかりにくい句ですが、これ、東大前の落第横丁にあった、
   品川力さんのランチルーム・ペリカンのことでしょうね。
   若き日の太宰治や織田作らも出入りしていました。この句は昭和13年のものですが、
   翌年、ペリカン食堂は古本屋ペリカン書房へと変身。大先輩のお一人です。
   古本屋となった品川さんは、自らも『内村鑑三研究文献目録』他の著作を持っていますが、
   研究者に文献資料を提供するため、名物のテンガロンハットを被って自転車に跨っている姿は、
   今でも目に燒ついています。

さらっと書いているが、本を読み、ペリカン書房の開店時など調べねば書けぬことであるし、さりげなく古本屋の在り方にも触れている。こんな風に古典籍から、童謡「夕焼け小焼け」の作曲者草川信の自筆楽譜、立原道造私家版『萱草に寄す』、発禁本の林礼子著『男』(昭和3)などまで144点を取り上げている。HPに掲載していたので、印刷目録は広くは配布しなかったようだ。13号まで刊行した。

 この目録を見て、私は中野さんに、取り上げた中で殊に気になるものに加筆して「日本古書通信」に連載しませんかとお願いしてみたのである。中野さんは病気治療をして退院後程なかったのだが、二つ返事で承諾してくれ、それが2012年1月号から14年10月号まで32回に及んだ。14年12月に亡くなられたので死の直前まで連載してくれたのである。訃報を聞き、偲ぶ会が開かれるとのことで、急遽、連載をまとめ刊行したのが、『古本はこんなに面白い 「お喋りカタログ」番外編』(初版500部)である。書名は私が独断で付けたが、中野さんは反対しなかったと思っている。知識、行動力、人望、どれをとっても惜しい方を亡くしたとの思いが、今でも強い。

 「日本古書通信」で、2011年2月号から、テレビの人気番組「情熱大陸」にあやかり「古本屋大陸」と題して気になる方に、古書店としての日常を書いて頂く企画を立てた。毎号2名づつ基本的に3回の連載で頼んだ。好評で14年7月号まで続いたが、東日本大震災の直前、中野さんの連載とも重なっていた。取り上げた書店・書店主を順にあげる。
金井書店・花井敏夫、サッポロ堂書店・石原誠、九蓬書店・椛沢賢司、山猫館書房・水野真由美、かげろう文庫・佐藤龍、イマジンスペース真理・石黒敏彦、よみた屋・澄田喜広、舒文堂河島書店・河島一夫、じゃんがら堂(現在の阿武隈書房)・太田史人、版画堂・樋口良一、矢野書房・矢野龍二、近八書房・篠田直隆、弘南堂書店・高木庄一、古書日月堂・佐藤真砂、キクオ書店・前田智、@ワンダー・鈴木宏、火星の庭・前野久美子、徳尾書店・高畠裕幸、かぴぱら堂・露久保健二、モダンクラッシック・古賀加代、ビブリオ・小野祥之、古書わらべ・榎本弘紀、盛林堂書房・小野純一、書肆つづらや・原智子、追分コロニー・佐藤尚弘、股旅堂・吉岡誠、黒沢書店・黒沢宏直、澤口書店・西坂彩(店員)、八勝堂書店・近藤英人(店員)

 基本的にベテランよりは若手を取り上げようと努めたが、漏らしたか、断られたか覚えていないが、他にも取り上げるべきだった古書店は何軒もありそうである。店舗重視の店、目録中心の店、即売に主力を注ぐ方いろいろだが、どなたも、今も熱意をもって励んでいる姿を見て頼もしく思う。

 毎日、東京古書会館へ持ち込まれる古書の量は膨大である。相場が下落するなかで、現実的には一冊一冊を丁寧に見ていく事には困難があるが、あまりにも大雑把な扱いと感じることもなくはない。需要の少ない古本をより分けて廃棄することも古書店に許された使命ではあるが、前提に書物に対する敬意を忘れてはいけないと思う。
今や、古書店の営業形態は多様化し、ネット販売の率も大きくなった。客の顔を見ることも少なく、何を販売したか強く意識することも稀かもしれない。しかし、三回に分けて紹介してきた古書店を見ても、書物探求にかける熱意が商売の核となっている。古書店と客をつなぐものは古本である。繰り返すが書物への敬意、それが古書店としての成長と喜びを必ず与えると思うからだ。



kosho3
日本古書通信
http://www.kosho.co.jp/kotsu/
 

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