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第5回 村上博美さん 幻想文学に魅せられたひと

第5回 村上博美さん 幻想文学に魅せられたひと

南陀楼綾繁

 鳥取市に行ったことがなくても本好きなら、〈定有堂書店〉という名前を耳にしたことがあるかもしれない。1980年創業で商店街の中にある小さな本屋だが、ミニコミを発行したり、店内で映画愛好者のサークルや読書会を開催したりしている。いわば鳥取の文化の交差点のような店なのだ。

 15年ほど前だったか、店主の奈良敏行さんに誘われて、定有堂でトークをした。この店の常連であり、さまざまな活動に関わっている人たちが多く集まってくれた。そのとき、奈良さんから村上博美さんを紹介されたのだと思う。すらりと細い体型で物静かな男性だった。県立図書館に司書として勤めながら、古本にも精通しているという。『幻想書誌学序説』(青弓社)という著書があると聞いて、あとで入手して読んだが、その該博な知識と柔らかい文章に驚いた。
 今年のはじめ、久しぶりに鳥取市に行き、定有堂を訪れると、奈良さんから『音信不通』というフリーペーパーを手渡された。そこに「ムラカミヒロミ」という人が少年時代の思い出を綴っている。あの村上さんである。なんだか久しぶりに、この人に会って話を聞きたくなった。

 
村上さんは1959年、鳥取市生まれ。父が国鉄に勤めており転勤が多かったことから、倉吉市(鳥取県)や木次町(島根県)で暮らしたこともある。「小学校の低学年までは、とにかくマンガ漬けでしたね。私が生まれた年に『少年サンデー』と『少年マガジン』が創刊されています。テレビのアニメもよく見ていました」と、村上さんは云う。

 小学4年ごろ、〈富士書店〉の鳥取駅前店で、父から江戸川乱歩の「怪人二十面相シリーズ」を勧められる。ポプラ社からの刊行が始まった時期で、最初に読んだのは『怪奇四十面相』だった。「戦後の乱歩作品ではベストだと思います。これを最初に読んだので、すっかりハマって、学校図書館や県立図書館で探してシリーズ全作を読みました」。当時は市立図書館はなく、県立図書館は新刊を1か月間は館外貸し出ししなかったので、館に通って読んだという。並行して、同じくポプラ社から出た南洋一郎翻案の「怪盗ルパン」シリーズや、山中峯太郎翻案の『名探偵ホームズ全集』を全巻制覇した。

 中学に入ると、筒井康隆、星新一、遠藤周作、北杜夫などを文庫で読む。小林信彦の『オヨヨ島の冒険』に衝撃を受け、本屋を探しまくってシリーズを揃えたという。「この頃は、本屋で『出版年鑑』を見せてもらって、店頭にない本を注文するということもやってましたね(笑)。トーハンが発行していた『新刊ニュース』も毎月チェックしていました」というからすごい。
 当時、鳥取市内には古本屋が2軒あった。そのうち〈西谷敬文堂〉には、中学に入って父と一緒に小学校で読んだ本を売りに行った。「学校の卒業と同時に、幼年時代の読み物を卒業する、という意識があったんでしょうか」。また、〈岡垣書店〉は本の量が多く、積んだ本で通路がふさがっていたという。

 
ミステリやSFだけでなく、少女マンガも好きだった村上さんは、ある少女マンガ家が近況欄に最近読んだ作家として挙げたことで、澁澤龍彦の名を知る。澁澤との出会いは、世界がひっくり返るくらいの衝撃だった。
その後、本屋で雑誌『牧神』(牧神社)の創刊号を見つける。特集は「ゴシック・ロマンス 暗黒小説の系譜」だった。

「これはただごとじゃない雑誌だと感じましたね。こんな世界があるとは知らなかった。こんなものを読んでも構わないんだと、お墨付きをもらったような気分になったんです」
 さらに、西谷敬文堂で平井呈一訳のブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(創元推理文庫)を入手したことから、吸血鬼ものへの興味が高まる。
「牧神社から日夏耿之介の『吸血妖魅考』の復刻版が出るという予告を見て、版元に手紙を書いたんです。すると編集者から『英語の勉強をしておくと、原書で読めるようになるから』という返事をいただきました」

 高校に入ると、文芸部に属し、部誌などに小説を書く。学校図書館の司書と図書館担当の教諭らから、桃源社、創土社などのマイナー版元を教えてもらったり、雑誌『幻想と怪奇』を貸してもらった。ダンセイニ、ブラックウッド、ビアズリー、夢野久作、小栗虫太郎など異端・傍流の作家を教わる一方、スタンダードな名作を読むことで自分の立ち位置を知ることの重要性も教わった。

 村上さんは高校を卒業して、県庁に。勤めを続けるうち「やはり本を扱う仕事をしたい」と、異動希望を出した。スクーリングで司書の資格を取り、県立図書館に勤務する。
「社会人になって自分の金が使えるようになると、集める本の範囲も広がっていきました。新刊は定有堂書店や富士書店で買い、古本は『日本古書通信』に載っている目録から注文しました。地方に住んでいると、なかなか古本屋の店舗には行けないので。取引ができると新たな目録が送られてくるようになり、機会がどんどん広がっていきました。帯やカバーの有無、函の状態など、目録に書かれていること、いないことにも注意するようになりました」
 村上さんが当時から集めていたのが、1970年前後に活動し、種村季弘の『吸血鬼幻想』などを刊行した「薔薇十字社」の本だ。

「造本がきれいで、持っているだけで嬉しくなります。全36点を10年かけて集めました。なかでも、バルベイ-ドールヴィリ『妻帯司祭』は配本途中に会社が倒産し、急遽回収されたという説もあって、入手困難でした。のちに判ったのですが、同書は回収されてから、改装されて「出帆社」から新たに刊行されたんです。そのため、薔薇十字社版はゾッキにも出ずに残らなかった」
 村上さんによると、幻想文学に関する本はもともと刊行点数が少なく、時間をかけるうちにかなり集まってきたという。周辺部分へも手を広げ、画家の挿絵本なども集めるようになる。神田小川町の〈崇文荘書店〉の目録から、エドガー・アラン・ポーの挿絵で有名なイギリスの画家ハリー・クラーク、『フランケンシュタイン』の挿絵を描いたリンド・ウォードの本を注文した。持っていない本があると、先方から連絡してくれる関係になった。最近は、インターネットで海外の古書店に注文することも多い。
「すでに持っている本でも、帯や函などがいい状態ものが出ればもう一冊買うことはあります。洋書は日本に持ってくると、紙にシミが出てしまうので、管理に気を遣います」

 
 50歳を過ぎてから、「あと何冊読めるのか」と考えるようになった。コレクションは市場に還流させるべきだと考え、死ぬまでに処分したいのだが、「そのタイミングがむずかしいですね」と笑う。
 しかし、ひとつのコレクションが形になったとしても、村上さんの本との付き合いはまだまだ終わらない。

 乱歩の少年探偵団シリーズの初出雑誌から挿絵画家の変遷をたどること、少女マンガの中のゴシック・ロマンスの系譜を考察すること、角川文庫の赤版やカッパ・ノベルスを集めることなどなど。定有堂のサイトでも、「黄色い部屋の片隅で」と題するミステリ本収集についてのエッセイを連載している。調べたいこと、書きたいことが、いくらでも出てくるようだ。
最後に、「これまで本につぎ込んだ金を足したら、家の1、2軒は買えたかもしれない。でも、本を集めることが楽しかったし、読むことで自分の世界が格段に広がった。仕事の役にも立ちました。だから後悔はしていませんね」と、村上さんは静かに断言した。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

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