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連載(一)古書目録第10号『青春狂詩曲-近代教育の諸相』回想記

連載(一) 古書目録第10号『青春狂詩曲-近代教育の諸相』回想記

風船舎 赤見悟

 原稿の依頼を断りきれなかったため、僭越ながら自店の古書目録のことについて書かせて頂く。文責は私を推した月の輪書林さんにある。
 これまでに弊店は古書目録を14冊(号)発行してきた。第1号を発行したのは2009年。既にインターネット全盛で、「日本の古本屋」や「Amazon」「ヤフオク」も勿論存在した。言わば本を売る手法はいくらでもあった。そんな時代に何ゆえ手間も経費も大きくかかる古書目録なんぞの発行を思い立ったか、その理由については既に『日本近代文学館』第274号に駄文を書いた(これも断りきれなった)のでここでは省きたい。ご興味をお持ちの奇特な方は同号をお読み頂きたい。いや、別に読まなくても結構です。単なる行きがかり上仕方なくというのが最大の理由である(前述の通り私は押しに弱く流されやすい性質なのだ)。

 10年で14冊なので発行ペースとしては随分と遅い。しかし、その2009年は三回も目録を発行している。それがいつしか年に二回の発行となり、ここ最近は年に一回と徐々にペースダウン。「年一でよく食えるね」と言われることもあるが、それを補ってくれるのがこの「日本の古本屋」である。ありがたや。

 弊店は取扱ジャンルとしては一応「音楽と暮らし」を掲げている。ただ、飽きっぽい性格ゆえ頻繁によそ見をして他分野をつまみ食いしてしまう。10号は「教育(青春)」特集だし、12号は「占領期」特集といった具合だ。まあ一応両者ともに広義な「暮らし」という意味で問題ないのかもしれない(「音楽」も混ぜ込んでいるし)。というわけで今回は2014年に発行の弊店にとっては初の総特集を組んだ10号について書こうと思う。

 特集タイトルは『青春狂詩曲-近代教育の諸相』だ(同名の映画があるらしいが未見である)。核となる大半の教育文献はNさんという稀代の教育文献コレクターの旧蔵書だった。氏はベテランの古本屋さん達の間ではつとに有名で、都内で毎週のように行われている古書即売会では「教育」に少しでも関係がある文献であれば毎回狂ったように大量に購入していたという。そんな氏がお亡くなりになって、その蔵書がある時期の古書市場に三カ月近くにわたって出品され続けた。それは「もう勘弁して下さい」と願わずにはいられないほどの量だった。ある日の市場ではワンフロア全てが氏の蔵書だったこともある。それも、ご丁寧にとても細かく仕分けて出品されていたので、全ての入札を終えた頃にはフルマラソンを完走しきったかのようにヘトヘトになった(その証拠に入札直後、当時定期的に通院していた病院で行った尿検査ではタンパクが検出されて糖尿病かと焦ったものだ)。

 それまで「教育」といえば、「女学生の自筆日記」や「外地の学校資料」「児童の慰問手紙」といった「曲者」しか扱ったことがなかった弊店であったが、何故だかよく分らないが、この口を遮二無二買いまくった。おそらく「儲かる」「面白い」と後先考えず直感的に思ってしまったのだろう。これは私の悪い癖だ。それにしても今思えば無謀にもほどがある…。そして、いつしか金は尽き、自宅は教育文献で足の踏み場も無いほどの「戦場」と化した。

 それからは古本屋にとっては何よりも大事な市場にも通わず(正確には金銭的な面で通えず)、自宅に籠って妻と二人で目録を書きまくるという地味で平坦、そしてゴールの見えない日々が続いた。とにかく尋常でない量である。書いて、書いて、書いて、書きまくった。頭の中には絶えず「いつまで続くぬかるみぞ」という語句が踊っていた。目録作成の楽しさよりも、本当に完成するのかという不安の気持の方が遥かに勝っていた。目録上に「夏休み」や「放課後」といった項目を立てたのは、そんな自分を少しでも解放したかったからかもしれない。その様な状況下で、元来怠け者である私にとって、最大の武器となったのは「金が無い」ということに尽きると思う。要は「背水の陣」である。後には引けない。やるしかなかった。大きな声では言えないが、この時「金が無い」は大きな強みだった。

 半年以上の引き籠り生活を経て、何とか完成にこぎつけることが出来たのは、Nさんの圧倒的なコレクションのおかげでもある。Nさんの「人生」を賭けたコレクションと真向から対峙して、勝手ながらNさんの期待に応えたい、負けたくない、そんな風に思っていた。
 また、一見すると教育とは無関係と思われる品もよく見るとやはり教育に関係していた。一冊の「本」を多角的に捉えるということを学んだのもNさんのおかげかもしれない。目録の巻頭には「本書をN氏に捧ぐ」と、気障な一文を入れた。
 完成した目録を手して、妻と少し奇妙なことを言い合った。「Nさんが生きていたら大量の注文をくれたかなあ」と。 

huusen
風船舎古書目録第10号『青春狂詩曲-近代教育の諸相』
A5判 全446頁 残部ナシ

赤見 悟(あかみ さとる)
1978年、埼玉県児玉郡上里町生まれ
2005年11月、杉並区阿佐ヶ谷にて「風船舎」実店舗開業
2007年夏、実店舗を閉め、通販専門に
2009年1月、古書目録第1号発行
2019年秋、古書目録第15号「越境特集」発行予定

Copyright (c) 2019 東京都古書籍商業協同組合

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