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連載(二) 古書目録第12号『マッカーサーがやってきた 1945-1952(1972)』回想記

連載(二) 古書目録第12号『マッカーサーがやってきた 1945-1952(1972)』回想記

風船舎 赤見悟

 今回は2016年発行の弊店にとっては二度目の総特集となる古書目録第12号「マッカーサーがやってきた 1945-1952(1972)」について書こうと思う。タイトルの通り「連合国軍占領期の日本」特集である。
 「占領期」関係は特集を組む以前にも多少は取り扱っていたが、特集を組む決意をしたのはあるお客さんからお売り頂いたいくつかの品々がきっかけだった。例えば以下の品。

・吉田茂自筆書簡
・巣鴨プリズン拘留中の後藤文夫宛書簡類一括
・幽囚の曲-戦犯歌謡曲集
・極東国際軍事裁判所労働組合機関誌
・昭和25年「幻の国際野球スタジアム」建設資料
・米国奈良軍政府記念誌
・上野地下道の実態-生きている

 コンセプトとして占領期時代に発行・印刷・記録されたものしか使わないこと、そして全体の並びは「時系列順」と早々に決めた。何故か直感的にそれが面白いと思った。あえて言葉にするならば「紙史料で見る占領期年表」だろうか。それを狙った。プロローグ的な意味を込め、目録は「昭和20年1月1日」から幕を開けようと考えた。

 特集を決意してからは古書市場で占領期時代のものを血眼になって探した。ジャンルや形は問わなかった。目録上が様々なジャンルで入り乱れ、混沌としていればいるほどあの時代に相応しいと考えていた。また、どんなに細やかな冊子や紙片であれ、占領期のものであれば、あの時代特有の雰囲気や匂いが明確に刻印されていることは間違いないからだ。といってもこれはどの時代でもいえることだろう。時代からは逃れられないのだ(それはおそらくこんな駄文ですら…)。そこが面白い。だから、いつか同じようなコンセプトで、例えば「明治期」や「大正期」「高度成長期」の目録を作ってみたいと秘かに思っている。

 ただ、いわゆる「戦後」のものなので、それなりに市場には出て来るが、如何せんこの時代のものは紙質が良くないので状態は悪いものが多かった。そこは少しネックだった。しかし、「枠」を決めて市場で入札するのはとてもスリリングで面白く、また、それまで目に入らなかったアレやコレがとても光って見え、新鮮な気持ちで市場を楽しめた。市場がマンネリ化して楽しめないという同業諸氏には「枠買い」をお勧めしたい。無論、未知のジャンルにも突っ込むので数多の失敗は覚悟しておいた方がいい。

 限られた資金と期間の中で運よく蒐集する事が出来た品々の内、特に印象深いのは、「あるBC級戦犯宛の直筆寄せ書き帳」「横浜マッカーサー劇場上映プログラム」「日米会話手帳」「ある進駐軍兵士旧蔵アルバム」「連合軍専用臨時列車時刻表」「未逮捕戦犯人名簿」「進駐軍用東京近辺電話帳」「ある傷痍軍人の自筆日記・草稿」「GHQ専属理容師・田中知彦氏旧蔵アルバム」等だろうか。とりわけ、マッカーサーの後任として連合国軍最高司令官の任に就いたリッジウェイや極東国際軍事裁判の裁判長を務めたウェッブらの直筆サイン入色紙を含む「GHQ専属理容師・田中知彦氏旧蔵アルバム」は、仕入れ資金も残り僅かという頃に奇跡的に古書市場に出現したものだった。その絶妙なタイミングに私は勝手な使命感と運命的なものを感じ、高ぶる気持ちそのままに気合と意地で何とか落札。最後の最後に目録の一番の目玉商品を仕入れる事が出来たのは、何か不思議な縁を感じてとても興奮した。余談ではあるが、当時たまたま弊店が所蔵していた『理容文化』という雑誌に「田中知彦GHQを語る」と題した記事が収録されており、田中氏とリッジウェイらとの親密な交流を裏付ける事が出来たのも奇妙な偶然だった。

 目録上には時代の雰囲気と匂いをより濃厚に、そして立体的にするため、所々に「昭和20年9月20日:教科書の『墨塗り』開始」「昭和22年1月1日:新聞記事や見出しの横書きが、この日の誌面から左横書きとなる」「昭和23年1月26日:帝銀事件」「昭和25年1月19日:アメリカから帰国した田中絹代が羽田空港で『日本語がうまく話せなくて』と語る」等といった当時ならではのエピソードを商品と商品の間に散りばめた。

 また、雑誌を始め各掲載品からの引用も数多く試みた。引用してみた気付いた事は「編集後記」の面白さだ。「編集後記」には、やれ「金が無い…」「闇市で…」「誰々が死んだ…」等といった当時の生々しい状況が赤裸々に綴られていた。ある時代を浮かび上がらせるには「編集後記」のみを纏めて一冊の本にしたら面白いかもしれないとその時思った。

 発行後は嬉しい事にそれなりの反響があった。あるお客さんからは「語る目録」と評された。とても勇気づけられたのは、一定のジャンルで固まっていない、という目録としてはある意味掟破りで非常に見づらい誌面構成にも拘らず、お客さんは隅々まで目を通して自身の好みの品を探し出して注文をくれたことだ。やはりお客さんの情熱は売る側の情熱をはるかに凌駕している。そして「紙」の目録はまだまだ強いと感じた。

 誰よりも手強いであろう同業者の反応もまずまずだったように思う。あの「目録馬鹿(天才)」月の輪書林さんからは、労いの意味を込めてだろう、とある高級中華料理屋で御馳走をして頂いた。同席してもらった我が師匠・石神井書林さんは「月の輪が奢るのは極稀」と、その珍事に驚いていた。目録屋としてちょっぴり認めてくれたのかも知れないと、この時はとても嬉しかった。

 一つ心残りがあった。この目録は「マッカーサーがやってきた」8月末に半ば強引に発行したのだが(そのため雑な部分が多々ある)、奥付としてそのことを記録しなかったことだ。今回ここに記せたことを少し嬉しく思う。

12go
風船舎古書目録第12号『マッカーサーがやってきた 1945-1952(1972)』
A5判 全302頁 残部ナシ ■右の画像は裏表紙

赤見 悟(あかみ さとる)
1978年、埼玉県児玉郡上里町生まれ
2005年11月、杉並区阿佐ヶ谷にて「風船舎」実店舗開業
2007年夏、実店舗を閉め、通販専門に
2009年1月、古書目録第1号発行
2019年秋、古書目録第15号「越境特集」発行予定

Copyright (c) 2019 東京都古書籍商業協同組合

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