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第8回 神保町のオタさん 「本のすき間」を探るひと(後篇)

第8回 神保町のオタさん 「本のすき間」を探るひと(後篇)

南陀楼綾繁

 授業よりも超能力やUFOのサークル活動に夢中だったという「神保町のオタ」さんは、大学卒業後、京都で就職する。入社してしばらくは忙しかったことから、SF関係からは離れていたという。
「それでも、栗本薫の『グイン・サーガ』シリーズは読み続けていましたね。ヒロイック・ファンタジーが好きなんです」

 オタさんが本格的に古本屋通いをはじめたのは、30代に入った頃だった。当時、神保町には『SFマガジン』のバックナンバーを揃えている古本屋があり、上京するたびに買いに行ったという。その際、すずらん通りにあった〈書肆アクセス〉に入った。地方・小出版流通センターが直営する書店で、地方出版やミニコミを扱っていた(2007年に閉店)。ここで古本好きのための雑誌『彷書月刊』を見つける。毎号、ユニークな特集を組んでいた。
「私が買ったのは、『サンカの本・その世界』という特集の号でした(1990年9月号)。それから毎月買うようになり、後ろのページに載っている古書目録を眺めていました。そこから、老舗の『日本古書通信』の存在を知り、そちらも購読するようになったんです」

 それがきっかけで、オタさんの古本屋めぐりがはじまった。出張で地方に行く際に、『全国古本屋地図』の該当ページを切り取って持っていき、その地の古本屋を回った。
「札幌の〈弘南堂書店〉、神保町の〈叢文閣書店〉、熊本の〈舒文堂河島書店〉のように、地方文献や民俗学関係を扱っている古本屋が好きでしたね。明治期の移民、キリスト教、開拓などに興味があったし、事物起源の本も好きでした」
 地元である京都ではどうだったか。
「私の在学中、京大の周辺には十数店の古本屋がありましたが、当時はあまり行っていませんでした。その頃の自分に古本屋、特に均一台の重要性を教えてやりたかったです(笑)。それらの店に通うようになって、未整理の山から『アメージング・ストーリーズ 日本語版』(誠文堂新光社)を一冊数百円で拾い出したりしました。学生の時に、知恩寺で開かれる秋の古本まつりにも行きましたが、まだ視野が狭かったようであまり買えませんでした。均一台も『どうせろくなものはないだろう』と素通りしていました。その面白さを知ったのは、岡崎武志さんや山本善行さんのエッセイからでだいぶ後になります」

さまざまな書誌を扱う東京の〈早川図書〉の目録を入手し、『新渡戸稲造文庫目録』(北海道大学)も買った。掲載されている本のデータを読むだけで楽しかったという。
 オタさんは、本を読むときには真っ先にあとがきと参考文献を読む。そこで知った本を古本屋で見つけ、また参考文献から新しい本を見つける……というように、いもづる式に興味の範囲が広がっていった。

 2005年1月、オタさんはブログ「ジュンク堂書店日記」を開始する。
「このジュンク堂は神戸・三宮のサンパル店のことですね。専門書が充実していて、かなり買い込んだ記憶があります。当時もいまも、ネットでは本は買わず、店舗で買っています。古本は『日本の古本屋』でときどき買っていますが。
 ブログをはじめたのは、当時、『電車男』などネット発信の書籍化がはやっていたので、自分もやってみようと思ったからだと、オタさんは云う。
 最初はタイトル通り、ジュンク堂の思い出や新刊の紹介を書いていたが、書物蔵さん(当時は書物奉行)がコメントを書き込むようになると、読者の目を意識して次第にマニアックな方向に踏み込んでいった。
「たとえば、文学者の日記を読んでいると、文学とは畑違いの何者か判らないけったいな人が出てきます。その人の経歴を調べて、ブログで紹介しました。その分野の研究者の目が届いていないだろう資料を見つけるのが、好きなんですよね。個人全集の別巻や日記篇を読んでいると、そういうネタが拾えるんです」

 同じ年の12月には、はてなダイアリーに移行し、「神保町系オタオタ日記」と改名。
「アキバ系がはやっていたので対抗しました(笑)。このタイトルのせいで、東京に住んでいると思っている人が多かったです」
 びっくりしたのは、元の「ジュンク堂書店日記」も翌年一杯は頻繁に更新されていることだ。どこから、その熱意が生まれるのか?
「本と本の間に挟まっている片々たる冊子が好きなんです。人が見ないもの、ひっそりと埋もれているものを探したい」とオタさんは云う。「本のすき間」を探ることに情熱を傾けているのだ。

 初期の「オタオタ日記」に出てくる固有名詞を拾ってみる。櫻澤如一、藤澤親雄、鈴木庫三、スタール、島田翰、朝倉無声、木呂子斗鬼次……。知らない名前のオンパレードだ。著名人でもかならず意外な角度から攻めてくるので、読み落とせない。
「このブログを通して黒岩比佐子さん、小谷野敦さん、佐藤卓己さんらと知り合うことができました。彼らの著書や論文に引用されたり、参考文献として挙げてもらったりしました。もっとも、小谷野さんは匿名を否定しているので、『久米正雄伝』で参考にしつつも『名前は出せない』と云われましたが」
 その後、母が亡くなり、父の看病をしていたため、半年ほど休んだ時期はあるが、現在までブログを続けている。

 そんなオタさんだが、「私は蒐集分野とか探究書などはべつにないんですよ」と笑う。「知らない本に出会うために古本屋に行っているだけで。だから、古本屋通いに終わりはないんです」
 その場にこの数年で手に入れた古本をいくつか持ってきていただいたが、たしかに、見事にジャンルがバラバラだ。
『百人一趣』上・下(1946)は、名古屋で『土の香』という民俗雑誌を発行していた土俗趣味社から出たもので、斎藤昌三、中山太郎、尾崎久弥、宮尾しげをらが寄稿している。
「巻頭の柳田國男の文章は、筑摩書房の定本全集に入っていますが、出典や発行年月が間違っています。下巻に『古本販売目録に就いて』を書いている呉峯生は、約4000冊の古書目録を集めたコレクターです」
 先日、大阪の〈文庫櫂〉で見つけたという城市郎『発禁本・秘本・珍本』(河出i文庫)は、著者旧蔵本で本人の書き込みがある。また、知恩寺の古本まつりの均一台で手に入れた同人誌『新人壇』(1960)には阿部昭や実相寺昭雄が書いている。先週の大阪古書会館の即売展では『ワセダ・ミステリ』創刊号を買っている。
 最近では書籍よりも紙モノに重点が移り、図書館に所蔵されていない非売品の小冊子や絵葉書に手が伸びるという。ますます「すき間」へと入り込んでいるわけだ。
「絵葉書は裏面の絵柄が注目されやすいですが、表面の通信面には面白い人の名前が見つかることがあります。小山展司から山名文夫への絵葉書を入手したんですが、小山はデザイナーで森山大道が教わった人らしいですね。人と逆のところに注目すると、面白い発見があるんです」

 オタさんが住んでいる家は木造で、本は二階に置いている。床が抜けないように分散して置くため、本棚がほとんどなく、床に積むか段ボール箱に入れている。紙モノは紛れ込みやすいので、カンで探しているそうだ。そのテーマに興味がなくなると、古本屋で処分する。
「SFや歴史の本はずいぶん売ってしまいましたね。硬めなものは〈書砦・梁山泊〉、やわらかめなものは〈古書善行堂〉に引き取ってもらうことが多いです」

 オタさんは地道に集めて、調べたことを、惜しげもなくブログで書く。
「自分で本を書こうという気持ちはないんですか?」と訊くと、「私はブログで充分です」と答える。本の「すき間」にあるものを見つけたら、あとはご自由に使ってくださいということだろうか。私自身も何度もこのブログに助けられている。
「神保町系オタオタ日記」には「自称『人間グーグル』」のサブタイトルがある。
「善行堂で買ったスエデンボルグ著、鈴木大拙訳の『天界と地獄』に、英文の書き込みがありました。それによると、アメリカ人の牧師からKusuichi Onoに贈られたものでした。この人物が気になったのですが、どうやって調べたらいいか判りませんでした。ところが、グーグルブックスで検索するとヒットし、東洋電機技手の小野楠一だと判明したんです。会社からイギリスに派遣されたのですが、日本に帰ってから亡くなったようです。これじゃあ、人間グーグルもお役御免ですかね」
 そう笑うオタさんだが、そもそもオタさんがこの本を買って書き込みに注目したから、この結果が得られたのだ。いくらネットの大海に膨大な情報が漂っていても、知識と興味と情熱を持つ人間がいなければ、何も生まれない。
 オタさんにはもうしばらく、「人間グーグル」として働いてもらいたい。私たちに役に立つことも、まったく役に立たないこともたくさん教えてもらいたいからだ。

神保町系オタオタ日記
https://jyunku.hatenablog.com/

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

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