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メールマガジン記事 シリーズ古書の世界

第一回 古本屋稼業十年目の呟き

第一回 古本屋稼業十年目の呟き

山本善行

 仕入れてきた本を、何も考えず、そのまま店の棚に並べておくと、いつの間にか、そのほとんどが売れて無くなっている。するとすぐ、誰かが読み終わった本を、店に持って来てくれる。それを空いた棚に入れると、たちどころにまた売れてしまう。もしこれが本当であったなら、古本屋は最高の職業の一つだろう。実際は、少し大げさに言うと、百円の本を売るのにも、作戦を立て、知恵を絞り、本を大量に動かして、やっと売れるという有様である。皆さん、周りの古本屋を見てください、滅茶苦茶働いていますよ。私も定休日の火曜日に、業者の市場があるので、ほとんど休みなくこの十年、働いてきました。

 でも、そんな古本屋生活でも、楽しみはある。やせ我慢みたいな文章になるとは思うが、そのことを書いてみたい。私の場合、お客さんと話をしながら本を売るスタイルなので、本の内容を知っていた方がいいのだ。本を読むことが仕事につながるわけで、私にとって仕事が苦にならない。古本屋はあまり本を読まない方がいいという人もいるが、またそういう面も実際あると思うが、しかしこれは仕方のないことで、私は読むことを武器とするしかないのである。

 例えば、竹下彦一という作家の話をしよう。詩集や句集、エッセイ集など、著書は多いが、おそらく、その一冊を棚に差しておいても、なかなか売れないと思われる。でも竹下彦一という人物を明らかにしていけば、興味を持つお客さんがきっと現れると思う。

 私は最初、タバコの箱を綴じて本にしたのを見て、竹下彦一に興味を持った。ちょっと調べて見ると、この竹下彦一、なかなか面白い作家であった。日本大学工学部で柔道を教えていたこと(講道館八段)や、カルヴァドスの会会員でもあったことがわかる。

 こうなると調べることが面白く楽しくなってくる。そしてやはり一冊本が欲しくなります。こういうときには「日本の古本屋」が便利で、私が買ったのは「ロココ風な喫茶店」という詩集だった。

 二枚半の紙を折り、段ボールで挟んだ、という簡単なもので、装幀は池田勝之助、印刷は植田秀雄、昭和29年、カルヴァドスの会刊行、限定二百部の本であった。池田勝之助は小川未明の「生きぬく力」という童話の挿絵を書いた画家だったことも知る。

 さてこの『ロココ風な喫茶店』であるが、読んでみるとなかなか面白い。喫茶店と珈琲と詩集が好きな著者の姿がそのままストレートに語られている。あとがきでは、名古屋のカフェー「パウリスター」のことにも触れ、五銭で香高い珈琲を飲ませてくれたとか、詩を書くようになったのは珈琲のためだとか、書いている。「小さい幸福」という詩は、こんな短い詩なのだ。/わたしの膝の上には/新刊の詩集/わたしの卓には/一杯の熱い珈琲/

 心から好きなことを、次から次に並べて、分かりすぎるような詩は、現代詩からみると、物足りないようにも感じるが、新鮮でもあった。その後「喫茶店にて」という詩集も入手することになる。この詩集には、年譜がついていたので竹下彦一のことをさらに知ることになる。

 今は、カルヴァドスの会について調べているが、こうなると、竹下彦一の本もだんだんと光を放つようになってくる。ただ、もっと調べたくなってまだ売らなくてもいいか、などと思うので、結局、本はなかなか売れないということに変わりなく、ただ調べて遊んでいるとも言えるのである。

zenkou
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山本善行
2009年、銀閣寺近くに「古書善行堂」を開店する。
著書に「古本泣き笑い日記」「関西赤貧古本道」「漱石全集を買った日」など。雑誌「APIED」と関西ジャズ情報誌「WAY OUT WEST」に連載中。

Copyright (c) 2019 東京都古書籍商業協同組合

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