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メールマガジン記事 シリーズ古本マニア採集帖

第10回 山本幸二さん 集めて記録して手放すひと

第10回 山本幸二さん 集めて記録して手放すひと

南陀楼綾繁

5月のある日、私は神戸・元町の喫茶店で人を待っていた。〈チェリー〉というその店は、いまでは各地で姿を消しつつある普通の喫茶店で、その時間はまだ空いていた。
「お待たせしましたか?」と入ってきたのは、物腰が丁寧で、温厚そうな人だった。この喫茶店の近くにある〈花森書林〉の森本恵さんに、神戸で取材したら面白い古本好きを紹介してほしいと頼んだら、紹介してくれたのがいま目の前にいる山本幸二さんだった。
 さぞや年季の入った古本コレクターなのだろうと思ったら、「私は2011年から本格的に古本屋をめぐりはじめたんです」と云う。けっこう最近じゃないか。しかし、山本さんのお話を聞いていくと、この人の人生は「集めること」と不可分なのだと判ってきた。

 山本幸二さんは、1951年に神戸市の中央区に生まれた。実家は光村印刷という会社を営んでいた。東京の光村印刷は神戸で創業したが、東京に移ったあと、神戸では別の人が経営し神戸光村印刷となり、その後、山本さんの祖父が引き継いだのだという。
 同社は主に宣伝物の印刷を手掛けており、私がこの前日に大阪の〈本は人生のおやつです!!〉でトークをしたジュンク堂難波店店長の福嶋聡さんが、神戸で俳優として所属していた劇団のチラシやパンフレットも印刷していたそうだ。

「母は本好きでしたが、子どもの頃の私はあまり本を読んでいません。小学生の時に『世界の国々』という本を読んで地理が好きになり、中学生の頃は貝殻を集めていました。兄が白川峠に化石採集に連れて行ってくれたことから、高校では地学部に入りました」
高校のときは、化石を集めたり、星の写真を撮りに行ったりした。学校の図書館で天文や鉱物の本ばかり読んでいた。当時購読していたのが、日本気象協会発行の『地球の科学 cosmos』。「世界の熱帯低気圧」などの特集を組んでいる。「自然科学系の本ばかり読んでいて、文学はウソだと思っていました(笑)」とおっしゃる。高校では小説やエッセイしか読んでいなかった私とは真逆だ。

 大学では経営学部に入る。クラブは地理研究会に属し、過疎地帯を調査して、報告書をつくった。
 この頃、はじめて古本屋に行き、岩波新書を買った。つくり話だと思っていた文学も読むようになり、高橋和巳、安部公房、野坂昭如などを読んだ。
「『妊婦たちの明日』(角川文庫)を読んでから、井上光晴を集めるようになりました。暗いところが好きでした。この頃は元町、三宮の古本屋と、〈コウベブックス〉〈日東館書林〉〈海文堂書店〉〈丸善〉などの新刊書店をめぐっていました」

 卒業後は、船舶用のエンジンメーカーである阪神内燃機工業に入社。一貫して、経理畑で仕事をしてきた。その頃から、野鳥の会に属し、山や川で野鳥の羽を集めた。それらを洗って分類し、クリアファイルに収める。
「なんでも分類して、記録することが好きなんですね。山に行った記録や、流れ星の観測記録なども付けています」

 この頃になると、純文学の単行本が古本屋で安く買えるようになった。山本さんは新潮社の「純文学書下ろし特別作品」シリーズを集めた。
「装丁が統一されているので、集めやすいです。最後の方に函入りでなくなったときは、がっかりしました」
 話を聞いていると、この頃からそれなりに古本も集めているように思えるが、当時の山本さんのなかでは他のコレクションほど古本に重きを置いてなかったのかもしれない。

 そして2011年、山本さんに転機が訪れる。転勤で元町の本社に通勤するようになった。会社はそれ以前しばらく経営的に厳しかったが、業績が上がって余裕もできた。
「古本も安くなったし、バンバン買えるようになったんです」と山本さんは笑う。
 直接のきっかけは、〈海文堂書店〉が常設していた古本の棚を見たことだ。そこに本を出していた元町の〈トンカ書店〉で井上光晴の本を買い、毎週通うようになった。そして、京都から姫路まで、阪神間にある古本屋を訪れ、大量に買った。
「文学では井上光晴をはじめ、井上荒野、梨木香歩、川上弘美、干刈あがた、鈴木いずみなど。他にも地理や民俗学、鉱物、映画本などいろいろ買います」
 これだけ買って、相当数の本を読むというからすごい。

 山本さんはインターネットでは本を買わず、古本屋に足を運ぶ。文庫は1000円までなど、価格の上限を決めている。
「〈ハニカムブックス〉では鳥の本を買うとか、自分でルールを決めています。それと、女性店主の古本屋は応援しています。昔の古本屋の店主は男が多くて、帳場の奥に座っていましたが、女性店主は立って接客している人が多いのがいいです。女性店主の古本屋が栄えると、本の幅が広がっていくと思います」

 とくに〈トンカ書店〉の森本さんは「客の分け隔てがなくて、楽しんで仕事をしているのがいい」そうで、開店10周年のときは、集めてきた「純文学書下ろし特別作品」を全冊放出し、店でフェアを行った。
 山本さんは、ひとつのコレクションがだいたい集まってきて、先が見えてくると、まとめて古本屋に売るのだという。それを「卒業」と呼んでいる。
「集めて、記録して、手放して卒業、というサイクルですね。それで次のコレクションに行くんです。古本屋で買った本は古本屋さんに戻すのが自然だと思うので」
 コンプリートに近い状態で処分するのだから、古本屋にとってこんなにありがたい客はいないだろう。
 しかも、山本さんは買った本の表紙をカラーコピーし、リストもつくっている。「いちど手元にあった証拠」だというが、処分するときにはそのリストも一緒に渡すそうだから、これもありがたい話だ。
 最近では、〈トンカ書店〉が移転して今年2月に〈花森書林〉として開店したのを祝して、これまで集めてきた福武文庫約400冊を放出するフェアを行った。取材時にはすでに半分売れてしたが、私も阿部昭編『葛西善蔵随想集』など何冊か買った。
 いまは、講談社文芸文庫を集めているそうだ。
「1000点以上あって、いまでも刊行中なので、全部集めるのは諦めて、ひとりの作家につき2冊までにしようかなどと悩んでいます」
 その様子は本当に楽しそうで、どっちでもいいから好きにすれば? と突き放す気も起きなかった。

 しかし、それだけ買っていれば、家のなかは大変だろう。
「たしかに本だらけですね(笑)。でも、置く場所はだいたい決まっていて、本棚にも岩波新書は番号順、文庫は作家別に並べています。入りきらない本は段ボール箱に入れています」
 また、各地方の観光パンフレットや映画のチラシも数千枚あり、若い頃から集めてきた化石や鉱物もある。山本さんはそれらをすぐに取り出せるようにしているようなのだ。
 私は部屋が狭いから、探している本が見つからないと弁明を重ねてきたが、本当はスペースの問題ではなく、整理することができるかどうかという性格の問題だったのだろう。うすうす気づいてはいたけれど……。

「買った本はその日のうちに、リストにつけて整理しないと忘れてしまいますね」と山本さんはおっしゃるが、それができる人がうらやましい。
 ダブって買った本は、会社の図書室に寄贈する。山本さんは会社の図書部にも属して、本の整理を行っているという。同社の社史(『阪神内燃機工業百年史』)は、山本さんの古本屋とのつながりから、神戸の出版社・苦楽堂が編集している。
「古本屋に通うようになって、店主やお客さんなどいろんな人たちと出会って、話ができるようになったのはとてもよかったです」と、山本さんは語る。

 取材を終えて〈花森書林〉に行くと、店主の森本さんが笑顔で迎えてくれた。福武文庫の本棚に立って、「あの本が売れた」などと話す二人を見ているとほのぼのとした気持ちになる。誰とも競わずに自分の好きな本を集めていって、古本屋さんにも愛される。素敵な古本人生だと思う。
「コレクションのテーマは次々に出てきますね。他に行くところもないので、これからも古本屋めぐりは続いていくでしょうね」と、山本さんは笑った。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

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