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メールマガジン記事 古本乙女の独り言

☆古本乙女の独りごと⑤ 私的古本屋店主考

☆古本乙女の独りごと⑤ 私的古本屋店主考

カラサキ・アユミ

学生時代、当時複数通っていた古本屋の中でもとりわけ〝堅い独特な緊張感〟を漂わせる一軒があった。均一本が詰め込まれた底の浅い木箱等を地面にテトリスのように配置した店先、開け放たれた入り口をくぐると出迎えてくれたのは昼間でも薄暗い店内だった。コンクリートの地面に直に積まれたおびただしい量の雑誌やら図録、そう高くはない天井に向かって連なりそびえ立つ棚には下段から上段までぎっしりと文庫本、新書、ハードカバー本が詰め並べられていた。そして、店の奥の更に薄暗い帳場には微動だにせず椅子に座りこちらには一切目もくれない老店主。その店主の眼鏡が異様に存在感を放っていたのであった。お前さんのようなアマチュア古本好きはまだまだだ!と言わんばかりのオーラが放たれていて(完全に私の妄想だが。)そんな店主に対して私は畏敬の念を抱きながら棚を物色させてもらっていた。

 その古本屋に通い始めて二年ほど経ったある日、会計時に初めて店主に話しかけられた。釣銭を渡される時の「ありがとうございました…」の声、それも微かな声量しか聞いたことのなかった私にとって、アルプスの少女ハイジの車椅子のクララが立ち上がった際の〝クララが…クララが立った‼︎〟レベルに驚いた瞬間であった。他愛もない話をした後おもむろに店主は私に一冊の本を手渡してきた。どうやら店主が最近自費出版した本らしい。だがしかし私にはまるでチンプンカンプンな哲学的な難しい内容だった。だがここは知識の浅さを露呈せずに堂々とせねば、と「スゴイですねー‼︎」を私はひたすら連発した。そんな私の様子も見透かしたかの様に店主はさて本題に入ります、といった空気で話を続けた。「とにかくこの本はいいよ。我ながらいい本だよ。どう…?試しにさ。」

 店を出た私の手には先程の本が収められていた。買ったのだ。全く興味のない一冊の本を。なかなか高額な定価で。財布の中に残していた昼飯代も無くなってしまった。仕方ない、今日はコンビニの安いオニギリで済ませるか…と腹の虫を鳴かせながらも、不思議な高揚感に満ち満ちていた。結局買った本は読まずじまいのままだった。

 人には「いいカモだったんだよ、アンタ」と言われるかもしれないが、いや、現にカモにされたわけだが、それでも当時の私にはとても嬉しい出来事だった。あの寡黙な店主が私に笑いかけ話しかけてくれた、その感動に代金を支払ったわけである。そう思う程に私にとって〝古本屋店主〟という存在はなんだか特別な存在なのだ。昔も今もこれからも。

karasaki5
『全古書連ニュース』より転載

otome5
東京古書組合発行 『古書月報』より転載

hibi
『古本乙女の日々是口実』皓星社
価格1,000円+税
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/furuhonotome/

ツイッター
https://twitter.com/fuguhugu

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