☆古本乙女の独りごと⑥ ある日の古本屋にてカラサキ・アユミ |
「あのぅ…ちょっとお尋ねしたいんですが…」 静寂に包まれた店内に響きわたる声。棚と棚の隙間から目を向けるとカウンター越しに店主に向かって話しかけながら歩み寄るサラリーマン風の男性客の姿があった。男性はあまり古本屋の空間に慣れていない様子でキョロキョロと辺りを見回している。その光景を目にした瞬間、私の中に独特な緊張感と好奇心の微風が吹きはじめた。 〝古本屋に行き慣れていないお客が古書店主に探している本の有無を尋ねる〟という状況に出くわす機会は意外と少ない。そして個人的にとても興味津々な場面でもある。(何か具体的に探す本があって古本屋に足を運ぶタイプでは無い私にとって、店主にアクションを起こして本の探索をするという手法を取るのは未知の感覚だったりするからだ。)果たしてその際、店主がその一見さんに対してどのような返答を渡すのか思わず気になって客とのやりとりを観察してしまうのだった。これまで私が遭遇した場面を全て挙げると文字数が足りなくなってしまうのでここでは割愛するが、大体が「いやぁ、うちにはそういった本はないですねぇ…」と味気なくやり取りが終わってしまうケースがほとんどだった。 さて、男性客は「車の運転が上手くなる本って置いてますか?」と店主に聞いた。一瞬沈黙の時間が流れた。すぐさま「それって実際に運転をすること以外方法が無いのでは…」と心の中で皮肉混じりなツッコミを入れた私はやはりお猪口程度の器しか持ち合わせていない人間だと後々痛感させられた。店主の返答はこうだった。「そうですねぇ…うちにはそういった専門的な運転指導の本はありませんが、運転に関してだけでなく何か物事を行う時に自信を持って取り組めるような気持ちになる為の指南書ならございます。確かその辺りに・・・そう、そちらの棚に色々と並んでおります。まぁどうでしょう、宜しければ是非ご覧になって見てください。」穏やかな口調でそう話しながら店主は斜め向かいの棚を指差した。男性客は軽く会釈して促されるまま棚を見始めた。私はさり気なく移動し、熱心に背表紙群を眺める男性の背後からチラリと棚を覗いた。そこには様々な自己啓発本が並んでいたのであった。なんと‼︎そうきたか‼︎と、道先案内人ならぬ古本案内人である店主の詩的な返答とそのプロフェッショナルぶりに惚れ惚れとしてしまった。結局その男性客の購入の有無を見届けないまま私は店を後にしたが、いやはや何とも小気味よいやり取りを見聞きさせて貰ったなと大大大満足であった。 やっぱり古本屋はドラマティックだ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎(輝)
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