文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大

古書を探す

メールマガジン記事 シリーズ古本マニア採集帖

第12回 菊池雅人さん 本棚をパトロールするひと

第12回 菊池雅人さん 本棚をパトロールするひと

南陀楼綾繁

 10年ほど前、私は仙台の書店で『仙台学』という雑誌を手にした。荒蝦夷という地元の出版社が発行する同誌は、仙台をめぐるさまざまな特集を組んでいた。その頃、私は一箱古本市の縁で、仙台に来る機会が増えていた。『仙台学』は、それまで知らなかった街を歩くときの手がかりになった(もう一誌、郷土史家の渡邊愼也さんが発行していた『仙臺文化』も読んでいた)。
なかでも、「駅前物語」という特集の8号に載った「70年代せんだい書店回顧録」は、この時代の新刊書店について具体的に綴られた記事で、駅前にチェーン系書店が展開して以降しか知らない私にとって刺激的だった。ここに載った当時の書店の分布図を見ると、まさに時代の空気が伝わってくる。筆者の菊池雅人というひとは何者なんだろう? 

今年、仙台で本についての活動を行う「Book! Book! Sendai」(BBS)の10年間の活動をまとめた冊子『本があるから Book! Book! Sendai→Book! Book! Miyagi 2008-2018』が刊行された。その中に「仙台直近10年 書店激烈盛衰録」という記事がある。2000年代の仙台の書店分布図があり、それぞれの店の特徴が載っているのは、例の記事と同じ構成だ。筆者は「GAZIN菊池」、つまりあの菊池雅人だった。ぜひ会ってみたいと、冊子を編集した〈book cafe火星の庭〉の前野久美子さんに紹介してもらい、菊池さんにインタビューを申し込んだ。

「あの記事はほとんど記憶だけで書きました。調べて書くとなんだかつまらないんですよね。前に、本を買った店のカバーを付けて本棚に並べていたんですが、カバーに支店の情報が入っていたのは参考になりました。『仙台学』にはその後、同じように仙台の映画館とレコード店についても書きました。他にも、喫茶店やグランドキャバレーについても書きたかったのですが、実現していません」
 市内にあるご自宅に伺うと、菊池さんはそう云った。菊池さんは1953年にこの地で生まれ、戦前に建てられた家で育った。現在の家は10年ほど前に建て替えた。
 祖父は学校の教師で、短歌の会を主宰していたため、同人が家に集まったという。父は俳句を詠み、同人誌の編集もしていた。

 小学校の3、4年頃に市民図書館に通い、ジュール・ヴェルヌやルパン、ホームズなどを読む。マンガも好きで、さまざまなマンガ雑誌をクラスの同級生と手分けして買い、貸し借りしていた。菊池さんが買っていたのは、組み立て付録が充実している『ぼくら』だった。また、近くの貸本屋で貸本マンガ誌の『影』を借り、佐藤まさあきやさいとうたかをなどの大人っぽい作品を読む。「ずっと寝床で読んでいたので、目が悪くなりました」と言う。

 中学1年生の春休み、父の本棚で松本清張の『点と線』を見つける。
「あとがきに、クロフツの『樽』に影響されたと書いてあったのですが、友人の家の本棚で創元推理文庫の『樽』を見つけた。それで『樽』を読み、すぐ『点と線』も読みましたが、とんでもなく面白かった。『情死』というのが判らなくて親に訊いたら、黙られました(笑)」
 ミステリの面白さに目覚め、新刊書店でカッパノベルスの松本清張を買ったり、創元推理文庫の海外ミステリを買うように。
「小遣いが週に500円だったので、文庫が2冊買える。500円になるようにその組み合わせを考えるのが楽しかった。読書感想文で殺人が出てくるクロフツの『2つの密室』を書いたら、学校に親が呼び出されて、『息子さん、大丈夫ですか?』と心配されました」

 大学生になると、〈東北劇場〉という洋画専門の映画館でアルバイトをする。従業員やアルバイトにミステリ好きが多く、グループをつくることになった。『ミステリアン』というガリ版刷りの雑誌も1号だけ出した。ほかにも、映画館通い、中古レコード集めと趣味に忙しい生活を送っていた。
 大学卒業後の1977年、市内の私立学校に事務員として就職。当時は時間に余裕があったこともあり、知り合いを集めて、「ミステリクラブ謎謎」を結成。毎月例会を開き、会員内の通信を発行。年に一回程度、機関誌『謎謎』をオフセット印刷で発行した。
「例会では、ディベート形式の裁判ゲームとか、ミステリの傑作のランキングなどをやりました。会員は最大で40人ぐらいいました。機関誌は〈高山書店〉〈アイエ書店〉〈金港堂〉〈宝文堂〉などの新刊書店に持ち込んで、置いてもらいました」
 『謎謎』6号(1984年)では当時忘れられていた、東北大学出身のミステリ作家・高城高が、北海道に住んでいることを知り、インタビューを掲載した。
「この記事はミステリ評論家の権田萬治さんにほめてもらいました。のちに荒蝦夷が『X橋付近 高城高ハードボイルド傑作選』を刊行しますが、これがきっかけになったかもしれません」
 謎謎は10年間続けたが、仕事が忙しくなって活動を停止した。
 
 新刊書店には学生時代から現在まで、毎日のように通っている。
「地元の書店はざっと見られる気楽さがありますね。昔は配達もしてくれましたし。また、郷土の本に強いです。〈宝文堂〉は出版もしていました。職場にも出入りしていたので、顔見知りの店員もいました。1997年に〈ジュンク堂書店〉が進出したときには、扱う本の量の多さに驚きました。ひととおり棚を眺めると、知らない本が見つかる。書店をクルージングする楽しさがあります」
 なお、菊池さんによると、仙台では1月2日の「初売り」が盛んで、その日だけの景品を求めて前夜から行列する客がいるほどだという。新刊書店でも初売りが行われるが、カレンダーや地図、その店で使える割増商品券などを景品として出しているそうだ。
「古本屋さんの初売りは聞いたことないですね。あったら、行くけど」と菊池さんは笑う。

本は新刊書店で買うことが多かったが、東北大学の近くに並んでいた古本屋にはときどきいって、松本清張の初版本を探していた。
「太白区鈎取本町にある〈萬葉堂書店〉は、本の量が多いので、棚を眺めるのが楽しいです。ここでは、松本清張の同じ文庫本のカバー違いを集めました。閉店してしまったけど愛子(あやし)にあった〈開成堂〉は巨大な倉庫みたいな店でした」
 清張に関しては、著作や関連書だけでなく、清張の名前や作品名が出てくるミステリ小説を100冊ほど集めている。
「批判的な取り上げかたで、清張を出している小説もあります。『清張以後』という云い方がありますが、いまでも結構意識されているんですよね」
 仙台以外では、山形市の古本屋や中古レコード屋に行ったり、上京すると必ず神保町に行ってひととおり古本屋をめぐる。

「家を建て替える際に、増えすぎた本や雑誌を古本屋に売ったり、図書館に寄贈したりしました。段ボール箱で100以上あったと思います」
 その後、東日本大震災が発生し、しばらくは本を買う気持ちの余裕がなくなったというが、現在も本棚に5000冊ほどあるという。
 案内していただくと、単行本や文庫、雑誌がびしっと本棚に並べられていた。テーマごとにだいたいの区分けがされている。
 清張関係は別格として、「宮城県が舞台になったミステリ」「ビートルズが出てくる小説」「タイトルに西暦が入っている本」「『遠野物語』が出てくる小説」「目の病気が出てくるミステリ」など、じつにさまざまなテーマで本を集めている。
「本屋に行くと、いろんな本をひたすらめくって探すんです。見つかると、喜んで買う(笑)。タイトルに西暦が入った本は1945年から2000年まで集まったら、それをもとに文章を書いてみたいです」

 このほか、書庫には新聞や雑誌から切り抜いた書評を貼りつけたスクラップブックもある。
 菊池さん自身も書評を書くのが好きで、月に1回程度、希望者にメールで「GAZIN B00K REVIEW」を送っている。私も読んでいるが、かなり的確でときに辛口だ。
 最新の202回で紹介されたのは、柏耕一『交通誘導員ヨレヨレ日記』、逢坂剛『百舌落とし』、佐高信『いま、なぜ魯迅か』の3冊。この並びを見るだけで、守備範囲の広さがうかがえる。
 
 本屋に行くと、いろいろ見るものが多いという菊池さん。きっと、何時間いても飽きないに違いない。この先も、仙台じゅうの書店の本棚をパトロールしつづけてほしい。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

susumeru
『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 南陀楼綾繁 著
皓星社 価格:1,600円(+税) 好評発売中!
http://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/atsumeruhito/

Copyright (c) 2019 東京都古書籍商業協同組合

  • コショな人
  • 日本の古本屋 メールマガジン バックナンバー
  • 特集アーカイブ
  • 全古書連加盟店へ 本をお売り下さい
  • カテゴリ一覧
  • 書影から探せる書籍リスト

おすすめの特集ページ

  • 直木賞受賞作
  • 芥川賞受賞作
  • 古本屋に登録されている日本の小説家の上位100選 日本の小説家100選
  • 著者別ベストセラー
  • ベストセラー出版社

関連サイト

  • 東京の古本屋
  • 全国古書籍商組合連合会 古書組合一覧
  • 版元ドットコム
  • 近刊検索ベータ
  • 書評ニュース