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第16回 自転車で見知らぬ本を求めるひと

第16回 自転車で見知らぬ本を求めるひと

南陀楼綾繁

 昨年9月に札幌に行った。事前に古本屋の〈書肆吉成〉さんに、古本好きで面白い人がいたら紹介してほしいとお願いしておいた。店主の吉成さんが紹介してくれたのが、「積読荘の住人」というハンドルネームの人だった。たしかに、Twitterで見かけたことがある名前だ。
「当店では、おすすめの本を紹介しあうビブリオバトルを毎月開催しているのですが、積読荘の住人さんはふらっとやってきて当店のミステリコーナーを物色し、おもむろに取り出した本について滔々と語る特技の持ち主です」とメールにあった。
 さっそく取材を申し込み、大通公園の近くにある書肆吉成の「丸ヨ池内GATE6F」店で待ち合わせた。IKEUCHI GATEという商業施設に入っている支店だ。東区の本店に劣らぬ充実ぶりで、以前からほしかった『北海道の出版文化史』(北海道出版企画センター)を格安で見かけてホクホクしていたら、眼鏡をかけた温厚そうな男性から声を掛けられた。積読荘の住人さんである。

 積読荘の住人さん(以下、積読さん)は1978年、帯広市で生まれる。父は洋服の行商をやっていた。町まで買いに来られない人のために、問屋から仕入れた服を車に積んで各地の集落を回るという商売だ。積読さんも子どもの頃に一緒に行った記憶があるそうだ。
 一人っ子だが、親戚の従兄弟の中では一番年下のため、お下がりで絵本をもらうことが多かった。
「『チョコレートのじどうしゃ』(立原えりか・文、太田大八・絵)が大好きでした。あとで母に聞いたのですが、絵本を読んでもらうときに母が眠くなって途中を飛ばすと、『違う』と抗議したそうです(笑)」
 ミステリとの出会いは、小学2年生。近所に来ていた移動図書館で、エラリー・クイーンの『エジプト十字架の秘密』を借りた。あかね書房の「少年少女世界推理文学全集」の一冊で、『十四のピストルのなぞ』(『靴に棲む老婆』の抄訳)も収録されていた。
「装丁は、碁盤目の模様でメタリックな色のインクが使われていました。背に使われていた『?』マークがかっこよくて、作文を書くときなどにこの字体を真似ようとしてうまくいかなかった記憶があります(笑)。あとでこの巻は横尾忠則の装画だと知りました。『エジプト~』の読者への挑戦状という趣向には、すっかりヤラれてしまいました。同じく子ども向けですが、クイーンの『Xの悲劇』『Yの悲劇』も読みました」
 小学校の図書室は2年生までは使えなかったが、3年生になると入りびたって、ミステリを読みまくった。もう少し経つと、バスで市立図書館に通い、SFも読むようになる。

 中学生になった頃、市立図書館で『東西ミステリーベスト100』(文春文庫)を借りて読む。
「当時は冒険小説がブームで、新本格の作家が出はじめた頃です。この本はその3年前(1986年)に出たもので、すでに品切れになっていたので、リストをノートに書き写して、それらの本を次々に読みました。最終的には三分の二ぐらいは読んだと思います」
 休みの日には自転車で市内の新刊書店をめぐり、『ミステリマガジン』『本の雑誌』の書評や日本推理作家協会賞の選評をチェックする。そこで気になった本を探して読む、というサイクルだった。古本屋もあったが、母が中古品を買うのを好まなかったので、入っても買うことはなかったという。
 中学3年生で図書委員長になり、一人で「読書の手引き」を書いて配布したこともある。高校では「図書局」(委員会ではなく部活動)に属した。書庫で日本SFの古い文庫を見つけ、小松左京などを読む。図書新聞の記事のなかで、SFやミステリを紹介したりした。
「デビューしたばかりの京極夏彦の新刊を、次々と高校の図書室に入れてもらったりもしましたね」

 1996年、図書館情報大学に進学し、つくば市に住む。コンピュータを使う授業も多く、学生に与えられたホームページ用のスペースに本の感想を書いた。新刊書店の〈友朋堂書店〉によく通った。
「帯広では新刊が3日遅れなので、雑誌や文庫が発売日どおりに買えるのが嬉しかったです。内地に来てよかったと思いました」

 積読さんは市内にあった「天久保古書街」に通うようになる。
「母親の目が届かなくなって、古本屋通いを楽しめるようになりました(笑)。小さいアーケードに6軒ほどの古本屋が入っていました。均一棚にはミステリやSFが多く、頻繁に補充されていたので、大学の帰りに寄りました。東京に出るのは交通費がかかるので、神保町にはたまにしか行けませんでしたね」

 卒業後、札幌市内の大学図書館に採用が決まる。途中、旭川と帯広へ異動した数年間を除くと、ずっと札幌で暮らしている。休みの日には、自転車で古本屋めぐりをする。
「ススキノにあった〈石川書店〉では、ミステリやSFの絶版が多く見つかりました。2011年に閉店したのは残念です。東区の書肆吉成では、自分が探していたものではない、なんだかよく知らない本が見つかるのが楽しいです。仕事でずっとパソコンを使っていることもあり、本はネットで買うのではなく、本屋で見つけて買いたいです」
 北海道大学の近くの〈南陽堂書店〉や〈弘南堂書店〉にもよく行く。弘南堂の店頭の均一棚は北海道の郷土史に関する本が充実していて、勤務先の大学図書館に所蔵していなければ買って寄贈しているという。私も翌日に行き、店頭だけで10冊近く買ってしまった。
 最近の収穫は、さきほど待ち合わせた書肆吉成の支店のオープン日に見つけた、ヘレン・ユースティス『水平線の男』(創元推理文庫)。
「この作品は、亡くなったミステリ評論家の瀬戸川猛資が発行していた雑誌『BOOKMAN』で復刊希望のミステリとして挙げられていたので、知りました。これまで見かけたことがなかったので、100円で見つけてとても嬉しかったです。ちなみに、この日は私の誕生日でした(笑)」
 同作は、女子大のある街を舞台にしたもので、有名になったサプライズの仕掛けだけでなく、教授や学生などのキャラクターがいいので、ぜひ新訳してほしいと積読さんは云う。

「積読荘の住人」はもともとmixi用のハンドルネーム。当時は友人に向けて読書日記を書いていた。その名の通り、積読さんのマンションには本が積みあがっている。ときどき古本屋に処分しても、それより買う量が多いのでぜんぜん減らない。
「昨年(2018年)9月の胆振東部地震では、本の雪崩が起きました。直前で身をかわしましたが、怖かったです」
 最近は、冒頭でも触れたように、書肆吉成で月1回開催されているビブリオバトルに参加している。
「『東西ミステリーベスト100』でも上位にランクされた大岡昇平の『事件』が創元推理文庫から復刊された頃で、これなら話せるかなと思って参加しました。発表者が3人、聴き手が2、3人ほどの小さなビブリオバトルですが、話すのも、他の人の紹介を聞くのも面白いです」
 今後は、古本を通じて知り合った人たちと一緒に雑誌をつくりたいという夢もある。
 自転車で古本屋をめぐり、探していた本や見知らぬ本に出会う。そんな積読荘の住人のマイペースな日常を描いた文章を、その雑誌で読んでみたいものだ。

南陀楼綾繁
1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。出版、古本、ミニコミ、図書館など、本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。
「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に
『ナンダロウアヤシゲな日々』(無明舎出版)、『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)、『編む人』(ビレッジプレス)、『本好き女子のお悩み相談室』(ちくま文庫)などがある。

ツイッター
https://twitter.com/kawasusu

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